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【昔話 兵(つわもの)の掘る穴ー真実その4・後編ー】


"紫の瞳を持って、心を拾い読み取ってしまう(ちから)を持ったブバルディア一族の人は、心が明け透けに聞こえすぎて、耐えれなくて、殆どが独身を貫き通すらしいんだけど、中には結婚して、子どもを残した人もいたらしいの。

ただ、どの紫の瞳持った人と、その相手の人は互いに《心の声が聞こえてしまう》というのを受け入れる為に、長い時間はかかったらしいけれどね。

だから、私も、もしかしたら結婚出来るし、自分の赤ちゃんを抱けるかもしれない"


国が傾いてるなんて少しもしらず、出逢って間もない頃、まだ少女だったトレニアとした希望を抱いた会話をグロリオーサはしっかりと覚えていて、思い出していた。


その思い出した記憶に、トレニアはまた瞳を潤ませる。


"これって、決起軍に自分から入っていながら、いきなり言い出した私の"身勝手な夢"になるよね、グロリオーサ?"

堪えるようにしながら、グロリオーサの黒い瞳のからでる戸惑った眼差しを、魔女は受け止めていた。


"イテっ"

テレパシーが苦手なグロリオーサの頭の中に、トレニアの"嘆き"が涙に濡れたような気持ちと一緒に届けられる。


(この国の、多く人の幸せの為になら、たった一人の人の夢なんて、諦めて当たり前。

――そう思っていた筈なのに、急に年月の話を聞いたら怖くなったの。

もし、順調に国を平定して子ども達が病にかかっても直ぐに医療機関かかれて、何の心配も持たずに暮らせる国が出来たとしても。

でも、私は家族も持たずに、何をしているんだろうって。

"それでも、国が平和だからいいじゃない"って思えないの)


恥を偲んだ、赤裸々な女性としての言葉だった。


"俺は、国の人の幸せを願って入るけれど、決して仲間の幸せ夢を犠牲にしても、良いだなんて思ってなんか"

そこまで言った時、不意にトレニアはから抱きついてきた。


"ト、トレニア?"

"強くて優しい王様になれるグロリオーサなら、絶対に私の夢を否定しない言葉を言ってくれるのが解っていた。

こうやって、私の自己中心な恥の夢を諦めろなんて、絶対言わないのも解っていた。

それ全部分かっているのに、優しい都合のいい言葉を聞きたくて、グロリオーサにだけこんな事を言うなんて、私、卑怯だよね。

――ごめんね、頭、冷やさないとね"

決起軍を始めた頃には同じくらいの背の高さだった女性は、いつの間にか、自分の胸元位の背になっていた。


(こんなに、トレニア、ちいさかったっけ)

グロリオーサの、本当に不思議そうな心の声を聞くと、トレニアはクスッと胸元で笑った。


"イテっ?!"

思わず痛みにこめかみを押さえると、またトレニアがクスリと笑った。


(貴方がデッカクなったのよ、鬼神さん)

日頃はグロリオーサが苦手だと知っていてテレパシーを使わないトレニアが、こんな風に使う事が、彼女が"平常心"ではない事を現しているようにも見えた。


"外で、頭を冷やしてくるね"

背伸びをしてグロリオーサの耳元で囁いてから、天幕から、魔女は駆け出した。


"…トレニア!!イっ!"

連続してテレパシーを使われた為か、思わずグロリオーサが踞る程の頭痛と共に、トレニアの声が頭に響く。


(ついてこないで、貴方に泣き顔を見られたくはないの!)

その言葉もあって、グロリオーサは結局、仲間を追うに追いかけられない状況になってしまった。




『―――グロリオーサがトレニアという女性の気持ちを考えて、決起軍から外そうとしたりしても、決起軍の中で、"悪魔のアングレカム"という参謀殿と一悶着ありそうだな。

戦力としても勿論だが"心が読める魔女、トレニア・ブバルディア"が、レジスタンスにいる事は決起軍にとって味方についた6割の者達への"セールスポイント"に、使っているところもあるだろうから。

ああ、ロック、ありがとう』

新しい茶菓子と紅茶を受け取り礼を述べながら、ピーンはそんな事を言い出したので、グロリオーサは顔を上げた。


『セールス、ポイント?』

ピーンは鸚鵡(おうむ)返しをするグロリオーサの顔と声のイントネーションから、まず彼がこの場合の"セールスポイント"の意味を"解ってない"と察して、穏やかに説明を始める。


商人(あきんど)の言葉だな、セールスポイントは、"客"に――"客"というのは、今回の場合は内々に味方になってくれた6割の方々に関してだ。

その6割の方々に、"決起軍なら国を平定させる事が出来るかもしれない"と、関心を集中させるために特に強調したい特徴や利点の事だ。

その利点にトレニアの"人の心を拾い読む(ちから)"を、アングレカムというグロリオーサの仲間が使っている事が、私は否めない』

『アングレカムが、トレニアの(ちから)を利用するのは、俺もあるとおもう』

ピーンが言ったその部分はグロリオーサも、納得している様子で確りと頷いた。


しかし、何処と無く白髪のロブロウ領主が幼馴染みのアングレカムの事を、非難しているのにも気がつく。

それはアングレカムが彼女の能を、まるで道具のように、トレニアの気持ちは無視した使い方をしていると言われているみたいに感じた。


『トレニアのお陰で、味方につける相手の選別。

長期にかけて、留まりたい時の場所選びには、アイツの能が本当に助かったって、アングレカムが言っているのを何度も聞いた』

だから今までアングレカム・パドリックと、トレニア・ブバルディアが仲間や友として協力してきた話をした。


あかたも自分の自慢をするように、親友でもある仲間達の話を楽しそうに口にしてから、グロリオーサは腕を組んで少しばかり攻撃的な眼差しで、ロブロウ領主を見詰めた。


『でも、何でトレニアの夢を叶えようと動こうとする事で――仮にをアイツを夢を叶えさせる為に決起軍から、外すような事になった時に、一悶着がアングレカムとの間にありそうなんだ?ピーン?』

