第三十二話 手を取り合う白昼夢!
覚悟を決めた。あたしはいつもの駅前のカフェに人を呼び出した。真士さん、夜星くん、そして…國明くんの三人。
カフェの前は人々が行き交っている。
「あ、鈴…久しぶり」
最初に現れたのは夜星くんだった。
「夜星くん。久しぶり、ありがとね来てくれて」
久しぶりにちゃんと見る彼の顔は少し大人びて見えた。気のせいかな?
「もう来てたか」
次に現れたのは真士さんだった。いつもと変わらない、落ち着いた雰囲気だ。
あとは…國明くん。今までだったら、こういう時に彼は最初に到着していた。でも、今日はそうじゃない。前に陰山さんから國明くんが極彩に来てたよって連絡があった。あたしのこと、完全に避けてる訳じゃないとは思う…。
「お待たせしました」
國明くんが現れた。服装は…私服だ。いつもピシッとした燕尾服みたいなのを着て来ていたのに、今日は違った。清潔感のある白いシャツに黒いスラックス。年上のお兄さん、みたいな感じだ。
「おせーよ國明」
「集合時間には間に合っていますが?」
「…そうだな、悪かったよ」
二人の会話を見て違和感。なんか前と違う。夜星くんはこんなに素直じゃない…っていうと酷いかもしれないけど、柔らかくなった?國明くんはもっとキツい返しをしていた気がする。
「さ、全員揃ったし入るか」
真士さんの言葉に促され、あたし達はいつものカフェに足を踏み入れた。
OP
『この前はゴメン』
自宅。夢奈は合羽くんからのメッセージに返信できないでいた。
いや、ゴメンって言われても…普通に怖かったし、いいよー、とは言えない。
それに…マスターと関係があるかも、その考えが頭の中から離れないのも、返信できない理由だった。短絡的って言われるかもしれないけど、さすがにかなり怪しい発言をしていた。でも、やっぱり声が違ったしなぁ…。
そして、以前の戦いの時に銅色の戦士がいた。冗談で言ったつもりだったのに本当に出てくるなんて…。この件は陽向くんがみんなに共有していた。どう考えてるんだろみんなは。
みんな…か。
とりあえずフルカラーズという名前でなんとなく固まった。ホントになんとなく。別に仲良くなったとかそんなわけじゃない。才二くんの理想とは離れてる。
「なーんか…わたし変かも」
才二くんは考え方を変えた。それでいい。なんでわたしは前の考え方に執着してるの?あの子の理想はあの子のものだし、わたしが何か思う必要なんてない。
少し笑った。無意識だった。
「気分変えよっと!」
一人でそんなことを言って、家を出る準備をする。なんか、美味しいものでも食べよっと。何にしよっかな。お好み焼き?ラーメン、パスタとか?あ、カフェで軽くサンドイッチとかもいいなぁ。考えながら玄関の扉を開ける。
「こんにちは、昼飯さん」
現実が、過去が目の前に現れた。そこに立っていたのは合羽透くんだった。
いつものカフェであたし達は、いつものように四人掛けの席に座っていた。あたしの隣には真士さん、向かいには夜星くんと國明くんが座っている。先ほど、頼んだ飲み物が運ばれてくる。あたしはミルクティー、真士さんはブラックコーヒー、國明くんはダージリン、夜星くんは…ホットミルクを頼んでいた。
「来てくれてありがとう、みんな。じゃ、そろそろ話そうか」
注文をして、届くまであたし達の誰も口を開かなかった。重たくはないけど妙な空気が漂っていた。
「あたし達のこれから」
イエローチームは終わった。確定じゃないけど、フルカラーズっていう新しい括りが出来た。その中でこれからどうしていくか。
「これからって言ったって…何か変わるのかよ?」
口を開いたのは夜星くんだった。少し不安そうだ。
