第1話 【追放】クビにされた「修理師」喋る黒猫の命を救う
「ヨシト、お前は今日限りでクビだ。今すぐその貧乏臭い面をオレの前から消せ!」
ここは、王都でも指折りのSランクパーティ『栄光の輝き』の拠点。
無駄に豪華な応接室に、リーダーである勇者レオンの傲慢な怒声が響き渡った。
レオンは、ヨシトが昨晩、一睡もせずに手入れを終えたばかりの聖剣を、まるでゴミでも扱うような手つきで石畳の床へ投げ捨てたのだ。
「……えっ? あ、あの、レオン。急に何を言い出すんだ。今日の遠征の準備は出来てるし、消耗品の補充まで完璧に終わって……」
「聞こえなかったか? お前のような役立たずの地味なスキルの職人は、もうこのパーティには不要だと言っているんだ」
「いいか、オレの我慢にも限界がある。オレの輝かしいパーティに、【リペア(修理)】なんて貧乏くさい職業は、いらないんだよ! 」
レオンは冷淡な目で、その場に立ち尽くしているヨシトを見下した。
「道端の石コロで刃を研いだり、揚げ物屋の廃油を煮詰めたり……」
「お人好しのヨシトという名前にふさわしい、チマチマした貧乏臭い作業を、さも大事そうに繰り返す姿は、見ているだけでイライラするんだよ! 」
「偉大な勇者であるオレの一流の聖剣に、そんな訳がわからん安物の脂を塗りたくるな。お前のような、シケた裏方はもういらない。壊れたら新しく買えば良いだけだ! 」
ヨシトはきつく拳を握りしめ、足元に転がる自分が手入れした聖剣を見つめた。
この剣の手入れは、単なる作業ではない。
金属の微細な歪みを指先で感じ取り、魔力浸透で金属疲労を癒やし、レオンの強引な剣技に耐えうるしなりを戻すための、ヨシトの全神経で作業したものだ。
だが目の前のこの勇者は、それを理解しようともしない。
「言い訳は見苦しいわよ、地味男のヨシト! 」
口を挟んだのは、栄光の輝きに新しく加入した新進気鋭のメンバー、魔導師ミアだった。
ミアは、ヨシトの足元にある道具鞄を、ド派手な高級魔導ブーツで無造作に蹴飛ばした。
中から、ヨシトが長年大切に使ってきた天然の研磨石や、廃油まで使って独自に調合した油瓶が転がり出し、石畳の上で無残に砕け散る。
「私の【高速錬成】の魔法なら、貴方が三日かかる手入れをたったの三秒で終わらせる事が出来るのよ。当然、美しい魔法の輝きも付与してね」
「時代遅れの【リペア】職人なんてダサい仕事は、今どきのお洒落なパーティには不釣り合いなのよ」
「貴方がそこにいるだけで、部屋が負け犬の匂いで染まっちゃうじゃない……あー負け犬臭いわ。私の視界から、早く消えてくれないかしら? 」
ヨシトは床に散らばった道具を見つめ、悲しそうに静かに息を吐いた。
遠征中、彼らが食事や睡眠をしている間も、ヨシトは一人その間も惜しんで、武器の鉄を叩き、深夜まで防具の綻びを縫い続けてきた。
彼らが一度も武器を折らずに安心して戦えたのは、すべてヨシトが事前に入念な【リペア】を終えていたからだ。
だが、その彼の献身は『貧乏臭い』という蔑みと共に、すべてが踏みにじられる。
レオンは、先ほど投げ捨てた聖剣を拾い上げ、その腹でヨシトの頬をペシペシと叩く。
「おい、聞いてるのか? 三流修理師! お前がチマチマ磨くより、ささっと魔法で直すか、新しく買った方がよっぽど安上がりなんだよ」
「お前みたいなグズなノロマは、路地裏で細々と鍋の底でも直してりゃいいんだ。分かったら、この場からさっさと失せろ、ヨシト。二度と『栄光の輝き』の名前を名乗るなよ!」
ヨシトは、泥と油の匂いが混じった鞄を震える手で拾い上げた。反論する気力すら湧かない。
これほどまでに蔑まれて、縋り付くほど、彼は自分を捨ててはいなかった。
「……わかったよ、レオン、ミア。今まで、お世話になったね、ありがとう……」
ヨシトは一度も振り返ることなく、土砂降りの雨が降り続く王都の街角へと、文字通り叩き出されたのであった。
―――街外れの小さな公園。