特徴的なキリッとした眉を使って、眉間にそれは盛大な皺をグロリオーサは刻み込む。


―――大切な仲間を非難するのは、今日"友"となった相手でも許す気はない。

特徴的なキリッとした眉と、精悍な黒い瞳がそう語っていた。


『アングレカムは確かに腹黒くて、容赦ないところもあるけれど、心が読めるトレニアでも結構普通に数少ない話せる相手でもある。

朴念仁であるアングレカムでも、たまに笑顔を見せるくらいだから、2人は結構仲はいいぞ。

それにアングレカムは、顔が綺麗だから言い寄って来る女にはキツい事も言うけれど、普通の御婦人や、子ども相手なら寧ろ優しいぐらいだ。

だから、アングレカムがトレニアの気持ちを聴いたのなら、俺と同じ様にアイツの幸せを願って決起軍から外れても―――』


『―――例え、巧みに練り上げた軍略があったとしても、どんなに人の思惑の裏をかいた策謀があったとしても、"心を拾い読む"魔女、トレニア・ブバルディア様の前では無駄になる』

グロリオーサの言葉を遮ったのは、ロブロウ領主に何処までも忠実な執事の青年だった。


『―――ロック君』

"ガサツ"であり、鈍感であることを自負しているグロリオーサにも、今回は執事の言葉の鋭さと―――自分に向けられる敵意に気がついた。


グロリオーサが大切な仲間を非難されれば、怒りを覚えるように、唯一無二の主のピーン・ビネガーに僅かでも害を及ばそうとする相手は、領地の賓客になろうとする人物でも、若い執事は許しはしない。



『グロー様、先程も申しましたが、私はビネガー家の執事であり、お客様である貴方にとっては使用人の一人と変わりません。

繰り返しになりますが、どうぞ呼び捨てになさってください』

そう言って言葉を遮ったグロリオーサが自分に"注目"したことに気がつくと、執事は静かに微笑む。

そして、自分の主であるピーンを一瞥し、許可を求める。


(宜しいですね、旦那様?)

ロブロウ領主は執事からの"許可"を求める視線に、声は出さずに一度目を伏せる事で応えた。

主が声を出さずに"許可"を出した事に、ロックも声を出さずに小さく目礼をする。


―――言葉を出してピーンが許可を出したのなら、王族に"無礼"な口答えをする使用人を"主"が許可したという証拠が残ってしまう。

そのロックの気持ちを汲んでくれ、尚且つ"忠実な執事がグロリオーサに例える事の出来ない不満を抱いている"のを見越して、丁度"ガス抜き"になるような状況にもなったチャンスを"賢者"は使う事をあっさりと許可する。


(―――火花を散らす程度は構わないけれど、"焦げ付き"は残さないように頼むよ、ロック)

(承りました、旦那様)

自分が"依存"している主が、こうやって心を拾い読みする(ちから)があるわけではないのに、自分の気持ちを考えてくれる事に、感謝し、それがいつも的を得ている事に敬服した。

そしてロックは、グロリオーサと対峙する。


『グロー様、トレニア様の能は先程旦那が仰る通り"決起軍の特に強調したい特徴や利点"の1つになっておいでです。

これも繰り返しになりますが例え、"巧みに練り上げた軍略があったとしても、どんなに人の思惑の裏をかいた策謀があったとしても、"心を拾い読む"魔女、トレニア・ブバルディア様の前では無駄になる。

トレニア様さえいらっしゃれば、"どんな攻撃さえも決起軍は裏をかいて迎える事が出来る"のです。

それが決起軍に賛同してくれた6割の方々の心を、掌握している部分もある』


『それがあるから、味方についてくれたっていうのか?。

それがなかったら、どんな策謀も、無駄に出来る"トレニア・ブバルディア"が決起軍から離れたなら、平定に助力すると言っていた者達が、手を引いていくっていうのか?』

ロックから挑んだに等しい言葉での"戦う姿勢"に、黒い精悍な瞳から鋭い視線が返される。


それだけで、ロックは背中に小さな汗の滝が出来そうだった。

邂逅(かいごう)の時はグロリオーサと対峙しただけで、"気に食わない"以上に得も言われぬ不安が執事をを包み込み、主で賢者の言葉を思い出したお陰で"命拾い"出来たような感覚にすらグロリオーサから味わされた。

だが、今言葉で向かい合うグロリオーサを"怖い"と感じ汗をかいたとしても、"不安"はない。


("勝ち負け"ではないけれど、今ならば旦那様の心を惹き付けてしまっているこの方とも、私は張り合える)

――"勝つ"つもりはない、ただピーン・ビネガーを惹き付ける存在と"同等"の位置にいたいという、プライドが執事の胸に湧いていた。

音を鳴らさないように、唾を飲み込み、執事は言葉を続ける。


『勿論決起軍に協力すると言っておきながら、あからさまに手を引くことはないでしょう。

しかし、決起軍のこれからの活動に不安を抱かれる方が必ず出てくると、ここは私でも断言できます。

それほど"トレニア・ブバルディア"様の活躍は、決起軍の中では大きいものです』

『―――それは、俺も認める。

でも、トレニアが抜けただけで、本当にピーンやロック君がいうような事が起きそうになってしまうのか?』

ロブロウ領主と執事を見比べ純粋無垢に、グロリオーサは黒い瞳に疑問を浮かべていた。


主と自分を見比べるレジスタンスのリーダーに、執事は言葉に詰まる。

グロリオーサ自身"トレニアの活躍で救われた"といった旨は、何度も口に出しているし、理解している。

だが、その"助けてくれたトレニアが仲間から抜ける事で、平定望むを協力者達が離れていく"という事案が起こるとはどうやら考え及んでいない。


(―――この方の溢れるような強さは、一度契りをかわし、信じた"人"を信じぬけるという事も起因しているのか?)