「んーと、まだわかんないんだけど…多分、今まで通りってのは出来ないかなって」
相変わらずあたしは勝手なことを言ってる。そうなったのは、あたしが一方的に終わらせたからなのに…。
「そうだな。全部、元通りってのは難しいだろう」
真士さんはコーヒーに口をつけて、そう言った。視線はこちらを向いていない。テーブルの上を見つめている。
「…難しいかもしんないけどさ、ちょっと元通り、とかは出来ないの?」
夜星くんは少し必死そうだ。
「どうして、戻したいんだ?」
真士さんが問いかけた。夜星くんは答えられないでいる。ホットミルクの入ったカップをいじりながら、えっと…と呟いている。
「思っていることを言えばいいのではないのですか」
助け舟を出したのは意外にも國明くんだった。この場にいた全員が驚いていた。國明くん本人もそうだ。
「…なんか、このままだと今までのこと全部無くなっちゃうみたいじゃん?それは、なんか嫌っていうか…これからもたまにこうやって会ったりできたりしないかな…って」
俯きながら夜星くんは言った。
「えっとね、全部無し…にはしたくないかな。だから…これからもこういうのはできると思うよ」
思うよ。確実ではない。真士さんと國明くんはどう思ってるんだろう。
「俺は構わん。大体、やめなきゃいけない理由があるわけでもないしな」
そう言ったのは真士さんだった。あとは…國明くんだ。視線を彼の方に向けてみると、少し考えているようだった。目を細め、カップの中身を見つめている。
國明くん
そう呼んで、答えを急かそうとしていた自分に気がついた。それは…違うよね。三人とも、あたしがどうしたいか待っててくれた。あたしも、待とう。
「…私は何も言えません。求められれば応じましょう」
國明くんはそう答えた。前とは…やっぱり少し違う。言ってることはそんなに変わんない気がするけど、なんとなく、軽くなったというか。あたしが考えていると、國明くんは続けて話した。
「天然さん」
その呼び方にあたしは…真士さんも夜星くんも驚いてしまっていた。
「貴方が求めるなら、という訳ではない、ということは伝えておきます。ただ必要であれば、応じる。それだけです」
カップから視線をこちらに戻して、彼はそうあたしに告げた。
「じゃあさ…これからも会ったりはできる感じでいいんだよな?みんな、嫌とか思ってないよな?」
確認するように夜星くんが言うと、真士さんと國明くんは小さく頷いた。真似するみたいに、あたしは軽く頷く。嫌という気持ちは無い。むしろ、あたし以外の三人が嫌になっていないんだ。
「また、前みたいに…時々でいいから一緒にお茶しよっか」
あたしのその提案に反論の声はなかった。
前みたいには関われない。あたしが壊してしまった。でも、こうして前みたいに会うことはできる。あんな突き放し方したのは自分なのに、そうできることが凄く…嬉しかった。
「…なんであたしの家知ってたの?」
夢奈は合羽くんを家に上げていた。小さなテーブルを挟んで、カーペットの上に二人座っている。自分でも、なんでそうしたのかわからない。
少し話したいんだ
彼のその言葉に、何故か逆らえなかった。怖すぎて、叫ぶこともできず、ただ震えながら彼を招き入れてしまった。何処かに食べに出かけようと思ってたのに、食欲は完全に失せていた。
「別に理由なんてどうでも良くないかい?」
合羽くんはわたしの目を見つめながらそう言い放つ。なんか…落ち着きがないような目つきだ。怖い…。
「ど、どうでも良くなんかないよ。だって、この前久しぶりに会ったわけだし、教えてないし、だから…」
「だから?」
彼の問いかける声はやけに冷たく感じた。
