【女子の部屋】
女子の部屋割りですが、領主邸には豪奢な、女性専用の1人部屋が4つあります。
その1つをリリィが使っていたので、他の3人、ディンファレ、リコリス、ライに1つずつと思われましたが――……
取りあえず女性4人はリリィの部屋へと入る事になる。
ライは広さの余り軽く跳ねる様に、豪奢な部屋の中央にまで進み、そして舞踊の仕舞いのようにお辞儀をした。
それから口角がキュッと上がったチャーミングな唇で、部屋の感想を述べる。
「にゃ~、こりゃ1人に1部屋はもったいないにゃ~」
まだ入り口付近にいるディンファレとリコも、同意見らしく頷いていた。
「すみませんが、荷物を運びたいのでお速く部屋に入って頂きませんか?」
例のリリィには何故かキツく当たるメイドが、台車に王都3名分の荷物を乗せて後ろに控えている。
「―――失礼します」
メイドが"告げる事は、告げた"と荷物を載せた台車を押す。
台車の先には、一番最後に入ったリリィの細い臑がある。
直後"ガシャン"と金属と金属がぶつかる音が響き、音に一番驚いていたのはメイドである。
彼女は、リリィの小さな悲鳴が聞こえるとばかりと思っていた。
金属音の正体は荷物を載せた台車の縁が、リリィにぶつかる直前にディンファレが瞬時に庇う様に伸ばした脚に装備している金属のレッグガードにぶつかった音。
台車が足によって止められた距離は、リリィの細い臑と指先1つ位で、ギリギリな感じが伺える。
「台車を押す宣言はしたから、台車を押す。押した台車の方に突っ立ている方が悪い、そんな解釈でよろしいか?」
ディンファレが鋭い視線で、メイドを睨むと、顔を少し引きつらせつつ台車を下げる。
「も、申し訳ありません。お客様が大勢いらしたので、慌てておりました」
あくまでも、台車をぶつけようとした事は認めない。
台車を下げ、部屋の奥にと進めて隅に置く。
リコとリリィは何とも言えない顔で見つめ合い、ライは獣のように眼の中の瞳孔を細め、メイドを見つめていた。
そんな客人の反応にお構いなしに客室を出て行こうと、メイドは出口へと向かう。
「名前を伺おう」
ディンファレの一言で、部屋を退出しようとして背を向けていたメイドがビクリとするが、よくわかった。
「おっ、お客様に覚えて頂く程の名前ではございません。失礼します」
背を向けたまま早口に喋り、普通の召使いの退出の作法にもある、部屋の中に向かっての一礼もせずに出て行ってしまった。
「なんだありゃ、にゃ~」
前にルイがいったような口調で、ライも呆れた声を出した。
「リリィちゃん、もしかしたら、今までもああいった事があったのかしら」
リコが心底心配そうにリリィを見つめて尋ねる。
「えっと、ある事はあったんですけれど」
「み―んな、"不発"じゃったんだよ」
抱きかかえられたリリィの腕から、ウサギの賢者がポンっと飛び降りた。
「にゃ?賢者殿、動いてまっていいにゃ?」
ライが猫のような仕草で目をパチクリとして、自立しているウサギの賢者を見詰める。
「うん、屋敷内のこの部屋で、ワシの事を知っている人達だけだったなら、動いても"オッケー"だとアプリコットさんから許可を貰ったんだ」
ウサギの賢者は鼻をヒクヒクとさせて、ライの方を向いて事情を説明する。
「では、ウサギの賢者殿から"不発"について教えていただけますか?」
リコがウサギの賢者の方を向いて尋ねる。
「ワシからでいいのかい?。当事者のリリィからではなくて?」
ウサギの賢者が重ねるようにリコに聞き返すと、ディンファレが割って入る。
「事故現状は当事者より、居合わせた第三者の方が意見を聴くのが上策でしょう。
しかも賢者殿なら、あのメイドの人格分析までされていらっしゃるだろうから、それも是非こちらは聴きたいものです」
厳密に言えばウサギの賢者はリリィ寄りの"証人"ではある。
しかしディンファレは賢者が軽口ばかり叩き、口ではどうこう言いながらも、公平な意見を理念としているのを知っている。
ウサギの賢者は短い腕で、フワフワの後頭部を、堅い爪でポリポリと掻いた。
