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妖しの魔鏡  作者: 悠志
14/21

十四 告白

 昼食の時間になった所で、泳いでいた二人も戻ってきて俺を挟んでそれぞれ隣に座った。


「ああー!いっぱい泳いだ!」

「私も、こんなにはしゃいだのは久しぶりだ」


 二人とも、たくさん泳いだことでだいぶリフレッシュ出来たみたいで何よりだ。それに俺も、水着の女の子二人に挟まれてかなり得をした気分になった。


「それはそうと、お昼はどうする?売店で何か買ってくるか?」

「じゃあ任せる。私は少し休んでいる」

「じゃあ私は、澤村君と一緒に行くわ。片手が使えないみたいだし」


 売店の焼きそば持つくらいどうって事もないけど、ここは秋崎妹の厚意に甘えるか。


「じゃ、頼む。鬼熊も、焼きそばでいいか?」

「それでいいよ」


 一言返した後、鬼熊は日傘の下で仰向けになった。まるでグラビアのポーズみたいになっていた。


「ちょっと、早く行くわよ」

「分かったから、引っ張んないでくれ」


 秋崎妹に左腕を引かれ、俺達は焼きそばが売られている売店の前に並んだ。何か急に機嫌が悪くなっているが、俺自身は心当たりが全く無いのだけど。


「なぁ秋崎妹。お前、なんか怒ってないか?」

「別にぃ」


 やっぱり怒っているじゃない。とは言え、俺は秋崎妹の機嫌を損ねるような事は何もしていない筈なんだけど。


「なぁ、俺は秋崎妹に何か悪い事したか?」

「別にぃ。鬼熊さんの水着姿に鼻の下を伸ばしていた事なんて、全然気にしていませんから」


 怒っている原因はそれか。確かに扇情的だとは思ったが、別に鼻の下なんて伸ばしていないぞ。

 何にせよ、原因が分かった事だし、俺が謝れば良いだけだ。


「悪かったよ。でも、言わせてもらうけど、鼻の下は伸ばしていなかったぞ」

「謝ってすぐに言い訳?」

「事実を言ったんだ。それに‥‥‥」

「なのよ」


 その先の言葉が詰まってしまい、秋崎妹に睨まれてしまった。


「いや、その、確かに思わず見てしまったかもしれないが、別にそういうんじゃねぇから」

「じゃあ何?」

「あぁもう!本当に悪かったって。俺はただ、折角海に来たのにお前と喧嘩したくないんだよ。だから、もう許してくれよ。秋崎妹とギスギスした関係になるの、俺は嫌だから」

「‥‥‥ふうぅん」


 ジッと俺を見たまま、秋崎妹はそれ以上何も言わなかった。でも、睨まれている訳ではないのでおそらく大丈夫だろう、と思いたい。

 ようやく口を開いたのは、焼きそばを買った後であった。


「澤村君って、私の事はいつも『秋崎妹』って呼ぶわよね」

「それは、まぁ、『秋崎』だけだったら、お前の姉と被るから」

「だったらせめて、名前で呼んでよ。清美って‥‥‥私があの異常犯に吹っ飛ばされた時は、名前で呼んでくれたじゃない」

「あ、あれは‥‥‥」


 そんな寂しそうな顔で言わないでくれ。

 あの時は必死だったから、思わず下の名前で呼んでしまった。あの時に限らず、下の名前で呼ぼうと何度も思った事はあった。

 でも、恥ずかしくてどうしても秋崎妹の事を下の名前で呼ぶことが出来ないでいた。呼んでみればどうって事も無いかもしれないけど、本人の前で呼ぶとなるとやはり緊張する。それが女の子なら尚更だ。


