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【天使さまの絵本】

【そうして、とても優しい天使さまは、大切な人を傷つけしまった事をとても悲しんで――


流さないと誓った(なみだ)を、綺麗な顔にで充たして、"堕ちて"いきました―――】

旧領主邸の地下牢で、アトが持ってきていた最後の絵本を読み上げた時。

リリィはその哀しい最後に、小さな胸を痛めていた。そして絵本の挿し絵に描かれている天使の姿が、とても簡単なイラストではあるのだが金色の髪に緑色の瞳をしていて。


とても優しい人――アルセンを思い出させるものだった。


(アルセンさまは、泣いたりするのかな)

リリィの中では、穏やかに微笑む優しいアルセンしか思い描けない。


絵本の中の天使は、ポロポロと薄く閉じた瞳から頬にかけて、玉の様な《なみだ》を浮かべて、とても高い場所から羽を撒き散らしながら"堕ちて"いた。


【天使は大切な、大事な友だちを傷つけてしまった事に、気持ちが耐える事ができなくて、

友だちが『大好きだ』と言っていた美しい羽を風にのせて舞い散らしながら、大きな大地に受け止めて貰って、世界から姿を消しました】


ただ、絵本は正確にはそこで終わっているわけではないらしい。


絵本は何度も読まれているせいなのか、そこでページがちぎれている。


―――もしかしたらその後にはまだ、話が続いているかもしれない。


リリィは湧いてきた小さな希望をどうしても、消したくなくて、絵本の持ち主――アトに尋ねる。


「アトさん、絵本の続き知っていますか?」

アトは、ふるふると頭を横に振ってから口を開く。


「アト、知りません。エリファス師匠(せんせい)から貰った時から、ここでおしまいです」

アトの答えを聴き、小さく落胆して、俯いてから、今度は地下牢についてから寡黙に、腕を組んで壁に背をつけて立っているシュトをリリィは見詰める。


シュトは直ぐに気がついたが、彼も首を横に振った。


「悪いな、俺も知らない。

そもそも、終わり方が寂しいから、あんまし好きじゃないんだその絵本」

「―――そうなんですか」

確かにこのまま絵本が終わるというのなら、話としては寂しいものだとリリィも思った。



ただシュトが"好きじゃない"とまで言うのも、意外だったので思わず少しばかり、見習い執事である兄の友人を見つめてしまった。

シュトは見詰められて、気弱な笑顔な向け、少しだけ気まずそうに視線を逸らして、今度は腕を組んだまま瞳を閉じて、また寡黙に黙ってしまった。


"寂しい、好きじゃない"という言葉から、リリィは"1人"という言葉を連想していた。


(思えば、アルセンさま。今は一人なんだ)

先程、アルスに"自分だけが儀式にも何も、何も協力も出来ずに一人で淋しい"とリリィは泣いてしまっていた。


しかし、リコに手伝いとアドバイスを終えたアルセンは、今本当に"独り"で部屋で休んでいると、シュトに部屋に迎えに来られた時に教えて貰った。


(アルセンさま、ゆっくり休んでいるのかな)

そんな風に思って気持ちを誤魔化そうと思ったが、やはり"恥ずかしい"という気持ちが、リリィの中に芽生える。


だって"寂しい"とは言うけれど、リリィはまだロブロウで、周りに人がいるかいないかでいえば、"独り"になった事はないから。


(アルセンさま、寂しい気持ちで休んでないといいな)

馬小屋で別れる前に、手紙に書いてあった通りに、


『無理をしないで、お部屋で休んでくださいね』

と伝えると、アルセンは何故か横に立っていた、ネェツアークを美しい緑の瞳で、チラリと睨んでいた。


それからリリィに安心を与えてくれる、いつもの笑顔を浮かべて、優しく少女の頭を撫でた。


『わかりました。ちゃんと休みますから、安心してください。

それに身体の大きなオッサンがいない内に、豪華な部屋と大きなベッドを独り占めさせて貰いましょう』

そんな冗談もリリィに向けていうので、思わず笑いを噴き出してしまっていた。


だけども、ふと、リリィは広い部屋にアルセンがいる所を想像してみた。


そして、それを自分の姿に置き換えてみると大層、寂しくて"寒い"気持ちになって、リリィは自分を抱き締める様に両手を交差して掴む。


「リリ、寒いですか?」

アトが声をかけて、リリィの肩に優しく触れる。


アトの声を聴いて、シュトは寡黙なっていた雰囲気を一気に止め、閉じていた瞳を開き、機敏に壁から離れてリリィの前に跪いた。

その時、朝も早かった為に無造作に上げられていただけのシュトの髪が前に下りた。

目にかかるくらいの長さもあったが、シュトは気にしないで友人の妹を心配そうに見つめる。


「お嬢ちゃん、冷えるか?身体、大丈夫か?」

そういって、リリィの額にシュトがサッと手を当てた。


ディンファレにアルスとの熱を比べる為に手を当てられても赤くならなかったのに、リリィは今は赤くなってしまっていた。

思わず顔を横に逸らすと、今度は淡い気持ちを抱いてしまっている、アトの柔和な笑顔があって、リリィは益々顔を紅くしてしまう。


(シュトさんが前髪下りていると、アトさんが何だか大人になったみたいな感じだ)

自分でも変な例えだしているわかっていたが、少しばかり淡い気持ちを抱く人の、大きくなった姿を垣間見た気持ちになって、結局リリィの身体は体温を急上昇してしまった。


「やっぱり少し、熱があるみたいだな。

昨日の激しい雨で、身体が冷えたりしたか?」

そしてこの急上昇は、シュトに見事な誤解を与えている。


「シュトさん、だ、大丈夫ですから」

「とりあえず、これを羽織っておいてくれ。

あ、それともベッドに寝ておくか?」

大丈夫というリリィの言葉を聞いていないかの様に、シュトはそんな事を言って、小さな額から手を外し、執事服の上着をサッと脱いでリリィ肩にかける。


「アト、ベッドでお嬢ちゃんを休ませよう。休める準備をしてください」

「はい、シュト兄!リリを休ませます」

兄からの指示を確認するように復唱して、アトはスクッと立ち上がり地下座敷にある、豪華なベッドに向かった。


「本当に大丈夫ですから、シュトさん!」

思っていたより大きな執事服の中から、顔だけ出したような姿のリリィが、まだ少しだけ顔を赤くしたままシュトのシャツの袖を引く。


シャツを引くと、それにつられて、胸元にあるホルスターにある銃ガチャと小さな音をたてて揺れた。


「あっ」

リリィが、思わずそちらに気を取られて見つめる。


《――サビイシイヨ》


「え?て、わあ!」

この場にいる以外の誰かの声がリリィに聞こえて、次の瞬間にはシュトに軽々と横抱きに抱えあげられた。


「悪いな、ウサギの賢者さんから賢者料金で三割増しぐらいで報酬を頂く予定なんで、"護衛対象"には最高のコンディションでいて欲しいわけなんだわ」

「シュト兄、ベッドできました」

「お、ありがとう、アト。それでは、お姫様を運ぼうか――、お嬢ちゃん?」

結構からかう言葉を並べたつもりなのだが、リリィが無反応で黙っているので、思わず胸元にある少女の顔を見つめる。


リリィは、緑色の瞳をシュトの胸元のホルスターに納まる銃に向けていた。


「お、悪い。銃になんかぶつかって痛かったか?」

リリィは抱えられたまま、首を横にフルフルと振ってから、今度は寝台の方に立っているアトを見つめた。


「シュトさん。アトさんは、今、銃を持っていますか?」

少女を寝台に運ぼうとする、シュトの脚が止まった。


「リリ、アトの銃はありません。

エリファス師匠に渡しました」

リリィの言葉に反応して、アトは自分の執事服の上着を捲り上げて、空になっているホルスターにを見せる。


「エリファスさんに?でも、もう――」

リリィが言ったら後、空のホルスターに反応するように、またシュトの胸元にある銃がリリィに訴える様に震えた様に見えた。


《サビシイヨ》

今度はシュトの胸元にある銃から、リリィははっきりと言葉を聞く事が出来る。


「確かに銃は今はアトはもっていないけれど、お嬢ちゃん?。

どうして、そんな事が分かったんだ?」

シュトが心底驚いた顔をしてリリィを見つめ、とりあえず止めていた脚を寝台に進める。


「あの、信じて貰えるか分かりませんけれど、シュトさんの銃が《サビシイヨ》って、言っているんです」

丁寧にゆっくりと、アトが支度してくれた寝台にシュトによって下ろされながらリリィが言う。


シュトは俄に信じられないと言った様子であったが、リリィへの対応は寝台に安置するまで、本当に丁寧なものだった。


「リリ、"銃"がお話をしましたか?」

アトは少しばかり動いた事で、リリィが羽織る兄の上着の広がった部分を閉めながら尋ねた。


「――本当に銃の声なんでしょうか?」

魔法を使うことで、精霊の声を耳にすることはあっても《道具》の声を聞いた事はリリィは初めてだった。



王都の少し離れた場所にある、鎮守の森のウサギの賢者の 魔法屋敷には彼が作った沢山の"道具達"がいる。


道具は主に家具となる調度品達で、言葉は語れないが、ウサギの賢者によって"自我"も作り与えられている。


そして言葉を語れない、"自我"を持った彼らの"指導"をするのが、ウサギの賢者から頼まれたリリィの仕事の1つでもあった。


その中でも言葉を喋れないながらも最も"ウルサイ"のが、箒である。



ウサギの賢者のセンスなのか、"ホウキィー・ウラジミール3世"という御大層な名前がつけられた菷はどうやら、リリィが来る前までは"家具"の中でもリーダーだったらしく、何かと新しく"リーダー"と家主に任命されたリリィに反抗を今でもしている。


