【来賓の客間】
ルイと面会したグランドールは大分気持ちも持ち直したらしく、いつもの人の良い豪快な笑顔を浮かべていました。
「オッサンに元気が戻ったみたいで良かったよ」
心からそう言って、ベッドに横たわるグランドールにルイは八重歯が見える笑顔を向けた。
グランドールは弟子が頑張って無邪気な笑顔を作っている事を察し、折角の気遣いなのでそれを有り難く受け入れ、癖っ毛の髪をクシャクシャとして頭を撫でる。
そして撫でた側から、ルイの魔力が増えている事にグランドールは気がつく。
次の瞬間には、大農家の体に澱の様に湿り気帯びて留まっていた、"負の念"が次々にパキパキと音がする勢いで固まるのを感じた。
グランドールはルイの後ろに立つ、金髪の秀麗な親友に視線を向ける。
(最近私が忙しかったとはいえ、内緒事が多すぎですよ、グランドール)
多少冷ややかな親友の眼差しを受け、グランドールはルイの頭から大きな手を外した。
既にグランドールの周りに留まっていた負の澱は、ルイの"火の力"を受け、渇き、褐色の体から離れ床に落ち、塵のように消えていくのが魔術に長けるアルセンには分かる。
そして目に見えて、親友の顔色と、彼自身がもつ"土の力"と際限のない包容力が戻ってきているのも分かった。
併せてルイの火の力も削がれているのも確認し、グランドールに貼りついていた"負の澱"が余程強かった事も再確認する。
グランドールが寝台から大きな体を起こし、屈強な腕を伸ばし、唸る様な大きな声を出した後。
彼に貼りついていた最後の1つの渇いた負の念が落ちて、散る。
「パドリック様、お茶が入りました」
それを見届けた後に、作られた上品な声で、メイドが盆に紅茶を載せ、アルセンの直ぐ側まで運んできた。
「ありがとうございます。クリアさん。クリアさんは、本当に優しいメイドさんですね」
親友のグランドールからみれば"物凄い作り笑顔だな"と感想を抱く、それでも一般の女性なら、思わずくらりとする笑顔で、美形の軍人はメイドの名前を呼び答えて、紅茶を受け取る。
クリアと名前を呼ばれたメイドは、顔を赤くし、グランドールとルイにも紅茶を渡した。
ただし、ルイの瞳は随分と冷ややかである。
何故なら、今はにこやかに紅茶を出すのは、リリィを"1人ぼっち"しようとしたり、空腹のまま待たせたりとした"あのイジワルメイド"。
弟子と親友の温度差が分かるグランドールは、とりあえず作り笑いでメイドと話すアルセンは置いておいて、ルイに呼びかける。
(ルイ、いったい何があって、あのメイドはこの来賓部屋になったんだ?。確かリリィの部屋付きだったろう)
グランドールの質問は最もだと思うので、ルイは"男子部屋の客室"での経緯や、アルセンの
『気持ちが優しい人物ばかりが損をするのが、大嫌い』
といった発言をした旨を話した。
(でさ、オッサンの部屋にアルセン様と向かう途中で何だか慌てているようなあのイジワルメイドが、他のメイドさんとこの来賓部屋と担当を代わって欲しいって所に出会したんだ)
ルイが小声で更にグランドールの大きな耳に告げる。
メイド達が担当場所で揉めている場面に出会したアルセンは、例の"笑顔"で、丁度良いですね、と呟いたのをルイは確かに聞いた。
『すみません、少しよろしいですか?』
アルセンが揉めているメイド達の中に、穏やかな声で割って入っていき、そこからは"腹黒貴族"宜しくのペースで、あれよあれよと話を進めて決めてしまった。
話を聞けば、執事長のロックが臥せってからは客室の担当の采配は、メイド達に任せられている。
粗相がなければ見えない所は"勝手"にしているのが、伺えた。
とりあえず、アルセンはまずリリィ達の部屋のメイドを、ルイから見ても比較的穏やかそうなメイドに交代させた。