「う~ん、じゃあ話すよ。ただ、あくまでワシの主観である事を踏まえての話だから、それだけはよろしくね?。
当事者のリリィも、違うな?と感じたら、意見に割り込んでもちっともよく構わないからね」
ウサギの賢者がリリィの方を向いて呼びかけると、素直に頷いた。
「賢者殿、前置き長いにゃ~。とっとと、意地悪メイドの話をするにゃ~」
ライが痺れを切らし、平らな胸の前で腕を組み、足で絨毯の床をトントンと鳴らす。
「ライちゃん、それはお行儀悪いわよ。賢者殿、出来れば詳しくお願いしますね」
リコは懐から筆記具を取り出して、メモをとる用意までしている。
「多分だけれど、あのメイドはさんは"代理ロブロウ領主を陥れる事件"の一端に関わっている―――いや、知っている程度かなとワシは思う」
「リリィ嬢が危害を加えられそうになるのを、最初から知っていたと言う事ですか?」
ディンファレの質問に、ウサギの賢者はコクリと頷き、続ける。
「けれども、先ほどの態度からみても、"リリィが死ぬような目にあって、万が一には死ぬかもしれない状況"にあっていたとは、あのメイドさんは知らないみたいだねぇ。
流石に殺されるかもしれない少女に、あんな性悪な態度を取るのはメイドさんが、深くこの件に関わっていないからだろう。
それにディンファレさんに睨まれたくらいで怯むんだ。
そんな"へなちょこ"肝っ玉じゃ計画に関わると、何かの支障になるかもしれない」
「ディンファレ様の睨みは強力にゃ~」
ライが楽しそうに言うのを、リコがまた諫めるがディンファレは肩を竦め、口元で小さく苦笑を刻む程度だった。
そしてウサギの賢者に向かって無言で頷いて、先を促す。
「で、不発したいやがらせはどれもリリィを"孤立"させようとするものでね。
どれもが、あのメイドさんにとっては間が悪いものばかりで、大体が白日のもとに晒されていて、実質的にリリィに被害はない。
まあ、多少の嫌な気持ちにはなっているだろうけれど」
ウサギの賢者がリリィの方を向くと、少女は頷いた。
しかし、リリィはディンファレと同じように苦笑いの表情を浮かべ、本音を話始める。
「イジワルみたいなのをされてるのは、何となくわかっていました。
でも今回の農業研修は色んな目的や、秘密な事があったり、あと、私の体の事があったりで、
"嫌がらせをされてる?"
みたいに考えはしましたけれど、賢者さまは側にいてくれたし、何かと色んな事があって、嫌がらせを嫌がらせに感じませんでした」
「にゃはは~♪。それはイジメているつもりの方にとっては、一番効く仕返しだにゃ~」
リリィの"本音"にライがさも愉快と言った様子で笑う。
「でも、そんな"仕返し"実際は仕返しなんてしてないくても、そんな風に悪く取られるなら、リリィちゃんはもっとひどい目に会いませんか?」
リコが心配そうに言うと、ウサギの賢者とディンファレが視線を合わせる。
(リコさんの天然は、生粋だね)
(ええ。リコリスの天然の才能は誰も凌駕出来ません)
視線だけで会話をこなすと、ウサギの賢者とディンファレは、今度は頷きあった
「にゃ~。だから意地悪メイドはイライラが溜まって、ついさっきリリィちゃんの脛に台車ぶつけようとしてたにゃ~。まあこれも、ディンファレ様からガードされて不発にゃあ~」
「あっ、そっか。そうよね」
ライのつっこみリコは頬を赤くして、メモ帳をもっていない方の手を口に当てていた。
「この様子だと、リコさんもイジメをされていても、気が付かないでスルーしてそうだね」
ウサギの賢者がノホホンと言うのを、ライが人差し指を立ててチッチッチと舌を鳴らして否定する。
「フッフッフッ、リコにゃんの天然伝説は半端ないなゃ~。投げられた果物は、条件反射で抜いた細剣で真っ二つ。
階段で押されそうになればナイスタイミングで振り返った瞬間に、押した方が転しちまって怪我。
御前試合でズルして魔法を使ってリコにゃんに水をぶっかけて惨めな姿にしようとしたら、見事に返り討ちにあってズルした側が水浸しにゃ~。
しかもお婿さんにしたい№1の独身貴族が偶然見学中に、鼻水垂らしてたにゃ~♪」