元気になったリリィも負けん気が強いので、箒が反抗といたずらをしてこようものなら、しっかりとやり返していた。


そんな、"ホウキィー・ウラジミール3世"の近状と言えば。


強気な女の子を相手にするよりは、専ら魔法屋敷にとっては"新入り"のアルスを"手下認定"してしまったらしく、そちらにばかりちょっかいを出しに行っていた。


"家事総監督"のリリィが見張ってないと隙あらば、アルスを追っかけ回している所をよく見つけては説教をするが、逃げられている。


ちょっかいを出されているアルスは軍学校でもトップクラスだった運動神経で、難なく避けてはいたが、不意打ちなどはたまにくらっていた。


この"ホウキィー・ウラジミール3世"のアルスに対するある意味しつこくも見える行動は、ウサギの賢者曰く


『好きな人ほど、苛めちゃうって奴だねっ』


と楽しそうに説明されて、リリィは華奢な首を捻ったものだった。


そして、そんなに感情豊かで魔法屋敷の道具――家具達ですら言葉を持たないのに、シュトの銃が言葉をリリィに対して発したのが不思議でたまらなかった。


アルスが来る少し前に一度だけ、リリィはウサギの賢者に尋ねた事がある。


『どうして動ける様にはしてあげているのに、道具達に《言葉》を与えてあげないんですか?』

正直、少しだけ話してみたい気持ちもリリィにはあった。


菷を筆頭に、恥ずかしがりやのカーテンや、リリィがくると必ず3度瞬く古いランプ、きっと喋れたなら黙る事がないと思える紅茶のポットやカップ達。


どの家具達も、言葉は話さないれど、リリィに対して不思議と好意的なのが解る。


"幼い秘書"の問いに、小さな逆三角形の鼻をヒクヒクと動かして、円らな瞳を細めながら、ウサギの賢者は答える。


『単純に言おう。言葉を話せるようにする魔術は、とっても面倒くさいんだよ』


いつもフワフワの指先からニョッキと出た堅い爪をパチリと弾く事で、いとも簡単にいくつもの魔法をこなしている賢者がそんな事を言うので、幼い秘書は最初、可愛らしい緑の瞳を団栗(どんぐり)のように丸くした。


そして如何にも"納得出来ました!"と言わんばかりに、コクコクと大真面目に頷く。


『賢者さまが、そう仰るなら、本当に、きっと、とっても大変な事なんですね!』


リリィが余りにも自分の発言を純真に信じ込んでいる様子に、"イタズラ好き"なウサギの賢者は長い耳を半分に曲げて、円らな瞳を線の様に細めて――堅い爪で耳の後ろの付け根――後頭部に当たる部分をボリボリと掻いた。


『いやあ、まあ、言葉を与える魔法は確かに面倒だし、物凄く魔力を使うんだけどね。

正直に言えば、この世界では、言葉がないものに言葉を与える事は《禁術》なんだよ、リリィ』


少しだけ罰が悪そうに、自分を信じ込んでいる可愛い秘書にウサギの賢者は真実を話した。


『禁術なんですか?』


リリィは目の前にいる、ウサギの姿をした恩があって大好きな賢者が、"自分"に禁術をかけていることは知っている。


でも、どういう理由で禁術をかけてしまっているかは、知らない。

少女にとって、ウサギの賢者はウサギの賢者でしかない。


それで良いと、リリィは考えている。

最初に助けて貰った時、リリィは『人』なんかが信じる事が出来ない状態だったから。

大好きな動物のウサギの姿をしていたから、何とか小さな頭の隅に考える気持ちを留める事が出来た。

そして、もしウサギの賢者が

『人が大嫌いで人の姿を捨てた』

というのなら、リリィは誰よりも賢者の気持ちが解るつもりだった。


――"人"が本当に大嫌いで、信じられなくて、悲しくて、産まれてすぐに捨てられていたという、世話になっていた教会の古井戸に、落ちた過去を少女は持っていた。


暗く深く冷たい、その井戸に落ちたのが自分の意志なのか、それとも故意におとされたのか今でもリリィには分からない。


けれど、誰かに憎々しげに言われた言葉の記憶はある。


《あんたなんか、誰にも愛されていなかったくせに!》


―――違う!!


少女の記憶の中でウサギの賢者の世話になる前で残っているのは、誰かにリリィは誰にも愛されてはいないと激しく糾弾(きゅうだん)されて、それを懸命に否定する自分の記憶だけだった。


確かに物心がついた時、大体3才を過ぎたぐらいから教会にいて、世話をされた覚えはあるけれど愛された記憶なんてなかった。


ウサギの賢者に引き取られ当初は、日がな1日ずっと瞳を閉じて寝ている事が多かった。


何も見たくも、聞きたくも、感じるのも、とにかく生きているのが嫌だった。


人として生きていなくはならないのが、本当に嫌で、仕方なかった。


『リリィの心は、言葉では癒してあげる事が出来ないんだね。

だったら、変なウサギの賢者が側にいる事だけでも赦しておくれ』


その言葉にリリィは、頷く事は出来なかったけれど、強気で人前で我慢していた泪を一筋、寝台の中で流す事が出来た。

そんな様子だった少女が時間をかけて立ち直り、コミュケーションを増やそうという言葉を口に出したのはウサギの賢者にとっては、とても喜ばしい事だった。


『ただね、"言葉で話あえたらきっと素敵だな"とリリィが思える様になったのは、ワシにはとても嬉しい事だよ。

ここに来た時は、言葉を使う事すら、どうでも良いような感じだったからね。

生きて、この世界にいるのが、本当に辛そうだったから』


ウサギの顔ながら喜びの表顔で、魔法や式の道具達に言葉を与えて欲しいと願うリリィにそう答えた。


『あの、禁術でなかったら賢者さまは家具達に言葉をあたえてますか?。

あ、それと、魔力とか準備とかが大変でなかったら』

『ん〜、ワシはしないかなぁ。

だって、元々"言葉"を持たない存在としてこの世界に創られてきたものなのに、こちらが話したいだけで、言語を押し付けられても〜と。

ワシは思う訳ですよ』


フワフワの手をモフモフの顎に当てて、またウサギの賢者は円らな瞳を細め、可愛い自分専属の秘書殿に自分の持論を述べた。


(ことわざ)にも丁度良い"蛇足"って例えがあるね。

蛇は足があったなら、今までうまく進めていたものが逆に進めなくなってしまうみたいなね。

だからね』


そこでウサギの賢者は、大事な話をする時には何時もするように――リリィと視線を会わせる為に、大層な魔力を使って宙に浮く。


大切な少女が理解できるように、伝えたい事を受け取って貰える為の努力を怠らない。


『言葉がないからこそ、築けた関係もこの世界にはあるからね。

言葉が分からないから、相手をしっかりと見つめて、

"ああこの子はこういったものが好きで、こういったものが嫌なんだな"


って、見たり聞いたり感じたりして、理解しあえる事がある』


そう語るウサギの賢者の言葉が物凄く優しく感じられて、リリィは思わず尋ねてしまっていた。


『賢者さまは、そうい言った方がいらっしゃるんですか?』

『うん、目の前にセロリが入ったスープの時には、鼻を摘まんで飲み干す可愛い巫女の女の子』


ウサギの賢者は只でさえ上がり気味のウサギの口を、更にニュッと上げ、リリィの白い小さな顔が真っ赤になるのを見てから、宙に浮くのを止めて床にフワフワの足を床に着けた。