「…尾けてきたりしたのかなって思うと、どうでも良くなんかない」
こんなことを言うのは危ないかと思ったけど、言い切った。何かあったら、絵の具がある…。現実でも使えるかわからないけど、使えるって信じるしかない。でなきゃ、耐えられない…。
「答えてあげるよ」
彼は手を組み顔の前に持っていく。
「ボクはね、絵の具の位置がなんとなくわかるんだ」
その言葉に心臓が止まりそうになる。絵の具って言った。わたし達の持ってる絵の具のことしか考えられない。やっぱり…マスターか、敵の関係者の可能性はかなり高いよね…。
「絵の具って?何の話してるかわからないな…」
一応、とぼけてみる。意味があるとは思えないけど…。
「…昼飯さんは今、嘘をついてる色をしてるね」
反射的にわたしは立ち上がっていた。多分、恐怖したんだ。続くように合羽くんも立ち上がる。
「白の絵の具を持ってるのに嘘つきなんて。悪い人だね」
テーブルをよけて彼は歩み寄ってくる。
「ねぇ昼飯さん。ボクはね、キミのことが好きだったんだ」
壁に追い詰められていく。
「みんなと仲良くできて、みんなから信頼されて、裏表ない綺麗な笑顔。キミみたいな人間になれたらな…って思ってたよ」
後退りするけど、もう無理だった。壁にぶつかった。
「それで、ボクは頑張った。キミみたいな人になろうと」
彼の両手がわたしの顔の横に置かれた。
「でも、ダメだったよ。汚いやつばかりだった。話を聞いてやっても、ボクを都合のいいように扱ってくる。都合が悪くなったら敵扱いだ。くだらないね」
わたしは何も言えないでいる。
「…ボクは耐えられなかった。なのにキミは平気そうな顔で、あの高校時代を過ごしていた。苦しかっただろうに」
彼の顔が目の前まで近づいている。
「すごいよ、昼飯さんは。キミみたいな人には幸せでいてほしい。苦しめたくない。だから…」
彼の手が、わたしの頬に触れる。
「ボクと来てくれ」
彼の瞳の奥は濁っているように見えた。
「…ごめんね!一緒には行けない!」
素早くその場でしゃがんで、彼から離れるために玄関に向かって走り出した。
「待って!」
合羽くんの叫びが聞こえたけど、無視して外へ飛び出す。とにかく、何処かに逃げないと!
駅にたどり着く。後ろを確認するとまだ、合羽くんはいない。丁度よく、電車が来た。スマホを改札にかざし、素早く乗り込む。
座席に着いて、深く息を吐く。
こ、怖かった。逃げることに必死で、恐怖心が今になってどっと噴き上げてきた。
合羽くんは…敵の一味なんだろうな…。恐ろしく思いつつも、冷静に考える。と、彼の言葉を思い出した。
絵の具の位置がなんとなくわかるんだ
ポケットの白い絵の具を取り出す。コレは…何処かに置いていくべきなのかな…。いや、ダメだ。戦いに行けなくなる。それは誰かを見捨てることになる。そんなことはしたくない。でも、合羽くんに居場所がバレちゃう…。
絵の具は持ったままでいよう。スマホを取り出す。誰かと一緒にいたかった。
電車の行き先は舞さんや淹煎さんが住む街の駅。二人のどちらかを頼るべきかな…どうしよう。
気づけばブルーチームのSNSグループに連絡していた。誰でもいいから、すぐに反応して欲しかった。ここには陰山さんも入っている。
『ごめん!誰か敷沙伊駅近辺に居る人!?』
送信すると、すぐに反応があった。
『わたし居ますよ。陽向くんと才二くんも一緒ですけど』
陰山さんだった。しかも、他に二人いる!
『あと五分くらいで着くから北改札前で待っててもらってもいい?』
『わかりました。待ってますね』
『ありがとう!』
送信し、スマホを閉じる。早く…早く着いて…!