リリィが"あわわわ"と声にならない調子で、両手で頬を挟んでリコの伝説に恐れ入っている。
「何というか、リコさんに対する因果律は凄まじい速さで回っていて、悪さした相手にすぐさまその悪さが帰ってきている印象だねぇ」
流石のウサギの賢者も、リコをからかうのは止めておこうと思える彼女の伝説だった。
ディンファレもその"天然伝説"は初めて聴いたらしく、興味深そうにリコを見詰める。
リコは憧れの上司に見つめられるのは嬉しいが、見つめられる原因となる理由が理由なので赤くなって俯いた。
「しかし、その因果を上手く使う方法はないだろうか」
ディンファレが不意にそう言って、皆が彼女を見詰める。
「私も騎士として、剣士としてそれなりに腕前があると自負しているつもりだ。
とっさの危険にも対応出来るつもりでいるが、完璧とは口が避けても言えない」
ディンファレが腕を組んで難しそうに語る。
「"運も才能の内"と言いたいわけだ」
ウサギの賢者が、鼻をヒクヒクとさせながら言うと、凛々しい女性騎士は頷いた。
「入念な下準備をこなした上で、悲劇が起こった後、人は"運がなかったから仕方ない"で済まそうとするし、自分の中で決着をつけて次へ進む。
それは誰も"運"を制御する事が出来ないからです」
「ディンファレ様、私も運を制御するなんて出来ません!」
リコが慌てて胸元で両手をブンブンと振る。
ディンファレには珍しい優しい笑顔をし、部下を見詰め、手で"落ち着きなさい"と仕草で伝えた。
「ああ、運は制御など出来ないだろう。だが、ライが言った通りリコリスの場合は自分で制御などはしていないが、因果が上手い具合に流れてくれている」
リコはディンファレの言葉でも小さく「はぁ」と言って、イマイチ"因果の流れ"というものを実感出来ていない様子だ。
「ワシの個人の考えだが、"運"は意識して制御出来るものではない。
それに誰も人生で、自分の運の量など計る事は出来ない。
運にも種類が沢山あるけれど、運を持つと言うことは、何もかも超越する生まれつきの"才能"なのかもしれないね。
リコさんの場合は、"幸福を授かる運"というよりは、"人の悪意には悩まされない運"を授かっていると考えた方がいいかもしれないねぇ」
ウサギの賢者の例えは、リコの琴線に触れるものがあったらしい。
「"悪意に悩まされない運"ですか」
リコは小さく呟き自分のこれまでの生い立ちを、少し振り返る。
ディンファレは"リコの運"については、一段落ついたと考えて次に話を進める。
「さて、では運の話を踏まえつつ話を戻そうか。
ライが最初にこの客室に入った時に言った通り、1人に1部屋は広すぎると私も感じる。
それにこれからもリリィ嬢に向けられる悪意を不発にするためには、1人1部屋よりも、2人1部屋が私は良いと思う。
部屋割りをどうしたら良いと思うか、意見を聞かせてもらいたい。
ちなみに私は、私とリリィ嬢、リコリスとライがペアの2部屋が妥当だと思う」
ディンファレがザッと部屋割りのプランを提示すると、それに一番に賛成したのはライだった。
「にゃ~。それが一番にゃ~。ワチシはリリィちゃんと寝てもいいけれど、リコにゃんとディンファレ様を一緒にしたら、リコにゃんは憧れと緊張最高潮で眠れないにゃ~」
「ラ、ライちゃん」
リコが顔をこれ以上ないほど真っ赤にしているので、リリィは、興味深く赤くなったお姉さんを観察する。
リリィにしてみれば、リコの冷静で優しい面ばかり見ているので、彼女の憧れというディンファレがいると、こんなにも感情豊かになるのは新鮮な驚きに繋がる。
確かに、とディンファレが答えて更に続ける。
「リコもライも嫁入り前の身だ。外見は可愛いウサギでも、中身は限りなく30代後半の殿方と、同じ部屋に泊まらせるのは上司として忍びない」
「ディンファレさんや、ちと手厳しいなぁ」
少しふざけた様子でウサギの賢者が、自分の短いヒゲを抓みながら意見する。
「賢者さまは、30歳の後ろの方なんですね」
リリィの"後ろの方"という発言に、後ろから刺された様なダメージを受けたウサギの賢者は、円らな瞳を細めて頷いた。
それからディンファレの方を向いて、ウサギの賢者は尋ねる。