自分の主である賢者と、その妻君ぐらいしか、人というものを"信用"していない執事の青年は、グロリオーサのそんな所が、神々しさを持って輝いているように見えた。


ただ"輝き"の(ちから)が強力過ぎて、眩しくて、強すぎる光を直視してしまった際に瞼に浮かぶ"闇"のようなものも、執事の心の縁に感じてしまっていた。


"闇"のような感覚に一瞬だけ心を捕らわれそうになりつつも、執事の青年は言葉の討論において"感情"に振り回されないようする。

頭の中で決起軍のリーダーであるグロリオーサに、"トレニア・ブバルディアが決起軍から円満に抜ける事は難しい"、という現実を知らしめ、納得もさせる言葉を並べる。


『――決起軍の活動の情報に関しては、私が把握をさせて頂いているのは先程グロー様から聞いたもの。

併せて、旦那様の御部屋を片付ける際に、拝見させていただいた決起軍の資料の情報によれば――』

口でそんな事を言いながら片付けが苦手な主に"勝手に拝見して申し訳ありません、旦那様"という視線を向けてもいた。


部屋に入るのにもノックをしない事を執事には許している主は、ゆったりと椅子に座ったまま、口許にだけ苦笑いを浮かべてまた無言で頷いた。

老獪という言葉が似合うようになってきた白髪の賢者は、優秀な執事が片付ける際に、報告内容把握はしている事は、勿論気がついていた。

何より、"決起軍"の資料が、結構細かな時系列を寸分も違わずに合わせて整頓されている時点で、ロックが内容を確りと把握しているのに気がつきながらも、特に何も言わなかった。

それほどロックが忠実で、決してピーン・ビネガーの不利になる事はしないと信じている。


(まあ、グロリオーサに対して必要以上の敵愾心(てきがいしん)を持ってしまっている事だけは、不思議な部分ではあるが。

さて、それでは私は"私しか"出来ない事を目論もうかな♪)

賢者は執事に"ロブロウ領主の代理"として、国を平定させようとするレジスタンスのリーダーへ、


"仲間が抜ける事においての留意点"

を説明する事を任せておきながら"ある事"の企てを白髪の頭の中で広げ始める。


『決起軍の代表するような勢力は、

"人の心を拾い読む魔女"を筆頭させて頂いて、

"弦から放たれた矢"の如く、頭の動きも身体の動きも素早い魔剣を扱う美丈夫、

徳の高い神の(しもべ)でありながらも、(いにしえ)の精霊術を巧みに扱う強仕(きょうし)(年令で40才智力、気力ともに充実している年齢の例え)

に迫った神父』

ロックから言われる"決起軍"の評価する言葉をグロリオーサは黙って聞いている。


『そして一騎当千をも凌駕する、武人。

たった一人で国の精鋭である騎士団の小隊を壊滅させた鬼神の如き活躍をする、異国の武器を振るう暗愚の庶子である男』

決起軍を象徴する"力"を持つ4人を口に出し執事は、最後の例えに出したグロリオーサを見つめる。


男は話を始めた時と同じように、肝を縮ませるような鋭い視線をロックに向けたままだが、反論の為に口を開くといった様子はない。


(言葉を使って戦う事が不得手に見えたとしても、きっと油断をしたら、私はこの人にあっさり負ける)