木葉たちは、たまたま三人で会っていた。才二くんから今後のフルカラーズの在り方についての話を聞かされていた。夢奈さんの連絡を受け、北改札を目指す。
「昼飯さんどうしたんすかね?」
陽向くんの疑問は当然だった。わたしも、どうしたのか全然わからない。ご飯のお誘い…にしてはメッセージ文が危機的な感じがした。
「なんだろうね…危ない目に遭ってたりしないといいけど」
そう言って、わたしは絵の具を取り出した。反応は無い。戦いでは無さそうだ。
「陰山さんもそう思いました?」
その声に才二くんを見ると、彼も絵の具を取り出していた。
「うん…でも、戦いの直前に待ち合わせとかは無理があるよね」
予兆から転移するまでに何分もかかったことは今までになかった。
「はい。だから…別に何かがあったんだと思います」
才二くんは深刻そうな顔をしている。
改札に辿り着いた。人がまばらに歩いている。そろそろ、夢奈さんが現れてもいい頃だろう。
「あ、陽向くん、陰山さん、才二くん」
後ろから声がした。もちろん、夢奈さんではない。男性の声だったが、知らない声。
振り向くと…やはり知らない顔。大人の男性。
「えっと…どこかでお会いしましたっけ?」
陽向くんが当然の質問をぶつける。そもそも、なんでこの人はわたしたちの名前を?
「陰山さん…なんかこの人、何処かで会った気が…」
才二くんが小声で言う。嘘…こんな人、会ったことないと思うけど…。
「あー、わかんないかー。そしたら…」
男性がそう言うと、世界は無色無音となり、周りの人々の姿は消えた。えっ…。
「これでわかったんじゃないかな?ボクが誰か」
男性は不敵な笑みを浮かべている。まさか!?
「お前、マスターか!?」
陽向くんが叫んでいた。わたしも同じ考えだった。むしろ、そうとしか考えられなかった!
「みんな!」
改札の方から声がした。振り向くとそこには夢奈さんがいた。
「おや、昼飯さんも来たんだ」
男性がそう言った。
「さて、ご挨拶しとこうか」
男性はそう言うと姿を消した。
「こっちだよ」
男性は夢奈さんの後方…改札の方に移動していた。いつの間に…。
「ボクがマスターさ。蔵居悠斗」
そう言うと彼はポケットから何か取り出した。それを見たわたしは声が出せなかった。信じられなかった。
「そして、コレがボクの。透明の絵の具さ」
見慣れた絵の具だった。下部には…何?並行に並んだ二本の横線が刻印されている。
「で、彼も紹介しておこうか」
マスターがそう言うと、改札の中からまた一人男性が現れた。
「合羽くん!?」
夢奈さんが叫ぶ。知り合いなのだろうか。
「あぁ、透くんはまた彼女と会ってたんだっけ」
マスターがイタズラっぽく合羽くんと呼ばれた男に笑いかけるが、反応はなかった。
「冷たいなぁ…えっと、この人は合羽透くん。ほら、アレ出しな」
マスターに促され、合羽はため息をつきながらズボンのポケットから何か取り出す。やはり、見慣れたものだった。
「見ての通り、銅色だよ」
マスターが合羽の代わりにそう伝えてくる。銅の絵の具の下部には…縦向きの楕円が刻印されていた。ゼロ…か?
「自己紹介も終わったし…始めようか!」
不意にマスターが…蔵居が叫んだ。
「な、何をする気ですか!?」
才二くんが焦った声で絵の具を構えた。
「嫌だな才二くん、決まってるだろ」
蔵居と合羽の二人も絵の具を構えた!
「戦いさ!」
敵の二人が絵の具の上部を捻ると、透明からは巨大な絵筆、銅色からは片手剣が現れ、彼らの手に収まり、絵の具をそれぞれ装填する。
「ねぇ、透くん知ってるかい?変身する時にいう言葉があるんだよ」
蔵居がそう言った…まさか…言う気なの?
「どうでもいいですよそんなの」
合羽がそう答えると蔵居が耳打ちをした。
「じゃあ、透くんいくよ!」
「彩色顕媄!」
透明、銅の戦士が姿を現す!銅の戦士の手にはいつの間にか二本目の剣が握られていた。
「透くんノリ悪いね」
蔵居は軽い口調でそう言った。
「こ、こっちだって…みんな!」
陽向くんが叫ぶのに合わせて、わたしたちも絵の具を捻り、武器を手に取る。
「「「「彩色顕媄‼︎‼︎」」」」
緑、赤、青、白の戦士が姿を現した!
