【探検の午後】
午後からはロブロウの領主の仮面の貴族と、農業研修に就いてきた子ども達(ウサギのぬいぐるみ含む)と使用人見習いのアトで行動する事になりました。
「と、言うわけでよろしく!。私がいれば、この領地で2人が行きたい場所には、何処でもいけるだろうから、ドーンと頼って頂戴な」
昨日の晩餐会から想像もつかない明るい物言いで、仮面の領主は門の前で待ち合わせをしていた客人達に挨拶をした。
服装こそ昨晩のような領主で貴族なものではなかったが、印象的な声と仮面はロブロウ領主、アプリコット・ビネガーと間違えようのないものだった。
昼食時にグランドールとアルスから午後からの経緯を聞いていたものの、唐突な領主の案内人としての登場に、ルイとリリィは目をパチクリとして顔を見合わせていた。
「えっと、リリィ・トラッドです。よろしくお願いします」
「ルイ・クローバーです。んじゃ、道案内、よろしくお願いします」
とりあえず最低限のマナーである挨拶をしっかりとするリリィとルイを見て、アトとも真似をして
「アトです!よろしくお願いします!」
と続けた。
「ん、リリィもルイもアトよくできました!」
口角をグッと上に上げて、アプリコットが3人を誉めるとアトだけは「えへへ」と小さな声を出して嬉しそうに笑ったが、リリィとルイは何ともいえず恥ずかしそうな素振りをみせていた。
「ん?恥ずかしい?」
アプリコットが仮面越しでも分かる程、目玉をギョロリと動かしてリリィは少し驚きルイは思わず視線を逸らした。
「認められて誉められるって、ありがたい事だと思うんだけどな。
まあ、いいや。そんな年頃か。で、お客様達はどこに行きたいの?」
恥ずかしがるリリィとルイをそんなに弄る事なく、アプリコットが尋ねた。
「えっと、じゃあ前の領主様のお屋敷に行っても良いですか?」
リリィがウサギのぬいぐるみを抱えなおしながら、アプリコットに尋ねる。
恐らく旧領主邸はアルスの夢に出た場所と同じであり、ルイが早朝に探検した事ではまだ足りず、色々とまだ調べたい。
勿論、本来の調査目的である"4人の貴族の処刑"の詳細のきっかけでも良いので得たいウサギの賢者一行。
「前の領主邸か」
仮面の為に表情はわからないが、声だけでも十分アプリコットが"前領主邸に行くのは気乗りしない"と言うのがリリィとルイには伝わった。
「どこでもって言ったじゃないっすか」
アプリコットが前領主邸に"行きたくない"と明言したわけではないが、雰囲気は遠慮なく出していたのでルイが追い討ちをかける。
相変わらず、ルイは親しくないものに遠慮と容赦がない。
しかし、そんな客人に対し、アプリコットは気を悪くした様子はなく、寧ろ気の毒そうな視線を送りかえして、ルイの顔の表情が疑問符で満ちる。
「うーん、私の父上と母上、つまり前領主とその奥方様なんだよね。その2人が住んでいるんだけど、人の好き嫌いが激しくて」
「人の好き嫌い、ですか?」
いまいちピンとこない、リリィが首を傾ける。
だが、アプリコットはリリィが人間嫌いとキチンと復唱してくれた事に満足したようで、唯一見える口元を綻ばせる。
「そ、好き嫌い。2人とも、決して人間嫌いではない。
ただもしも嫌なタイプとあった場合、何かあった際にその人物を紹介した人、まあ大抵が紹介するのは家族である私なんだけれど。
紹介した人の評価に直結しちゃうのよね。これまた、丁寧に」
アプリコット特有のコミカルな口調を、リリィとルイの前で初めて披露しながら、そんな事を言う。
「何だよ、まるでオレかリリィがその前領主様御夫妻に"人嫌いに引っ掛かるる"みたいじゃねえか」
「うん、恐らくルイ君は気をつけないと前領主様から嫌われるだろうねぇ」
ルイの言葉にアプリコットは間髪を容れずに答えた。
「えっと、じゃあ領主様がルイを紹介したとして、前領主様でお父様になる方にルイが気に入られなかったら、領主様――――」
「領主、領主で面倒くさいから私はアプリコットで構わないわよ」
リリィが幾分言い辛そうだったので、アプリコットが笑って言う。
挟まれた提案をリリィは有り難く受け入れ、現領主の呼称を変えた。
「ルイが気に入られなかったら、アプリコット様が前領主様に悪くいわれてしまうんですか?。その評価を下げる?」
「うーん、父上は度合いは低いけど、皮肉やかな。
こんな仮面を付けている私が言うのもなんだけれど、特に格好に厳しい」
そう言って、アプリコットはルイの格好を見る。
グランドールに憧れるルイは彼の格好を模している衣服である。
ただグランドールがしていれば、逞しい好漢に見えるがルイがすると、ただのやんちゃ小僧に見える。
「後、一番のネックはその短刀かな。父上は武器は嫌いなんだ」