『言葉を喋らなくても、毎日見ていても飽きないねぇ――。あとはねえ――』

『賢者さま!!』

リリィが恥ずかしがって思わず大きな声を出した事にも、ウサギの賢者は上機嫌になっていた。


それからフワフワの口許が締まって、ウサギの顔ながらもリリィには真面目な顔になったのがわかる。


そして宙から降り、ペタリと床に足を着けた賢者の真剣な顔を見た。


『後、言葉を与えるのが禁術になっている理由は、この国の王様の《方針》かな。

言葉があって意見を交わせる相手がいるのに、そこから逃げるなって。

自分が都合の良いように、話を聴いて欲しいからって、本来なら喋れない相手に体力と魔力を使うのは如何なもんだと。

愚痴を言う前に、その原因に向き会ってみたらどうだって、ね。

それとワシの個人的な意見だけれども、王様はただ話を聴かされてばかりいる"道具"達の気持ちになったんじゃないかな?』

『"道具達"の、気持ちですか?』

リリィが不思議そうに言うと、ウサギの賢者は自分の円らな左目をフワフワとした手から出ている堅い爪で示した。


『今の王様の左目はね、前の王妃様――王様お母さん譲りの《人の気持ちが聴こえてしまう》ようにする瞳なんだよ』

『瞳――目なのに、聴こえてしまうんですか、人の気持ちが?』

リリィはウサギの賢者にしては筋の通らない話に、幼いなりに顔をしかめる。


『そうだよ。まあ、そこら辺は未だ仕組みは詳しく解明されてないから勘弁しておくれ。

ワシも研究中だから、分かったらリリィに教えるね』

『わぁ、私教えてもらっていいんですか?』

リリィが小さな両手を合わせて、ウサギの賢者に教えて貰えるという事だけでも喜ぶ。


(リリィの"伯父さん"の事だからねぇ)


ほんの少しでも"親族"としても、国王の事を知っていて欲しい気持ちもあった。


『で、ワシがリリィに言いたいことは、聞こえてくる音は実は王様自身で選別出来ない、選べないって事だ。

聞きたくもない音を無理矢理聴かされているのと、同じなんだよ』

『無理矢理、ですか?』

『そう。思いが強いほど、聴こえてしまう。

特に、"願望"――願い事とかね。

リリィの願望でいうなら、"セロリの香りがなくなればいいのに"みたいなのが聞こえるらしい』

前に一度見習いパン職人に扮する国王が、リリィと昼食を共にした時に聞いたというのを口にすると、リリィはまた真っ赤になる。




『わ、私、王様にあった事はないし、王様にあったとしても、王様の前でそんな事思ったりしません!』

『まあ、ものの例えだから。でも、ちゃんと食べているから偉いよリリィ。

鼻を摘まむのを止めたらバッチリなんだけれどね』

朗らかに可愛い秘書と語れる幸せを噛み締めながらも、教えておかねばならないと賢者はまた口を開く。


『で、王様にはね聴きたくもないのに、聴こえてしまうわけさ。

"何処の誰々が消えてしまえばいい、いなくなってしまえばいい"とかね。

人は、聴こえていない、どうせ聴かれていないからと、何もない場所でそんな赤裸々な感情を呟く事もある。

あと、意思を持てない無機物だからと、声を発しない物を相手に呟く事もある。

愛着のある黙って聴いてくれる――いや聴かせる事が出来る道具にね』


そして聴くことが出来る国王の耳には、もっと"直接的"な言葉が入ってくる。


聞きたくもないのに"直接的"な言葉は聞かされる苦痛は、聴こえない者からは計り知れない。


前王妃が亡くなった原因は流行り病であったが、病にかかった原因は"心労"だとも言われてれいる。


前王妃は両目共に、人の気持ちを掬い上げる紫のものだったので、心が疲れ果てたとしても、仕方ないと思えた。


『だから、王様は危惧をしているんだよ。

愛着ならまだしも、自分の醜い部分を知っている物に言葉を与えて、どうしたい?。

散々、嫌な言葉や気持ちばかりを黙って見せてきた相手に、言葉を与えて、そして求めるものはなんだろうってね?』

少しだけ、怪しくウサギの賢者の瞳が輝いたような印象をリリィは受けた。


だがすぐにいつも向けてくれる優しい笑顔になって、小さなウサギの口を開いた。


『リリィはさ、もし魔法屋敷の家具達と喋れたなら"楽しい"と思うから、口を聞きたいんだよね?』

『はい。箒ならイタズラをするけれど、お掃除いつもありがとうとか、カーテンなら、どうしてそんなに恥ずかしがっているの?って』

『きっと家具達もリリィの事が好きだから、多分―――暖かい言葉で反応を返してくれるだろうね』

『多分、ですか?』

『そう、多分。だってリリィ、"心"ほど分からないものはないんだから』

ウサギの賢者が寂しそうに言うと、幼い秘書は細く華奢な腕を組んだ。


『あの――道具達が優しい言葉を喋らないかもしれないというのは、国王さまや、賢者さまの考え過ぎって事ではないんですか?』

リリィの前向きな言葉に、保護者としてウサギの賢者は嬉しい気持ちになる。


『考え過ぎかぁ――そうだねえ。でも一応これがワシの仕事でもあるからね。

考えて、予測して過去からの情報と照らし合わせて、それが"害悪"になりそうだったら、王様に御注進する』


そのウサギの賢者の答えは、言葉を持たない存在に言葉を与えない事に、『禁術』に賛成していることを、暗に示していた。


少女もそれを察する事が出来て、また"賢者と"しての仕事を初めて間近に見た気持ちにもなる。


『リリィは人の悪口ばかり聴かされたら、嫌にはならないかい?』

『嫌には多分なると思います。

でも、賢者さまのお屋敷にお世話になってから、前の事はよく覚えてはいませんけど、ここでは誰かが悪口なんか言っているのを、見たことも聞いた事もないから。

今聞いたのなら、"悪口を言うのには、何か理由があるのかな"って考えてしまうかもしれません』


鎮守の森の魔法屋敷に来る前に、悪意や悪口に視界や耳を力強く塞がれていた。


でもそれが取り除かれた"世界"には、思いやりや慈しみが、結構すぐ側ににあるのが分かった。


生きていたくないほど嫌だった世界にも、生きていたいと思える楽しい事があることを、リリィは見つける事が出来ていた。


『賢者さま、どうして悪口は出てくるんでしょうか?』

『アッハッハッハッハ、そりゃある意味、"卵が先かヒヨコが先か"みたいな話になってしまうよ』

『賢者さま、私、真面目に言っているのに』

リリィはまたプウッと頬っぺたを膨らませた。


『ごめんなさい、リリィ。でもね、それは本当に考えても答えないのでない事みたいことだから。

悪口を出した方に、どうして悪口を言ったの?と尋ねても明確な答えは貰えないよ』

『どうしてですか?』

『さあ、どうしてなんだろうね?。

その時は、そう思っていたから、とかね。

経験上、大体悪口を言われた方が、納得できる理由はあんまりない。

――ワシも理由もわからず悪口、いや、"憎しみ"をぶつけられた事もあったれど』



【いつか、貴様に天罰をくだしてやる!!。

そして、お前を罪人として世界の歴史に名前を刻んでやる】



憎しみをぶつけた相手はこの国を立ち去る前に、紅黒いコートを纏うウサギの賢者――ネェツアークにありったけの呪詛と憎しみを込めたわざわざ宣言して、言葉を残していったのを思い出していた。


(ワシの――(ネェツアーク)の何が憎かったんだか)

――恨みを買う覚えがあるとすれば、本当につまらない事が1つだけ心当たりがあるぐらい。


『賢者さまが!?こんなにモフモフで可愛いのに!?』


ネェツアーク――ウサギの賢者は可愛らしい声で気持ちを引き戻される。

目の前にリリィがいた。

本当に信じられないという様子で、自分――ウサギの姿をした賢者を見つめて言う。


『――そうだよねえ、こんなにモフモフで可愛いウサギさんにひどいよね!』

とりあえずここはリリィの有り難い言葉に乗っかって、ウサギの賢者は気持ちを切り替えた。


『でさ、人同士でさえ言葉が原因で(いさか)いを起こしてしまっているのに、これ以上言葉を増やして、もしそれが原因でまた諍いや争いが起きても嫌だなぁって考えが、王様にはあるわけなんだよね』

