第34話 【真相】父が語る「悪魔の末裔」の真相、五百年の呪いの秘密
炉の薪がはぜる音だけが、工房に響いていた。
使い込まれた道具の匂い、そして鉄を叩く音が染み付いた壁。
そこにはヨシトの原風景があった。
「……何も変わっていないな」
一人つぶやき、壁に残された小さな傷に触れる初めて金槌を使い釘を外してつけてしまって、出来た不格好な凹凸。
指先に伝わる感触が、当時の不甲斐なさを鮮明に呼び起こした。
この場所は、心地よい故郷であると同時に、自分の凡庸さを突きつけられ続けた場所でもあったのだ。
やがて、表の通りから足音が近づいてきた。
規則正しいが、どこか重い響き。ヨシトの背筋が、無意識に伸びる。
テーブルの上のベルが耳をぴくりと動かし、シルバーは静かに壁際へ身を寄せた。
部屋の端ではポチが座り込み、その巨大な体を休めている。
そんな所へ、少し油の切れた耳障りな音を立てて、扉が開いた。
「……まだ営業の時間じゃないんだが。急ぎの修理なら裏の箱に入れて置いてくれよ」
低く、疲れを含んだ声に、ヨシトの心臓が、ドクンと跳ねた。
ゆっくりと振り返ると、そこには、煤けた作業着の男が立っていた。
背負った籠には、使い古された包丁や穴の開いた鍋が溢れんばかりに詰まっている。
かつてヨシトが見限り、逃げるように飛び出した実家。
その家の主であり父である、『イヴ・ヨハン・ルシフェール』がそこにいた。
「……父さん、ただいま。居なかったからなかで待たせてもらったんだけど……」
絞り出した声に、ヨハンが目を見開いた。
担いでいた籠を無造作に下ろすと床に金属のぶつかる音が響いた。
ヨハンの顔に、みるみるうちに喜びが灯る。
「ヨシトか! よく帰ってきたな。そうか……また、この家で私と鎚を振るう気になったんだな!」
父は大きな歩幅で歩み寄り、ヨシトの肩を力強く叩いた。
手は岩のように硬く、鉄と油の匂いがした。
数年ぶりの再会で、父の笑顔には、息子がいつか後を継ぐと信じて疑わなかった、純粋な期待が溢れていた。
だが、ヨシトは父の視線を正面から受け止められず、静かに首を振った。
「ごめん、父さん。……修行に戻ったわけじゃないんだ。聞きたいことがあって来たんだ……ルシフェールという名前に、本当は何が隠されているのか。それを、聞きに来たんだ」
その瞬間、父の顔から灯火が消えた。
歓喜に震えていた肩から力が抜け、父は重いため息をつく。
椅子に腰を下ろしたその背中は、先ほどよりもずっと小さく見えた。
「……なんだ、せっかく帰ってきたと思えば。親をがっかりさせるなよ、ヨシト」
ヨハンは吐き捨てるように呟いたが、ヨシトの背後の面々を見て、すぐに悟った。
漆黒のベル、銀髪のシルバー、そして巨大なゴーレムのポチ。
辺境の家には不釣り合いなほど、彼らの気配は研ぎ澄まされていた。
「そうか、いいだろう。……いつか、この時が来るとは思っていたんだ」
父は震える手で、使い古された茶葉をポットに入れ、注がれる湯の音だけが、静まり返った工房に響く。
「五百年前まで、王族のお抱えとして、あらゆる形ある物を管理、修復していたのが我らルシフェールの一族だった」
「その時代、ルシフェール家は王族すら膝をつく権勢を誇っていたが……ある時、一族の中に突出した才能を持つ男が現れた。その男は当時の一族の正統後継者の弟だったと言われている」
父の声は、まるでその場を見ていたかのようなリアリティを帯びていた。
「だが、その男は狂ってしまった。直すだけでは満足できなくなったんだ。世界を壊れていると断じ、理想通りに作り直そうとした……」
「奴が触れるたび、城壁は黄金の壁になり、生けるものは怪物へと変えられた。たった一人で、国をめちゃくちゃにしたんだよ」
ヨシトは息を呑んだ。壊れた物を見つめる時に感じる、あの奇妙な『書き換え直したい』という衝動。
それが五百年前の惨劇と繋がっている気がして、背筋に冷たいものが走った。
「奴は国王や伝説の魔女との死闘の末に何処かへ姿を消したが、完全に滅びたわけじゃない」
「いつかこの世の全てを【リビルド(再建築)】を完遂するため、今もどこかで自らの身体を再建築しながら生き延びて息を潜めている……それが、私たちが背負わされた影の正体だ」
ヨハンは、煤で黒ずんだ自分の掌を見つめた。
「それ以来、我らは悪魔の末裔と忌避され、名前がバレれば石を投げられ恐れられる……五百年経っても、人々のその恐怖は残っている。このルシフェールの名を持つことは、死ぬまで恐れられ続けることと同じなんだ」
父は、ヨシトの目を見据えた。
「だから私は、お前をわざと平凡に育てたつもりだった。高度な技術を教えれば、お前もあの狂気に魅入られるかもしれない。目立たず、誇りを持たず、ただの田舎の修理屋として一生を終えられるように……それが、お前の唯一の守り方だったんだ」
ヨシトの胸に、激しい感情が突き上げてきた。
父が自分を下手くそだと罵り続けたのは、すべて、この呪いから遠ざけるためだったのだ。
だが、ヨシトの内側にある衝動は、もはや抑えきれるものではなかった。
ベルとの旅で手にした、形を直すことの恍惚。それを今さら捨てることなど、できない。
「……父さんの気持ちは分かったよ。でも、それでも僕は知りたいんだ。この【リペア】と言う技術の先に何があるのかを。たとえそれが、世界から拒絶される道だったとしても」
父はそれ以上、何も言わなかった。
反対もしなければ、励ましもしない。
ただ、冷めかけたお茶を最後の一口まで飲み干し、静かに湯呑みを置いた。
工房の外では、冷たい風が屋根を撫でていた。
一族の過酷な運命を共有した親子は、煤にまみれた静寂の中で、しばしの間、並んで座っていた。
【新しい小説書き始めました!】
『悪役令嬢刑事―警部エリザベートの華麗なる事件簿―』
15話1事件のテレビドラマ感覚のコメディ刑事ドラマ小説です。
こっちも読んでいただけるととても嬉しいのでよろしくお願い致します。




