【昔話 兵(つわもの)の掘る穴ー真実その2・前編ー】
勝てない相手に勝つ方法?。
"負けた"と思わせたなら、それで貴方は自然と勝った事になりますよ。
『うーん、やっぱりアングレカムが掘るスピードには、まだ勝てそうにないな。
アイツは昔から、理不尽でムシャクシャする事があると穴を掘るか、荒れた土地を開墾する勢いで耕していたから。
さっきも、どっかで掘っていたし。
まあ、バルサムの成人まで時間の余裕があるとは言えないしな。
直ぐに無茶して決起軍にも入ろうとしていた、あのお転婆娘の安全と、情報を引き出す為に、王都に幽閉するように仕掛けておきながら、気にしているんだろう』
カラカラと笑いながら、姪っ子と親友の"恋"を見守る事しかしないと決めているグロリオーサは、突き刺していた円匙を引き抜いた。
腰の位置まで穴に埋まっている場所から、円匙を掴んで身軽く出てきて年上の仲間を見て、ニッとまた頑丈な歯を見せて笑う。
『で、ピーンの方は内通者になりそうな厭味な男には会って話して、アングレカムが仕組んだみたいに、二枚舌で唆せたのか?』
動物が好きでもあるレジスタンスのリーダーは、賢者の肩にいる愛くるしい外見の鼬の姿をした精霊に、チッチッチと舌を鳴らし手を伸ばしながら、結構失礼な尋ね方をする。
『接触は無事に出来た。
唆そうと思ったが、止めた』
だが失礼な事に腹を立てた様子もなく、そこまで言って賢者が指を弾くと、鼬の姿をした精霊は小さく頷いて、ピョンとグロリオーサの方へと跳び移ろうと賢者の肩を蹴った。
最近、馬以外の動物に触れあう機会が全くないグロリオーサは、愛くるしい鼬の姿をした精霊が自分の肩に乗る前に、円匙を手離して捕まえていた。
精霊は、まさか空中でキャッチされるとは思っていなかった様子で、円らな瞳をパチパチとしている。
『おおっ、精霊なのにモフモフしているなあ。
で、大丈夫なのか?。内通者の意志に任せる案は俺も提案した。
だけど結局、バルサムが当たりをつけたその厭味の男、チューベローズの心胆にも任せる、確実性の低い方法は取り止めに決めただろ?』
上機嫌に精霊の触れ心地を語りつつ、作戦の変更について尋ねる。
鼬の姿をした精霊は、手足の先が中ぶらりんなのは落ち着かないらしく、短い手足をパタパタとさせているので、グロリオーサは豊かな黒髪の上にのせると漸く落ち着いた。
精霊が落ち着いたのを見てから、賢者は話を続け始める。
『私が直に会って話した限り、大丈夫だと信じる事のできる人物だった。
チューベローズはバルサムに惚れてもいるだろうが、それと同じ位に、国を憂える気持ちを抱えている様子が、充分に窺い知る事が出来たよ。
搦め手をして、色んな事を唆さなくても、バルサムから話を持ちかけたのなら、メリット、デメリットに拘らずに、まず"国を良くしたい"という気持ちに身を委ねて、手伝いを自ずから言い出すだろう。
合理的であろうとする人だが、人は"情"で動くのだとは分かっている人だ。
後は、内通者になった付加に、"恋のライバル"を見るというのもあっても悪くはないだろう』
前半の真面目に感じられる話だけで終われば良かったのだか、最後まで緊張感が保てない賢者はついふざける心が出てしまう。
最後に僅かに出た"恋"という単語に、ふざけようとする節をいつもの調子で口にする賢者に、気がついた目敏い神父がピクリと眉を上げた。
決起軍のリーダーであるグロリオーサにしても、賢者の資格を持つピーンにしても、どちらかといえば"調子者"と判別されやすい雰囲気を持っている。
そして実際宿命の如くお調子者である2人の仲間に、神父バロータは溜め息をついていた。
『グロリオーサもピーンも、自分たちが遂行させねばならない作戦に関係するならともかく。
思うようにならない人の恋路を、その場の雰囲気で、自分が楽しむために話を進めるのは、止めておきなさい。
2人ともは、どちらかと言えば、想いが互いに通じ、実った形だからいいかもしれない。
しかし、話を聞いているとアングレカムとバルサムの想い合う2人が添い遂げるのを前提にしているみたいだが、この2人は例え国を平定したとしても、婚姻関係を結ぶのか判らない』
"国を平定出来た場合"の相談をアングレカムから受けている神父は、彼がこなす予定としている仕事に、忙殺されやしないかと思える量だった。
"平定をし終えて、一休みと言うわけにはいかないみたいですね"
と、緑色の瞳に難色を孕み呟いた男を知っている神父は、叱る言葉を吐き出していた。
諌めを含んだ神父の口が開くと、"お調子者"達は、素直に口を閉じる。
賢者も、国の平定の為の戦略を練りつつも、"国を新たに設え直す"事にも、頭を悩ませていたアングレカムを思い出していた。
そして、彼なら"仕事にかまけて家族を不幸にするぐらいなら、最初から家族を持つという、甘い夢はいらない"と、考えていそうなのは直ぐに想い至る。
(まあ、バルサムお嬢ちゃんはそれでも構わないから、お嫁さんになりたがると思うがな…)
ただ、アングレカム自身がきっと"不幸"に見えるような家庭生活を、命懸けでなし得た平定した国で、バルサムに送って欲しくはないのも想像がついた。
(これも平定をしてもないのに考える事じゃあないな)
とりあえず諌められた内容には、納得ができるので謝りを口に出す。
『バロータ、悪かった。
晴れて障害もなく、あの2人が両想いになったらと考えたら、他人事ながら嬉しかったんだ。
それは、初見のうちのロックも願ってる事でもあるから』
『結ばれて幸せになって欲しいと思うのは、私も認めよう。
