ちょっと変わった日常(11)
書いている途中で寝てしまいました。次は二十五日更新(嘲笑)
ドジった。リンゼがそう思うのは囚われてから何度目か分からない。
簡単な護衛のはずだったのだ。依頼主は銅玉一人。三日ほど前に冒険者になったばかりらしい。
だが待ち合わせ場所に赴けば男二人に少女一人。少女が銅玉で男二人は個人的な護衛らしい。何をやっていたのかそこそこ腕が立つ戦士だったらしく、その剣の腕と身のこなしは何かの流派に属していたことが簡単に分かった。
男たちが狼を易々と斬り捨てるの見て、護衛いらないじゃんとリンゼは心中で思いつつも自分の側にいる少女に目をやる。
その少女は純白のローブを羽織っていた。リンゼより背は低く、僅かに見える金の髪は親友と同じ色をしている。
「どうかしましたか……?」
見られている事を感じたのだろう。少女がリンゼに怪訝な声を掛ける。
「ん、いや。そのローブ高そうだなぁと思って」
聞こえる声はか細く、儚い。葉鳴り一つにかき消されてしまいそうなその声は、生まれ故郷にいた病弱な首長の娘がこんな感じだったなぁとリンゼは思った。
「それにこういう荒事関係が多い職業には向いてないぐらい素材がいい。絹に似てるけどちょっと違う」
肩の上に手を滑らせながら頭の中の図鑑を開いたが、このローブを構成する布に該当するものは出て来ない。
感触は一級品の絹より滑らかで、羽毛のようにふんわりと柔らかく、じわりと滲むように暖かい。素材そのものが生きているかのようだ。
絹のような光沢はないがそれは旅装と言う事を重視したためだろう。その代わりと言うように銀の刺繍がローブの淵に施されている。
「あ、これはエルフの方々が旅をする時に着る物だそうです。以前街に訪れたエルフの隊商の方に無理を言って譲っていただきました。本当は儀式用の物が欲しかったんですがそちらは無理らしくて」
「エルフの着る物なんだ。そりゃあ分からないな。まだ大森林には行ったことないしなぁ」
リンゼが知る知己のエルフと言えば捨て子故にエルフの集落との関係が無いエレオノーレだけだ。幼い頃に捨てられた彼女が詳しい事を知る由も無く、僅かだがヴァーレにいるエルフもリンゼは話したことも組んだことも無い者であった。
「樹精の長が祝福を授けた苗木をエルフの方々が賜り、一から育てた物の花からこれは作られるそうです。エルフ以外では持っているのは王族の方々ときっと私だけですね」
それを聞いてただの我侭娘か親が権力者なのかなとリンゼは推測付けた。
どうしようもない我侭娘のしつこさに手を焼いたかはたまた別の何かに絆されたか、その持ち主のエルフは渋々譲ったに違いない。あるいは彼女の親がそれなりの権力を持つもので、隊の上客だったのか。リンゼには分からないがどっちにしてもあまり好きになれない性格、家柄だ。
「ここへは何しに?」
話しを変えようとリンゼが聞く。元々彼女は護衛するだけの存在とあって名も知らぬ彼女達が何をするかまでは知らなかった。先達として聞かれればアドバイスくらいはするつもりだったが、試練の森へ行くと聞いただけでそれ以外は何も知らない。
「……何をしにでしょうね?」
そういえばという感じで少女が返した。その答えにリンゼは困惑する。
「は? えっーと、依頼書は持ってる?」
依頼書とは掲示板に張られているものだ。あれそれを持って来い、どれこれを討伐してこい、そこかしこを探索するから護衛しろと言った物が掲示板には無数にある。
中には子供のお使いのようなものもあるが、それらはそれらで金に貧した者がやるのでそれなりに需要があったりする。
その依頼書を剥がしてギルドの受付に持って行き、判子を押されて初めて依頼受諾となる。失敗した場合は受け取る筈だった報酬を違約金として依頼主とギルドにそれぞれ半分ずつ支払う事になる。
その依頼を受ける上でなくてはならない依頼書を、
「そんなものありませんよ?」
「――――」
朗らかにそう言われリンゼは絶句した。
