今はただ、一言だけ
二人のアルビノが、魔王の座を巡って三日三晩争ってから50年後。勝者となったアルビノは、数名の側近を従えていた頃と異なり、今はたった一人の有能な側近だけを従えている。
「魔王様。人間どもの解放を確認しました。皆次々と封印が解かれて当惑しておりますが、パニックには至っていません」
「ありがとう。街の修繕は終わっているな?」
「はい。いささか復元しきれなかった部分はありますが、取り急ぎ居住を失ったまま生活することは無いでしょう」
「そうか。ならいい」
魔王と戦った少女は、世界中に残存していた書物を持ち帰り、或いは記憶していた。その知識は建築分野にも及び、これまで雨風に晒されたままになっていた家屋は、見違えるほど修繕が進み、雨漏りも殆どしなくなっている。もちろん、謁見の間の大穴も塞がれた。
魔王との勝負がどうなるにせよ、知識がその後を生きる者たちにとって必要だと信じていたのだ。
いや、実際にはもっと私的な理由も含まれていた。少女にとって、たくさんの知識を持っていたトモダチは一番の憧れだった。彼のようになりたいと思っていた。
「直ちに当時国王だった者や、統治者を招集するように手配をしろ。今後の世界の在り方について話し合う必要がある」
「はっ!しかし、招集に応じたと見せかけて、暗殺者や討伐軍を差し向けてくるのでは?」
「剣も砲も無く、魔法だけで私を害せるのならむしろやってみてほしいものだ。そんな事ができそうのは……」
私は、同じアルビノの女を見下ろした。私とは異なり、前魔王の威厳を損なわないだけの立派な角と翼が伸びている。
「おそらく貴方だけですよ。魔王様」
「ふっ……今の私は、ただの側近……ただのモニカだ。そう呼べといつも言ってるであろう」
「えへへ……なんだかまだ貴方を名前で呼ぶことに慣れなくて」
『……よく、やった……我の負けだ……さあ、トドメを、刺せ……』
『……刺しません』
『……?』
『旅が出来たのは、魔王様が私を護ってくださったからですよね?なら、魔王様は……きっと命の恩人です。そんな人を殺すなんて出来ません』
『甘い小娘だ……我に生き恥を晒せというのか……嫌だと言ったら?』
『何度でも勝ちます。嫌と言いたくなくなるまで、嫌というほど、何度でもです』
『……くふっ……あっははは!負けたよ!私の完敗だ、ハンナ!良いだろう!お前に代々受け継ぎし封印の力をくれてやる!見事使いこなして見せよ!』
あの日、私は魔王様にトドメを刺さなかった。ううん、刺せなかった。エリアスが起きた時、私が魔王様を慕う人々の敵になったと知れば、きっと悲しむと思ったから。
「それにしても城の料理人たち、ちゃんと各国王族向けの料理を作れるんだろうな?はじめの頃は目玉焼きと称して魚と豚の目玉を焼いて寄越してきたやつらだぞ」
「ちゃんとしたお鍋も用意したし、何十年も練習させたから、きっと大丈夫だよ。味見もしてるけど、もう上手だよ」
「ふっ……そうだったな。いらぬ心配だった」
私が学んだのは建築学だけじゃない。薬草学と、それに付随する医学。そして香辛料といった特産品を使った料理の数々。それらを魔族たちへ伝えるのに何十年もかかっちゃったけど……今の魔族の生活水準は、きっと人間たちに劣らないレベルになったはず。
復活した人間たちに対する支援も……気持ちの整理には時間がかかるだろうけど、問題なく行えるだろう。
ねえ、エリアス。私、すごく頑張ったんだよ。
だから……今回も褒めてくれるよね?
「魔王様!モニカ様!緊急のご報告がございます!」
「なんだ。申してみよ」
「はっ!城の前に、勇者カートライトを名乗る者が、謁見を申し出ています!いかが致しますか!!」
いかが致すかなんて、決まってるよ。
「魔王様。いよいよですね」
「ええ……その勇者を丁重にもてなしなさい。もちろん、その者への暴力は許しません。私も直ちに参ります」
「はっ?……はっ!!」
翼と一緒に角も無くしたのを知ったら、びっくりするかな。だけど、実は折れた時、ちょっとだけ嬉しかったんだ。だって少しでもトモダチに近付けたような気がしたから。
城のエントランスに、見覚えのある青年が立っていた。
交換したいほどの綺麗な瞳は、既に潤んでいる。
体が大きく見えないのは、きっと私の背が伸びたからだね。
だけどその手は、きっと今日も温かいんだろう。
さあ、ハンナ。用意してた言葉を言おう。
話したいことはいっぱいあるけど。
語り合いたい物語もいっぱいあるけど。
今はただ、一言だけ。
「おはよう、エリアス。おかえりなさい」
「ああ……おはよう、ハンナ。……ただいま!」
これからは、ずっとこの人と一緒にいられますように。
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ありがとうございました。