『じゃあまずは、人同士でなか良くできたならって、事ですか?』

どうやらリリィがまだ諦めてはいない所があるのを察し、ウサギの賢者は短くモフモフとした腕を組む。


『うーん、それもあるけれど、やっぱりさっきもいったよね?。

言葉がなくても、仲良くできるならそれで良いんじゃないのかなって。

結局、『喋って欲しいという』のは、『喋る事のできるこちら側のワガママ』なんだよ。

言葉を持たないように産まれてきたのに、こちらが会話がしたいというのは、無理強いをしているのと同じとワシは思うよ』

又してもやんわりと希望を否定されて、リリィは眉毛を『ハ』の字にさせた。


『――そうですか』

リリィがシュンとして俯いた為、ウサギの賢者は少しばかり強く言い過ぎたと、少しばかり慌てる。


『あ〜、でも東の国の方では物を大事に使っていると、やがて"物"の方が自分から喋りだすって事は聞いたことがあるよ!』


可愛い秘書―――実の所『姪っ子』になる少女にはとことん甘い"人"でもあった、賢者は"禁術"を使わずとも言葉を交わせる方法をつい口に出してしまっていた。


『え?』

『うん、付喪(つくも)神だったかな?。

大事に愛情をもって接していたら、言葉を持たない道具達でも自分から喋る事もあるとか。

うちにある家具達は、自我は与えてあるから、禁術で言葉を与えなくても自力で喋っちゃうかも〜』

但し、その方法は生半可ものではなく、リリィの心掛けと運と次第という本当に不明瞭なやり方のものであった。


『ただ、付喪神の方法でするとなると――自我を与えてあったとしても、凄く時間がかかると思うよ。

リリィが道具達に対して語りかける事や、メンテナンスをかかしてはならないんだよ。

何よりも、"道具"達が喋りたくなるように、しなければならない。

そして喋りたくなるまで、決して壊れさせてはならないってのもあるね』

多少言い辛そうにウサギの賢者が言うが、希望があるのなら、少女はそれで構わない様子だった。


『分かりました!。

私、頑張ります!!この魔法屋敷の道具達が、自分達から喋りたくなるなるように、お世話をします!』


―――どのくらいかかるんですか?何時までかかるんですか?


そんな言葉を口にしない所は、少女の母親を思い出せる。

すぐに見返りを求めない。

まず自分から、動き出す。

打算的にばかりに動き、生きてきた自分には出来ない事だから。


(だから、ワシはリリィの"お母さん"や"伯母さん"の事が大好きなんだよなあ)

まだ彼女達を"過去"として受け入れる事が出来ない。


自分の側にそんな彼女達に気持ちがそっくりで、いつか、言葉を持たないように造られ産まれた物達が、決められたような事すら(くつがえ)してでも話したくなるように、努力する少女がいるから。



『賢者殿、リリィは物を大事にしますね。まだに小さいのに、本当に尊敬します』

後に鎮守の森の魔法屋敷にやったきた新人兵士が、心から感心している声を出すほど頑張る少女の姿を、ウサギの賢者は眺めて笑っていた。




そして、今、リリィは産まれて初めて道具が言葉を喋るのを目の当たりにして、本当に驚いていた。


(凄い、本当に言葉を話している)

リリィは俄に、軽く興奮していた。


「えっと、お嬢ちゃんは何か銃の言葉が聞こえているって言うのか?」

しかし、銃の持ち主であるシュトには聞こえていないらしい。


確かに銃から聞こえて来る声はか細くて、リリィもこの静かな地下の座敷牢でなっかたら、聞き取れていたかどうか分からないぐらい、小さいものだった。


「はい、聞こえます――」

フカフカの寝台からシュトの胸元にある銃に、そっと細い腕を伸ばして、リリィは小さな手で触れた。


(サビシイヨ、コノママダト弟二会エナクナッテシマウ)

冷たく硬い、銃であったけれども、本当に寂しそうな声を訴えるように出した。訴えるような声を聴きながらも、リリィは銃に触れながら銃が言葉を出せるようになる"方法"を思い出しながら、小さな口を開く。



「シュトさんが禁術を…するわけないですよね」

言葉次第では失礼な質問になりそうだったので、リリィは気を付けて尋ねる。

しかし、シュトに対する気遣いは杞憂だった様子で苦笑いを浮かべて首を横に振られた。


「そうだなあ、俺もリリィの兄さんと似たようなもんで魔法には縁がないからな。

しかも、禁術は法律で禁止されてるし、アトがいるのに、手が後ろに回るような事、俺には到底無理」


「そうですよね、じゃあ、やっぱり付喪神なんですね!凄い、私、憧れていて」

シュトにウサギの賢者との話をかいつまんで話してから、リリィは言葉を切った。

彼のホルスターに納まる銃が"悲しんでいる"のを思いだす。


「ごめんなさい、弟に会えなくなるって寂しがっていたのに、喜ぶような声をだして。無神経だったね、ごめんね」

そう言って優しくホルスターに納まる銃を撫でると、リリィの気のせいかもしれないが、少しばかりではあるが、銃から出されていた悲しみの声が和らいだように聞こえる。

一方の銃の持ち主であるシュトは、ネェツアークに言われた事を思い出しながら、リリィの撫でる銃を見つめていた。


【嘘をつくのなら、本の少し"真実"を滲ませなさい】

(まあ、嘘は言ってないんだけど)


リリィに言った通り"シュト"は禁術なんて使う事は出来ないし魔術にも縁遠い生活を送ってきた。

ただ、自分のホルスターに納まる、この銃は確かに禁術が行われた現場にいた過去を持つ。

しかも二度も。


(しかし、禁術って結局なんなんだ?どんな魔術なわけなんだ?)


人をウサギの姿に変えてしまったり。

生まれ損なった命に、形をあたえたり。

リリィには聞こえて、今の自分んは聴こえないが、言葉を話せないはずの無機物を言葉を与えたり。


(一貫性は、ないよなあ)

シュトが知っている3つの禁術に共通に当てはまるものは、なかった。


「シュトさん、アトさんの銃はもう戻らないんですか?」

「ええっと、その―――」

(何て説明すれば、誤魔化せる?)


――シュトは、もうエリファスとこの世界で逢えるとは思っていなかった。

ネェツアークに諸々の話を聴いた時、そう腹を括ったつもりだった。


「シュト兄、アトの銃はもう返って来ませんか?」

弟のアトまでもそんな事を言い出して、シュトはいよいよ本当に困る。


「あ〜、あ、うん、アプリコット様か、ネェツアーク様が預かって返って来るんじゃないのかな。

師匠は、しっかりしているから、ちゃんと気がついて、返してくれる」

そこまで言って、シュトはネェツアークを真似しているつもりは更々ないが、自然に頭をボリボリと掻いた。


『――エリファスさんであって、エリファスさんではなくなるものを間近で見て、君は耐えられるかい?』

(あんたが、そう言ったっんだから、辻褄を合わせてくれよ)


そう鳶色の男に心の中で悪態をついた時、ふとある事に気がついた。

(思えば、この銃は―――)


"傭兵・銃の兄弟"の証ともなるこの銃は、今回の件について余りにも知りすぎている事にシュトは気がついた。

もし銃が、意志を持って"言葉"を話し始めたのなら、この少女とロブロウという土地を、命懸けで最小限の犠牲で守ろうとしている2人が、悲しすぎる為に聴かせまいとした"事実"も知ってしまう事になるかもしれない。


(冗談じゃない!!)

ガッと銃を触れるリリィの(てのひら)事、シュトはホルスターに納まる自分の銃を掴んだ。


「お嬢ちゃん、この銃は『寂しいよっ』て他には何も言ってはいないか!?」

突然の激しいシュトの剣幕に、リリィもアトも驚いて瞳を丸くしている。


「あの、銃からの声が小さくて、まだそれ以外の言葉は、私にはあまり聴こえないです…」

驚きながらもシュトの質問にリリィが答えた時、また小さな声ながらも、今度はシュトにも聞こえる形で響き聴こえる。


《お願い、僕達はいつも側にいたから。

これからも変わらずに側にいたいの》


(じゃあ、やっぱりこれは銃の声なのか?)

はっきりと聴こえたシュトを後目に、リリィは困惑した声を出す。


「あれ、また聞こえるようになった!?――だけど、何て言ってるか分からない」

リリィが引続き驚きの声を出し、手を掴まれたまま、大きな執事服に上着の中からシュトを見上げた。

そして声がよく聞こえない事に、軽く消沈してもいる。

シュトは落ち込む少女を見守りながら、貴賓室でグランドールとアルセンの喧嘩を見た時と同じ様な既視感を、また味わっていた。


しかも今度はごくごく最近味わった――。


(賢者さんが持っていた、読むことができなかった絵本の中身が見えるようになった時と、同じ"仕組み"か!?)


――"銃"も"銀の弾丸"、そのどちらも、直に禁術が行われた時に"一緒"に居た物をシュトが手にした時。


ネェツアーク曰く『悲しい優しい、女神に奉り上げられ、お人好しの悪魔の妻となった《エリファス》という人間の女性の物語』が記された絵本を読むことが出来るようになった。

そして禁術に関連付けて考えるのなら、今いるこの地下の座敷牢は禁術が行われ、リリィいる寝台でエリファスが産まれた場所。


(禁術の仕組みはいまいちわかんねぇけれど…禁術に関わったものが多くあるほど、形をなし得るってわけか?)