狼を退けてこちらに来た男二人がリンゼの顔を見て怪訝な顔をした。
「お嬢様。何を仰ったのですか?」
防ぐ物という防具の本質を無視し、見た目を重視した鎧を着た優男が少女に問う。まるで王室の親衛隊みたいだなとリンゼは初めて見たときに思った。
「え? 依頼書持ってるかって聞かれて持ってないって答えたんだけど……」
「なるほど……冒険者にタダ働きって言葉はないからな。路銀もあり、欲しいものもない。目的もなく危険な場所に来たお嬢が理解出来ないのだろう」
そう言ったもう一人の男は防具すら着ていない。その代わりに少々の傷では物ともしないような筋肉の鎧で全身を覆っている。古傷が所々浮かぶその相貌は若くして歴戦の兵のような風格がある。
「そういうものなのですか……」
しきりに頷く少女のフード部分を見ながらリンゼは盛大に溜息を吐いた。
「世間知らずじゃ済まされないもの知らずね……ギルドで説明は受けたんでしょ?」
「え、受けてませんよ?」
その返答にリンゼは何やらきな臭い物を感じた。
「……じゃあなんで銅玉持ってるの? それはギルドで認定を受けた人に始めて作られる物よ? 複製は不可だし売るのも不可能だから貴女が持てる道理なんかないんだけど?」
正確には売る事は出来る。だがそれは限りなく非合法のルートで露見すれば確実に投獄されるものだ。それに売り捌いたところで得られる利益は全く無い。ギルド以外には壊す事も出来ない為、溶かして再利用も不可能なのである。
「ヴァーレに来た初日に落ちてるのを拾いました」
「……………」
それを聞いた瞬間にリンゼは何もかも馬鹿らしくなった。今すぐエレオノーレの家に行って欠食エルフに夕飯を作ってやりたい気分にもなった。
一言で言えばやる気がなくなった。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
長い長い溜息を吐き出す。そんなリンゼの様子を気にすることも無く少女は銅玉を手に取り、透かす様に天に翳す。
「なるほど。これは本来ギルドで受け取らなくてはならないものなのですね……となると私は今冒険者もどきなのでしょうか」
「そういう事になるわ……」
そういうと少女はいい事を思いついたという様に手を打ち鳴らしてリンゼに言った。
「じゃあもう一つのダンジョンに行ってみましょう! 私そっちも行ってみたいです!」
「何故そうなる! あんたがするのはギルドに帰って銅玉を返して説明受けて自分の銅玉を受け取る事よ!」
「それだとまた貴女を雇う事になってしまいます。そうなるとお金の無駄です。戦うのはこの二人だけでも十分なのですが実地に詳しいのは貴女でしょう?」
「そりゃそうだけど……」
その後は済し崩しのようなものだった。あれよあれよと盗賊の祠へ連れて行かれ、奥へ奥へ探索を続けている内に〝あれ〟と出会ってしまった。
決死の覚悟で囲みを突破したリンゼが護衛対象である少女を逃がしたところで麻痺毒を打ち込まれ、行動不能となった。
三人でなんとか相手に出来るという所だったのにリンゼが欠けてしまったのだ。その後に残された男二人の末路は悲惨なものだった。
麻痺毒は視覚や聴覚といった五感に害をもたらすことはないが身体の自由を奪い、意識は奪うまでには至らないものの朦朧とさせる。故に彼女の耳と目は男二人の身体が溶かされて逝く過程と苦痛の絶叫をはっきりと記憶していた。
今こうして自分が生きている理由は恐らく非常食だろう。そう遠くない内に死ぬ事は確定している。
未だ麻痺毒による痺れが残る中で彼女は色んな事を思った。
最後まで冒険者になることを反対していた父母。泣いて離れるのを拒んだ弟、妹達。応援してくれた友人。
草木も眠り、宵闇の夜空に銀砂をぶちまけたかのような星々が輝く頃、集落の首長が祝福をくれた事。
朝日が差す頃に泣いてしまった事。
初めて出た集落の外は面白いものが山のようにあったが危険も大量にあった。
集落から一番近い街の途中で狼に襲われた事。