私も一度だけしか会った事はないが、バルサムというお嬢さんが、アングレカムが好きな事はそれだけで、分かったよ』
そしてアングレカムに恋するバルサムの様子は、バロータに亡くなった妹を思い出すのに充分なものだった。
はにかみながら、気障ったらしい赤いスカーフを首に巻いた男の治療をする、"巫女エリファス"は本当に幸せそうだったから。
だから、アングレカムとバルサムには例え恋人や家族の時間を持つことが困難になったとしても、添い遂げて欲しいというのが、神父の本音でもあった。
『ああ、そうだ。これを返しておかないと』
バロータに声をかけられた事のついでに、話を切り替えるようにして、思い出したようにピーンは紅黒いコートから、古びた絵本を取り出す。
それは妹の"形見"にもなった絵本なのだが、どういうわけだか、記憶を吸いとるという特殊な扱いを"賢者"にしか出来ない代物になってもいた。
魔力は側にいる、魔力がある存在から無造作に吸いとるのだが、希に、いたずらのように側にいる"記憶"も取っている事もあるのに、バロータとアングレカムとトレニアが気がついたが、どうにも扱いに困っていた。
そこにグロリオーサが勧誘したピーンが加わって、何とか細かい取り扱いが出来るようになった背景がある。
ただ絵本を扱える賢者であるピーンが語るには、このは"理論理屈"というよりは、"感覚"ということだった。
厳密に言えば違うらしいのだが、絵本の扱い方を簡単に例えるなら、曲芸の玉乗りを、上手に乗る方法を理論で纏めようとするより、実地に身体覚えた方が"判る"といった具合らしい。
ただ使う為に覚えるその"感覚"というのを、掴み乗りこなす為には"賢者になった"という行程を体験しないと解らないだろうという事だった。
"そんな例え話を聞くと、まるで絵本の方が意志を持って、使う相手を選んでいるみたいだな"
珍しく辿々(たどたど)しい説明をする賢者の言葉に、唯一絵本の不思議さに気付つけなかった――"気にしなかった"グロリオーサの言葉が、賢者の気持ちをまた掴む。
(未知なる"不思議"に出会っても、この人は興味があるかないかで、その利用価値なんぞに一切考えようともしない。
無欲なのか、潔いのか、それとも単なる"天然"なのか。
だがこんな人だから、"記憶を無くしたい"――消してしまいたい過去なんて1つもないのだろうな)
改めて心を惹き付けられながら思ってみれば、その仮説はピーンの中で納得出来るものになってしまう。
人が絵本を読めないのではなく、"絵本が賢者という人だけを選んでいる"という事も確かにあり得た。
そのグロリオーサの言葉を聞いてから、バロータがいう禁術を含めて、この絵本としっかり向き合い研究をしたいが、まだその時間は賢者には取れていない。
とりあえず賢者にだけ判る"感覚での絵本の扱い方"を簡単にメモに記して、それをバロータに渡しておいた。
万が一自分に研究する時間が取れなかったとしても、新たな賢者がピーンが記したメモを見れば、比較的スムーズに"絵本"の使い方を把握出来るだろう。
自分が出来なくなった場合、研究に足掛かりになるようにという、ピーンにしては珍しく"老婆心"を起こしていての行動だった。
そして今回は神父に頼み込んで、賢者は記憶を吸いとる絵本を借りて、初めてその"記憶の吸いとり"の感覚の理論をやってみたのだった。
それはピーンが考えていた通りの"使い方"が出来ていた。
『この絵本があったから、アングレカムが提案した方法をやった後に、グロリオーサが提案した方法も、取りなおす事が出来た』
その口ぶりはグロリオーサの"思い付き"を方を作戦としてこなせた事を喜んでいる。
戦場でも神父の法衣を纏う同年の友人は、貸していた絵本を受け取りながら、少しだけ心配そうな表情をする。
『記憶を吸いとったというが。
その御仁は、大丈夫なのか?』
『ああ、大丈夫。バロータの妹さん"エリファスが亡くなった理由を事をすっかり忘れた"村人みたいに、私の事もロックの事も、チューベローズ先生は覚えちゃいないよ。
ただ出会って、そんな人ともいたね、ぐらいの"記憶"しか残っちゃいない』
バロータの過去の傷に塩を塗り込むようにも響くピーンの言葉ではあるが、その傷は"痕"は残っているが完璧に塞がっていて、事実として神父には受け止める事が出来ていた。
妹が犠牲にはなったが、"犠牲があった上で、命を助けられた"とかつて世話になった村の村民に、余計な枷を背負わす事もなくなったのは、アングレカムには人が善すぎると言われたが、バロータにとっても有り難かった。
どこかで"負の連鎖"を断ち切らなければ、人はきっと縛られなくていい事に縛られて、やがて自分の首をも締める事になる。
自分や命を散らしてしまった妹エリファスが、傍目からみたら"損"をしているようになったとしても、恨みや辛みを持ち越さない事が、未来の安寧に繋がるのなら、それで構わない。
そんな風に、バロータとエリファスは、神職者である両親から育てられていた。
『そうか、お前のように"覚えて欲しくない""忘れてしまった方が良い記憶"をこの絵本で吸いとるように使いこなせたのなら、これは大層人の心を救える代物となる』
そんな言葉を言いながら、自分の中に僅かに燻ってしまう恨みの気持ちも吸いとって貰えたのなら、と少しだけバロータは考えてしまったりもする。
ただそうやって記憶を吸いとってしまうと、"妹"がいたという事実も失うような気がして、友人となった賢者に口に出すことは出来ずにいた。
『バロータなら、今からでも"賢者"になれるんじゃないのか?』