まるで薄い影を何枚も重ねあげて、やがて漆黒の闇のような影が出来た時、やっと存在を確立して認める事が出来る。


(やれやれ、皮肉屋な俺にしては叙情的過ぎるな…。

それよりも、この銃が余計な事を言い出さないようにしないと)

今まで相棒のように手入れも行動も共にしてきた自分の銃を、シュトは初めて険しい目許で睨んだ。


《睨まないで、大丈夫だよ。

僕は、"貴方の銃"だから。

この女の子はとても大好きになったけれど、僕が 従うのは貴方だ、シュト》

まるでシュトに睨まれた事を哀しむ様に、耳に銃の声が届く。

(マジかよ)


シュトは確かに聴こえているのに、今度は未だに信じられないといった様子で、リリィの小さな掌越しに自分の銃に目を向けた。

そんな睨んだり驚いたりするシュトの"百面相"にリリィとアトは不思議そうに顔を見合わせていた。


「シュトさん、この銃はいったい何を言っているの?」

リリィがそんな事をいうので、シュトは少女にはよく"銃の声"が聞こえていないというのが分かった。


《この女の子が、話したいのは、家で待っている家具達だから、僕の声はよく聞こえてない》

リリィの掌を抑えながらシュトに聞こえてくる銃の声は、と申し訳なさそうに伝える。


禁術やら魔術やら難しい話は、シュトには分からない。

けれどこのままで埒が開かないのも解る。


(とりあえず)

「俺は何とか解るから、俺なりに何を言っているか、ちょっと確認してみようか?」

シュトがそう提案すると、リリィは頷く。


「えっと…お前はお嬢ちゃんが言う"付喪神"の状態で喋っているのか?」

答えは"NO"と分かっている。


だが、リリィがいる手前そう尋ねる。


《安心して、僕はシュトの"銃"だから。

僕は僕の"知っている事"を話すから、それを聞きながら、この女の子が傷つかないようにシュトは話を"創って"あげて》


"女の子が傷つかない話を創って"という自分の"銃"の言い種に若干の"気障(きざ)"っぽさを感じて、多少口を閉口しかけたがシュトは小さく頷いた。


("嘘をつく"んじゃないわけか。ま、俺もその方が気が楽だからいいか)

小さく鼻から息を吐いて、興味津々に銃を見つめ続けているリリィが期待する話をシュトは作る。


「リリィ、俺の銃は"付喪神"で言葉を出せるみたいになっただそうだ」

「わあ、そうなんですね。えっと…さっき寂しいって言っているのは、やっぱり"弟"のアトさんの銃がないからですか?」

リリィがまるで人に語りかけるような言葉に、ホルスターに納まる銃は応える。


《僕と弟が産まれたのは、60年くらい前

セリサンセウムという国の、片田舎にいる"鬼子のグロリオーサ"、"読書が好きなアングレカム"、"スリングショット(パチンコ)が得意なジュリアン"、"優しいトレニア"。

その4人が、余りに国が乱れていたのを平定させようとした決起軍お 起こした時。

一人の賢者、本人はジュリアン達の前では最初は気取って″旅人″って言っていたかな。

その"旅人"から、一冊の本を渡されてその中に"僕たち"の創り方が書いてあった》


「銃として産まれて60年以上共に過ごしてきたから、離れると凄く寂しいそうだ」

銃の語る内容に気になる言葉もあるが、とりあえずリリィに聴かせても(さわ)りのなさそうな部分を、掻い摘むように話すと、"60年"という言葉に少女は口を丸く開く程驚いていた。


「じゃあ銃は結構なお爺さんなんですね」

リリィの驚いた声でシュトも銃の"高齢"さに気がついた。


「思えば、そうだな」

シュトも60年という言葉に胸元のホルスターに納まる銃が、自分の3倍以上年を取っている事に純粋に驚いた。


《だってシュトは僕を扱うのが3代目なんだから。

それくらい僕だって年をとっているさ》


「銃を扱うのは俺で3代目なんだから、年は取っていて当たり前なんだとさ」

銃の語り口がどうもにも気障で、しかも産まれて60年を過ぎていて、一人称が"僕"な事にイラッとしたシュトの顔を見て、アトが兄が怒っていると勘違いしてリリィの後ろに隠れる。


リリィはリリィで、また別の事を思い出したように、口を丸い形から普段の様子に戻して喋り始めた。


「確か、付喪神の"つくも"って、東の国の言語で99の意味らしいです。

1つの道具を99年ぐらい大事に大切に使ったのなら、それに"魂"が宿って意志をもって言葉を持って。

東の国では、それは神様みたいに凄いと思える"神"という文字、似たような文字に表現を変えて、付喪神だそうです。


でも『99年て言うのは、ものの例えで、それぐらいの年期が入って使われていたなら、魂が物にも宿るだろうって事なんだろうね』って、賢者さまに教えてもらいました」

リリィが少しばかりウサギの賢者の口調を真似した言い方に、シュトは空いている方の手で上がってしまった口角を抑えて隠した。


「リリ、"タマシイ"ってなんですか?」

アトが不思議そうに尋ねた。


リリィは普通に"魂"という言葉を使うが、口真似に気を取られていたが、シュトも初めて聞く言葉だった。


「私もハッキリとよく分からないんです。

その、抽象的?な表現があう言葉をなんで」

「ああ、成る程、じゃあお嬢ちゃんに言える分で良い。説明してくれ」

"魂"の説明をするなら、前に宿屋でグ ランドールとシュトに教えて貰ったような"抽象的"な言い方がしっくりくる。


そう考えたので、リリィが言うと、あっさりとシュトは了承してくれたので、助かったという様子で少女は、こっくりと頭を下げた。


「はい、賢者さまも"魂"については、はっきりとは仰っていませんでした。

ええっと、でも簡単に例えたなら"身体が器なら、魂はその器に入っている中身"みたいなもので…。

こうやって今考えたり、気持ちを扱っている部分みたいなものが、魂みたいなものだって。

道具には器の身体があるけれど、"中身"がないし、器に中身が貯まるにしても、貯まるのに時間がかかってその前に、器が壊れてしまうから"言葉"を語る事が出来ないって。

最後には"リリィがもう少し大きくなったらね"って鼻を可愛くヒクヒクさせながら仰有いました!」

リリィがその時の様子を思い出した様子で、ニコニコとしながらシュトに"教えて"くれた。


(最後は"ウサギの姿"で誤魔化したな、賢者殿)

リリィが抱えていたモフモフとしたぬいぐるみの時の、まあまあ可愛い姿を思い出して、シュトは苦笑いをする。



(でも、リリィお嬢ちゃんが賢者殿に教えてもらった付喪神の理屈なら、"銃"はある意味"魂"とやらが宿りやすい物だな)


魂が宿るまでの器の形が重要というのなら、鉄の塊である"銃"ならば、しっかりメンテナンスさえしていれば"形状"を保つ事は他の物より、確かに維持しやすいだろう。

リリィが"付喪神"が宿って欲しいと考える家具達よりは、銃は確かに簡単な方なのかもしれない。


《旅人―――賢者から少しばかり強引に"僕たちの創り方"が記された本を押し付けられた4人の若者は、その中で、本を読むことが好きで賢かった、アングレカムにまずはそれを読んで貰ったんだ》


不意に銃がまた語り始めたので、シュトはまたそちらに意識を集中する。

リリィも内容は把握できないが、銃が何かをシュトに向かって語っているのが分かるので、小さな口を閉じた。


《アングレカムは、本を読む事で銃のー"僕たち兄弟"の造り方はわかった。

でも、造るには相当な技術にがいるし、強力過ぎる力も解ったから、最終的どうするかはリーダーとなっていたグロリオーサに尋ねた。

グロリオーサは、決起軍の主要メンバーである、魔法が全く使えないジュリアンの事を気にしていた。

そして魔法 を使えないところ補うつもりで、僕たち兄弟を、理由は分からないけれど自分達の村に隠遁(いんとん)している"賢者"に、頼んで造って貰ったんだ。

ただその賢者はどういうわけだか、僕ら兄弟の他に2丁の銃を造っていた》


「はあ!?銃が他に2丁あるだって!?」

「シュトさん、他の銃があることを知らなかったんですか!?」

シュトが盛大な声を上げて驚きの声をあげると、リリィが"シュトが他に銃が2丁あることを知らなかった事"に驚いていた。


当然と言った具合で、シュトとリリィが互いに驚き、驚かせるようにして会話が続く。

「えっと、じゃあ銃を造ったのがウサギの賢者さまの先生の人だって事も知らないんですか?」

「マジかよ!?」

「マジかよ♪」

兄と"ともだち"の少女がある意味テンポ良く会話をくり広げているので、言葉遊びをしていると勘違いしたアトが、シュトの言葉をオウム返しの要領でくりかえしていた。


そんな無邪気な弟の様子に、シュトは良い意味で脱力――肩の力を抜いて自分の"相棒"を見つめる。

「何だよ、今になって暴露話のオンパレードは」




《そう?単に今になって事実がわかっただけじゃない。

シュトも、この可愛いお嬢さんみたいに落ち着いたら?》

再び"銃"がシュトに向かって気取ったようにしか感じられない言い方する。


「その気障(きざ)な部分だけ、どうにかしてくれないか。

滅茶苦茶イラっとする」

見習いにしても執事の格好には似つかわしくない言葉使いと面構えで、シュトが自分の銃を睨んだ。


話がわからないリリィとアトは、またびっくりしたという感じで青年を見上げる。


「しゅ、シュトさん。キザがイラってするとか、一体どうしたんですか?。

ええっと、私には聴こえないけれど、"銃さん"がその、キザみたいな喋り方なんですか?」

元々のシュトの服装の趣味や言葉使いを知っているリリィが恐る恐る尋ねると、シュトが口をへの字にして頷いた。


《女の子にそんな態度は、関心しないな》

「お嬢ちゃんには、やってねーっの。

付喪神の性格ってどうやって形成されるか、賢者さんはどうにか言っていなかったか?」

この銃が禁術に触れあい過ぎて"言葉"を持ってしまったのは解ってはいるが、あまりにも"個性的"過ぎる語り口なので、シュトは自分より魔術に詳しそうなリリィに、ぼやくように言ってしまていた。


