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【「男の子」の部屋】

アルセン達王都一行が来た事で、部屋割が変わりました。




 アルスがグランドールとルイと3人で宿泊していた部屋は寝台が3つしかない。

それと王族と血縁であるアルセンが宿泊とするという事で、もう一部屋、等級の高い部屋にグランドールが移動することになった。

元々、大農家で一応"貴族"でもあるグランドールの為に、移動先である部屋を用意はされていた。

しかし、グランドール自身が気を使わないで欲しいと、ロブロウに向かう前の打ち合わせの時点で、固辞していたらしい。

だが老執事ロックは"万が一の為"と、支度だけはしておいたのは正解となり、その部屋にシュトがグランドールの荷物を運ぶ為にやって来ていた。

アトはここで別行動となり、未だに臥せっているロックの見舞いに行っている。


「え~と、オッサンの荷物はこれとこれと。あっ、パンツがあった」

グランドールの荷物移動の陣頭指揮を執るのはルイである。

大農家の荷物の内容を把握出来ているのは、ルイだけなので、少年は張り切って荷物を仕分ける。

ルイが仕分けている間、アルスとシュトは、年齢が近い者同士で、他愛のない話していた。

地下の座敷牢に向かうまでの会話や、兄みたいな立場でもある2人はすっかり打ち解け、会話は友人同士そのものになっている。

「あ~、疲れた。アトの質問責めより、あの美人な女性騎士さん達はキッツイな」

シュトは少々口の悪い話し方をしているが、アルスは楽しそうに聞いている。

「だから帰りの昇降機の時に、シュトは疲れた顔をしていたんだね」

ルイを解放し、座敷牢から引き上げる際、昇降機には一度に4・5人ぐらいしか乗れない。

その時アルセンが当たり前の様に、

『それではここは、レディーファーストで』

と提案したので最初にディンファレ、リコ、ライ、リリィ、そして昇降機を操作するシュトが乗った。

「鎧をきた美人3人に、美少女にぬいぐるみ1匹。

眼鏡の銀髪美女は、にゃ~って口調の黒髪美女に、あの金髪の軍人さんについてからかってばかり。

キリッとした美人騎士はリリィ嬢ちゃんが、すんごい心配だったのかやたら質問してて、嬢ちゃんも最後の方は困っていたんだぞ」 

「それは何というか、身の置き所がない話だね。

あ、でもリコさんは王都の軍を代表して、軍人募集のモデルの誘いがあったぐらいの美人だよ。

考えようによったら、ある意味シュトはラッキーだったんじゃない?」

アルスの前向きな意見にシュトは腕を組み、うーんと唸り考えて、

「美人に関してはラッキーだったと思うけどさ、いくら美人でも緊張する美人だったわけだろ?。

で、俺も美人見て確かに悪い気はしないんだけどさ、気持ちが休まらないんだよ。

俺はどっちかというと、安らぎを与えてくれるようなホッと出来る、家庭的な感じがいいわけ」

と自分の持論を述べたついでに、恋人にしたいタイプまで口にする。

「そりゃ、リコさんやライさんに、えっと、ディンファレさんも護衛騎士の軽鎧を身に着けているから、家庭的には見えないよ」

アルスが憧れる"ディンファレ"の名前を出す時に、少し引っかかったのをシュトは見逃さなかった。

加えて、家庭的の意味を取り違えてもいるので、どちらに対して突っ込もうと考えていると、コンコン、 と部屋がノックされる。

シュトは慌てて、姿勢を正し"執事"に戻ると客室の扉に足早に向かい、開く。

するとそこにはアルセンが、ニッコリと綺麗な笑みを浮かべて笑って立っていた。

「シュト君、中々、楽しい話をしていたみたいですね。そして、アルスのナチュラルぶりは如何でしたか?」

そう語りかけ、見習い執事の肩を白い手袋を嵌めた手でポンと叩き、客室内にスイスイと入って来る。

「ルイ君、グランドールの荷物はまとまりましたか?」

「あ、アルセン様、もう少しっす。これが衣服の鞄で、こっちがアプリコット様から借りたらしい農業資料で」

ルイが鞄や書類入れを指差し確認しつつ、アルセンに説明する。

「あっ、これはどうしようかな?」

ルイが見詰める先には黒塗りの皮袋があり、それは数珠ように色々な形をした石を飾りにしたような紐で、袋の口を堅く絞められている。

「オッサン、この袋いつも持って歩くけれど、使っている所はみた事ないんすよね」

「これはグランドールの側に置いてあげた方が、良いでしょう」

アルセンの言葉に、3人の男子達は少し顔を見合わせた。

"まるで、袋の方を気遣うような言い方だな"