アプリコットは、少年が腰に装備している2つの短刀を指差した。
ルイは両手で短刀を抑えて、アプリコットをジッと睨みつける。
「短刀は何が何でも外さない」
「はずさない――」
アトがルイの真似をして、銃を装備しているホルスターの部分を衣服の上から抑えている。
「ちょっとルイ!、アプリコットさま、すみません。アトさんも真似っこしないの!」
アプリコットを睨みつけるという無礼をするルイと、行儀の良くない真似をするアトをリリィが注意すると、領主は楽しそうに笑った。
「いいよ、いいよ。どうせ今の領主邸とは離れているか、父上や母上から文句を言われる回数も最近はグッと少ないから。んじゃ、余裕を持って行きたいからそろそろ行こうか」
アプリコットが手をヒラヒラとさせて、先頭に立って歩き始めた。
彼女の歩みはゆったりとしたもので、少しだけだか体調が芳しくないリリィには丁度良い。
ただ元気者のルイと身の丈は一番高いアトには、少しばかりゆったり過ぎるので、直ぐ4人の横並びみたいな感じになる。
「もしペースが遅いと感じたなら、先に行ってもかまわないよ。前領主邸までは一本道だから、迷う事もないだろうし」
そう進言すると、ルイはチラリとリリィを見た。
正確にいうならば、リリィが抱えている"ウサギのぬいぐるみ"にアイコンタクトをしている。
歩き抱えるリリィの振動を受けたウサギのぬいぐるみの目は、振動による作用によって2回自然に瞬いたように見えた。
前もってウサギの賢者と打ち合わせしていた"GO"のサインを確認してから、ルイは軽く頷く。
「んじゃ、先に行ってます。道は、一本道っすよね。リリィ、無理すんなよ」
朝早くにルイもアトも通った事のある道なので、2人でサクサクと進んで行ってしまった。
ルイとアトが結構離れてから、アプリコットがリリィに語りかける。
「体の調子はどう?。こちらに来てから、初めて月のモノが始まったと報告があがってきたのだけれど」
声の調子が一変し、アプリコットの声色はロブロウ領主、"仮面の貴族"としての冷徹なものとなっていた。
「はい、驚いたのと体が少しだるいけれど、普通の事は出来るんで大丈夫です」
少女の答えを聞くと、そう、と小さく答えてリリィの調子と歩幅に合わせてアプリコットは歩いた。
「ここから見た目は平坦な道に見えるが、実は結構な坂道だからゆっくり行こう」
旧領主邸が視界に入ってくると、アプリコットはリリィに注意を告げて片手を差し出した。
手を繋ごうと促しているアプリコットに、リリィは少し躊躇いながらも、片手にウサギのぬいぐるみをしっかりと抱いて、出された左手を取った。
しっとりとしてしなやかな、少し冷たい左手は、リリィに心地よかった。
「平坦な道に見えますけれど、坂道なんですよね?」
少し照れる気持ちを誤魔化しながら、リリィはアプリコットに尋ねる。
「平坦な道と意識して歩いていたら、後で体が悲鳴をあげちゃうよ」
アプリコットはリリィの手を引きながら、慣れた様子で歩き初めた。
リリィも手を引かれ歩き始めると、視覚で入ってくる情報と足に伝わる感覚の違和感に大層驚いた。
「わっ、本当だ!不思議、です」
思わず自分の手を引いてくれている相手が、目上の相手という事を忘れて慌ててリリィは丁寧語をくっつけた。
「新鮮な反応、楽しいねぇ」
仮面の貴族様はまた笑って、リリィが少しでも楽を出来るようにエスコートしてくれている。
(アプリコットさまって、少し賢者様に似ているかもしれない)
リリィは右手を繋ぐ人物と、左手に抱えるぬいぐるみに扮する賢者に"同類"といった感覚を抱いたが、それを口に出すことはなかった。
会話のない道のりが続いたので、リリィは少し聞き出したかった事を尋ねてみた。
「前領主さま、アプリコットさまのお父さまはどうして剣とか嫌いなんですか?。
争い事がお嫌いなんですか?」
「平和主義と言ったら、まあ平和主義なんだけど。色々あってね、詳しく話したら長い話になるんだ。ただ、出来れば視界の中に剣の部類が入って欲しくないだけだとは思う。それに知的ゲームは好きな方で、争い事が嫌いかというのには当てはまらない。滅多にないんだけど、暇なロックを見かけたら戦駒(イクサゴマ・この国の将棋みたいな物)に誘っているよ」
「アプリコットさまは、一緒になさらないんですか」
少し坂道がキツくなって、リリィの声が多少上擦る。
アプリコットはしっかりと察していて、歩くペースを抑えながら答えた。
「私は戦駒のルールがわからないから」
「え?そうなんですか?。あっ、ありがとうございます」
リリィが物凄く意外そうな顔をして、自分の為にペースを合わせてくれるアプリコットに礼を言った。
それから少女は瞬きを数回して、意を決したように尋ねた。