慎重に言葉を撰んで、執事は主に代わって引き継いだ話を続ける。


『決起軍にいらっしゃるどの方も、力と個性は、まるでお伽噺の主人公として登場するような、国を救ったという"英雄"に例えても過言ではありません。

英雄は、知恵と行動と人を惹き付けるカリスマ性をもって、民を導き国を救う。

セリサンセウムという国の民は、今は正に"国を救ってくれる英雄"を求めている。

そして、協力をするという6割の方々は、決起軍である貴殿方に国を救う英雄を重ねようとしている』


『国を救いたいとは思う。

けれど、お伽噺の英雄みたいに扱われているとかは、俺は知ったこっちゃない。

それに俺は何より、仲間には自分の夢を潰してまで、決起軍にいて欲しくはない。

小さな犠牲はあっても仕方はないと、俺でも思う。

でも、トレニアが持っている夢を――自分の子どもを授かって育てたいという夢を諦める事は、決して小さい犠牲じゃない』

決起軍の逗留の先で、赤ん坊がいたならば、母親に丁寧に頼み込んで赤ん坊を抱っこさせて貰う姿を何度も見てきた。


そしてそれと同じくらい、愛用の蕀の鞭を繰り、動きを読まれて呆然とする敵を打ち倒す、苛烈な魔女も見てきた。

傾きかけた国の民が望んでいるのは、赤ん坊を抱えて微笑むトレニアよりも、嫌な世相を打ち崩してくれる魔女トレニア。


『―――協力してくれている奴等にしてみれば、"トレニア・ブバルディア"が、国を平定に導くのに、貴重でかけがえのない戦力と見ているのは判った。

トレニアが抜ける事で、せっかく"平定"に近づいている時間が遠退いて、今みたいな"嫌な世の中"が続く事を恐れてる。

本当なら一刻も早く終わらせてしまいたい。

だから、"戦力"としてトレニアが抜ける事を"許せない"』

執事が考えていたよりも、驚く程あっさりとグロリオーサは"決起軍に協力する者達"の内心を理解する言葉をだした。


今まで彼から向けられていた鋭い視線もなくなり、怖さもなくなってしまって、ロックは思わずポカンとしてしまう。


『―――そんなに…そこまで驚かないでくれよ、ロック君。

さっきまで、怒ったアングレカムみたいに怖かったのに』

『―――失礼しました』

未だに"君付け"を止めないが、それに対する怒りはロックには今は浮かばない。


その2人の様子をピーンは目を閉じたまま口角を上げて聞いていて、カリンは何処と無くではあるが賓客と執事から殺伐とした空気が抜けた事に、ホッとした表情を浮かべる。

グロリオーサは苦笑いを浮かべながら、少しばかり狼狽えている調子の執事を見つめて、年相応と言うべきなのか"大人"として穏やかに口を開いた。


『それこそ、トレニアにはこれまでにだって、散々言われているんだ。

"皆が皆、貴方みたいに強くはないし、心が広いわけじゃない"ってな。

それにあわせて、俺の気持ちも判ってくれていた。

"グロリオーサは、強くなりたくて強くなったんじゃないのは、判るから。

強くないと、生きて行くことが出来ない場所にいたから、仕方なくに強くなったのも判る。

本当は少しだけ、《守られる》立場に憧れている事"も。

まあ、こんな強面で、鬼神なんて呼ばれてる俺が"守られてみたい"なんてちゃんちゃらおかしいなぁ』

そこまで言って、再びグロリオーサの黒い瞳に力が戻った。


だが先程のような、恐ろしさを感じさせるようなものではなく、"強さ"を伝えてくる眼差しだった。


『ただ、これだけは言わせてくれ。

俺は心を読めしないし、ガサツだし、単細胞な、馬鹿力の、鬼神らしい。

だが"平定に協力"してくれるって言ってくれた人達と決起軍のリーダーとして接した"俺"には、彼等が力強く見えたんだ。

俺達、決起軍が諦めなかったら、平定の為に動いたなら、可能な限りついて来てくれるって。

例え、トレニアが抜けたとしても…だ』

最後の方だけ、グロリオーサの言葉が少しだけ弱くなる。


『―――それは"希望"を感じさせるグロリオーサ・サンフラワーを目前にして、その方達も気持ちが"強くなった"ように見えただけでは?』

執事は自分でも嫌な事を言っていると思いながらも、その可能性を口にする。

執事自身も嫌だと思っていた言葉は、どうやらロブロウの賓客となっている、レジスタンスのリーダーにも耳が痛い言葉であったらしい。


再び特徴的なキリリとしたはっきりとした眉を使って、眉間に深い皺を刻みながら、痛みを堪えるような表情を作り、"嫌な事"を言う執事を見る。

だが、ロックを見つめる黒目には痛みに堪える力強さはあっても、攻撃的な鋭さは全くといって良いほどない。


『"鬼神グロリオーサ・サンフラワー"がいたから、仲間として認めて貰い、また側にいたから気持ちが強くなっていた。

そして、そんな風に見えていただけか』

そんな否定の言葉を自分で言いながらも、"信じる"という力が、精悍な瞳の中にあった。


だが"ピーン・ビネガーに変わって、説明を役目を引き受けた執事"として、ロックも引かない。

引かず、そして尚且、言葉にグランドールの"内"に入り込むような鋭さを意識する。

腹に力を入れて、先程唾を呑んだはずなのに乾く喉元から声を絞りだす。


『ええ、更に酷い言い方をしたならば、"虎の威を借りて"、気持ちが強くなっていただけとも言わせて貰っても、障りはないかと』


(そうやって協力して"強い仲間"なった信用して、もしも"弱さ"の為に裏切られたのなら。

きっとこのグロリオーサ様という"人"は……傷ついてしまう)


《早く、このロブロウから出て行って欲しい》

《ピーン・ビネガーの側から、離れて欲しい》

怒りばかりを抱いていたはずの相手なのに、今は主の興味という心を捉え、未だにそれ嫉妬もしているのに、彼が"傷ついてしまう"事の心配をしてしまっている。


"信じたい"というグロリオーサの真っ直ぐな力強い瞳に負けそうになりながら、それでも怯まずに、見つめかえした瞬間に執事の青年の頭に、ある声が飛び込んできた。

"信用して、裏切られて、傷つくのは貴方ですよ、グロリオーサ・サンフラワー!"


(―――これは!?)

凛とした男性の"冷たい"と感じるほど冷静な、でも熱くなりすぎた"情"を優しく冷やすようなそんな声が、ロックの頭に中に響く。


『やっぱり、ロック君はうちのアングレカムと似ているなあ』

そんな事を言う鬼神と呼ばれる男が、傷つきはしてはいないが"悲しんでいる"のも執事に伝わって来ていた。


(無意識に過去に強く印象に残った経験が、私の言葉で思い出したという事でしょうか)

"魔術は全くダメだ"とは言ってはいたが、この賓客にはその才能がないわけではない事も執事に判った。


(―――アングレカムという仲間の方に同じような事を、グロリオーサ様は既に言われていたのですね)


"自分という人がいなくても、信じた相手は大丈夫"

強さを信じて信頼した相手が、"弱さ"を理由を約束を違えてしまったのなら、グロリオーサは「仕方ない」という気持ちと、自分の身勝手という分かっていながらも共に、"裏切られた"という気持ちも、抱いてしまうのかもしれない。


けれども、"グロリオーサ・サンフラワー"と同じような、もしくは匹敵するような強さを"普通に生活をしている人"に求める事も、きっとそれそれで"酷"な事でもあるのだろうと執事は(おもんばか)る事が出来る。


