【断章】
『――何だったのかしら。この大きなだけで、中途半端な魔術の産物は』
人の"楔"を抜いてしまった女性は、豊かな胸を栄えるドレスの中で揺らした。
先程迎え入れた"親友"と共に、始末した魔術で造られたであろう"粘土の巨人"を靴で詰まらなそうに踏みつけていた。
そしてその直ぐ後に、女性の最愛の夫がゆっくりと杖をついて姿を、彼女とその"親友"の"影"の闇の中から現した。
『"モックルカールヴィ"。
図体が大きいだけの古の巨人だ。
しかし、人がこれを魔術で造り、この地にまで送りこんでこようとするとは、中々の事よ』
優しい"夫"が人を誉めるのに、妻が軽く嫉妬する。
『旦那様、これぐらいのもので人をお褒めになられるなんて。
だったら今からゲームをする人間の方が、余程歯応えがありますわ。ね』
妻はとなる存在は、そう"親友"に呼び掛け、豊かな胸を押し付けるように凭れかかった。
"親友"と呼ばれている人物は冷たく美しい笑みを口許に浮かべて、女性が踏みつけていた『粘土の巨人』だったものを見ていた。
『妻よ。どうやら、お前の大切な親友殿は、その出来損ないを送りつけようとした人と、少しばかり因縁があったようだな』
夫となる存在――ベルゼブブが、"旅人"との契約で手にしている過去を吸いとる力で妻の親友の過去を覗いて、伝えた。
夫の言葉を聴いて、妻となる女性は《人として》世界にいた時に"兄"とも思っていた男と瓜二つの、大きく舌打ちをする。
『―――この粘土の巨人を送って来た奴が、あの下劣な事をいって貴方の心を煩わせた奴なの?。
だったら、惨めな形にして送り返してしまえばよかった』
人であった時、尊敬し、親友でもあった先輩にも相談出来なかった事を、彼女にだけしていた"親友"は小さく頷いて、美しい緑の瞳を潤ませていた。
妻と呼ばれる女性は、慈愛にも満ちた眼差しで親友を抱き締める。
『大丈夫、親友の私が貴方を守ってあげるし、貴方の一番大事で大切な人も、《こちら》側に来てもらいましょう。
何気にあの人もこちらに詳しいみたいよ。ねえ、旦那様』
妻の余りの上機嫌な様子に、ベルゼブブも嬉しそうに微笑み返した。
『お前が、こんなに上機嫌で儂も悦ばしい限りだ』
『ええ、だって唯一無二の親友と或る悦び、たまりませんわ。
いずれ旦那様も、あの方をお迎えに参りましょう。
"器"があったのですもの、きっと此方側にいらっしゃいますわ。
でも先ずは、お迎えする場所を支度しないと、いけませんわね』
新しい"場所"の事を考えて、悦びに心を奮わせるその言葉に、ベルゼブブはまた微笑む。
『でも、ただ心配なのは、あの"狡兎"が簡単に譲ってくださるかしら。ん、―――あら、何?』
右の掌と腕を、ベルゼブブの妻の左側の掌と腕で絡めるように固く繋げる親友が、黒髪の隙間に見える彼女の耳に、形の良い唇を僅かに動かして小さく囁いた。
『本当、それはあるかもしれないわね』
そう言って親友の美しい頬を撫でて、妻が困ったように微笑んだ。
『どしうたんだね』
『旦那様、もしかしたらあの狡兎は本当に、こちら側の気持ちを乱すような事をしてくるから、と。
そして、私の心配をしてくれていますわ』
妻の言葉にベルゼブブはカラカラと笑う。
『そんなに優しく人間らしい心配をまだ、親友殿はなさっておいでか』
そして、妻のたっての願いで迎えいれ―――弱っているところ強引に取り込んだ、親友を見つめる。
地獄に堕ちた太守の自分でも美しく感じられ、そして唯一である"主"も、創られた"居場所"にいた時には、心の拠り所にしていた時間もあった存在。
そして、妻と同じ意味の"復讐"を冠に頂く、奉られている存在。
杖を使って歩みより、正面に立ち、ベルゼブブがその白い整った顔の頬に皺だらけの手を添えると、少し震えていた。
『おや。まだ我が妻の親友殿の心は、完璧にこちら側に来てくれてはいないのかな?。
あれ程、中を"虚"にしてあげたというのに。
それとも虚ににしても、自分が消えても無くしたくないものでもあったのか?』
そんな言葉をかけると、白い頬に泪を伝わせた。
その姿は途方もない昔を思い出させる。
【Why didn't it consult?! 】
(どうして、相談してくれなかったんですか?!)
嘗て、"主"が同じ顔の弟と剣を交えたいた時、ベルゼブブの前に立ちはだかるのは、この"妻"の親友だった。
美しい顔を哀しみに歪ませて、戦うよりもまず心配をされる言葉をかけられた。
(―――主の"器"と同じか)
どこまでも同じ様で、全く同じではない。
(では、あの方はどうなのだ?)
大地の様な肌をした、妻の"兄"のような振る舞いをする男は。
一番"人"として頼られ、優しそうな顔をしていながら、戦いを始めたなら誰よりも容赦がない。
"悪魔"ですら怯えて逃げ出す、その闇と炎の力を、大地にも似た身体の中に閉じ込めておきながら、"今"、何も気がついていない事などあるのだろうか。
"主"や"妻の親友"と同じの、姿だけが酷似した、器だけの存在感のなのか。
(それとも、あの狡兎と同じ様に―――)
不貞不貞しい笑みを浮かべもするが、まるで素直な子供の様に項垂れもする、風と空のように掴み所がない、今は"賢者"と名乗る、鳶色の人がベルゼブブの脳裏を掠める。
『―――旦那様、私の"親友"は、本当に優しいのですから。
あまり、からかわないであげてくださいな』
妻の声で、ベルゼブブは自分が考え込んでいる事に気がついた。
"親友"が泪を流した事で、妻は慈愛の心を起こし、今は泪を流す親友を慰め、包み込むように抱き締めていた。
(思えば、あの賢者。
かつて我が妻にすら影響を与える言葉を吐きおったな)
《どうして人っていうのは、長く続いた物を締めくくる時に、罪悪感を抱くのだろう。
それが良い物や思い入れがあるなら、まだ何とか続けようと努力しようとするがわからんでもないが、人を不幸にするだけの続け事なら止めてしまえばいいのに》
『―――まるで、悪魔の囁きと変わらんな』
特に、自分を降臨させた老人が忠誠を誓ったビネガー家など、その権化にしか見えない。
《ピーン様、共にロブロウから旅にでも出ませんか?宛のない旅人になりませんか?私が、このロックが何があっても、お仕えしますから》
降臨の宿主の主が家族の事で苛まれ、すっかり真っ白になってしまった髪を見るたびに、口から溢れそうになった言葉を思い出すと、ベルゼブブの肉体の器が哀しみと怒りで震える。
(やれやれ、人の"名残"はあの男に押し付けてきたと言うのに)
ベルゼブブは波打つ部分――胸を抑えた。
『"旦那様"、そろそろ参りましょう。
私の親友の代わりがこなす儀式、如何様か拝見したいのです』
――妻が、親友が丁寧に代理となって降臨を行う女性騎士に指導した事に、"嫉妬"しているのがベルゼブブには解る。
『私は貴方以外のガブリエルなんて、認めないけれどね、"アルセン"』
艶やかな唇を紅く光らせ、今は自分にの豊かな胸に抱かれる、緋色の英雄の衣装を纏うアルセンの耳にエリファスは囁いた。