グロリオーサが頭に乗せた鼬の長い胴体を撫でながらいうと、神父は苦笑いしながら首を横に振った。
『私には無理です。賢者になるには、年を取りすぎてしまっているし、何より"探求心"が足りません。
さて、それより"穴堀"ですが、如何しますか?。
アングレカムに勝てないと分かっているのでしょう?』
神父は、自分が賢者になったらどうだというグロリオーサからの話を、当たり障りなく、事実を言って断る。
そして逆に、鼬の姿をしている精霊のモフモフとした身体の感触を楽しみながらも、"勝てない戦い"について悩んでいるリーダーに、神父は言葉をかけていた。
それなりに悩むグロリオーサは、神父の言葉を聞いてから頭に載せていた鎌鼬を腕に抱えなおして、その喉を撫でながら口を開いた。
『負けると判っていて、勝負を挑むことは、やっぱりバカ―――になるか?』
"戦うなら、勝たなければ意味はないでしょう"
質問を口に出したのなら、頭の中に親友のアングレカムのそんな答えが、彼の落ち着いた声で、間を置かずに響く。
"貴方が1回でも、負けて死んでしまったのなら、決起軍はそれでもう御仕舞いなのですよ。
大きすぎる力故に王都から離された王の子供だという大義名分があるから、国を良くしたいという言葉も生きているんです。
誰に似たのかはわかりせんが、そのカリスマ性と強さだけは、貴方だけが持っているものです。
その強さとカリスマ性は、平定をなし終えた後もこの国の民があなたを王と認める為の、鍵となる"
少なくとも、アングレカムは、グロリオーサが負ける事は認めてくれていなかった。
『私は、勝負の内容によると思う。
内容によっては"負けた方が勝ち"ということもあるからな。
グロリオーサは、細かい事を考えるのは面倒くさいだろうが、負けていた方が後々良かったとい事は、何気によくあることだ。
私達の出会いも、そうだっただろう?』
賢者は明るく、そう答えた。
遠回しにではあるが、明瞭に賢者が"負ける戦い"を挑もうとする事を応援してくれる事が分かった。
『ああ、それなら判る。
俺が色々とあって、迷子になったがピーンを見つけて、決起軍に引き込んだ事は、珍しく全員に誉められた事だったからな』
得意気に迷子を"負け"みたいグロリオーサは言うが、この言葉を聞いて、賢者と神父は顔を見合わせて、苦笑いを浮かべる。
『どちらかと言えば、その場合は、"怪我の功名"のほうがしっくりとくるのでしょう。
ただ、勝った負けたで話しをするのなら、賢者ピーンを仲間に入れた事は"負けた上での勝ち"だと思います』
いつも参謀となるアングレカムから、お小言を頂いているリーダーをよく知っている神父も援助してくれる。
バロータにしたら、年上やら"神父"という手前、ふざけた冗談やきつくも感じられる表現を押さえているので、ざっくばらんに話せる同年代の"賢者ピーン・ビネガー"の参入は有り難かった。
口に出した事はないが、"グロリオーサ、よくぞ迷子になってくれた!!"と賢者とたまに共にする晩酌で神父は、軽く酒の力も入っている為か、そんな気持ちを頭の中でも何度も連呼している事が多々あった。
そんな赤裸々な本音は、酒の力の為からか、魔術に秀でた執事や、人の心を拾い読んでしまうトレニアは、賢者と神父の世話をやきながら、
"よくぞ迷子に!"
とバロータが連呼する部分を、不意討ちのように聴かされる形になり、吹き出すのを懸命に堪えたという場面もあった。
そうやって時を過ごす事は、"時間薬"となって、妹を喪ったバロータの心をの傷を確実に癒してくれていた。
"グロリオーサ達に出逢わなければ、妹とは命を散らす事はなかった"とは決して考えない。
国の端にある、小さな村の教会の神父バロータとして、この国の惨状に心を痛めていたのは本当だったし、それはエリファスも同じだった。
"誰かの理不尽な不幸の上でしか成り立たない平穏は、平和といえるのでしょうか?"
漠然とした言葉を言った後、エリファスは兄が決起軍に入る事を進めてくれた。
その優しい瞳の中にも、溢れる"決意"を感じたからバロータは妹を残して、決起軍に参加した。
もし参加していなかったのなら、エリファスを喪った種類とはまた違う種類の"後悔"が自分を包み込む事が、暗闇の中でグロリオーサとピーンを眺めながらバロータには解っていた。
バロータは、そういった意味でグロリオーサには感謝もしているので、彼に"村に残ったままの神父"が抱きそうな後悔をもって欲しくはなかった。
『なら、アングレカムとの穴掘りに負けたとしても、勝った事になるためにはどうすればいいと思う?』
グロリオーサが考えながら、鎌鼬の背中をしつこいくらい撫でる姿を見て、表面上は穏やかに微笑みながら、彼が納得出来るような"勝てる負けた方"を考える。
"しかし、これは「屁理屈」の部類の話でもある"
――屁理屈と言えば、と言った様子で神父にしては、少々"人が悪い"様子で賢者を見た。
神父が何を謂わんとするかが分かった賢者は、白い髭がちらほらと伸び始めていた顎を、大きな手で撫でながら口を開き尋ねる。
『とりあえずこの"勝ち目のない穴堀"で、アングレカムに勝つ事でグロリオーサがしたい事を教えてくれないか』
賢者からの質問に、鎌鼬を抱き締めたまま目を強く硬く閉じて、グロリオーサという人にしては本当に珍しく考えながら喋る。
『新たに何かをさせたいというわけじゃない。
ただ、必要以上にアングレカムが自分だけ"泥"を被ろうとするの止めて欲しい。
今回の内通者に関しても、確かに言い出したのはアングレカムではあるけれども、俺たちもその考えに乗ったんだ。