「確か、賢者さまは"道具の性質にもよるけれど、持ち主に性格も似る事もある"って仰っていました」

「エリファス師匠はこんな喋り方はしないから、銃の本来の個性か」


《違う》


シュトの言葉を、銃がキッパリと否定をした。


《エリファスは、エリファスであってエリファスじゃなかった。

それは、シュトも知っているだろ?。

僕は、最初の銃の兄弟、ジュリアンの個性から、影響を受けた自覚ならある》

「今の銃は、最初の銃の兄弟の人から影響を受けた喋り方なんだそうだ」

また、リリィに話して触りがない部分でシュトは言葉を口にする。


《ジュリアンは"エリファス"に頼まれて、僕と、僕でも気障に思える僕の中にある銀の銃弾で、愛する人の命を奪った》

「王様達と別れた後、初代さん――ジュリアンはどうしたんだ?」

"銃が告げた事"はリリィにはとても言えないので、シュトは自分で知りたい事を尋ねる。


《ジュリアンはね、一度故郷に帰ったんだ。

すると、そこには丁度隠遁を止めて、旅立とうとする賢者殿がいた。

どうしたのですか?と尋ねると、珍しく真面目な顔をしていう》


【銃を、奪われた。もしもの為に造っておいた抑止力の方を、奪われるなんて情けない限りだ。

造った者として、責任を取らないといけない】


《その話を聞いたジュリアンは、影ながら平定を助勢しながら、銃を扱う者――また銃に"感謝"する者として、賢者の銃の回収を手伝う事を申し出たんだ》


銃の言葉は結構な長い語りとなり、シュトが頷いた時に一区切りついたと考えたのか、リリィは尋ねる。


「銃さん、シュトさんの訊いた事になんて言ってますか?」

「――最初の銃の兄弟は、色々あって仲間と別れた後、故郷一度帰ったそうだ。

そこで、ウサギの賢者殿の先生になる賢者さんが旅にでるとこだったらしい。

それで挨拶をしたんだと」

ほんの数日の執事見習いで培った、ポーカーフェイスを活かしてシュトはリリィにそう告げる。


ただ長い間聞かされた話にしては、答えが短くなってしまうが、少女には聴かせない方がよい内容が多すぎて、話を随分乱暴に端折る事になってしまっていた。


(銃の"威力"を見たことがあるお嬢ちゃんには、銃がある事は知っておいて構わないけど"奪われた"何て事、知らせない方がいいよな。

しかし、"ウサギの賢者"の先生は何をやっていたんだか。

だったら最初から他の銃なんて造らなければ良かったのに)


《仕方ないよ、"ルール"だもの。

"毒薬を造るなら、解毒を造ってから"。

"未知の武器を造るなら、その武器に対抗する武器を造ってから"。

でないと、無責任だもの》

シュトの顔色ん読んだかの如く、銃から"産みの親"を庇う発言された。


「賢者さまの先生が、旅に出たとしてもそんなに昔の事なら、銃さん、多分造ってくれた人――親みたいな方とも、もう会えないんですよね。

じゃあ、やっぱり弟の"銃さん"と離れるのは寂しいでしょうね。

家族は、もうアトさんの銃だけなんですもの」


《寂しいの勿論あるけれど、銃による"3度目の悲劇"を防ぐためには、僕だけの力じゃ足りないから》


「3度目の悲劇?」


思わずシュトが銃の言葉をなぞるように言うと、リリィとアトから視線を集めた。


「何ですか?どうしたんですか?」

"悲劇"という言葉の意味はリリィにも分かるから、心配そうに緑の瞳で見上げられた。


「ああ、寂しいのも勿論あるんだけれど。

"銃の兄弟"でやらなきゃいけない事もあるらしい。

で、今から"銃"がやらなきゃいけない事の話を聞こうと思うけれど、構わないかな?。

長くなりそうなんだ」

シュトの真っ直ぐに自分を見返す眼差しに、リリィはしっかりと頷いた。


リリィが頷いたのを見て、アトも笑顔で頷く。


「長い話でも、静かに聴かなければいけません。シュト兄、アト、静かにお話しを聴けるよ」

「リリィ、アト、ありがとう」

弟と友人の妹の言葉に礼を述べて、自然に笑顔となると、自分の銃が口を開いた。


《ひねくれ者の僕の"弟"が、アトなら素直にいう事を効きたがるのは、こういう天真爛漫な所なんだろうな》

アトの扱う銃がひねくれていると聞いて、シュトは眼を円くしたが、思い出してみると少しだけ思いあたる節も確かにあった。


銃の整備をする際に、アトの扱う銀色の銃はシュトのものより一回り小さくて、構造も多少異なる。


サイズが小さいので、取り扱う部品も小さく細かいので、整備の時の分解組み立ても多少ややこしく複雑な面もあるのだが、アトはニコニコとしながら、それこそ天真爛漫に整備をこなしていた。

シュトも出来なくはないが、アトの整備のスピードには敵わない。


(そんなひねくれ者でも、俺の銃のかけがえのない"弟"だから)


「じゃあ、話してくれ」


シュトは自分の銃に話を促した。


《ジュリアンは傭兵を続けて影ながら決起軍の助勢になる事をして、銃を探し続けた。

やがて時間はとてもかかったけれど、国はグロリオーサ達の活躍で平定をなされて、ジュリアンも号外でその話を聞いた時には、とても喜んだ。

ただ依然として、僕達と合わせて造られた銃の行方しれなかった。

やがて、最初の王妃様が病気の為に亡くなった時、弔問の為にやってきた王都の時計台で賢者殿と偶然、再開した。

ジュリアンにとっては親友で、賢者殿にとっては弟子みたいな王妃様だったからね、弔いたかったんだと思う。

賢者さんはその時一人の子ども"弟子"を連れていて、育てる事にしたと話していた。

自分も、もう年だからだって》


(それが、ネェツアークさんと言うわけか)

シュトは一瞬だけリリィを見てから、直ぐに自分の銃に視線を戻す。


《もしも、自分の代でけりがつけられない時、銃の後始末を頼むつもりだと。

けれど、奪われた銃が、ある方の命を奪う事になってしまった》


「その人は誰なんだ?」


シュトは自分の銃から"命を奪った"と聞いて、その事を口には出しはしなかった。

しかし表情は険しくなり、その緊張感はリリィとアトにも伝わったらしく、小さく同時にビクリとしていた。


《――落命なさったのは、決起軍の頃からジュリアの親友のだったアングレカム・パドリック》

(パドリック?確か…)


『グランドールは、そうやって、いつも自分が正しいみたいな言い方をしますよね』

貴賓室で見た、怒っていながらも切なそうな表情を浮かべていた、この国の軍服を纏っていた人。


《シュトの"親友"の先生。男の人なのに美人だって思えた人のお父さんだよ。

落命なさったのは、その先生がまだ随分と幼い時だった》

(アルスの先生の親が、銃で…)