少年3人の考える事は一致していたが、誰もそれをアルセンに口に出す事は出来なかった。

アルセンが雰囲気全体で、語っている。

"余計な詮索、無用"と。

「ああ、そうだ。アルスとルイ君に王都からお土産がありますよ。沢山ありますから、丁度良い。シュト君もあの可愛い弟君と、食べてください。

国を代表する菓子職人、マーガレットさんによるガトーショコラです」

そして、まるで話を塗り替えるが如く、アルセンは綺麗なの笑顔で、後ろの方に隠すように持っていた土産を取り出した。

アルスはアルセンが、グランドールの皮袋について喋りたくないと確信し、

シュトは老執事に教えられた通り、客人の気持ちを第一と察し黙り、

ルイは国最高峰の菓子職人のお土産に目の色を変えた。

アルセンは"土産に"と出した大きめな平たい箱の蓋を開くと、粉砂糖が綺麗に装飾されたガトーショコラがギッシリ入っていた。

「アルセン様、マジでマーガレットさんのお菓子っすか?!」

マーガレットの菓子が余程魅力的なのだろう、まるで餌に尻尾を振る子犬のように、ルイの様子は落ち着きがなくなっている。

「ええ。ルイ君はマーガレットさんのお菓子が好きなんですか?」

アルセンがご機嫌なルイに尋ねると、八重歯を見せて頷く。

「ロブロウに来る途中にリリィに、マーガレットさんのビスケットを貰ったんすけど、スゲーおいしかっんすよ。何だか、体に染み渡るみたいに美味しくて」

ルイが"染み渡る"と言った瞬間にアルセンの視線が僅かに鋭くなったのを、アルスが目撃する。

「それは良かった。実はマーガレットさんも、リリィさんの事を心配してくれていましてね。私達がロブロウに行く事を知って、ガトーショコラや他に、日持ちしそうなお菓子が沢山あるんです。

リリィさんが欲しいのを選りすぐっても、多分余るでしょうから、ルイ君が頂くと良いでしょう」

アルセンの言葉にルイは両手を上げて、ラッキー♪と喜ぶ。 

「オッサン甘いのがスッゲー苦手だから、このチャンスに食いためしようっと」

「グランドール様、甘いのが苦手なんだ?」

嬉々と語るルイの言葉に、アルスが不思議そうな反応をする。

「そっすね、甘―い匂いでも胸焼け起こすみから。

だから、オッサンはお菓子とかは買ってまで食べるって事をしない。

菓子を買うにしても、匂いはしない、しょっぱくて甘いみたいな奴」

「成る程、ルイ君はそれに付き合っているわけですね」

アルセンはグランドールが、甘いものが物凄く苦手なの知っているから、綺麗に微笑んで頷いた。

早速箱に備え付けてあった木の匙で、ガトーショコラを器用にひと切れ取り出して、ルイに差し出した。

少年は、"ありがとうございまーす"、と早速一口で食べてしまっていた。

「あ~、やっぱり美味しいな~。どうしてマーガレットさんのはこんなに染み渡るみたいに美味いんだろ♪」

ガトーショコラにうっとりするルイの様子を見て、アルセンは確信し、綺麗な緑色瞳を細めた。

「―――セリサンセウム王国で、過去にはトップにもなった腕前のパティシエですからね。

美味しくて当たり前でしょう。アルスとシュト君もどうぞ、食べてごらんなさい」

アルスとシュトにもガトーショコラをアルセンは進める。

2人は顔を見合わせてから、先ずはアルスから木の匙で掬われた、ショコラを口に運ぶ。

「うん、美味しいです」

そう答えるアルスは至って普通に、"美味しい"と感じている様子だった。

(やはり、魔術の素養のあるなしでマーガレットさんの作品の受け入れ方が違うようですね)

アルスに魔術の素養が全くないのはアルセンも知っている。

一般的な反応は、アルスのようなものなのだろう。

ただ予想外だったのは、ルイの反応。

明らかに魔術の素養がある反応―――

自分や魔術に長けるライと、マーガレットの作品に感じる"染み渡る"という反応と同じ。

(これはグランドールに、確認をしないといけませんね)