「はぁ。まぁいいわ」


 何処か諦めた表情を浮かべて、秋崎妹は俺の方を向いた。


「ねぇ、午後からは一緒に海に入らない?膝下までなら大丈夫でしょ。水を掛けたり、無茶な動きをさせたりはしないから」

「ま、まぁ、午前中はぼんやりしているだけだったし、傷口の方はビニールで覆っているから、水を掛けられるくらいは大丈夫だ」

「そう。じゃあ、午後は一緒に遊びましょ」

「ああ」


 ようやく機嫌が少し直ったみたいで、俺は少し安心した。秋崎妹に離れられるのは、もう御免だから。

 俺達は鬼熊の所に戻って、一緒に勝って来た焼きそばを食べた。その後、少し休んでから三人で一緒に海に入った。流石に傷を見せる訳にはいかないので、Tシャツは着たままだが。


「ビニールで覆っているみたいだから、遠慮なく!」


 その瞬間、俺は秋崎妹に思い切り水を掛けられた。そんな秋崎妹に続いて、鬼熊までも俺に水をかけ始めた。何で俺が集中的に狙われるんだ。


「澤村君は唯一の男子なんだから、このくらいのハンデはあっても良いでしょ」

「男ならこれくらい受け入れろ」

「そりゃねぇだろ」


 俺も何とか反撃を試みてみたが、左手一本では大した量の水を掛ける事が出来ず、一方的にやられるだけとなった。

 その時、突然鬼熊の表情が険しくなり、水平線の向こう側に視線を向けた。俺達も、反射的に鬼熊の目線の先を見た。


「どうした?」

「何かヤバイものが近づいている」

「ヤバイものって?」

「分からない。妖気はあまりに微弱すぎるし、なによりも」

「なによりも?」

「かなりデカイ」


 その言葉の後すぐに、俺達の目線の向こうで泳いでいる人達が、次々と何かに引っ張られるかのように、海の中へと引きずり込まれていった。他の海水浴客もそれに気付き、一斉に水平線の先に目をやった。

 すると次の瞬間、海からものすごく大きな赤色の何かが八本の触手と共に姿を現した。いや、あれは正確には触手ではない、足だ。赤い何かの正体は、体長が40メートルを超える巨大なタコであった。

 姿を現したオオダコは、その八本の足で休むことなく海水浴客達を捕まえて、食べていった。


「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁ!」


 一人の女性の悲鳴を引き金に、ビーチに来ていた人達が一斉にパニックになって逃げ出していった。オオダコは、逃がさないと言わんばかりに逃げている人達ばかりを捕まえていった。

 俺達はというと、目の前の出来事を理解できずに立ち尽くしていた。


「ちょっと、何あれ?」

「オオダコ、だよな。でもあり得ねぇだろ。アニメやB級映画じゃあるまいし」


 訳が分からず混乱する俺と秋崎妹に、鬼熊は落ち着いた態度で憶測を立てた。


「おそらく、あれも妖の類なのだと思う。微弱な妖気も、アイツから発せられている」

「妖怪の仲間なのか?」

「だってそうでしょ。あんなデカイタコ、自然界には存在しない。いたとしてもせいぜい3メートルがいい所。なのにあれは胴だけで40メートルもある。あり得ない大きさだ」


 言われてみればそうだ。

 となると鬼熊の言う通り、あれも魔鏡と同じ妖怪の類なのか。


「だが、今はまず逃げるぞ。こんな混乱する人ごみの中で術を使うと、かえってパニックを招いてしまう」


 確かに、今は逃げよう。周りにいた他の客も、ほとんど浜の向こうの森に入り、その先の駐車場に避難していた。

 鬼熊に言わるまま、俺達も浜の向こうの森に向かって走っていった。すると、オオダコの足が一本俺達の方に向かっていき、その足が秋崎妹の体に巻きついた。


「っ!?きゃあぁぁぁぁ!」

「あぁ!」


 オオダコに捕まった秋崎妹は、俺に助けを求めて両手を精一杯伸ばした。俺は必死に、秋崎妹の手を掴もうとしたが、手を掴む前に秋崎妹はオオダコの所に引き寄せられ、オオダコは秋崎妹を高々にあげながら他の逃げ惑う人達を捕まえて捕食していった。