『―――なあ、ロック君。

俺は、そんなに影響力や、カリスマ性なんてあるのか?』

『ええ、それはもう。その事も私は断言できます"』

この質問には、執事の青年は即答をする。

そして、グロリオーサという人は仲間にも同じ様に尋ねたのも容易に想像出来た。


(グロリオーサ様、あまり物事に執着しない、ピーン・ビネガーが賓客をこうやって領主夫妻で迎えて、しかも私も傍らにおいて相手をするなんて初めての事なんですよ)

嫉妬の気持ちと、グロリオーサを労る気持ちが、不思議と器用にロックの胸の内で同居している。


自分の敬愛する主が、庇護欲を限りなくそそる妻や、欠点を補ってくれる弟のような執事とは、全く違う"対等"な立場のグロリオーサに惹かれているのも判った。

そしてグロリオーサも、ロブロウ領主ピーン・ビネガーが"自分の求める強さを持っている期待を裏切らない人"だと思っている事も、会話をしていく内に推し量るが出来た。

執事は自分の主を一瞥すると、"賢者"は先程から変わらない様子で瞳を閉じて"執事と賓客"の会話を楽しんで聞いていることが伺える。


(きっと旦那様は、私がグロリオーサ様に食ってかかっても、相手にしない……焦げ付きはおろか、火花も散らせはしない事を、最初から見越していらっしゃたのですね)

信頼する執事にもこなせる仕事"として、賓客が色んな意味で必要とする"持て成し"をさせる。


そして自分はピーン・ビネガーにしかこなせない事の支度を、水面下――あの白髪の賢い頭の中でしていることを、ロックは今になって察した。


(旦那様は、本当に"イタズラ好き"ですね……)

"驚かせる"という意味では、一見穏やかな状況でしかないのだが、実はロックは十分に実は驚いている。


彼自身はこうやって、賓客に対して喧嘩腰の、もしかしたら自分の首が飛ぶかもしれないそんな話方をしたつもりだったが、予想以上にグロリオーサが"穏和"に話を受け止め、落ち着きそうで、苦笑いすら出そうになる。


"器が違う"とまざまざと感じる。

"嫉妬"を抱くのは仕方ないとしても、"敵愾心"をグロリオーサに持たなくても良いのだと判る。


(―――私とこのグロリオーサ様は、元々が旦那様から見ている立ち位置が違うんですよね)

ただ、ピーンがどちらも"大切"にしようとしている事も判り、また主も執事が賓客対して敵愾心を持って欲しくはないという気持ちも判った。


その賓客であるグロリオーサは、昔馴染みの親友だけではなく、迷子になって辿り着いて"保護"された先でも、"影響力"と"カリスマ性"があると言い切られて考え込んでいた。