でも、アイツは必要以上に自分で、出来るだけ俺達がこれ以上辛くならないように、抱え込もうとしている』
内通者に関して提案した時、親友の困ったような笑顔が目蓋の中に浮かぶ。
"貴方にはトレニアとの間にダガーがいます、そしてダガーが生まれてからの貴方の戦いは本当に素晴らしい。
ダガーを心から愛しているトレニアは、身を斬られるような気持ちをしても、我が子を預けて、これからの子ども達の為に"戦場"に身をおいている。
神父殿は決起軍に参加する事で、妹のエリファスさんを失いました、だけれどもそれに悲観する事もなく協力を続けてくれています。
あのお気楽な気障で、寂しがりやのジュリアンは、恋人の命を自分の手にかけて、償いとして孤独を自分に課した。
私と言えば、貴方から田舎の柵の中から引き出して貰って、楽しい友を得たり。
私だけ随分と、楽な気持ちをさせて貰っているような気がしてならないんです。
こういった形を取るのは、ただの私の自己満足ですから気にしないでください"
――気にする必要はないし、厭なことがない事にこした事はないだろう。
グロリオーサなりに言葉をかけたが、それには取り澄ませた笑顔を浮かべて、アングレカムは話を切り上げて、続けようとはしなかった。
アングレカムが"本当の笑顔"を見せながら申し訳なさそうに言っていた姿を、硬く閉じていた目を開きながら思い出す。
グロリオーサは賢者に、これ以上親友が、不必要に重荷を背負い込もうとするのを止める知恵を乞うた。
賢者ピーン・ビネガーはフムっ、と、わざとらしくも見える言葉を出して自分の考察を述べる。
『俗にいう"幸せすぎて怖い"ってやつに当てはまるのかもしれない。
まあ、確かに一般的にみたら、不遇の農家の賢い次男坊が、一応貴族の友人に引き抜かれた。
今や国を揺るがしかねない実力者の片腕であり、かなり上手い事をやっているように見えない事ともない。
これが平定を成し終えて、決起軍のメンバーの詳細を国民が知る事になったのなら、尚更にいろんな尾鰭背鰭がついてくるだろう。
だから、予防線を張る意味で"アングレカムの悪評"に繋がりそうな、普通の人が厭う事や、距離を取りたくなうような所業を率先してやろうとしている、といった所だな』
平定を成し終えて悪政から解放されたなら、浮き立つ輩が必ず出るだろう。
もしも、"悪魔"や"非情"というラベルをつけていなければ、農家の上がりのアングレカムを上手いこと利用しようとよってくる輩の事も視野にいれている。
その上での処置を行っているアングレカムという青年に、賢者は評価して誉めてやりたいところでもあった。
賢者の考察を聞いて、グロリオーサは複雑そうに腕に鎌鼬を抱え直しながら、表情を歪めていた。
『俺からすれば、決起軍の中で誰が得した損したなんて考え事もない。
ただ、アイツは勉強をもっと出来る環境を望んでいたし、農家って家の縛りにあの時は、酷くうんざりとしていたんだ。
アングレカムの親だって、長男に跡を継がせる事ばかりで、アイツを労力の1つみたいな捉え方していた。
だから、俺なりアングレカムの能力と労力と思える金を差し出せるだけだしたなら、あっさりと自由にしやがった』
これには、アングレカムとトレニアから話を聞いていたバロータが笑いを漏らす。
『確か、貴方が王の庶子の1人として貰った財産の6割を、アングレカムの親御さんに差し出したそうですね』
『6割!?』
多額の金を払ったらしいとは聞いていたが、財産にも当たるであろう金を半分以上を差し出しと聞いて、賢者も流石に目を向いた。
だが、グロリオーサは至極真面目にと言った調子で頷いた。
『アイツにはそれ以上の価値があるけれど、姉上に"決起軍を作るとしたらこれだけ必要ね"って教えて貰って、じゃあ要らない分をそのまんま差し出した。
もしかしたら、アングレカムがそんな事を気にして―――?』
自分達のリーダーである青年が、金に無頓着であるのか、それともやはり"坊っちゃん"育ちではあるかどうかは分からないが、バロータとピーンは互いに顔を見合わせて、また暗闇の中でも分かる苦笑いを浮かべてた。
『まあ、そんなに親に払った金額が多いというなら、アングレカムが気にやむというか、呆れるのが正常な反応だから、気にする事はないだろう。
それとグロリオーサ、一応これは私の考察に過ぎない。
アングレカムの本心は、もっと別の所にあるかもしれないし、似合わんから考えすぎるな』
そうやって賢者が見る分には、初めて多額の金を使った事にアングレカムが気にしていること気がついたと見える、決起軍のリーダーに励ましの言葉をかける。
そして自分が出した式神を抱えるその仕草が、赤ん坊のダガーを抱えるトレニアに似ている事に気がついた。
風を司る精霊の鎌鼬も、鬼神の如く"覇気"ばかりを出している人が、こんなにも優しい"気"を出して自分を抱えている事を不思議そうに見上げている。
(六人も子どもがいる自分より、よほど様になっている。
"やんちゃ"だけがベースだった少年も、成長している。
あの思慮深い日に焼けた青年なら、更に成長していることだろう。
グロリオーサが両親に支払った金の事で、コンプレックス等も決起軍の活躍で、折り合いをつけた考え方も多分出来ている。
金の大事さはわかっているだろうが、金に無頓着なリーダーに金の事で拘るのも、この長い年月で馬鹿らしいと踏ん切りはつけているだろうしな)
ただ、少なくとも泥をアングレカムが自分から被ろうとする要因の一端に、少しばかり金の事があったのは把握できた。
(―――ん?成長する?)
