水の花
マヤの神話と伝説
水の花
マヤの集落が出来た頃、ニクテ・ハーはヨホア湖一帯を覆い尽くす花畑の間に生まれました。
ヴィーナスと同じように、泡と半透明の水の雫の間で、湖水の底から湧き出て、その後ポチャポチャと音を立てながら湖面から遠ざかっていきました。
それは、春の太陽によって焼けるような地面から蒸し暑い蒸気が発散している四月の或る日のことでした。
鳥は鋭く鳴きながら、水を求めて嘴を少し開けながら飛んでおりました。
家畜は種の辛い危機的状況に唸り声を上げていましたし、神秘的に漂う雰囲気は大きな変化を通過しようとしていました。
遠くでは、野生のアヒルが藻の間をガアガアと鳴いておりましたし、ピンク色の嘴をした水鳥も密生しているカマロテという水草の間を水を求めて群れで移動しておりました。
ずっと遠くの方で、太陽は隠れようとしておりました。
静けさは、うっとりとするような美しさの華麗さの中で颯爽と立ち上がった素晴らしい女の形をしたものの勝利の雄叫びのやまびこによって破られました。
もやもやとして春めいて、且つ柔らかく繊細なニクテ・ハーの誕生を告げる奇跡が起こったのです。
その同じ日、ヨホアの王子、カネックは湖の岸辺で釣りをしていました。
その時、湖水から眩いばかりの幻影が湧き出てきたので恐怖で一杯になりました。
部落に走って帰り、今見てきたばかりのことを話しました。彼が話を終えると、古老が言いました。
「それは水の花、水の神様の娘のニクテ・ハーですじゃ。途中で帰ってきたのは賢明でございました。彼女に近づこうなんて考えない方が宜しいのです。彼女の父の怒りを買うだけですから。この少女は何ら悪さをしません。彼女の出現は良き冬を予告するものです。騒々しい鳥を驚かすために、藻の間をぶらぶら歩き回るだけですから」
この言葉は、カネックが毎日、ニクテ・ハーが水から出て
きたあたりにカヌーを出す妨げにはなりませんでした。
彼女の美しさを見たいと思うあまり、彼女に近づこうとする願いの方が優っておりましたので。
彼女は毎日彼の前に現われました。ちらりと彼を見て、それから蝶と遊びながら逃げて行ってしまうのです。
或る朝、カネックは誘惑に負けてしまいました。
湖水からその娘が出てきた時に、カヌーを近づけて言いま
した。
「君が好きなんだ、ニクテ・ハー。君に心を奪われてしま
ったんだ。お願いだから、僕の言うことを聞いておくれよ、
僕から逃げないでよ」
ニクテ・ハーは少しの間、立ち止まった。
彼女の声は滝の水のように心地よい音で、美しい響きを持
って彼に答えた。
「そのように、あなたを愛するなんて出来ないわ。ただ
私に会うことが出来るだけよ。私に近づいちゃ駄目。また、
私を両手で抱きしめようとしても駄目よ。私から離れて、
さもないと、死ぬわよ。溜息で私を溶かし、あなたの部落
は洪水で苦しむことになってしまうから」
しかし、カナックの情熱は日に日に大きくなってきました。
そして、或る午後のこと、古老の賢明な言葉を忘れ、且つ
娘の警告をも忘れ、彼女を強奪することを意図して湖にやって来ました。
彼女が彼のカヌーの近くに出現した時に彼は叫びました。
「君をさらいに来たんだ。もうこれ以上は我慢出来ないか
ら」
娘の姿を追って彼は水に飛び込みました。
娘は靄となって消えてしまいました。
丸太が彼の傍に漂いながら流れてきました。
カネックは泳ぎを知らなかったので、両手でその丸太に摑まりました。
そして、その丸太の上に乗ろうとした瞬間、丸太は生命を得たかのように思えました。激しく身を震わせ、水を払い落とした後、湖水の底まで沈んでいきました。
周囲には釣りをしているヨホアの部落の人がたくさん居りました。
みな、大いに恐れましたが、その王子の死の証人となりました。
その悲劇が語られた時、一人が付け加えました。
「多分、カネックは丸太と思ったんだろうが、藻に覆われ
た巨大なトカゲだった」
「いや、違う。それは水の神がニクテ・ハーに触れた者に与えた罰だったのだ。神の怒りを静めるためのお願いをしに湖に行こう。我々の部落が洪水によって破壊されるのを避けるためにな」
と古老の一人が言いました。
- 完 -