鬼神は今度は"困っている"のが、ありありと判るような皺を眉間に刻んで腕を組んで、ムムっと考え続けている。

ただそのグロリオーサが考える姿は、どういう訳だかわからないのだが、"とっても似合わない"という言葉を、敵愾心が抜けてしまった執事に思い浮かばせる。


優秀な執事は、不覚にも嫉妬は抱いている相手ではあるのだが、"似合わない姿"をしている賓客に、好意的な笑みを浮かべそうになってしまい、口許を押さえて堪えた。


『―――あの。お話が落ち着いたのなら、私も繰り返しになるんですけれど、今一度、グロー様にお尋ねをしたい事がございます。

どうして"グロー様"が、このロブロウで迷子になってしまったのですか?』

カリンが、執事と賓客の話が落ち着いたというのを見計らって、おずおずと疑問を小さな唇からに出した。


領主夫人の質問に、ロブロウ領主である夫のピーンは、パチリと閉じていた目をあけてチラリと自分の妻を見た。

直ぐに視線は"妻・執事・賓客"3人を眺める物に戻した。

組んでいた脚をサッと組み換えて、その膝の上に手を置き、今度は目元と口許の両方を使って、満面の笑顔をロブロウ領主は作る。

賓客との会話に集中していた執事は、最初カリンが言っている意味がわからなかった。

何とか堪えていた好意的な笑いを納めて、口許から手を外して主の夫人を見つめる。


『え?どうしてですか?奥様?』

『あのね、ロック。グロー様の話では、確か"トレニア"さんが……』

いつもの冷静で頼りになる、弟のような執事にカリンが説明を始めようとした時、ロックも夫人の疑問に思い当たった。

未だに似合わない考え込む表情をする男を見て、ロックは思わず短く「あ」と小さな声を漏らす。


《トレニアは泣いたと…いいや、紫の瞳に涙を溜めて零れる直前に、俺の前から走り出した。

走り出して決起軍…と言っても仲間4人のテントだけど、そこから駆け出したんだ。

ついでに、馬にまで乗って行ってしまって…》


グロリオーサ自身が、"トレニア"が馬に乗って飛び出したという事は言っているが、この考え込んでいる鬼神がテントから動いたという話は、一辺たりとも出ていない。


『―――あ、奥様そうですよね。

どうして"グロー様が迷子"になっているんでしょうか?。

その―――トレニア様という仲間の方は、グロー様がおっしゃるには確りしたお方ですよね?。

しかし、話を聞いた限りでは迷子に、なるとしたら"トレニア様が迷子"でないと、話がおかしいのですよね?』

いつものように執事が、自分が謂わんとする気持ちをわかってくれて、領主夫人は胸元に手を重ねて、小さく華奢な顎を動かしながら、喜びの声を出す。


『そうなの、ロック。お話を伺った限りでは、そう言う事になるはずよね?』

『ん!?トレニアがどうかしたか、ロック君に奥方殿?』

トレニアの名前を聞いてそこで漸く、話題の当人は似合わない考え込む態度を止めて顔を上げた。


そして、"迷子の疑問"に目を丸くしている執事と領主夫人にも気がついた。


『―――ククッ』

そこで堪えきれないと言った様子で、膝の上に乗せていた手を目元に移動させて、抑えながらピーンが笑い声を漏らしている。


『何だ、面白い事でもあったかピーン?』

グロリオーサが普通に尋ねた。


その含み笑いをしている"ピーン・ビネガー"の様子を知っている夫人は苦笑いを浮かべた。

もう1人、含み笑いの意味が判る執事は"旦那様…"と声に出しているわけではないのに聞こえてきそうな雰囲気を醸し出していた。

青年男子にしては、比較的大きな瞳を半眼にして少しばかり機嫌が悪くなった事を表現する。

まず最初に、ピーン・ビネガーに話しかけたのは、彼の妻だった。


『領主様は、トレニア様ではなくて、グロー様が迷子になってしまって、このロブロウにいらした理由を、既に存じ上げていらっしゃるのですね?。

それをこうやって、私とロックが話の辻褄が会わない事に気がつくまで、黙っていらっしゃるなんて』

親同士が決めた伴侶とはいえ、連れ添って10数年になる妻は、夫が理由を知っていながら黙っているのが分かって顔をしかめる。


三十路を過ぎても、時折"可愛らしく見える"と夫に言われる眉を潜めて――"怒った"表情を作る。

それはまだ、6人の自分の子供達が幼いイタズラをした時に、気の弱いカリンなりに叱る仕草と同じものだった。

但し、もう彼女がこんな顔をして叱りつけても、夫と長女と長男以外、話をまともに聞きはしない。

そして弟みたいな執事は、大切な主の奥方にまずこんな顔をさせない。

妻の表情を楽しみながら、夫は楽しそうに口を開く。


『存じ上げているかどうかは、解らないんだ。

後、ロブロウに来たのは多分本当に偶然(チャンス)だとしか言い様がない。

迷子になった理由は予想の範疇で、確証がないからはっきり言わないだけでもあるんだ。

軽々しくいって、あとで問題になっても嫌だからね』

そう言って軽く肩を竦めるとピーン、夫が嘘はついていないのと妻には判る。


ただ雰囲気が、楽しみ過ぎて――ふざけているようにも見える様子を改めてないで、カリンに向けて答えていた。

その様子にカリンが軽く嘆息すると、ロブロウ領主の(かたわ)らにある"影"が動いた。

領主の"影"で優秀な執事は、優しい領主の妻より、容赦ない口を開く。


『旦那様、1人で状況を理解して、納得して、笑われるのは悪い癖だと前に申し上げたはずです。

しかも側にはロブロウ領地の賓客、身分は伏せる処置となってはいますが、王族の方の前でなさるなんて』

そこで一度言葉を切ると、半眼だった目を一気に開いて領主を見つめる。


『そもそも脚を組むという所作も、無礼だと思う方もいらっしゃるんです。

これは確か前にも、注進したはずですよね?。

失礼があっては、ビネガー家の沽券(こけん)に関わるのですよ?』

執事として雇われて、夫人と同じように10数年になる青年は、自分の主が"ロブロウ領主ピーン・ビネガー"の評判が下がる事に繋がる行動を軽く取っている事に呆れつつ、怒濤の諌めを展開していた。


どうやら優しい領主夫人の"叱責"を真面目に受けようとしない、不真面目な自分の主に、執事は倍返しをしようとしている所もあるらしい。

最近では"正論"の執事の言葉に勝てないビネガー家の当主は、颯爽と降参の意思を表現する。

まずは、注進された組んでいた脚をほどいて下ろして両掌を見せて肩の位置まで上げた。


『ロック、カリン、ゴメン、すまん、悪かった』

慣れた様子で、ロブロウ領主は2人の"家族"みたいに思える人達に謝った。


『なんだ、ピーンも日頃の態度を仲間から説教を受ける方みたいだな』

まるで仲間を見つけたみたいにグロリオーサは笑っていたが、領主の奥方と執事が不思議に思っている事を説明しようと、頑丈そうな口を開きかけた。

しかしそれは白髪の友人からの視線を受けて止める。


(今少し、待って貰えないだろうか、グロリオーサ?)

テレパシーが苦手だという賓客に合わせて、視線のみで意思を込める。


グロリオーサは、ピーンの意思を汲み取ってくれたらしく、開きかけの口を閉じた。

ロックとカリンは、グロリオーサが説明をしてくれるのかとばかり思っていたのに、急に口を閉じてしまったので、また顔を見合わせてしまっている。

顔を見合わせてしまっている妻と執事に、ピーンが揺ったりと言葉をかけた。


『―――多分、こうやってグロリオーサ・サンフラワーと話していたのなら、カリンとロックも何となく、トレニア殿が迷子ではなくて、グロリオーサが迷子になってしまった理由。

考えるだけでも、結構想像がつくものだと思うんだけれどなあ』

『え?』

『私と、奥様にでもですか?』

執事は思わず、賓客であるグロリオーサをまじまじと見つめてしまう。


(グロリオーサ・サンフラワー、なら)

執事にはグロリオーサがピーンと意気投合して、出会って数時間で親しすぎる関係を築いてしまった事には、抑えがたい程の嫉妬を確かに覚えている。


但し、"ピーン・ビネガーと親密過ぎる事への嫉妬"を除いたところでグロリオーサ・サンフラワーと話し、彼に感じるのは好感の感情ばかりである。

これが天性の気質というのか、カリスマというのか分からない。

しかし、ピーンに深く病的に依存している自分ならともかく、並の人ならグロリオーサ・サンフラワーという人柄に"惚れてしまう"という事は若い執事にも十分に判った。


(そして、"惚れている"部分。それは決起軍に仲間の方達も同じ事)