そして腹黒い貴族の本領発揮というべきなのか、旅先の宿で愛人3人を連れ歩くと言われた端麗な容姿をフルに活動させて、メイド、クリアの心を籠絡寸前まで懐柔する。
話術巧みにクリアに話しかけ、あくまでも"クリアが自分から仕事をする"ように仕向けた。
「クリアさんみたいな使用人が、王都の私の屋敷にもいていただきたいものです。
きっとこちらのロブロウのお屋敷での快適な部屋も、貴女の働きあってのものなんでしょうね、ありがとう御座います」
アルセンがベタ褒め、メイドは笑顔を浮かべている。
笑顔でアルセンと話すメイドを見てルイは呆れもするが、ツンケンとリリィに接していた顔よりはマシだなとは思いもするのだ。
(何でリリィにはイジワルすんだかなぁ)
グランドールが穏やかな顔をして、珍しく考えている弟子の頭を大きな手でポンポンと叩いてやった。
「男が女の気持ちを理解するのは、農業より難しいぞ」
「そうなんだな」
ルイは素直に頷いて、グランドールに向かって八重歯を見せて笑った。
分からない事よりも、尊敬する人の時間を大切にする事にして、グランドールの方にルイは向き直った。
「オッサン、早くよくなってまた剣の稽古をしてくれよな」
「その前に、ルイは型の癖を直さないといかんぞ。癖の隙間から、幾らでも打撃を撃ち込まれる」
グランドールがルイに少しだけ口頭で、型の指南をしているのを、アルセンはメイドと会話をしつつも眺めていた。
そして指南が終わり、師匠と弟子が互いに笑いあったのを確認してから、メイドに断りを入れて、2人に語りかける。
「それでは、クリアさん。ルイ君を客室に送り届けてくださいね」
アルセンが言うと、グランドールの側にいたルイはキョトンとした顔になった。
「グランドールも、ルイ君のお陰で大分楽になったみたいですが、まだ病み上がりです。少し休ませてあげましょう」
アルセンの意見は確かに筋が通っていたが、ルイはまだ名残惜しい。
淋しそうなルイの眼差しにグランドールは気がついたが、師匠として弟子に常識も教える。
「そうだな、ルイ。ワシは体力がある方だからいいが、見舞いってのは大体が挨拶をしたら直ぐにお暇せんといかん。
そして体を休ませて、見舞ってくれた相手に元気な姿をみせるのが今のワシの仕事だ」
「―――わかったよ」
グランドールがまたルイの頭をポンポンと軽く叩いて、部屋に戻るように促した。
アルセンがクリアに"親密そうな雰囲気"を醸し出しながら、ルイの事を頼む。
「クリアさん、ルイ君はグランドールと離れて寂しくてたまりません。
部屋に戻ったなら、執事見習いのシュトさんとアトさんと一緒にさせてあげてください」
「畏まりました」
クリアはトレイを台車に置いて、胸元で手を合わせてうっとりとアルセンを見詰めている。
(まあ、ここでメイドの手を握らないだけ、思わせぶりをさせない分、アルセンは誠実かもな)
グランドールは寝台の中で頬杖をつきながら、親友のプレイボーイっぷりを眺めて苦笑いをしていた。
「それでは、宜しくお願いします。ルイ君、アルスにもよろしく」
アルセンがメイドとルイを部屋から送り出し、来賓の部屋にしっかりと鍵をかけた。
肩で大きく溜め息をつく"大嫌いな貴族"な親友に、グランドールは労いの言葉をかける。
「毎度、アルセンの色男っぷりには舌を巻くかせてもらうのう。しかしメイドの配慮までして貰って、本当に助かったわい」
ドアから振り返るアルセンの顔は、グランドールのよく知る"本当のアルセン"の笑顔だった。
少しだけ困ったようにも見えるが、アルセンの本当の笑顔だと知る人物は少ない。
「いいえ、私の方こそ考え及ばずにグランドールに余計な負荷をかける"調査"になってしまって、申し訳ありません。
それにこの顔は役に立つ時に使わないと、持ち腐れだと、またどこかのパン職人見習いのオジサンに言われますから」
白い手袋を嵌めた手を、端正と呼ばれる自分の顔にアルセンは当てて、もう一度微笑む。
