自然がやっぱりいい
都会に住んでいたら、誰でも一度は自然に憧れる。
少なくとも、俺はそう思っていた。
大学生最後の年――
仲のいい友達の啓太と二人で、北海道へ行くことを決めた。
何もない場所を走ってみたかった。
音の少ない夜を見てみたかった。
念願だった北海道の空港に降り立つと、思っていたよりも人が多く、一気に現実に引き戻される。
土産屋から漂う甘い匂いと、フードコートの油の匂いが混ざり合っていた。
観光客の笑い声が反響して、やけに耳につく。
賑わう空港内で、女性のアナウンスの声が響き渡った。
迷子の呼び出しだろうか。名前を読み上げるその声だけが、なぜか妙にざらついて聞こえた。
はっきりとは聞き取れない。
――ただ、その名前を、俺はどこかで見た気がした。
俺たちはレンタカーを借りるため、受付の列に並ぶ。
順番を待ちながら、ふとスマホで予約確認のメールを開いた。
人数欄のすぐ下、備考欄のところに、一瞬だけ見慣れない名前があった気がした。
目を擦り、もう一度見つめる。……やはり、名前なんてどこにもない。
どこかで見たのか、聞いたのか。
さっきのアナウンスの……いや、確かに――。
「……思い出せないな」
俺は、これからの楽しみを優先して、すぐに気のせいだと画面を閉じた。
あの時、ちゃんと確認していればよかったのかもしれない。
受付を済ませ、借りた車の前で荷物をトランクに詰め込んだ。
念のため、もう一度数を数える。
リュックが二つ。
――間違いなく、二人分だ。
それなのに、荷物を乗せた直後、車体が僅かに深く沈み込んだ。
俺は勝手に、啓太がもう中に乗り込んだのだろうと思った。
トランクを閉めると、やけに重たい、鈍い音が響いた。
――さっきより、全体的に重い気がした。
「啓太、どこに向かって走る?」
俺は運転席に乗り込み、スマホを開いてマップを眺める。
圏外でもないのに、スマホの画面が一瞬、真っ白にフリーズした。
すぐに元に戻った地図を見返す。
俺の指は無意識に、緑の深い方向へと画面をスワイプしていた。
「そうだな。初日から野宿は勘弁だ。とりあえず街に出て、作戦会議でもするか」
助手席の啓太が答える。
エンジンをかけると、車内に冷房の風が流れ込んだ。
空港を出ると、急に空が広くなった。
視界の先に、本当に何もない。
俺たちは、その“何もなさ”の中へ車を走らせた。
啓太は助手席に腰を落ち着けると、俺の代わりにスマホで街の情報を調べ始めた。
その時、不意に啓太が、何気ない様子で後ろを振り返った。
バックミラー越しに見えたその動作が気になって、俺は尋ねる。
「どうした? 何か忘れ物か?」
啓太はしばらく沈黙した後、ぽつりと言った。
「いや……気のせいだ」
俺もそれ以上は気に留めなかった。まさか、彼が後ろの座席で「何か」を見たなんて、思いもしなかったから。
啓太は改めてスマホに視線を戻す。
「隼也、ここは都会ってほど大きくないみたいだぞ」
画面を覗き込みながらそう言う彼の横顔を見ながら、俺はハンドルを握る。
ショッピングモールが一つに、飲食店が点在していて、ビジネスホテルも数軒。あとは静かな住宅街が広がっているだけの、落ち着いた地方都市らしい。
道路も都内みたいに混雑していない。信号待ちの車列も短く、空がやけに広く感じる。
長距離移動の緊張が、ゆっくりとほどけていった。
この街で、俺たちが“あんなものを拾うなんて”――その時の俺は、想像すらしていなかった。
いや。
もしかしたらそれは、空港に足を踏み入れた瞬間から、すでに始まっていたのかもしれない。
街に入ると、とりあえず目についたコンビニの前に車を停めた。
車を降りる時、ふと後部座席に目がいく。
――誰もいない。
当然だ。それなのに、なぜか「本当に誰もいないか」を確かめずにはいられなかった。
外に出ると、冷たく澄んだ空気が肺に染み渡る。
思わず大きく息を吸い込むと、街の喧騒から解放されたような気分になった。
啓太も車の横で背筋を伸ばし、固まった肩や腕をほぐしている。
「コンビニの駐車場、結構広いな。パッと見だけど、無料の駐車場も多そうだ」
俺は頷きながら、隣で軽く伸びをする啓太を眺めた。
二人で店内に入り、飲み物やお菓子、昼ご飯を手に取る。
カゴの中を見つめながら、啓太がふと声をかけた。
「そういえばさ、スマホで調べてたんだけど、町外れに綺麗な湖があるらしいんだ。行ってみないか?」
「いいね、行こう!」
俺は笑顔で応じ、カゴをレジに置いた。
店員がバーコードを読み取っていく中、俺はある商品に視線が釘付けになった。
冷えたコーラのボトル。
……買った記憶がない。俺も、啓太も、カゴに入れた覚えのないものだ。
まあ、無意識に手が伸びて入れてたんだろうな
少し不思議に思ったが、旅行中の浮ついた気分のせいにして、俺はそれ以上気にしなかった。
車へと戻りながら、これから向かう湖の景色をスマホの画面で思い浮かべる。
想像するだけで、胸がそわそわと弾んだ。
これから始まる、俺たち二人の小さな冒険の匂いに、胸が少し高鳴っていた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
隼也と啓太の旅に立ち寄ってくださったこと、心から感謝いたします。
少しでもゾクッとする空気感を楽しんでいただけていれば幸いです。
※本作は純粋なフィクションです。作中に登場する実際の町や観光地には、このような心霊現象や怪異の事実は一切ございません。実際の北海道は美味しいものと美しい景色に溢れた最高の場所ですので、ぜひ安心して観光をお楽しみください。
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