《ただ、言い訳をさせて貰えるなら、銃がアングレカムの命を直接奪った訳じゃないんだ。

だって、僕達兄弟と共に造られた銃を"拐った"奴が本当に狙っていたのは、アングレカムの子供。

シュトの親友の"先生"だったんだから》


「マジかよ」

ここ数日で何度出したわからない感嘆の言葉だったが、シュトの中では随分と悲哀を込めたものだった。


《僕達の産みの親である賢者さんの"弟子"が、下調べをして王都で不穏な動きがないか探っていた。

それで、アングレカムの周りがなんだか穏やかではない事。

それに銃を奪った奴等が関わっているらしい事。

その2つの情報を拾ってきて、賢者さんに報せて届けていたんだ。

賢者さんは情報を手に入れたけれど、その頃はもうかなり高齢で、身体の自由が効かなかったし、お弟子さんは優秀ではあったらしいけれど、まだ若すぎた。

ついでに調子に乗っていて、アングレカムに面が割れてしまっていたし、説教も受けていた。

だからジュリアン自身が密かに王都に入って、親友の周りを張っていた。

そしてやはり不穏な奴等いたにはいたけど、親友――アングレカムも英雄となった人だから、本当に見張っているだけって感じだった。

動きのないまま周囲を張り込み続けて数日、いつもアングレカムの様子を伺っている奴とは違う奴が、姿を現した。

そしてアングレカムも、いつもとは様子が違っていた。

ジュリアンが思わず"天使みたいだな"と呟いた程の可愛らしいアングレカムの息子を連れて、本当に幸せに散歩をしているところだった》


『アングレカム、あんな顔出来たんだな』


《ホルスターの中でジュリアンのそんな言葉を聴いた時。

(おぞ)ましい気持ちを銃である僕達、銃の兄弟ですら感じた。

先ず消音器(サイレンサー)が予め付けられていた僕が引き抜かれて、ジュリアンは迷わず引き金を引いた。

けれど、ジュリアンは1つだけ誤算をしていた》

「何を誤算していたんだ?」

シュトが質問するのを、リリィとアトが固唾を飲む形で見守っている。


《さっきも言ったけれど、銃を奪った奴はアングレカムを狙っていたんじゃない。

その子供――ジュリアンがいう"天使みたいな子供"を狙っていた。

でも、ジュリアンは、僕の"言葉の元"になった人は、本当に情に厚い人だったから、まさかそいつが子供を狙うなんて思っていなかったから、撃ち抜く箇所を誤った。

そして、結果的に親友の子供は助かったけれど。

アングレカムは子供を銃の音で暴走した馬車から守る為に、落命した》

――銃の奪還をしないといけないと解っていながらも、ジュリアンは直ぐ様、親友が子どもを庇って倒れる場所へと向かった。


『父上?』


《アングレカムの子どもの声を聴いた時、ジュリアンの足が止まった》

アングレカムが最後に聴くことが叶わなかった、天使の声をジュリアンは聞いていた。


『お願いです、誰か、誰か父上を―――!』


親を失う事を―――大切な大事な人を失う事を本当に怯えている、悲痛な声だった。

そして震える声で、息子に伝える最後の親友の言葉を耳にした。



《ジュリアンは、目の前で親友が事切れるのを見守っていた。

いや、見る事しか出来なかった。

そしてまた、悍ましい何かが動く気配を感じて、ジュリアンはまた僕の引き金を躊躇わずに引いた》

――チュンっ

《今度のは避けられたみたいだった》


『アングレカム、すまない!』

《親友に一言詫び、周りに人盛りも出来はじめていたから、その間を縫ってジュリアンは発砲された場所にむかった。

初弾は命中していたから、弾を撃ったと思われる場所にジュリアンが行くと、壁と道に血痕があった。

そして比較的近い場所で、銃弾が2発、煉瓦の壁にめり込んでいた》

『クソッ!』

《僕をホルスターに納めて、また銃に関係する事で犠牲者が出さない為にも、ジュリアンは血痕の後を追った》



「けど、ダメだったんだな?」

《うん》


質問に頷く銃の声は、当時のジュリアンの落胆と、歯痒さの気持ちをそのまま乗り移らせたの如く無念を滲ませているように、シュトには感じられて仕方なかった。


《血痕は城下街外れの、城門の近くまであって、そこで途切れていた。

途切れていた場所に、数頭の馬の(ひづめ)の跡があった。

ジュリアンが考える限り、アングレカムの子どもが狙われた事は、計画されていた事だったんだと思う。

狙撃が成功にしても未遂に終わったとしても、撤収の手順は決められていた》


「それからは?」

シュトの重たい声に、リリィは何か悲しい事実を彼が受け止事に気がついて、労るように見上げた。

幼いながらに、優しく慈愛に満ちたリリィの眼差しに少しだけ、エリファスを思い出しながら、シュトはまた銃の言葉に耳を傾ける。


《アングレカムが落命した事で、俄に王都にはちょっとした緊張感が漂い始めていた。

でも、それはアングレカムの子供を守る為には、良かったみたい。

グロリオーサが内々に試験的に造りあげた、国王直轄の諜報部隊が影ながら警護をさせていたから。

同時期にグロリオーサは息子を遊学の旅に出してもいたよ。

そして僕達の銃の産みの親に当たる、賢者さんが亡くなったと、弟子に当たる少年から手紙が届いたんだ。

その少年と出会った時、ジュリアンは自分も結構な年をとっている事に、漸く気がついたみたいだった》


しかし、初老を迎えていたジュリアンの前に、賢者の弟子である鳶色の少年ーーやがて国の英雄にも賢者にもなるネェツアークが、師である賢者の為に、喪に服して黒衣で姿を現した時。

懐かしい記憶が初老の頭の中を走り抜けた。

銃を扱い始めて40年を越えているのをジュリアンは実感もしながらも、気持ちは小さな村にいる、悪ガキ3人と、しっかりした女の子1人の頃に少しだけ戻らされる。


《年を取ったことに気付いたけれども、賢者さんの弟子にあった時は何だが不思議とジュリアンの心臓が、出逢った当初の時みたいだった。

少年みたいに胸が弾むのを僕と弟も一緒に感じていた》


それは何の因果か縁かわからないが、銃の造り方を押し付るようにしていった"旅人"に、初めて出逢った賢者の弟子が、どことなく雰囲気が似ていたせいもあった。


《弟子の少年は、ジュリアンの気持ちには気がつかずに、淡々と賢者さんの遺言を口にしていた》



『師匠から、銃の奪還の責任は私が引き継ぎました。

それと、師から貴方への遺言です。

"今まで、私の不始末を片付ける為に手伝ってくれて、ありがとう。

だけど、もう君は君の為に生きてくれ。

もう、"銃"の犠牲になった人への(あがな)いに縛られる運命ではなく、君が大切にしたかった者達の為に生きてくれ"だそうです。

そして、私は"これから銃の兄弟に出逢った、話を聴いた"事があったとしても、極力関わるなと教えられました。

だから、もう貴方はもう何も囚われる事はありません。

傭兵"銃の兄弟"として、どうか後悔がないように。

――それでは、失礼します』


《少年は不貞不貞しくも見える態度で、名前も名乗らないで、"親友"を待たせてあるからと言ってジュリアンに頭を下げて、姿を消した》

「その頃、ここにロブロウにきたのか?」


――時期的に考えればこの後である。


土地の名前にリリィが反応するが、銃からの答えは違っていた。


《ううん。ジュリアンは、少しばかり途方にくれていた。

銃の僕でもそう思うけれど、いざ"お前は自由にしていいよ"と言われたら困るんじゃないかな。

特にジュリアンは…僕で最愛の人の命を奪ってから、贖う為にだけ生きていたみたいだったもの》


――自分から贖いをとったら、今は何が残るだろう?。


《ジュリアンは贖いを自分から取り除いたら、自分が何をしたいかが本当に解らなかったみたいだった。

子供の頃、平定したかった国は、親友達と愛した人の兄の長年の活躍のお陰で完璧とは言えないけれど平和にはなっていたしね》

「それは、何となく分かるかもな…」


代替わりを宣言をされて、今、手を当てている銃を委ねられた時、シュトも軽く途方にくれたものだった。

だからロブロウの用心棒の仕事を貰った時、思わず安堵の息を吐いた。


(まあ、なんかややこしすぎる"初仕事"になっているけれど――)

そんな事を考えてまた銃を見つめると、また待っていたように銃は口をきく。


《銃の後始末に縛られる事はないと、解放もされた時。

ジュリアンは暫くぼんやりしてから不意に『天使…あの子は大丈夫なんだろうか?』って呟いていた。

多分アングレカムの子供の事を、思い出していたんだと思う》


『お願いです、誰か、誰か父上を―――!』


銃自身も、あの時悲哀に満ちた幼い声を聞いていた。


《それから『親友が待っているから…か』とも呟いて、賢者の弟子となった少年の事も思い出していたみたい。

そしてジュリアンは――絵本を描き始めたんだ。

"天使が人と親友になる絵本"》

「おい、何だそれ!?」

「え?え?」

「ああ、ごめんごめん。銃から…かなり驚く事を聞かされたんだ」

リリィが戸惑いの声をあげて、シュトは謝罪の声を出す。


相変わらず銃の声は聞こえてはいるが、少女には内容は把握出来ていない様子で、シュトの呼び掛けるような声には、思わず反応してしまっていた。


「お嬢ちゃん。多分、もう少しで話は終わるはずだから。

アト、あの…師匠が書いた絵本を持ってきてくれ」

そんな会話をこなしながら自分なりに、シュトは目まぐるしい勢いで考え始めてもいる。


「はい、シュト兄、エリファスせんせーが描いた絵本を持ってきます」

軽い足取りでアトが絵本を取りに向かう。


《あの絵本を描いたのはジュリアンだよ》

「わかってるよ。お前がそう言うなら、そうなんだろうさ」

銃が幾分不満そうに言うのを、シュトは言葉に出して宥めてやった。


(もし、自分が知っている真実と違う事が"事実"みたいに言われ続けられたら、言葉を喋れない奴でも、もどかしい気持ちになるだろうな)

