2-5.俺の編み出した答え
気まぐれトーカ!
ギルドホールを飛び出したアレクは急いでメルキドの南門に向かう。
中央通りは人でごった返していた。急いで荷物を纏めている行商人や屋台仕舞いを始める商売人、冒険者たちもちらほらと見かける。中でも一番目立つのが、やはり治安維持部隊である憲兵団だ。
至る所に憲兵団の姿を見かける。しかし、動きは見られない。おそらく上からの命令待ちだろう。
そろそろ南門に着くと思ったが、どうやら思った通り、南門付近は騎士団によって閉鎖されていた。城門は閉められ、騎士団が厳重な警備線を引いていた。さすがに正面から行っても追い返されるだろう、ましてや「外に出してください!」と言ったら「お前はバカか?」と説教を食らうだろう。
騎士団か憲兵団のどちらかが南門を封鎖することは分かっていたとは言え、正直邪魔だ。すんなり外に出してくれるはずもない。今手元にギルドカードもないので、冒険者としての身分証明にもならない。そもそも機能停止しているので効果はないだろうが。
さて、どうしたもんかなぁ…
俺は今、外を走っている。
なんとか無事に外に出ることが出来たのだ。と、言っても力技でしかない。
あのまま南門を強行突破でも構わなかったのだが、それだとバレた時に面倒事になりそうだったので、却下だ。なら、残る手段は十メートルの外壁をジャンプして飛び越えるしかなかったので、身体強化を使って飛び越えたのだ。
まぁ騎士団に見つからないように少し離れたところの外壁を飛び越えたので、騎士団には見つかってはいないだろう。幸いにも住民たちも避難しているのか居なかったので、難なく外壁を飛び越えることが出来た。
確かミーアさんの話では、『南門より先の魔の森中腹あたりで魔物の魔力を大量に探知された』と聞いた。
メルキドの街は南門からメルキド草原を超えた先に魔の森がある。五年前、よく俺が薬草採取やちょっとした小動物の狩りに通っていた草原だ。
草原を一気に駆け抜けて、魔の森手前で停止する。
まず敵がどこまで迫ってきているのか、ここから魔力探知を使って調べる。五年前なら、魔力探知レベルでは、範囲が狭く、そこまで森深くまで探知は出来なかっただろう。どうやら、すぐ近くまで魔物たちはやってきているみたいだ。
幸いにも五年前まで住んでいたツリーハウス付近には魔物たちが居る気配はなかった。まぁ居ても何ら問題は無かったが。あそこには認識疎外の魔法を掛けてあるし、なにより人類最強の師匠が居るから問題ない。
魔物の数は、予想よりも遥かに多かった。
軽く二万は超えている。精々多くて数千匹くらいかな?と思っていたが、マジで数万匹も居るみたいだ。それに雑魚だけではない、かなりの数の魔物の上位種もいる。中にはSランククラスの魔物まで混じっていやがる。
「思ってたより、ヤバいな… 確かにメルキドの危機だな。こりゃ…」
と、言っても何も絶望までするレベルじゃない。
正直少しわくわくしている自分が居る。
魔界ではそんな気持ちを感じることすら出来ない危機的状況が日常だったが、ここは人間界で安全な平原。
何も空から突然、落雷が起こったり、猛毒の雨や躰すら溶かす強力な酸性雨が降ってくることもないし、地面から巨大な魔物が口を開けて襲ってくることもない。ましてや戦ってる最中に魔物の“おかわり”がやってくることもない安全な場所だ。
確かに数だけは一人前だが、所詮は人間界程度の雑魚魔物。
上位種といっても人間界での話だ。魔界ではそんなものゴロゴロいるし、四六時中襲い掛かってきたもんだ。今更人間界レベルの魔物たちが数万匹の群れを作ろうが、暴走しようが、関係ない。
そいつら相手に五年間戦い抜いてきた俺の敵ではない。
それに、一瞬で殲滅できる術を持っている俺にとっては朝飯前の出来事だ。
唯一問題点を挙げるとすれば、それは場所だ。
森の中でやってもいいが、木などにしがみつかれると時間がかかってしまう。
これから入試に向けての勉強をしなければいけないし、それにミーアさんに頼んだ鑑定結果やギルドカード復活の用事すらも済んでいない。はっきりいって時間が惜しい。こんな雑魚どもに数十分の時間ロスすらも勿体ない!と感じる。
と、なると草原で迎え撃つのがベストだ。それに、倒した魔物の素材集めは他の冒険者の人たちにやってもらうので、森の中で倒すより、見通しのいい草原でやる方が後々処理が楽でいい。
さて、もうあと数分もすれば魔物たちが森から出てくるだろう。
俺も急いで準備を始めないとな、と思い草原の中腹へと場所を変えることにした。
草原の中腹くらいまで大体下がれただろうか?
後ろにはメルキドの外壁が見える。少し下がりすぎたかな?と思うが、まぁここでいいかと前を向く。
どうやら、予想よりも魔物たちの動きは早かったようだ。
もうすでに何匹か、目の前まで魔物が迫ってきていた。距離はおよそ五十くらいか?脳内地図で見るまでもなく、魔物たちはすぐそこまで迫ってきていた。
しかし、俺は焦るどころか、心に動揺の波すら浮かばない。至って平常心だ。
「転生したての頃の俺なら、いや五年前の俺でも逃げ出してただろうな…」
昔を思い出しながら、笑みがこぼれる。
馬車が襲われているのを知って現場に突っ走っていったこと。
そして馬車や騎士たちを助けるために数百匹の魔物暴走に突っ込んだ時のことが脳裏に思い浮かぶ。
あの頃は中途半端な実力だったので、自分を囮にすることしか護ることが出来なかった。
結局はあの場にいた騎士たちの治療すらもできず、ただ逃がすことしかできなかった。
あの場で俺が執れた作戦は、最善手はそれしかなかった。
『自分を犠牲にしてでも、この人たちを逃がす時間を稼ぐ』
そんな幼稚な作戦しか思いつかなかったし、それしか手がなかったのだ。
(あれから五年も立つのか… 俺はちっとは強くなったのかな…?)