そんなことを考えて、こうやって彼と話して感じ、理解できたのは、豪快に豪胆でもあるグロリオーサが、見た目では比較ならないくらい、仲間を大切にしていることだった。


(仲間を大切にしている方なら、追いかけてこないでと言われても……、追いかけても不思議ではない。そして、探している内に迷子に……)

それが一番の合点がいくと執事は考えたが、ここで一旦考えを止める。


《ついてこないで、貴方に泣き顔を見られたくはないの!》

(トレニア様にとっても、グロリオーサ様にとっても互いに大切な仲間。

でも、もしもグロリオーサ様が友達以上の感情を抱いていたとしたら)


しかし執事には、これ以上の事を考えて想像巡らせることは難しかった。

ロブロウ領主であるピーン・ビネガーに依存頻りの彼は、"誰が誰に恋をするという考え"は、考えに考えぬいてたとしても、さっぱりわからない。


ロックの"恋愛観"と言えば、精々読書で読んで知ったものである。

"知った"だけで"理解"している訳ではない。

その読んだ本というのも、"執事の仕事が終わった後に自由に読んでも、良い"という事で領主で賢者でもあるピーンが、古今東西から集めたどちらかと言えば、文学書としての蔵書達であった。

片付けが苦手な主の世話に追われて、なかなか時間は取れなかったが、雇われてから10数年という時間はあった。


なので執事の青年は読むのも難解な、魔導書を除く一般的な文学書ならば、ピーンが集めた全ての蔵書を読破していた。

そしてその中には、この世界でも古典文学とも言われているが、"恋愛"について扱われている本もあった。

この世界の成人なら題目ぐらいなら誰でも知っている"恋愛物語"で、ロックは"一般常識のために"と勿論読んで……大いに理解に苦しんだ。


"どうして好きな相手と会えないだけで、この登場人物は病になって寝込むんだ?"

"どうして命がけまでして、愛の証明をしなければならないんだ?"

かなり辛辣な感想と、もう遥か昔に亡くなったであろう物語の作者に質問したいという気持ちを持ちながらも、とりあえず執事はその"恋愛"の本を読み終えた。


そして、どうしても理解が出来ずに憮然とした顔をして数日を過ごす。

ロックの中で最も身近にある、唯一の"恋愛"のお手本といえば、自分が誠心誠意仕えるロブロウ領主夫妻である。

しかし、ある意味一番恋愛の古典文学から遠い御両人にも見えた。


ロックの読んだ古典文学の本の中の主人公の男女2人は、親が決めた縁談の相手を、

"結婚するぐらいなら死んだ方がまし!"

というぐらい拒絶していた。


ロブロウ領主夫妻は、全く親に歯向かいも反抗しないで、顔合わせもせずにあっさりと互いを受け入れていた。

そして何より、妻となるカリンの方はロックから見ても判るぐらい"ピーン・ビネガー"を夫として信頼している。


ピーンもピーンで、嫁としてのカリンを大事にしている。

与えられた"縁"に感謝して、それを受け入れていた。


そんな2人に仕えている執事は思う。

(どうして自分の意志が尊重されないだけの恋愛に、ここまで生きるだ、死ぬだって事を、この古典文学の本は記しているのだろう?。

そして、どうしてこんなに人気がある書物になるんだろう?)

そんな悶々と執事の様子は、弟のように可愛がる領主夫妻もすぐに気がつく。


妻は若い執事が恋でもして悩んでいるのではないのでしょうかと、夫に言うと、ロックの"依存"について知っている主は腕を組んで頭を傾げていた。

とりあえずピーンが尋ねてみれば、方向は違うが執事の青年が"恋愛"について悩んでいることには間違っていなかった。


『まあ、あれだ。一般的には人様の恋愛ごとには、頼まれでもしない限り、関わらない方が良いというのが、私の持論だ。

でも、惚れている相手の為に何かをしてあげたいという気持ちは、恋をしている間は出やすい、希有な気持ちだと思うがね』

答えてはくれたが、珍しく明瞭のな答えを避ける背の高い主をロックは見上げる。

すると観念したようにピーンは苦笑いをして、ロックの頭をポンポンとした。


『実をいえば私は、恋愛というものははっきりいって経験をしていないに等しいんだよ。

幼い頃、親が決めてくれていた、領地の端のほうに住んでいる貴族というよりは、医者に近い父の友人の娘。

その娘である"カリン"という女の子が、私のお嫁さんになってくれると聞かされて育った。

だから私は"お嫁"になる人がいるのだからと、意識して女性については、出来る限り恋をしたりしないように努めていたよ。

まあそれより、"研究や絵を描くのが楽しい"が勝っていただけの事もあるけれどね』

一応"貴族"であるビネガー家ではあるので、ピーンも親が"それなりに貴族として遊んでいる"のは知っていた。


しかし、両親はそれで不仲という事もなく、"それが貴族社会の倣い"として受け入れていた。

でもそれは、幼いピーンには悪夢影響を与えたという事もないが、全く魅力的でもなんでもなかったので、自分はしない事に幼少期に決めていた。


二次成長期を過ぎた時も、そういう事に興味が出たが俗に言う"一般的な範疇"で無事に済んですませ、序でに"1人旅"の時に後腐れのない店に行ったりもして、経験もしていた。


"自分にはお嫁さんになってくれる人がいて、待ってくれているから"