アトが絨毯の上に置かれたままになっていた絵本をシュトに渡す。


「はい、シュト兄。アト、絵本を持ってきたよ」

「アト、ありがとう。じゃあ、この絵本はどういった気持ちで造られたか、お前が知っている事を教えてくれ」


敢えてエリファスの名前を出さずに、シュトは尋ねる。

いつも哀しみばかりを思わせる未完の絵本から、シュトは"逃げて"いた。


(どうして互いに想い合うもの同士が、少しの間違いを犯してしまっただけで哀しみを抱きながら消えなければならないのか)


エリファスに引き取って貰ってばかりの頃、眠る前に、初めて古いその絵本を読んでもらった時、場合も条件も違うけれど、自分の死んだ二親を思い出さずにはいられない絵本だった。


そして何より、"ある事"が嫌で仕方なかった。

話の内容がまだ分からないで、ニコニコとする頑是無い弟の横で、幼いなりに内容を理解できるシュトは頭をブンブンと振って、最後のページになった時。

舞い散る羽根を見た瞬間に、話が終わる前に寝台から抜け出した。

それはエリファスから『これは"せんせい"が、造った絵本なの』と聴いた事もあったかもしれない。

あの未完の絵本が、優しくてとても強い"人"なのだけれど、どこか存在が儚く感じてしまうエリファスが造った物だと、シュトは思い込んでいた。



その儚い人が描いた絵本は、どうしても哀しみが最後を占めてしまうような気がして。

"銃"が詳細を語ろうとする前に、シュトは自分が絵本の作者を勘違いしていた事に、やっと気がついた。


《この絵本はね、ジュリアンがアングレカムの子供を励ます為に、造っていたんだ》

銃もシュトが"勘違い"をしていた事を察したように、柔らかい言葉で語り始める。


《例え、本当に大切な親みたいな人が居なくなったとしても。

代わりにはならないだろうけれど、その哀しみを共に受け止めてくれる、"親友"を作りなさいって。

決起軍を作った自分達が、親に恵まれなかったけれども、親にも似た同じ様な"無償の情"や気持ちで、友を思いやった。

例え離れあったとしても互いに思いやれて、心の支えになるような友を、作って欲しいと思って》


「だけど、最後は天使は姿を消したって…!」

シュトは絵本の最後の破れたページを開きながら、銃に矛盾をしているようにも思える内容について尋ねる。


【友だちが『大好きだ』と言っていた美しい羽を風にのせて舞い散らしながら、大きな大地に受け止めて貰って、世界から姿を消しました】


《うん、だから、最後のページは破られいるんじゃなくて、つけられていないだけなんだよ。

ジュリアンの中では、天使は羽を失って大地に受け止めて貰って天使ではなくなるけれど、人として眼を覚ますんだ》


【人間になった天使――男の子は美しい緑の瞳で世界を見渡すと、喧嘩をして傷つけてしまった人の友達が側にたっていました】



《ジュリアンは口に出して文章を書く癖があったから、最初にざっとストーリーを言っていたのを僕はよく覚えている。

あの話は、シュトが哀しみを抱くようなないようじゃない。

安心して、優しいシュト。

――天使は、男の子は幸せになる》


「幸せに――なるんだな――」


本当は、最初に絵本を見た途端を大好きになっていた。

天使が、"友達"と幸せになれると信じていたから。


「シュトさん!?」

「シュト兄!?」

リリィとアトが同時に声をあげたのは、シュトが涙を流していたからだった。



「お嬢ちゃん、アト、ワリぃ。

ちょっと涙腺が緩んだ」

未完の絵本を掴んだまま、執事の格好の為に嵌めている白い手袋の手の甲でシュトは流れる泪を拭う。

泪を吸い上げる白い手袋越しに伝わる、自分の泪の熱にシュトは少しだけ驚いていた。



《シュトが優しすぎて情に厚すぎるのは出逢った頃から、知っているよ。

大切な人を馬鹿にされたら貴族だろうがなんだろうが、頭ではわかっていても、攻撃的になるのは少しだけ辞めておいた方がいいと思う時もあるけれど》


「うっせえ」

うっせえと口では言いながらも、泪を流しながらも目元も口許も笑っているシュトの姿に、リリィはホッとしていた。

アトは"兄が泣きながら笑っている"状況に、激しく瞬きを繰り返している。


《そんな所はシュトはもしかしたら嫌がるかもしれないけれど、ジュリアンにそっくりだよ。

例え造られた物語であったとしても、悲しい話などいらない。

ハッピーエンドであってほしい》

銃は懐かしむようにそんな事を伝えると、シュトは未完の絵本を見つめながら眉間にシワを刻んだ。


「じゃあ、そんなに悲しい物語なんていらないとか言っていたのに、どうして絵本は未完成…。

そうか、完成する前に?」


《そう、あと僅かで完成というところで、ジュリアンにピーン・ビネガーという人からから手紙が届いたんだ。

"我が孫の為にご助力お願いできませんか"ってね。

そこからは、さっき仮面の領主さんの部屋で聴いたような話の流れさ》


「そうなんだな」

てっきり、ピーン・ビネガーというアプリコットの祖父が、ジュリアンを招いていたとばかりにシュトは思っていた。


《密かにジュリアンが持っていた"絵本のページ"を使うことを考えていたのもその人だ》


『そして《禁術》の方法を提案したのは、君の傭兵の大先輩――初代銃の兄弟ジュリアン・ザヘトだ』

魔法鏡越しに、確かにネェツアークがそう言っていたのをシュトは聞いていた。


「―――」

「シュトさん、お話は終わったんですか?」

無言になったシュトに、リリィが声をかけた。


「いや、悪い。もう少しかかりそうだ」

リリィにそれだけ言うと、困惑がシュトの中に渦巻く。


『とりあえず誰も困らない、迷惑かけないズルはしちゃうよ』


(これも"ズル"に入るのかよ、ネェツアークさん?)


シュトが魔法鏡を通して鳶色の賢者の聴いた話の限り、"禁術"を推し進めたのはジュリアンのような印象を受けていた。

だが"銃"が語るのを聞けば、執事のロックが禁術を推し進めたという過去が見え隠れもする。


(今、悩むべき事でもないし、俺が考えてもどうになんねえけどよぉ…)

白い手袋を嵌めた手で、シュトはまた髪を掻きあげた。

ここで自分が思い悩んでも"座敷牢"で起こってしまった禁術の事実は変わらないのは、解っている。

けれど穏やかな老執事に信頼を重く置いている少年は、できれば"会ったこともない自分の職業の初代"に、禁術を行うにしても先導者――乱暴な言い方をすれば"悪者"になっていて欲しいと、考えていてしまった。


"強引なジュリアン・ザヘト"に言われたから、"エリファス"の形どる禁術に仕方なく。


(でも、それは―――きっと違う)

落命した親友の子供の為に絵本を造る男が、そんなことを率先するような事はしない。


そして、何より―――

(ジュリアン…さんは、禁術で恋人を失っているのに、進めたりするのか!?)

シュトの中で考えが堂々巡りを始めた時、檻の向こうで昇降機が動き始めた。


「――誰でしょうか?」

「御館様です。アト、わかります」

リリィの疑問の声にアトが直ぐに答えた。


シュトは困惑のまま、昇降機が動く方に視線をむけた。

銃もまるで元に戻ってしまったかのように押し黙る。


"ガシャン"と音がして、昇降機が到着した。

アトの言った通り、先代領主バン・ビネガーが従者を一人連れてその箱の中にいた。


「―――本当に"あの男"の言ったとおりだ」

バンは昇降機の中から、シュトの顔――苦悩を刻んだその顔を見て薄く笑っていた。


「ある物を、執事見習いに"時間が来たら"渡して欲しいと頼まれていたのでね。

それを今、届けに来た」

従者がバンの前に出て、座敷牢の入り口を開ける。

杖をついて、バンはゆっくりと座敷牢の中に入った。


「ここに来るのは久しぶりだ。

さて、これが頼まれた物だ。

古い方をシュト、新しい方をアトが纏いなさい」


そう言ってバンは仕立ての良い外套の中から、2着の紅黒いコートを差し出したのだった。





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