通りすぎるように頭に流れた成長という言葉が、賢者の脳裏に引っ掛かる。
ピーンがある言葉に考え込み黙った事で、今度は一応決起軍のリーダーであるグロリオーサの穴堀の練習に付き合う兼護衛の名目で、側にいるバロータが口を開いた。
『"あの子"は、グロリオーサの前では、必要以上に冷たく振る舞っているように見えるが、本来は人一倍優しい人だと思います。
木の全体を腐らせる前に、枝を折る事を躊躇わない強さも持っている。
ただ、枝を折る時に、その強さばかりが表面に出されて優しさや、折った事で全てを失う事がなかった気が付く人は中々すくないでしょうが―――』
神父の"例え話"にグロリオーサは小さく頷く。
『それで多分、俺は思うんだけど、姪のバルサムはそんなアングレカムの優しさに気が付いていた』
美人で高飛車だけれども、魔導の才能溢れ賢くもある少女は、一目惚れの相手であるアングレカムの事を親友であるグロリオーサ以上に直向きに見つめている。
何かしら"決起軍の日に焼けた悪魔"とも渾名されたアングレカムの活躍を耳にする少女は、何かと助勢をしてくれるリーダーの姉に報告の為に田舎の屋敷に帰ると少女は直ぐ様やってきていた。
そして、"悪魔が行った事は正しいし、優しいのだと"だと語り、決起軍の面々を驚かせる。
アングレカムは初めてバルサムにそれについて語られた時、グロリオーサも初めて見るような笑顔を浮かべた。
そしてその時から、王都にバルサムが幽閉されるまで、決して彼女には冷たく見える振る舞いなど、微塵も見せない。
寧ろ"バルサムが憧れるアングレカム"を、崩さないように努めているようにも、見えなくもなかった。
(―――憧れの人が"思い切り裏切った"方が、バルサムという娘さんが、アングレカムに抱いている想いを、振りきれると考えているかもしれないな)
グロリオーサから、アングレカムとバルサムの過去を聞いて、神父は深く目を閉じて、今度は自分の経験も合わせて口を開いた。
『アングレカムは、万が一に国軍が、グロリオーサの姉上でバルサムの母親となる方が、決起軍と深い繋がりがある事を気取られる事を恐れたのも、あるかもしれない。
だから先手をうって、国にとって有益な人材になると印象づけた上で、決起軍と助勢者であるグロリオーサの姉上との繋がりを気がつかれる前に、"引き離した"ということもある。それと―――』
未だに考え込む賢者を眺めながら、"古傷"の傷痕に触れる気持ちで口を開いた。
『仲間は私に気を使って、バルサム殿を"情報を引き出す為に、王都に幽閉した"とは言うが、その実は、同じ過ちを繰り返さない為ではないのかな。
私の妹、"エリファスの二の舞"とならないように』
『ああ、そういう"成長"もしているって事か』
バロータの言葉に割り込むように、賢者が再び言葉を発した。
『可愛いくて賢いただの親友の姪っ子さんだったのに、自分の最も理解して欲しい部分も理解してくれる女の子が、美しい女性になって慕ってくれるとなると―――』
『話が難しくなって来ているのか?』
深く考える事が苦手だと自負しているグロリオーサが、難しい話をされた小僧のように、ムムッ、という感じで鎌鼬を抱き締める力を無意識に強めていた。
急に自分を抱き締める力が入った事を感じ取った精霊は、円らな瞳をパチパチとさせて召喚主に、鼬の顔ながら"助け"を求める。
だが召喚主はある意味"イタズラ"に近い自分の練った策に悦に入っていて、助けを求める視線に気がつけない。
そして、気の毒そうに精霊を見つめた後の注意を促す神父の視線にも気がつかずに、賢者は言葉を続ける。
『難しくはない、形が変わって来ただけの話だ。
だがこうなると、策を成功させたいのもあるが、グロリオーサの姪っ子さんには、私的には確実に"幸せ"になって貰いたくなってきたな』
再び話の主導権を握った賢者は、実に楽しそうにニヤリと笑って長い指で白髪混じりの髭が生えた顎にまた指を当てた。
相変わらず、集中して考えを巡らせている賢者は、精霊と神父の視線には気がつけないまま論じ続ける。
『それでもって、内通者として恋心を抱くチューベローズ先生も、諦めて…というか、呆れて笑ってアングレカムとバルサムが結ばれるのを祝いたくなる方法を思い付いた。
ただ、全ては平定を成し終えた上での私の策だがな』
『そんな事、出来るのか!?』
ピーンの声の後に、グロリオーサの明るい声が谺する。
『キュー!!!』
思わず鎌鼬を抱き締める力が入り、堪らず可愛らしい姿をした精霊は、姿にあった愛らしい声を上げながらの腕の中から飛び降りた。
『ああっ、すまない!』
こちらも集中すると、一辺倒になるグロリオーサが慌てて謝ったが、愛らしい姿をした風の精霊は、大地に手足を着けた途端に白い煙を出して姿をあっさりと"自分の世界"へと帰ってしまった。
『やれやれ、鎌鼬が助けを求める視線に気がつけない程集中していたなら、テレパシーを飛ばしてやれば良かった。
可哀想な事をしてしまった』
バロータの言葉に、ピーンとグロリオーサが同時に頭を掻く。
『風の精霊には、気の毒な思いをさせてまで思い付いた考えを、さっさと言いなさい。
それと、お前の事だから穴堀についてもついでに考えたのだろう?』
バロータが溜め息をついて、風の精霊である鎌鼬が姿を消した後を眺めながら、今度は友人が練り上げた策を披露する事を促した。
『穴堀に関しては、話を聞く限りはグロリオーサは負けるしかない。
それなら"負け続けながらも、アングレカムを何度も勝負に誘い続ける"状況を作ってそれを利用させて貰おうと考えた』
『そうする事に、意味があるのか?。
俺は負けても穴堀勝負をするのは、ストレス解消みたいな感じで嫌いじゃないから、別段構わないが』
風の精霊が居なくなった事で、手持ちぶさたになって、先程まで使っていた円匙手に取り、肩をトントンと叩く。
グロリオーサは睨みつければ大概の者を黙らせてしまう力強い目を、幼い子供のように丸くして賢者の言葉を聞いていた。
『ああ必要なのはそういった"状況"だ。