「清美!」

「助けてぇぇぇぇ!」


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 突然現れたオオダコに、体を巻かれて捕まってしまった清美。

 しかしオオダコは、どういう訳か捕まえた清美を高々と上げたまますぐには捕食せず、残った足で逃げ惑う人達を捕まえて捕食していった。

 けれど、目の前でたくさんの人達が悲鳴を上げながら食われていく様を見るのは、不安と恐怖をより一層大きくさせるには十分であった。


「みんな、食べられている!私も、食べられちゃうの?」


 瞳から大粒の涙を流しながら、今現在、自分の体に巻きついているオオダコの赤い足に視線を落とし、両手を添えた。

 オオダコの足は、ビキニを着ている清美の胸と腰周りの間の露出している部分だけを、たった一巻ですっぽり覆うように巻きついていた。


「どうしてこんな‥‥‥私はただ、皆と一緒に海水浴を楽しんでいただけなのに!どうして、こんな!」


 まだ、やりたい事がたくさんあった。もっとオシャレして、お姉ちゃんともちゃんと仲直りして、他の女子と同じように好きな男子と恋愛してみたいのに!恋愛‥‥‥。


「そういえば私、澤村君‥‥‥琢磨君にまだ伝えていなかった」


 たくさんの生徒や、町長をはじめとするたくさんの町民達から酷い差別を受けていた。でも、そんな中でも、彼は決して腐る事もなく、暴力的な手段に走る事もあまりなく、困っている人を全力で助けようとしてきた。助けてあげても、手の平を返される事が多かったけど。

 清美は、そんな琢磨の事をずっと見ていた。ただ見ているだけじゃなく、虐められていたら助けに入って、教室の隅でボォーとしている時は話しかけてあげた。

 琢磨もまた、清美と一緒にいて楽しいと言ってくれた。それがとても嬉しくて、清美は自然と琢磨に惹かれていった。


(そうか。私は、1年の時から琢磨君の事が‥‥‥)


 自分の気持ちを自覚した瞬間、清美は精一杯の大声で彼の名を叫んだ。


「たすけてぇ!琢磨君!」


 清美の声に応えるかのように、清美を捕まえている足に石が当てられた。そっと下を見ると、他の海水浴客がいなくなった中、オオダコに向かって石を投げる琢磨の姿があった。


「このバケモノダコ!清美を離せ!」

「琢磨君‥‥‥」


 助けようとするその姿を見て、清美は胸が熱くなり、瞳から涙が更にたくさん溢れ出してきた。

 だが次の瞬間、清美を捕まえている足が急に動きだし、一気に下へ下げられていき、すぐ目の前にオオダコの大きな口が開かれた。


「きゃあああああああああああ!」


 今、自分の体に巻きついているこの足が離れると確実に食べられる。清美の頭は、もう真白になりかけた。

 もうダメだと思ったその時、目の前まで駆けつけた鬼熊さんが右手の人差し指と中指を立てて、オオダコの大きな胴に勢いよく向けた。


「裂!」


 鬼熊さんの言葉の後、オオダコの胴は大きな音を立てて爆発していき、清美は徐々に口から遠ざかっていった。

 そして、大きな口から10メートル程離れた所でオオダコは力尽き、体に巻きついている大きな足が清美の体を離していった。


「清美!」


 オオダコから解放され、落ちていく清美を琢磨が正面から受け止めてくれた。琢磨の胸に抱かれ、清美は生きている喜びを全身で感じると同時に、ある想いを感じた。


「大丈夫か?」

「ええ。ありがとう」


(琢磨君‥‥‥大好き!)