そしてふとアルセンがシュトを見ると、こちらもまた違った意味で意外な反応であった。

魔術の素養云々ではなく、マーガレットのガトーショコラの味に、シュトが本当に感動している。

アルセンを含めてアルスにもルイにも、それは伝わった。 

「このお菓子、本当に優しいっていうか、思いやりに溢れた味を出してますね」

シュトが頬を赤く染めながら、感想を洩らす。

感動している反応を見て、ルイがもう一匙ガトーショコラを掬って食べる。

「う~ん、美味いって感じるんだけど、何かオレとシュトさんの感じ方が違う気がする」

ルイの意見にはアルスとアルセンも同意の様子で、味に感動しているシュトを眺めている。

「これはシュトさんにとってマーガレットさんが作ったお菓子が、凄く舌にあうという事でしょうね」

アルセンが解釈を述べると、アルスとルイも納得という顔をした。

シュトは本当に感無量していて、無言で最初の一口を未だに丁寧に味わっている。

「シュトさん、先程も言った通りにまだ沢山ありますから。それ程でしたら、後で2箱ぐらい差し上げますよ」

アルセンの言葉に、どちらかと言えばニヒルな面構えが多いシュトの珍しく輝いた。

「あっ、ありがとうございます」

感激のあまりに言葉にもつまるシュトに対し、アルスが密かに

(シュト、こんな顔するんだ)

と感じるくらいの、輝きようである。

アルセンにはそう言ったシュトの様子は、王都の子ども達に大人気の優しい笑顔になっていた。

「ガトーショコラも作ったマーガレットさんも、シュトさんぐらい感動されたのなら、作り甲斐がありますね」

「あ、アルセン様とオッサン、似たような事を言ってる」

ルイは既にアルセンからガトーショコラが入った箱ごと受け取り、木の匙でガツガツとガトーショコラを食べながら喋る。

「ルイ君、少し行儀悪いよ」

アルスに苦笑いしながら言われて、ルイは謝罪の意味を込めて少し頭を下げて口の中のチョコレート達を呑み込む。

それから大好きなオッサン、グランドールの事を語り始める。

「ごめんなさい、何かオッサンと2日以上離れるのが久しぶりで、アルセン様が同じ様な事いうのも嬉しくて」

「ルイ君は、本当にグランドールが大好きなんですねぇ。私もこの話はグランドールから聞いたんですよ」

そう言って、ルイの頬に付いてるチョコレートの粒を自分の頬を触って、場所を示す。

すると、ルイは照れながら自分で粒を取った。 

へへっとルイが笑うと、アルセンはまた柔らかく微笑んだ。

「"労働の対価が金なのは有り難いし、分かり易い。

けれど人は、それだけでは満足できなくなると、何か足りないと、ある時ふと気が付いてしまう。

その"何かに"は形がないし、身もないけれど、それは作り手のやる気を揺り動かしてくれる。それは、感謝だ"。

これであっていますか?ルイ君?」

アルセンの低い穏やかな声で言う、グランドールの言葉は、まるで講義の一部のようにも聞こえる。

だが伝えるている"信念"は、アルセンもグランドールも同じだとルイはわかったから、強く頷いた。

「今日、オレはオッサンに会えますか?」

ガトーショコラを殆ど食べてしまってから、ルイが尋ねると、アルセンはゆっくりと頷いた。

「ええ、寧ろ今からでも会ってあげて下さい。

先程、グランドールは頑張ってあまーい薬を苦い珈琲で流し込んで、結構落ち着いていますから。

それにもしかしたら、この状態のルイ君とあったなら、もう荒療治は必要ないかもしれません」

ルイから溢れ出始めた、血液"火の型"特有のオーラを、魔術の素養が深いアルセンにはチリチリと焦げるようにも感じる。

(これだけのオーラなら、グランドールがルイ君を弟子と大事にするのも分かります。それに火の浄化作用として、重宝する理由も解りますね)

アルセンがそんな事を考えている側から、領主の館に入ってからメイド達によって塗りつけられた"独身の秀麗な貴族"に貼りついていた邪な勘ぐりの泥の様な念。

それがルイの火のオーラに焼かれ、泥は塵となって落ち、気分は楽になる。

(ただ、少々強すぎますか)