決して、新しい伴侶を探そうとしたり、他の相手という考えがピーンの中には浮かばなかった。

手紙と肖像画でしか知らない年下の"許嫁"ではあるが、他の相手を選ぶことで、彼女が悲しむのは嫌だと、ピーン自身が不思議と、頑なになっている部分もあった。


そして手紙をまめに返してくれる、"カリン"という娘が可愛らしいと感じていた。


『だから、ロックの疑問や不満に対して、参考になるような言葉になってなくてすまない』

苦笑いの顔をしたままピーンは、優秀な執事に詫びる。


『いいえ。―――私は恋愛なんてした事はありませんし、する気もありませんから。

でも、私は旦那様とカリン奥様のような夫婦の姿が、いちばん理想的だと思います。

周りを巻き込んで、傷つけてまで続けてまでする"恋愛"なんて、少なくとも私にとっては価値がない、空しいものです』

主に申し訳なさそうに謝られたが、執事は首を横に振って主を夫妻を肯定した。

それから、ふと思い付いたように、形の良い顎に執事は手袋を嵌めた手を当てて、にっこりと笑って口を開く。


『ああ、でもこの古典本の著者の方が、

"こんな話は物語のだけで楽しむぐらいにしておきましょう"

という戒めや言い聞かせのつもりをもって話を書いていたのなら、ある意味とても冷静で懸命な方だと尊敬致します』

そんな事を言って、本の感想を改めて述べた。


『やれやれ、ロックは意外と貴族社会には、なかなか手厳しいな』

その古典文学の作者が、貴族ではなく貴族の世話をする側女が記録的に少しばかり"批判の意味を込めて書いた"という逸話を知っている主は、執事の観察力に心内で、舌を巻いた。


『それは心外です、旦那様。

どの貴族様達も、旦那様とカリン奥様のようなご夫婦でしたなら、きっと世間はもっと良い世の中のはずです。

少なくとも、セリサンセウムという国は、一夫一婦が法律で定められてます。

国王陛下や、権力と扶養能力がある方では側室が例外的に認められているみたいですが、跡目争い等でろくな話を聞いた事がございません。

それに若い方で読解力がない方は、恋愛の本に載っていることを真に受けて、周囲を見えなくなっている方もいるとか。

周り巻き込むような恋愛なら、迷惑に決まっています』

どうやら"自分勝手な恋愛"に対して、若い執事は大きな怒りを抱いている事に主である賢者は、結構驚かせて貰った。


そして驚きを誤魔化す為に、また苦笑いを浮かべる。


『やれやれとりあえず私とカリンの事を、誉めてくれた事には礼を言うよ。

これからも、ロックに誇って貰えるようにカリンの事を大切にするから、よろしく頼むよ』


"大切にするよ"

まるで宣誓をするように"カリンを大切にする"という、相手の事を思いやる"恋愛"をしている主の言葉が、執事には嬉しかった。


そして恋愛は苦手ながら思うことは、もしグロリオーサとトレニアの間に"恋愛感情"があったのなら、自分の仕えるロブロウ領主夫妻のように"互いを想いあう"ものだと考えた。


(恋愛については本当に良くはわからない。

でもグロリオーサ様が、"恋愛感情"でトレニア様を想っていたのなら。

そんな相手が"泣いてる顔を見られたくはないという気持ち"を尊重したなら、追いかけない?)

だが、トレニアの気持ちを優先させたとなると"グロリオーサの迷子"が、成立しなくなる。


『―――グロー様は、とてもトレニアさんの事を大切に思っていらっしゃるんですよね』

カリンが出し抜けに"色んな解釈"に取れる言葉を口にして、グロリオーサに尋ねた。

尋ねられた当人は、本当に僅かにだが顔を赤らめてから、小さく頷いた。


『―――カリン奥様』

どちらかと言えば寡黙な事の多い、寧ろでしゃばる事は好まない人物のの発言に執事は目を丸くする。

"頼りになる弟"の気持ちロックに対して持っているだけに、実は少しだけ"お姉さん"も気持ちを持っているカリンは、執事に向かって微笑んでみせた。


(珍しいでしょうけれど、私に任せてもらってもいいかしら、ロック?)

領主の仕事、賢者で古今東西の魔術を集めている夫とその仕事を手伝う執事を、妻であるカリンは手伝うことなど出来ない。


けれど"大切で好きな人"を思う気持ちは、2人以上に分かると自信を持っていた。


『最初はトレニアさんが願った通り、彼女の泣き顔を見ないようにその場で待っていたんですよね』

『ああ、そうだ。トレニアがそう言ったからな、俺はその通りに』

するとまた出し抜けに、グロリオーサの言葉を遮るように領主夫人は言葉を挟むようにして、続けた。


『でも、それ以上に心配もしていた。

けれど、追いかける事が出来ない。

追いかけて、"泣いた顔を見ないで欲しいという"トレニアさんとの約束"を違える事で、彼女から嫌われるかもしれない』


"嫌われるかもしれない"という言葉に、賓客はいよいよ顔を真っ赤にさせる。


『心配なのに、追いかける事が出来ない状態』

優しくもきっぱりとして、赤いグロリオーサに向ける妻の言葉に、領主はニヤッと笑った。


(こういった事は、トレニアの方がロックよりも"大人"なのかもしれない)

カリンの言葉はまだまだ続く。


『本当なら、仲間同士、親友同士、涙を流したのなら追いかけても構わないはずなのに、"追いかけないで"というトレニアさんの気持ちを、追いかけたいという貴方の気持ちより優先させた』

『―――嫌われたくないってのもあった。

"今の関係で"って気持ちも…』


『―――でも、仲間の方が"追いかけるように"背中を押してくださった?』

『ああ、"アングレカム"に』



グロリオーサがそう答えた時、賢者の目が鋭く細められた。



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