「うわぁ、フルカラーズだよ透くん!」
マスターははしゃいでいるようだった。
「消しますよ…」
合羽はそう言ってこちらに踏み込んできた!
「アイツの攻撃、触れると力が抜けるみたいになるんだ!」
陽向くんが叫んだ。見たところ、武器は剣。近づけさせなければ大丈夫!
『サイレントアロー!』
牽制を狙いつつ、合羽に矢を放つ!
『錆朽斬!』
剣から斬撃が放たれる!えっ、そんなのあり!?
わたしの攻撃は敵の攻撃とぶつかり、色を失い消えていった。
「ボクも忘れて貰っちゃ困るね!」
マスターがいつの間にか背後に回っていた。
「コイツ!」
陽向くんが槍をマスターに突き出し、それに続き才二くんも棍を突き出した!
『透過する障壁』
マスターの前に半透明の壁のようなものが現れる。盾!?
気がつくと、攻撃しようとしていた陽向くんと才二くんの二人はマスターの背後にいた。どういうこと…すり抜けたってこと?
「あはは、こういう戦い方なんだよボクは」
マスターの言葉に気を取られていた。わたしの背後には合羽がせまっていた!
「このっ…!」
敵の斬撃を受けようと弓を盾代わりに構える!しかし、斬撃は来なかった。夢奈さんが鞭で動きを止めていた。
「やめて合羽くん!」
「邪魔しないでくれ!」
夢奈さんの叫びをかき消すように、合羽は叫ぶ…今がチャンスだ!
『サイレントアロー!』
身動きの取れない合羽に向かって、わたしは矢を放つ!
しかし、外れた。そんな、この距離で避けられた!?いや、違う。夢奈さんが鞭で引っ張って、避けさせたんだ。
「夢奈さんなんで!?」
わたしは困惑のあまり問いただしていた。
「待って、陰山さん!合羽くんは…」
「そうだ!キミのそういうところが好きなんだ!」
合羽の絶叫。意味はわからなかった。
と、彼の身体から銅色の光みたいなものが発せられた。
…力が抜ける!自分の衣装の色が薄くなっていくのがわかる…。夢奈さんの白はくすんでいく…!何なのあの光は!?
「昼飯さん…やはりキミは救いたい」
合羽は夢奈さんに近づく。止めないと!でも、身体が動かない…。
「夢奈さん!」
「昼飯さん!」
才二くんが叫ぶのが聞こえる。どうにか、彼の方を向くと、陽向くんと共にマスターと戦闘を繰り広げていた。
「蔵居さん、終わりにしましょう」
合羽が言った。
「えー、まぁ透くんが言うなら…」
マスターは陽向くん達から距離をとった。
「というわけで、今日はおしまい。昼飯夢奈さんは借りてくね」
そう言ってマスターは武器である巨大な絵筆を掲げた。
『再彩色』
絵筆から色が解き放たれた。
気がつくと、世界は元に戻っていた。色が、音がある。戦いが始まる前の、改札前にわたし達は立っていた。
「夢奈さんは!?」
わたしは辺りを見渡した。姿はない。
「…マスターの言ってた借りてくって」
陽向くんがそう言って、言葉を止めた。言わなくても何を言おうとしているかはわかった。
「れ、連絡しましょう!スマホがあるじゃないですか!」
そう言って才二くんは夢奈さんに電話をかけた。彼だってわかってるはずなのに…。
「ダメだ…繋がらない」
電波の届かないところ…とメッセージが流れたようだった。
「ヤバいな…」
陽向くんは唇を噛みながらそう言った。
うつ伏せのままわたしは目を覚ました。見知らぬ場所にいた。現実の世界ではない、ってことはすぐにわかった。どうってことのない、住宅街の中の公園みたいな場所。でも、色は無かった。無色ではなく、透明な世界。物が水晶みたいに透けている。
綺麗…。
直感的にそう思った。
「目が覚めたかい昼飯さん」
起き上がり、声の主に目を向けると合羽くんが居た。すごく、優しい顔をしている。目もなんだか、穏やかそうに見えた。
「ここはどこ?才二くん達はどうしたの?」
「ここは理想郷さ」
二つ目の質問に対する回答は無かった。
「目障りな色の無い、美しく、穏やかな世界。諍いも何もない。素晴らしい世界」
合羽くんは誇らしげな顔で語る。
「才二くん達はどうしたの?」
もう一度、質問を投げかける。すると、彼は眉を下げ目を細めた。
「…あんな汚い奴らのことはどうだっていいんだよ。見なよ、この世界の美しさ。キミはこの世界に相応しい。だから連れてきたんだ」
ダメだ、会話にならない。どうしよう…自分が危ない状態にあるのは明らかだ。
「透くん、口説くならもっとシンプルな言葉がいいと思うよ」
別の声がした。主はマスター…いや、蔵居悠斗だ。
「フェアヴィシェンもそう思わない?」
蔵居は彼の隣にいる存在に声をかけた。フェアヴィシェンと呼ばれたのは虎の怪物ではなく、人の良さそうな男性だった。誰…?