「そうは言うが、ディンファレさんはこの"オッサンなウサギ"と部屋を共にするのは構わないのかね?。お前さんも嫁入り前の娘ではあるだろう?」
「お気になさらず。そこにある立派なソファーがあれば、余裕で休めます」
ディンファレが微笑んでそう返事をするが、リリィがソファーで寝ると聞いて表情を曇らせる。
「一緒にベッドに寝ないんですか?」
「リリィ嬢、それこそ私も殿方と寝台を共にするのは」
その言葉に、ディンファレが心の底から苦笑している様子で言うので、少女はウサギの賢者を見詰める。
賢者も正直、どう説明したものかとフサフサの顎に手を当てた。
「にゃ~、リリィちゃん。もしも、グランドールのオッチャンとアルセン様が同じベッドで寝ていたらどう思うにゃ~?」
ライが説明を始めるが、例えに出演している人選が何だか凄まじい。
ディンファレは更に苦笑し、リコはあっけにとられているが、リリィは普通に考えて答える。
「う~ん、2人とも大人だし、体が大きいから狭いだろうなぁって思います」
「そうだにゃ~。しかもオジサン2人だから、見た目もあっつくるしぃにゃ~」
「でも、賢者さまは見た目はウサギさんで可愛いですし、ディンファレさんはとても美人ですよ!。
だから2人が一緒に寝ていたら、可愛いくて美人なだけで何も問題なんてないです」
ディンファレが美人、という部分にはリコも激しく頷いて、リリィに同調した。
ウサギの賢者とディンファレは、少女にべた褒めにされたのが余程恥ずかしかったらしく、そっぽを向いている。
「にゃ~。見た目はウサギさんで可愛くても、30後ろの中身はオッサンだにゃ。
もしリリィちゃんは朝起きた時に、グランのオッチャンみたいなムキマッチョが横にいたらどう思うにゃ?」
そこでリリィは、ロブロウに来る途中の宿での出来事を思い出す。
寝ぼけて、ウサギの賢者を締め上げてしまい、悲鳴をあげてしまった時。
悲鳴を上げたリリィを心配してくれて、飛び起きたグランドールとルイに向かっても、悲鳴をあげてしまった。
初めて見る男性の裸(上半身)に、何とも言えない恥ずかしさがこみ上げて、気が付いていたら声を出してしまっていた。
そして今リリィは、思い出しただけで、顔を真っ赤にして両手で押さえていた。
「にゃ~。ウサギの賢者殿はムキマッチョじゃないかもしれないし、リリィちゃんにとってはオッサンみたいに感じないかもしれない。
けれど、ディンファレ様にとっては、やっぱりウサギの賢者殿はオッサンなんだにゃ~」
「はい。一緒に寝るのは、ディンファレさんにも賢者さまにも、失礼になってしまうんですね」
リリィが納得をして、何とか"ベッドを共に"を回避した、1匹と1人は人知れず安堵の溜め息を吐いた。
ウサギの賢者は、ディンファレがベッド代わりにするというソファーの前に行って、ピョンと飛び乗る。
「では、こうしよう。リリィとディンファレさんがベッドに寝て、ワシがこのソファーに寝よう。ワシだって女性をソファーに寝かせるのは忍びないし、この体ならソファーも充分ベッドだよ。ディンファレさんも、それでいいかな?」
ディンファレは薄く笑う。
「リリィ嬢がそれで構わないなら」
「じゃあ、賢者さまが仰る通りにします。ディンファレさん、宜しくお願いします」
リリィの心は決まり、ベッドを共にするディンファレに頭を下げた。
「じゃあ、私とライちゃんの荷物は隣に移しましょうか。ディンファレ様の荷物は、こちらに置かせて頂きますね」
リコがテキパキと先程メイドが置いていった、台車に乗っている荷物を分けたのを見てディンファレが礼を述べる。
「ありがとう、リコ。で、先程の続きとなるが、日中のリリィ嬢の警護はリコに頼む。日中の方が、意志をもった悪意を持つ人間とは出逢う事が多いだろうし、夜はしっかりと休んで欲しい。
表向きはルイ君のその後の様子を視るため、という事でリコとライは未成年者と随行、この形でよろしいかな?賢者殿?」
「ん~、ワシの出る幕なしだね~」
口ではそう言うが、ウサギの賢者はソファーの上で満足そうに頷いていた。