最終的に"負けるが勝ち"の状況を、如何にアングレカムにバレないように持ち越すのが課題だな。
まあ、これはグロリオーサに関してはいつもの調子で勝負を挑み続けてくれていれば、それでオッケーだ』
親指をビシッと立てて、複雑そうな事が苦手そうなリーダーに普段通りの行動を推奨した。
次に同年の友人方へ向き直って、グロリオーサへのフォローを頼む。
『バロータは、グロリオーサとアングレカムが穴堀をする事をそれとなく勧める態度をしてくれ。
もし、トレニアちゃんも協力してくれそうなら、同じように協力して貰って欲しい。
アングレカムに、出来るだけ穴堀をさせるんだ』
『―――そうする事が、どういった事に繋がるか、説明をして貰おう』
バロータが腕を組んで、真っ直ぐにピーンを見つめる。
中々鋭い視線だったが、賢者は全く狼狽えずに求められた"説明"を口にする。
『アングレカムの自己犠牲精神を、少しでも抑制させる。
自分の本当の気持ちと正直に向き合う事と、家族を得るチャンスを与える方法を私なりに考えた』
今度は人差し指をピンっと立てて、片方の口角だけを上げて"ニヤリ"とした感じで賢者が述べるのを、バロータが腕を組んだまま呆れた様子になる。
ただ鋭かった視線は、大層柔らかい物となっていた。
『説明が長い上に、回り諄い。簡潔に言え』
そして友人としての口調で杖をビシッと賢者に向けながら、簡潔な説明を催促する。
だが賢者は神父からの"催促"を待っていた様子で、頷いて続ける。
『早い話が、今までの話を聞く限りでは、アングレカムは"誉められるのを極力避けている"わけだ。
アングレカムは"良い人"と思われようなんて、言語道断。
それでもって、出来る事ならば、悪評が広がるように努めてもいる。
そんな中で、バルサム嬢だけが"本当のアングレカム"に気がついて貰えている。
それで、決起軍の参謀さんは気持ちを満足させてしまっている。
多分今も"バルサムが知っているなら、これでいい"と納得してしまおうという所も垣間見える。
そして、バルサムもまた"自分だけがアングレカムの本心を知っている"と、多少酔っているにも似た感覚に今は満足している。
"お嫁さんになりたい"って気持ちもあるだろうが、秘密を共有するみたいなのは、禁じられている事を共に背負っている連帯感を産むから、今の状態でバルサムは満足してしまっている恐れがある』
平定も望むし、アングレカムのお嫁さんになるのも、夢だけれども――――
バルサムすら気がつかないところで、それを楽しんでしまっている"少女"の心に、賢者は気がついた。
そしてアングレカムは"それ"に気がついているのかどうか分からないが、その状況を利用している。
やがて時期が来たならば、それこそ"悪魔の所業"で恋する少女の心を踏みにじったように思わせる為。
王都にバルサムの情報をわざと流して幽閉をさせたり、平定が終えたとしても、自分以外の伴侶を既に支度しようとしている。
(ある意味、ここまではズッとアングレカムのターンだったわけだが…)
歳の割に白髪が目立つ為に"老獪の賢者"と呼ばれたピーン・ビネガーは、アングレカムが本心を必死に隠して懸命に描いた予定図を、彼の仲間に認められた上で"滅茶苦茶"にする事に――心を踊らせていた。
彼の忠実な執事であるロックがいたのなら
"物凄く楽しそうな顔をしながら、人の努力を全てをぶち壊すような事を目論んでいらっしゃいますね、旦那様"
と賢者の表情を見て、呆れるような顔をして言った事だろう。
『まず手始めにだが"穴堀=一般的にアングレカムが誉められる出来事"になるように仕向けたい』
仕向けたいという、賢者の言葉にグロリオーサとバロータは"わかった"と言った具合に深く頷いた。
2人の賛同を確認して賢者は言葉を続ける。
『直ぐにではないが、穴を堀る事が自分の賛辞に繋がると認知したら、アングレカムは自然と穴堀を止める事に繋がる。
穴堀を止めて見ると、賢いアングレカムの事だから、仲間が何かを仕掛けた事には、気がつくだろう。
だが決して"貶める"ものではないし、悪意とは正反対の仕掛けである事にも気がつく。
思慮深い男だから、大方バロータかトレニアが、グロリオーサに頼まれて仕組んだ事かもしれないと思い付いて、事を荒立てたりもしない。
穴堀でついて来てしまった"誉め"は、自身で払拭する事は、本当の悪事でもしない限り難しいから、取り敢えずそのままで、過ごしていくか、何かをするか…。
多分まだ平定を完了は出来ていないだろうから、そこまでする余裕がないか』
そこで一度言葉を区切って、またニヤリと人の悪い"不貞不貞しい笑顔"を賢者は浮かべた。
『ただ続けて、"木を枯らさない為に躊躇いなく枝を折る"――残酷で冷たく見えていた事が、実はその折った枝の後からは、更に立派な芽が芽吹かせれた"誉め"が出たのなら、アングレカムは内心をどう思うのやら。
"悪魔と噂される男の、先を見通した見事な采配"とか、気がつく者は気がつくだろうしな』
賢者がニヤニヤとしていう言葉に、バロータは呆れながらそうなる事で浮上するある"事態"を思い出した。
『だが、ピーン。そうやってアングレカムはの誉れを集める事は、バルサムお嬢さんの不安を煽るというか、焦る事にも繋がるのではないか?。
そうやってアングレカムが"誉められる立場"になったのなら―――その』
バロータが神父としては憚る事を口にしようとした事に、気を回したわけではないが、アングレカムと出逢った当初から言われているある"事実"をグロリオーサは何気なし口にする。
『アイツ、冷たいとか残酷とかで今はあんまし寄って来ないけど、決起軍に入る前は村中の女達が、黄色い声あげるくらいの色男だからな。
そうやって"実は良い人"みたいになったら、また女が寄ってくるんじゃないか?。
そしたら"美少女"だし、アングレカムからは大切にはされているけれど、今はまだ"女"と全く意識されてないバルサムが、かなり焦りそうになるな』
親友が悪魔とは呼ばれていない決起軍始めたばかりの頃。
まだ冷たいだけの色男を応援する村娘の集団に、闘志を燃やす幼い姪を思い出しながら、グロリオーサがそんな事を言った。