「しかし、グランドール。今回は、あなたにとってはキツい出来事の連続でしたね」
今度はアルセンがグランドールに向かって、労りの眼差しを向けていた。
「なあに、ワシの自身の不甲斐なさを再確認する良いチャンスだと思うようにするさ。最近は農業事業や新しい人材を育てる事ばかりで、自分の内面をほっておいたからのぅ。表と裏の帳尻を合わせる機会を、どこにいるかわからない神様が与えてくれたと考えよう」
長い独り言のように呟き、グランドールは起こしていた体を再び横たえた。
「まだ体はキツいですか?。負の念はルイ君の火の力で、全て剥がれ落ちたように見えましたが」
アルセンが先程までルイがいた場所に立ち、弟子の手前多少強がっていた親友を見つめる。
グランドールは親友の前で、遠慮なく本音と弱音を苦笑いしながら漏らした。
「悪い汗を流しすぎた後みたいな感じでな、少々体が暑くてダルいのさ」
「暑くてダルいなら法王猊下から、氷の精霊を借りててくれば良かったですね」
「それは、ロッツ君に迷惑かかるじゃろ」
アルセンもだが、法王とそれなりに親交があるグランドールは、"君"付けで未だに呼んでいる。
そしてやはりグランドールは体のダルさは横になっていても、抜けないらしく、とうとうバッと起き上がった。
「こりゃ、一っ風呂浴びた方が早いか。アルセン済まないが、支度を頼んでいいか?」
「はい、お任せください」
嘗て軍の学校で、グランドールが教官補佐でアルセンが生徒だった時期もあったので、いつも人の世話をやいてばかりのグランドールも、アルセンには他愛の無いことでも頼みやすい。
アルセン自身も日常は"狡賢い賢者"から、無理とワガママを抱き合わせたような用事を頼まれたりはする。
しかし意外と"普通"の頼み事をされないので、グランドールの何気ない頼み事は楽しんでもいる。
水を扱う事になるので、アルセンは軍服の上着を脱ぎ、客室のクローゼットにかけた。
いつも身に付けている白い手袋も外し、備え付けの浴室に向かった。
軍の編み上げブーツを器用に脱ぎながら、浴室に備えられた内履きを履いてアルセンが浴室に入る。
「これは豪華ですねぇ」
黒い岩を床にして、浴槽は岩にはめ込まれたように木で設えられている。
風呂で使うかけ湯の桶や椅子も木で造られており、独特な良い薫りがアルセンの鼻をくすぐった。
(この木は、桧ですね)
備えられたシャワーで浴槽を軽く流して、湯が出て来るバルブを捻ると湯が放流され、一層桧の薫りが浴室を満たした。
(これは異国の造りを取り入れてる)
風呂に湯が貯まるのを眺めながら、アルセンはウサギの賢者とアプリコットが連携して戦っていた所を回想する。
戦っている現場を、直には眺めていないが、魔術に長けているアルセンには
"どういった系統の術を使ったか"
を、戦いが終わった直後の現場から察する事が出来た。
(確か、領主殿がイノシシに止めを刺す為に使った術、あれも異国の物でした)
アルセンは異国の術にはあまり明るくはない。
異国の術に詳しいのは、ウサギの賢者と、
「おっ、アルセンありがとうな」
魔術に関しては疎いと思われがちな、グランドールだった。
既に裸に腰にタオルを巻いて入浴準備を整えたグランドールが、アルセンのすぐ後ろに立っていた。
「まだ、湯が貯まっていませんよ」
アルセンが少しだけ呆れた様子で、言うとグランドールは苦笑して頭をボリボリと掻いた。
「アルセンも気がついただろうが、ルイのお陰で負の念は焼けて塵になって落ちたんだが、どうも渇き過ぎた」
「確かにそうみたいですね」
アルセンがグランドールの逞しい腕に手を当てると、体温以外の熱が籠もっているのが解る。
少しだけアルセンが目を細めて、『視界』を変えると小さな精霊が直ぐに具現化して見る事が出来た。