「わかります。合羽さんは女心ってのをわかっとりませんわ」
笑いながらその男は言った。それを聞いた合羽くんは舌打ちをした。
身体を起き上げただけで、地面に座り込むわたしに、合羽くんは腰を下ろし目を合わせた。その曇りのない目から、わたしは目が離せなかった。
「昼飯さん。ボクのモノになってくれ」
飾り気なんてない、真っ直ぐな言葉。でも、酷く歪んだ言葉に聞こえた。
「わかんないよ合羽くん。何?何が君をそうさせるの?」
何もわからない。
「キミを救いたい」
聞いた言葉だった。わたしが理解できなかったと悟ったのか、彼はため息をつき、言葉を続けた。
「キミは美しい。昔から素晴らしく、優しい人だった。そして、キミの絵の具は白。そういうことなんだよ。純白、穢れのない色。透明も美しいけど、キミの色も同じくらい美しい」
真っ直ぐな瞳の奥に、狂気じみたものが見えてきた。合羽くんは…おかしい…!
「あ、あのね合羽くんわたしは…!」
言葉が続かなかった。彼はわたしの唇に指を当てていた。
「昔と違う。とでも言うの?違わないよ。さっきも敵であるはずのボクを助けてくれたじゃないか」
その言葉には反論できなかった。彼を陰山さんの攻撃から助けていた。昔のクラスメートだから?理由はよくわからないけど、咄嗟に身体が動いていた。
「さぁ…ボクと一緒に透明な世界を…」
「合羽くん」
今度は彼の言葉をわたしが遮った。
「そう、わたしは昔と違わないよ。でもね」
「でも?」
深呼吸した。事実を伝えよう。
「わたしのことをキミは知らない。あの頃、わたしが何考えてたか知ってるの?みんなのために…ああしてたんじゃないんだ。わたしが…そうしたかったから…。わたしの…求める関係を作りたかっただけ」
嘘と本当を織り交ぜながら言葉を紡ぐ。色が見える彼には無意味かもしれないけど…。
「は?」
彼は動揺している。
「わたしは…美しくなんかない。アナタの理想の昼飯夢奈なんかいないの」
…自分に返ってくるような言葉だな。才二くんに同じことしてたんだもん。
返答はなかった。合羽くんは黙り続けてる。
「合羽くん?」
わたしが声をかけると、彼は立ち上がり、蔵居の方へ歩んでいった。
「蔵居さん。あれはボクの知る人じゃありません。直してあげてください」
え?
「ふっ…透くんも、ボクの気持ちがわかるようになったんじゃない?」
そう言って蔵居はわたしに近づいてきた。逃げなきゃ…ダメだ、身体が重い…。
「絵の具持ちは塗り替えるのに時間かかるんだよね…。ま、いっか」
巨大な絵筆がわたしに向けられる。
意識が沈む。
次回ッ!
第三十三話 透き通る理想、色めく現実!