"バルサムが焦る"という言葉は、待っていた事案だったらしく、ピーンは更に不貞不貞しくそして、満足そうに笑った。
『それも含んだ上での、アングレカムの評価を上昇させる目論見だ。
バルサム御嬢さんにしても、好きな人の事を唯一理解している優しく可愛い女の子で、甘んじていて貰っては困る』
姪であるバルサムの焦りを"叔父"にあたるグロリオーサが心配する顔を、もうすっかりと闇夜となった中でピーンが眺める。
『―――バルサムに、"アングレカム様を解ってあげられるのは、私だけなんだって"思わせない――自惚れさせないようにする為か』
年の離れた妹のようでいて、殆んど"家族と同じ"と思っている少女が、色事にはとことん鈍い青年には良くは分からないが、多分今度は色んな意味で、難しくなりそうな"恋"に心を痛めて悩む事になる。
そうなるかもしれない事には、計画を言う賢者はに対して、グロリオーサは難色を示す。
グロリオーサの声色だけでも難色をしめしている事が判るピーンだが、練った計画を変えるつもりはない調子で話を続けた。
『そういう事だな。
だが、心を痛める程のライバルは平定を終えるまでは現れてないだろうから、安心しろ。
ただ憧れのアングレカムをを取り巻くように女性が、現れたら、"今のままでは駄目だ"と気がつくのによい"きっかけ"にはなって欲しいとは、考えてはいるがな』
目を細め、自然と視線を鋭くする形になって、更に話を繋げる。
『加えて"誤魔化されてる事"に気付いて欲しいとも考えている。
気付いて、改めてアングレカムという人を見つめて、"結婚したい程好き"かどうかと、覚悟を決めて貰わないと。
バルサム御嬢さんが覚悟を決めれたのなら、私は今度は誰にも迷惑をかけない狡で、全力で彼女の"恋"を応援しよう』
『やれやれ、お前は優しいんだか厳しいんだか…』
応援をするとは言ってはいるが、それを獲得する為にはバルサムは確実に今以上の努力をピーンから強制的に課せられる事になるようなので、神父は一度しか会ったことがない少女に同情する。
『"家庭"を持っている者としては、まだ軽い方だと思うがな。
勿論アングレカムも、バルサムを優しい綺麗な感情だけで見る事を"もったいない"とではないかと、気がつけるようにはするつもりだ。
その時は、弥が上にも、自分の本当の気持ちとアングレカムは、向かい合わなければならなくなるが』
長い言葉ながらも、滑舌よくピーンがそう述べた後。
自分は叔父として、バルサムの応援をどうするかを考えながら、グロリオーサが円匙を手にして肩に乗せてトントンとしながら、急に湧いた疑問を賢者に問いかけた。
『ところでアングレカムの穴堀を、本当に止められるものなのか?。
あいつに取って、穴堀は、ストレス解消みたいなものだから、誉める事で止めようとしても、それを帳消しにするような腹黒い事をして…』
グロリオーサの言葉の途中で、ピーンは豊かな白髪の髪を左右に揺らして否定する。
『いやいやいや、そこは"急"にはアングレカムに穴堀を止まって貰っては"困る"。
アングレカムを誉めちぎって、やがて穴堀を止めるという"結果"は欲しいのは確かだ。
だけれども、あくまでも"穴堀をする事は、平定を望む人々から称賛される事"という、認識を広げる期間でもあるんだ。
認識を広げる期間は―――そうだな、丁度今頃からにしよう。
内通者が、城壁に隠し扉を作り終えて、決起軍の代表と会い見える位の間に、穴堀の認識が固まればいい。
そしてアングレカムの耳に入る頃には、"穴堀は尊敬を集める最も簡単な手段"になっていると言った感じが策を練った者として、望ましい』
『何だ、じゃあ結局は、最後の総仕上げをして平定をなし終えてから、やっとアングレカムは誉められている事態に気がつくようにするって事なんじゃないか』
いつも突拍子のない事をして、周りを呆れさせているグロリオーサが珍しく呆れる側に回っていた。
一方の神父はそれなりに賢者の話には合点がいくらしく、頷いていた。
『まあ、その方がアングレカムが穴堀にも、平定をしなければならないからと、魅力的になっているバルサム御嬢さんから、目を逸らそうという理由を潰す事にはなってはいるな』
まだ呆れているグロリオーサを声に比べて、バロータの声はとても穏やかに続いた。
『この国の民が決起軍の活躍と、穴堀の話を耳にした時は
"悪魔の参謀"
とばかり思われていた人物が
"悪魔?の参謀?それとも―――"
と、捉えられるような感じになっているのと、黄色い声援が復活していたら、大成功と言った所かな』
『で、"穴堀は賛辞される事"にという話を陰ながら広めていく作業は、動けるお前が、やってくれると言うわけか?』
『まあ、言い出しっぺだしな』
バロータの質問に、ピーンが頷いた。
それから目を瞑って、謳い文句を考える為に賢者は集中する。
『そうだなあ。
"国の安寧を護る兵になる為に、最後に還る大地の女神に抱かれるが如く、己の躯を埋めらる為の穴を掘る"とか…』
賢者は何気なく呟き始めた文言だったが、口に出す内に国の平定を望む若人の姿が自然に頭に浮かんできていた。
中でも目の前にいる青年が、戦場で鬼神の如く、太刀を振るう姿の隣で、細剣に精霊を纏わせて、確実に敵の急所を貫く怜悧で日に焼けたアングレカムの姿を、容易に思い浮かべる事が出来た。
敵の返り血を浴びてもその緑の瞳はとても真っ直ぐで、数度戦場を共にしただけの賢者に強い決意を印象付けるのには充分だった。
アングレカムなりの国を思う気持ちの"がむしゃら"さに、賢者は気がついていた。
そして彼が抱える"人間らしい葛藤"と戦っている時の姿も重ねて、更に"穴堀人への賛辞"の言葉を紡ぎだす。
『―――国を良くしたい、守りたいという信念の元に、その為なら死すら厭わない。
穴堀には国の為に死の覚悟するという、気持ち表れが出されている"とか尤もらしい文言を添えるかな』
さっと思い付くままに述べたにしては、自分なりにまあまあ良い言葉を出せたようにピーンは思えた。