壊れかけたベンチに腰掛けてヨシトは独り、激しい雨に打たれていた。
行く当てもなく、金もない。手元に残ったのは、父から貰った工具鞄だけだった。
「……ハハ、ずいぶんと笑える話だな。他人の武器ばかり直して、僕は自分の人生はちっとも直せてなかったってわけだ……」
ヨシトが自嘲気味に呟いた、その時だった。
視界の端で、泥水の中に横たわる黒い塊が動いた。
それは一匹の、汚れた黒猫だった。だが、その姿はあまりに凄惨だ。
野良犬にでも襲われたのだろうか。全身が切り裂かれたような深い傷に覆われ、小さく浅い呼吸は今にも途絶えそうだった。
黒猫の周囲の泥水が血で赤く染まっていく。
「可哀想に……これは、ひどいな。お前いったい、なにがあったんだよ」
今のヨシトには、他人の心配をしている余裕など一分もないはずだ。
けれど、壊れたもの、傷ついたものを見過ごすことは、彼にとって不可能だった。
ヨシトは無意識に、死にかけの黒猫に手をかざした。
(……生き物に【リペア】なんて、かけたことはない。効くのかどうかもわからないけど……! )
いつもなら、鈍ったナイフの欠けを埋めるために使う、地味な固有スキル。
だが、裏切られ、すべてを失った彼の心には、これまでとは違う渇望が宿っていた。
(死なせたくない。この理不尽な世界で、自分と同じように捨てられかけた命を、僕はどうしても繋ぎ止めたいんだ!)
「…………【リペア】! ! 」
ヨシトの叫びと同時に、視界がの全てが真っ白な光に包まれた。
今までに感じたことのない膨大な熱量が、ヨシトの右腕から猫へと流れ込む。
《……警告。個体識別:サン・ヨシト・ルシフェール。出力が規定値を突破》
《……対象の状態を再定義します。因果律の修復を開始――修繕行動を実行》
脳内に、不気味なノイズ混じりのシステムメッセージが響き渡る。
ヨシトは、自分の指先が『命の存在そのもの』に触れているような、今までにない得体の知れない感触に身を震わせた。
鉄を叩く時のような硬質な手応えではなく、もっと深く、生命の設計図そのものを無理やり書き換え修復するような、暴力的なまでの正しさが腕を伝う。
光が収まると、そこにはキズだらけだった姿など微塵も感じさせない、宝石のような瞳を持つ美しい黒猫が立っていた。
「……え? 」
呆然とするヨシトの前で、死にかけていたはずの黒猫がゆったりと立ち上がる。
猫は前足で顔を拭うと、人間のような動作で首を鳴らした。
「……うーん、死の淵から私を引き戻すなんて。貴方、自分自身で自覚はないでしょうけれど、とんでもないハイレベルスキルの能力者だわ。私の名前は『黒猫のベル』、よろしくね」
気品のある、美しく気品のある女性の声が響く。
「な……どういう? ……ネコが喋った……!? 」
「驚くところはそこかしら? 私の傷をただ癒やすどころか、魔力回路まで本来あるべき状態に……いいえ、それ以上に修復するなんて」
「貴方のその力、ただの修理じゃないわ。存在そのものを正しい形へ上書きしている。世界を創り直す神の業に等しいものだわ」
ベルは、黄金色の瞳でヨシトを射抜くように見つめた。
「私の道はこれに決まりね……死にかけていた私を、あんなデタラメな力で叩き起こしたんだから、貴方に責任を取ってもらうわよ」
「今日から貴方の人生は、すべて私が導いてあげるわ。まずはこの腐った街を出るわよ」
「導くって……僕はただの修理師で……」
「黙ってついてきなさい。私の目は、貴方のその素晴らしい価値を一度たりとも見誤らないわ」
ベルは軽やかにヨシトの肩へと飛び乗った。
「……さあ、世界を【リペア】しに行くわよ、ヨシト! 」
雨が止み、雲の間から強烈な陽光が差し込む。
自分の価値を知らない孤独な修理師と、尊大で美しい、何やら秘密のありそうな黒猫。
二人の、世界を【リペア】する旅が今ここから始まったのだ。
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