未だに師匠との模擬戦では負ける。何度か攻撃が掠るくらいまでにはなったが、所詮そこまでだ。すぐにぶっ飛ばされて気を失う。
昔のことを思い出していると、もうすぐそこまで魔物たちが迫っていた。どうやら、俺目掛けてて突っ込んで来てくれるようだ。これは何かと都合がいい。
俺は左腰に携えている二本の剣の内の一本『魔刀:笹雪』を抜く。
この魔刀は、魔界で知り合った魔族の鍛冶師に頼んで作ってもらった一振りだ。日本の転生者なので西洋の剣に似ている異世界の剣よりも、日本の剣、刀にやはり魅力を感じた。そこで魔界で知り合った鍛冶師に頼んで日本刀擬きを作ってもらったのだ。
結果誕生したのが、この日本刀を模倣した魔剣ならぬ魔刀『笹雪』だ!
この魔刀は魔界の希少鉱石であるアダマンタイトと呼ばれる魔力伝導率がズバ抜けて高いレアメタルから削り作られた模倣刀だ。魔力伝導率が高いので最大四種類魔法を付与することが可能だが、まだ二種類の魔法しか付与していない。
ちなみに、二種類とも俺が編み出した自分の能力に似合った魔法を付与してあるのだ!
希少鉱石で作った漆黒の柄にミスリル繊維に炭酸マグネシウムの含んだ岩石を砕いて作った即席の滑り止め粉でコーティングした紐で柄巻きしている。刃部分はアダマンタイトを研いで片刃で細身薄め仕上げで反りの入った刀身をしている。柄と刃の間にある丸鍔には日本人としての拘りを入れて笹と雪の紋様を入れて作ってもらった最高傑作品だ。
自分の使いやすいように多少のカスタマイズしているので日本刀は若干違うが、これを日本刀と言っても差し支えないだろう。
魔刀を右手で引き抜き、右手を引いて刀身を後ろに向けるように構える。腰を中腰くらいに落とし、左手を少し前に突き出す独特の姿勢をとる。この姿勢がもっともしっくりくる構えなのだ。
ゆっくりと息を吐いて心を落ち着かせる。
心はより冷静に穏やかに、決して乱れないように心の乱れを完全に無くす。
完全に心が鎮まり、意識がゆっくりと沈む感覚に見舞われる。
よし入った――――――
今ではスイッチを切り替えるように『極限の集中状態』に入れるまでに成長した。
昔と違って持続時間も増えたので自分で切り替えが可能になったのだ。
神界で体験し、異世界で完成させた生物の気配をより強く察知する『氣の感知』
師匠との戦闘訓練で身に着け、自分で磨き上げた『戦闘技術に我流剣術』
馬車を護る為に決断し完成し修行でモノにした『覚悟を乗せた刃』
魔界で培い、鍛え、磨き上げた上げた『直感に肉体』
様々な経験と体験から編み出した対集団戦用〝殲滅型固有魔法〟
技の発動準備は整った。
後は俺の気持ち一つで発動まで持っていける。
技を発動する前、必ず思い出す会話がある。
それは魔界での修行中に何気なく師匠に聞いた事が脳裏に蘇るのだ。
※※※
「なんで一々、技名叫びながら魔法撃ったり、技放ったりするんですか?」
師匠は戦っている時、技名を言いながら打つのだ。
精神年齢三十路の俺には正直恥ずかしくて真似が出来なかったし、ましてはしようとすら思わなかったが師匠が毎度毎度、必殺技を叫んで技を打っていたのでふいに気になり、聞いてみたのだ。
「んー… 特に考えたことはないな。むしろ、なんでアレクは必殺技とか固有魔法うつときに声に出さないんだ? 俺はそっちの方が不思議で仕方がないんだが…」
「いや… だって恥ずかしいじゃないすか! そ、そんな子供じみたこと…」
「はぁー!? お前はバカか? ここは戦場だぞ?気を抜けば死ぬんだぞ?そんなところで一々恥ずかしがっていられるのか?」
確かにここは戦場だ。一瞬の気の油断で死ぬ魔界だ。しかしそれはソレ。コレはコレだ。そんな恥ずかしいことしたくない。イメージさえしっかりしていれば技は発動するのだ。
師匠はそんな俺の姿を見てため息を「ハァー・・・」と吐きながら説明してくれた。
「…いいか! 技っていうのは人それぞれ違うイメージなんだよ。 戦いの中で一つ一つの有効だった動きに名前を付けることによって、より明確にイメージできるようにするんだ! そのために技名があるんだよ。 そして然るべき時に然るべき技名でいつでも呼び出し、放てるようにしたのが技だ!その名を呼ぶのに羞恥心なんぞ感じてたら、いざって時に実践では使えないぞ!」
※※※
(確かに恥ずかしがってたら、打てる時にうてねぇーよな!)
俺は昔を思い出しながら笑みがこぼれる。
しかし、すぐに表情を改め技名を腹の底から声を上げて叫ぶ。
(これが俺のすべてを救うために編み出した技だ!)
「《万引巨星雲》」