『―――よくもまあ、そんなパッと聞いた分には、立派に聴こえる文言をスラスラと思い浮かべられるものだ。
しかし、急拵えにしては、良い文章だ。
アングレカムらしさもしっかりと表現されている』
予想外に神父はにも誉められて、賢者は素直に微笑んだ。
『バロータに誉めて貰ったからこれでいこう。
人間、理屈がないと、受け入れる事が難しい事が多いからな。
思いつきをやって、認められる人の方が珍しいんだ。
ただ、そうやって認められる本人は思いつきでやってるのに、後付けで勝手に理由を付け加えられて、最もらしく理由付けをされてしまっている事も多い。
だからあと30数年でも過ぎたなら、私達がしてきた事なんぞ、どういった風に語られるか楽しみだ』
自分の目の前にいる、最も偉大で凄まじい"後付け"をされそうな、今は賢者の思い付きの言葉に感心している黒髪の青年を眼前にして、賢者は楽しそうに笑う。
『30数年後なんぞ、不惑を越えた私もピーンも老いぼれて引退している。
もしかしたら普通に死ねていたなら、死んでいてもおかしくない年だぞ?』
神父にしては乱暴な物言いに、賢者は更に笑う。
『その時は、多分私には孫がいるだろうから、その子達に見て貰おう。
バロータなら―――決起軍が上手くいくにしても行かないにしても、きっと死なないだろうさ。
あっ、そうだ。バロータ、もう一度だけあの絵本、貸してくれないか?』
『何に使うつもりだ?』
急な話の変更にも対して動揺もしないで、神父は"取り扱いが難しい道具"を、再び貸して欲しいという友人に尋ねる。
『馬鹿な事で、野暮な事』
口も声色もでふざけてはいるが、夜目の利く神父には目元が大層優しくなっている賢者が神父には判った。
『あんまり魔力を遣い過ぎるなよ。
倒れでもしたら、執事君が顔面蒼白になってしまう』
賢者が結構な量の魔力を絵本に吸いとられているのも、判ったから友人として一応の注意を喚起する。
だが魔力を吸いとられている割には、どこか清々しい様子でその"疲れ"を楽しんでいるようにも感じられたので、神父は懐からあっさりと絵本を取り出して渡した。
『ありがとう。
ついでに私は助勢者として、お前達と同じ時間を過ごせている事を、本当に楽しませて貰っている事にも礼を言わせてくれ。
もしお前達に出会わなければ、自分の領地で理屈ばかりならべて、そこそこの趣味の絵を描いて腐っていたに過ぎないだろうから』
そう笑って、賢者は紅黒いコートを翻して参謀のアングレカムがいるという天幕に向かい始めていた。
"賢者"を冠に持つ男には、ここまでくると決起軍の成功はほぼ確実なもの、王都に攻めいる為の内通者が確立されたのなら、今の"国"は、決起軍の4人によって再生される事になると確信していた。
先祖代々引き継いだ、"治めるのにややこしい土地"にいた時から、国はこのままでは持たないとはわかっていた。
暗愚という国王の政治の、原因と解決法を頭の中に描く事は出来る"知恵"が賢者にはあったが、動かなかった。
自分に知恵はあるが故に、人を纏める力"人心掌握"の力が足りないし、動いたとしても必ずどこかで綻びが出来る事も予測できていたから、動かなかった。
"他力本願"という、無責任な言葉で"何が賢者だ"と心の中で自分を嘲笑うだけで、やはり動き出す事が出来なかった。
そうやって"逃げる"理由の1つに、家族も使っていた。
片田舎の領地と時勢の流れでは、"跡継ぎは男子"という風習を賢い男でも覆す事は、一生という時間を使っても報われる結果になるとは思えなかった。
覆す為には、それ程多大なる時間も労力を必要とするのがわかっていたし、賢いはゆえに"郷に入っては郷に従え"という因習の意味も理解をしていた。
唯一の男児である息子を、立派に跡継ぎとして育てる義務があるという建前を使って、ありとあらゆる誘いを断って、領地に閉じ籠る。
私腹を肥やした王都の貴族から物珍しさに、賢者で領主であるピーンを招かれたり、時には暗愚の王の娘の婚儀に召喚された事もあったが、ピーンは決して領地から外に出ようとしなかった。
保守的な領民達は、何より領地を優先して跡継ぎを育て家族を大切にする領主を認めて、その"賢さ"を喜び敬ってくれる喚声上げる。
そんな声を、顔に笑顔をという仮面を張り付かせて、ピーンは改めて自嘲しながら聞いていた。
("国"という幹が駄目になりそうなのを、そこに枝を張らせてもらっているのを見過ごすような、"領地"と領主なんてな)
だから国がとことん荒むまでは、領地の中では特に問題はなかったのだが、荒んだ世相が領地に及び始めた時に領民達は落ち着かなくなったし、"跡継ぎばかり"と不満を抱いていた娘達も騒ぎ始めた。
だがその頃には、決起軍という若人の活躍も、国土に密かに囁かれるようにではあるが、耳に入るようになっていた。
その決起軍は活躍するのに世相を納得させる事の出来る理由を持っていて、伝聞で伝わってくるだけでも、そのリーダーのカリスマ性が素晴らしいとの事だった。
(この者達なら、イケるか?)
興味を持った領主は、久しぶりに"賢者の権力"を使って情報を集めた。
そして、この"決起軍なら国を再生出来る"と結論づける。
それからは、いよいよ領地に及ぶようになった国の荒みと、その稚拙(ちせつ・子どもじみていて、未熟であるようす)具合に溜め息を吐きながら、片付けて、早く決起軍の若者達が国を平定してくれる事を心から願った。
(―――他力本願で申し訳ない限りだが)
決起軍に明るい希望を抱きながらも、そうやって自嘲する事だけは、止める事が出来ずにいた。
家族の揉め事も解消できず、昔からの古い因習を断ち切る行動力もない。
知識と偶然と折り重なり、結果的に"賢者"に成ってしまったと、領主にもなったは男は思っている。
本当は、出来る事なら"絵描き"になりたかっただけの男は、世界の多くの賢者達がそうするように、隠者の立場を貫き通そうと考えていた。
(もしかしたら、他の"賢者"達も本来は別のものになりたかったのかもしれないな)
自分が"賢者"となったきっかけが、絵画集に描かれている1つのモチーフがきっかけだった。