「確かにこれでは熱が引かないでしょうね。ちいさな可愛いサラマンダー達が、グランドールの体をチョロチョロしてますから」
視界を変えたアルセンには、グランドールの日に焼けた逞しい体を、遊具にしているような小さな火のトカゲ達が沢山確認出来た。
「はは、やはりそうか。通りで所々がチリチリと痛痒いわけだ」
サラマンダーがチョロリと走り抜けた後の肌を、グランドールが掻くのがアルセンには面白くて思わず吹き出したが、ふと心配そうに親友にあることを尋ねる。
「でも、ルイ君の魔力を満たしただけでこの様子なら、常時行動を共にするグランドールは、火照りを抑えるのは大変ですね。貴方はただでさえ、火の精霊に好まれ易いのに」
精霊にも性格があり、精霊術を使う時は、術者の性格が術の塩梅を決める事が多い。
水の精霊は優しき人に。
風の精霊は捕らわれぬ人に。
土の精霊は努力惜しまぬ人に。
そして火の精霊は、強い人に。
強いの定義も、火の精霊によるのだが単純に"力強い"を好む場合が多い。
「精霊に好かれるのは有り難い事とはわかっているが、流石にキツいんでな。
ルイを拾ってからは、異国の儀式だが日に一度は禊ぎをして熱を抑えてるってワケだ」
グランドールの方から、"異国"の言葉が出てきたので、術について尋ねようとアルセンは考えたが、丁度、桧の浴槽に湯が貯まったので後にする事にした。
(サラマンダーに走り回られて、グランドールは体が痒いみたいですしね)
グランドールの肩に止まる赤い炎のトカゲは、チロチロと舌を出しながら、優しく強い日に焼けた肌へと懸命に張り付いている。
(もしかしたら、精霊はルイ君の性格と呼応しているのかもしれません)
炎の精霊がチョロリと動き回る姿が、本当にグランドールに懐くルイみたいに感じられてアルセンは微笑んでしまっていた。
微笑むアルセンに、グランドールは少しだけ不思議そうな顔をしながらも、湯船が浴槽から、溢れ出そうになった為バルブを捻って止めた。
「それではグランドール。あなたが出た後、私も汗を流したいんでお湯を残して置いてください。夜は晩餐会があるようなので、一っ風呂私も浴びます。
で、少し確認したい事もあるので、晩餐会の後に晩酌の付き合いも宜しく御願いします」
アルセンが浴室から出て行った所で、グランドールは腰に巻いていたタオルを取って浴室の濡れない場所に置いた。
「承知した。じゃあ有り難く一番風呂は頂くぞ。あとここの領主殿に借りた資料は、好きに読んで貰って構わない。
どうやらエリファスも編纂を手伝ったらしい」
アルセンにそう伝えて、グランドールは桧の手桶に水が出るバルブを捻り水を溜める。
アルセンが完璧に浴室から出た後、グランドールは顔を引き締めた。
地下からくる冷え冴え渡る水を、桧の手桶に溜めて日に焼けた屈強な体にバシャリと激しく、頭から被る。
そしてもう一度、バルブを開き水を桶に溜める。
グランドールの顔に余計な雑念などはなく、寧ろ厳かな顔つきで、冷水を浴びて禊ぎを続けていた。
――――"バシャリ"と言うグランドールが禊ぎをする音を確認しながら、アルセンは客室に戻る。
ふと床を見ると、小さな火のトカゲ・サランダーがチョロチョロと浴室の壁をすり抜けて出てくる。
無表情な爬虫類の姿を模した火の精霊なはずなのだが、どことなく寂しそうにアルセン感じる。
(グランドールの体は、火の精霊にとっては居心地が良かったでしょうからね)
アルセンはほんの少しだけ火の精霊に同情して、一度グリーンの瞳を伏せてて精霊を認識出来る"視覚"を閉じた。
「さて、私も風呂の支度と軽く資料を読ませていただきますか」
晩餐会に着用する式典用の軍服と、一応規則で着けなければならない勲章を取り出してアルセンは支度を進める。
――――コンコン。
ノックの音が聞こえて、アルセンは入り口に緑色の瞳を向ける。
(呼び鈴を鳴らさずに、誰でしょう?)