アルセンは恐らくグランドールが敢えて、ルイの"火の型"の力が出過ぎないように配慮していたの察した。

火の力は邪念を葬りさる事もするが、潤いも奪ってしまう。

必要以上の制御出来ない強さは、余計な災いを招く。

グランドールがルイを保護するきっかけは、多分そこも関係しているのだろう。

ここまでの力を、今までよくバレないように配慮していたグランドールにも、感心している。

「ルイ君には大変申し訳ないですが、マーガレットさんのお菓子。選り取り見取りについては、前言を撤回させて頂きます」

とりあえず、マーガレットの"魔力が補充出来るお菓子"はストップをかけた方が良いとアルセンは判断した。 

「え~」

案の定、ルイは口を三角にして不満を口に出したが、

「まっ、いっか」

と直ぐにそれも引っ込ませる。

アルスが意外といった視線をルイに向けると、少年はへへっとまた照れたように笑って自分の胸元を抑える。

「意外と甘いお菓子って、腹に溜まるもんですね」

どうやらガトーショコラを嬉々として一気に食べたのは良いが、どうやら早くも軽い胸焼けをルイは起こしている。

「生クリームを沢山使ってますからね。私もロブロウに向かう道中に疲れの為に頂きましたが、馬に揺られながら胸焼けはキツかったです」

アルセンはどうやら胸焼けを思い出したらしく、軍服の上から軽く胸元を押さえた。

「それじゃあ、アルセン様、早くオッサンの所に行きましょう」

ルイは空になったガトーショコラが入った箱を、部屋に備え付けられている屑籠に捨てて、用意した荷物の側に立つ。

シュトも漸くお菓子の感動から抜け出したらしく、執事の役目を果たすべくルイが用意した荷物の側に立ちに手に取る。

「あっ、シュトさん、荷物はオレが持つからいいよ!。オレがオッサンに持っていきたいんだ!」

荷物を持つのをルイが止めて、シュトが困った顔をした。

一応、ビネガー家の見習い執事として役目を果たさぬ事には、立つ瀬がない。

ルイはルイで、"オッサン"のグランドールの役に立ちたくて仕方ない。

「ではこの荷物運びに関しては、私がシュトさんの立場を保証します。

客人が強く望んだので、仕方なく荷物は持たず、シュトさんは残った客人の相手をした事にしましょう」

ルイをグランドールに気兼ねなくあわせてやりたいのと、シュトの立場を理解した上でアルセンが言った。

「あの、アルセン様。実は少しお話したい事が」

アルスが珍しく、アルセンが決めた事に意見を口にする。

そして数名のメイドが故意に仲違いや、足の引っ張りあいみたいなをやっている事を話した。

具体的な例をあげれば、つい数日前の、リリィに対する食事の呼び出しに関する事。

嘘をついてでも、リリィを孤立させようてしていた。 

「だから、アルセン様が何か仰ってくれても、シュトが荷物を運ばずに、ルイ君が運んでいる姿なんて見られたら、"客"の目が届かない所で、もしかするかもしれません。それに、アト君の事もあります」

アルスが、何気に顔色を曇らせているシュトを見つめて言う。

シュトも自分の事なら、何とかする事が出来る自信はある。

心の成長が幼子のような、弟のアトに何かされたならと心配でならない。

「どこの土地や時代でも、つまらない事はあるのですねえ」

アルセンが心底軽蔑したといった感じに腕を組み、良い形の眉で額にシワを刻んだ。

「そっか。アルセン様、そんなんになったらオレも嫌だからさ、シュトさんにお願いします」

ルイすら、アトの事を考えてシュトに荷物を運んで貰おうと考え直していたが

「"嫌"です。グランドールの所にはルイ君と私で行き、見習い執事のシュト君とアルスにはこの客間で、意地でもゆっくりしていってもらましょう。

勿論、あの可愛い弟君に危害が及ばぬようしてですがね」

と、アルセンが希に見る綺麗な微笑みで宣言をし、少年達を驚かせた。

ルイにはアルセンのこの"笑み"には見覚えがある。

確かロブロウの事を調べる為に、資料室で初めてあった時、最後の方でこんな笑みを浮かべていた記憶がある。

グランドールに言わせれば

『アルセンは、怒らせると凄くいい笑顔で、とんでもない事をおもいつくからのぅ』

と、苦笑しながらルイに話してくれた事も思い出した。

「そもそも私は、気持ちが優しい人物ばかりが損をするのが、大嫌いなんです。さっ、ルイ君行きましょうか」

アルセンは続けて優雅に笑い、例の黒い皮袋とグランドールの衣服が入った鞄を手に持ち、客室の出口の方に向かった。



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