        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その日の夕方。

 今回のオオダコ騒動のお蔭で、日帰りで帰るはずだったのが、警察の事情聴取や怪我の治療のためすぐ近くの旅館に泊めてもらうことになった。

 オオダコは鬼熊が即席で作った爆弾で倒した、という事になった。

 警察の事情聴取を終えた俺は、一人で海へ行き、オオダコの亡骸を眺めながら砂浜に腰を下ろしていた。


「鬼熊に胴を吹っ飛ばされたにも拘わらず、食われた人達の姿が見えなかった」


 およそ三十人もの人が食われたのに、胃袋の中は空っぽ。食道にも、人の姿は一切見当たらなかった。

じゃあ、食われた人達は一体どこに行ってしまったのだ?

 そんなこと考えていると、後ろの森からまだ水着を着ている秋崎妹が現れた。


「おう」

「こんな所で、一人で何をやっているの?」

「何でもいいだろ。それよりも。もう暗いぞ。そろそろ着替えたらどうだ。上着も着ないで」

「もう少しだけ、いいでしょ」


 そう言って秋崎妹は、俺の隣にスッと腰を下ろした。


「大丈夫なのか?」


 目の前には、お前を捕まえて食おうとしたあのオオダコの亡骸があるのだぞ。


「大丈夫、って言ったらウソになるわ」


 そう言って秋崎妹は、一本の足を指さした。


「あの大きな足にずっと捕まっていたのよ。両手と両足の自由は利くのに、全く何もできなかった。大きな吸盤が直に張り付いていたし。まだ怖いに決まっている」


 捕まった時の感想はともかく、食われそうになったのだから怖いに決まっているか。


「でも、琢磨君と一緒なら平気」

「え?」


 少し驚いた。初めて、親以外から下の名前で呼ばれた。


「どうして?」

「琢磨君だって、私の事下の名前で叫んでくれたでしょ」

「あっ!?」


 そういえば、秋崎妹がオオダコに捕まっていた時、助けたいという思いで一杯になって下の名前で叫んでいた。


「あ、いや、その‥‥‥」


 あたふたしながら秋崎妹の方を見ると、頬を赤く染めながら柔らかい笑みを浮かべて、俺の方を見ていた。


「すごく、うれしかった。」

「え?」

「下の名前で呼んでくれたことが、清美って呼んでくれたのが、凄く嬉しかった」

「‥‥‥」


 なんか調子狂うな。今の秋崎妹、メチャクチャ可愛すぎる!

 チラッと視線を下げてみて思ったが、結構スタイルがいいのだな。腹筋は引き締まっていて、足もすらっとしていて長い。胸もかなり大きいし、艶のある唇はまるでキスを求めているようにも見える。

 そんなことを考えている自分が恥ずかしくなり、思わず視線を逸らしてしまった。


(改めて見ると、皆が噂するだけの事もあるくらい凄く可愛いな。つか、何で俺はこんなにもドキドキしているのだ!)

「ねぇ」

「ん?」


 俺が次の言葉を発する前に、秋崎妹の唇がスッと俺の唇を覆った。その感触と、ストレートな意思表示に、俺はようやく自分今まで抱いていた気持ちが何なのか気付いた。

 そうか。俺は、ずっと秋崎妹‥‥‥いや、清美に‥‥‥。

 唇が離れると、清美はその想いを俺に伝えた。


「私、1年の時から琢磨君の事が好き。私でよければ、付き合ってください」


 清美のきっかけはつかめないが、俺の想いも一緒だった。俺も、一年の時から無意識に清美に恋をしていたのだ。


「よければなんて、清美は俺なんかじゃ勿体無いくらいだよ」

「琢磨君‥‥‥」

「こんな俺で、本当にいいのか?」


 清美は躊躇うことなく、満面の笑みで首を縦に振った。


「ありがとう。俺も、清美が好きだ。俺と、付き合ってくれ」

「はい」


 即答であった。

 こうして、俺と清美は恋人同士となった。俺達は、お互いの意思を確かめ合うかのように、もう一度唇と重ね合わせた。

 もう、迷わない。どんなことがあっても、清美は俺が絶対に守ってみせる。


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