這う這うの体で街に着けば路銀をスられた事。
ヴァーレに来る途中の馬車で乗り合わせた商人に騙されて残り少ない路銀を取られた事。
着いた瞬間に空腹で倒れた事。
親切な人に拾われ、一命を取り留めた事。
金が無く、ギルドの簡易宿泊所で寝泊りして居た事。
〝神術〟が使えない風変わりのエルフと友達になった事。
努力が認められて銀糸になった事。
(ああ、そういえばエレオノーレに夕飯作ってやるって約束してたっけ……)
走馬灯のようなその流れの中、親友との約束を思い出した。
新品のカタナを買ったせいで金が無い。そんな理由から泊めてもらう約束をしてお詫びに食事を作る約束をした。
エレオノーレは普段何を食べているのかという勢いでリンゼの作ったものを美味しい美味しいと褒めちぎる。故郷で母と一緒に料理を作っていただけはあってリンゼは料理が得意だ。ただそれはレパートリーが多いという意味で決して工夫を凝らしているわけではない。
そんな彼女の料理を欠食エルフは満面の笑顔で食べる。小食らしい彼女が三人前は余裕で食べるのだ。作る側としては非常に嬉しい。
(そういえば――)
食事が終わり、小魚の揚げ物をつまみとして酒を飲んでいた時だ。酔っ払ったエレオノーレが赤ら顔で言った事がある。
『わらひこのまひでいっちばーんちゅよいんですよっ!』
『アンタが……? あはははは! 酔っ払ってるぅ!』
『うしょじゃないですってばぁ! いまおひひょうさまいないれすしぃ。りんじぇがあぶなきゅなったときはぁ、わらひがたしゅけにいってあげましゅよぉ?』
はいはいと酔っ払いの戯言を聞き流しながら酒を注いでエレオノーレを酔い潰すのはリンゼの好きな事の一つでもある。駄々をこねる妹や弟を相手にしていたときを思い出すからだ。相手が若干面倒になるぐらい悪酔いすることもあるがその時は酒を大量投入して早々に黙らせている。
(エレオノーレ助けに来てくれないかなぁ……)
捕食者の気配を足元に感じながらリンゼはそう思い、ふっと自嘲した。
彼女とて〝神術〟が使えぬエルフの、ましてや女性の戦闘能力の低さは理解している。ゴブリン一匹倒すのも難しいだろう。
右の足首がぬるりとした物に覆われると同時に肉が焼けるような音が聞こえる。どうやら捕食が始まったらしい。靴を溶かし、靴下も溶かしたそれは足首から下を取り込む様に形を変えた。もはや激痛を堪える意味は無い。ただ、誰かに聞こえればそれでいいとリンゼは叫んだ。
(誰か――)
音が激しくなり溶解が進む。麻痺毒のお陰で痛みは鈍い。だがないわけではない。傷の深さに応じてその痛みは加速する。
(誰か――!)
上げた声はあ、という音が連なるものだ。意識的に混ぜたわけではないが痛みや恐怖が多分に織り込まれている。
捕食者の気配が増えた。リンゼを囲むようにいる。ぞろりと左の手首が舐めるように取り込まれ、手袋も溶かされて肉の焼ける音が聞こえた。
(助けて――)
思う間にも四肢を取り込まれ、全身が警報を発している。胸の上に陣取る物も出てきた。血肉が溶かされ、取り込まれていくのをただ見る事しか出来ない。
(助けて――!)
仰向けになった己の各所に捕食者が居る。無事な箇所は頭だけだ。体が動かせぬリンゼの頭上からずるりと一際巨大なものが迫る。
目だけをなんとか動かしてそれを見たリンゼはその捕食者の中にあるものが浮いているのを見た。
それは骨だ。恐らくは共に戦った男二人のもの。綺麗な、くすみのない純白となって彼女の目に入った。
朦朧とした意識の中、その捕食者が他の仲間を押し潰すようにリンゼに迫っている事ははっきりと分かる。
明確で濃密な死の気配。逃れえぬ死神の手。その手に握られた鎌は今振るわれようとしている。
リンゼはただ、幼子のように拒否した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ! 助けて! 誰かぁ! 助けてぇ!」
そして、リンゼは焼かれた。
次の更新は30日になります。