「アプリコットさまは、前領主様が嫌いじゃないけど、苦手みたいなものがあるのですか?」
「いきなり、凄く突っ込んだ事を聞いてくるねぇ」
アプリコットはリリィの質問に、最初こそ仮面に覆われていない部分でもわかるほど驚いた口元をしたものの、直ぐに平素の様子に戻った。
「父上の事は好きか嫌いかなら、好きだね」
あっさり好きと答えるアプリコットに、リリィは疑問を抱く。
「好きなら前領主様、アプリコット様のお父上の趣味につきあったりしないんですか?。戦駒のゲームのルールを覚えて、ゲームの相手するとか」
「うーん、私は本当に戦駒に興味ないしなぁ。"相手をして欲しい"というなら、するけれど父上はそういうの嫌いだし」
「え?え?嫌い?」
リリィはアプリコットとの会話が掴めなくて、慌てる。
「あっ、ゴメン、ゴメン。私の感覚で話していたね。
簡単に言うなら"無理にあわせてまでして欲しくない"、要は無理強いが大嫌いなんだ。私も父上もね」
わかったかな?と動くアプリコットの口元を眺めながら、リリィは説明された内容を考える。
「自分の為に、付き合う相手に無理をさせるのが、嫌だって事ですよね?」
「そうそう、リリィちゃん飲み込みがいいね」
固い仮面の下にある口元を笑った形にしながら、アプリコットはリリィの理解を喜んだ。
「相手が自分の為に無理するのが、私も父上も本当に嫌なんだよ。
もしも、"お前にあわせてやったのに"なんて恩を着せられたら、もう最悪だね」
雄弁な口からアプリコットがペロッと舌を出すと、リリィはウサギのぬいぐるみをギュッと抱きしめてしまう程笑いがこみ上げてきてしまっていた。
しかし、不意に笑みを止めてリリィが呟く。
「でも私、ロブロウにくる途中似たような話しでルイとケンカになりかけたんです
私は仲良くする為に相手に気を使うのは良いことだ、で、ルイはわざわざ気を使うのは馬鹿らしいって」
「あの"やんちゃ坊主"らしいねえ。で、そのディスカッションはどうなったの?」
「でぃすかっしょん?」
興味深いと言った感じでリリィにアプリコットが言ったが、11才には"ディスカッション"はまだ知らない言葉だったらしい。
「ええと、討論というか口論というか口喧嘩?」
「けっ、ケンカじゃありません!」
アプリコット自身はコミカルに説明したつもりだった。
しかし、最後に言った「口喧嘩」の"ケンカ"という言葉にリリィは直ぐに反射的に、強気に言い返してしまっていた。
アプリコットは口元をポカンとして、リリィは自分が大きな声を出していた事を驚いていた。
「すっ、すみません。私、領主様に――――」
「いや、こちらもふざけが過ぎたみたいだから、気にしないように。
ディスカッションには討論、特定の問題について何人かの人が意見を交わすって意味だから。ケンカの意味なんてないから、安心して」
本来なら討論の意味は『特定の問題について何人かの人が意見を《戦わせる》事』であるが、ロブロウの領主は”交わす”と言葉を置き換えていた。
知らない地にやってきて、体調思わしくなく、触れて欲しくない内容を持っている少女の為に、アプリコットは言葉を選ぶ。
(誰だって、何かしら触れて欲しくない古傷を抱えている。
"リリィちゃん"にとって”争う”という事は彼女の11年の人生の中で築かれた禁忌なんだろうな)
そんな事を表情の見えない仮面の中でアプリコットが考えていると、美しい少女が自分を見上げていた。
「うわっと!?」
思わず自重しようと考えていたばかりのコミカルな口調が、アプリコットの口から零れた。
晩餐会で初見した際も充分可憐と思えた美少女だったが、愁いを帯びたリリィの瞳は美しさ過剰にする。
(これは、育ったら傾国の美女になりそうだわ)
不意に無口になった仮面の貴族が、機嫌を損ねたと勘違いしたリリィは、ウサギのぬいぐるみをギュウギュウに抱きしめて不安をこらえている。
「私、やっぱり、アプリコットさま、領主様に無礼な口の聞き方を―――」
ワナワナと小さく可憐な唇を奮わせ涙を零しそうなリリィに、仮面の領主は慌てた。
「してない!、してないから!。ちょっと考え事をしていただけだからっ!。ほら、怒ってないって!」
と、思わずアプリコットは表情を見せる為に、空いている手の方で仮面を外してしまった。
これにはリリィの涙も驚きで引っ込み、抱えていたウサギのぬいぐるみをポタリと落とした程だった。
ただ正直アプリコットもリリィも互いに大きく誤解をしていた。
リリィが涙が出るほど動揺したのは、自分が"仮面の貴族"に無礼をした事で、敬愛するウサギの賢者の"ロブロウでの調査"の邪魔をした事を恐れた。
アプリコットは自分の表情が仮面の為にリリィが読み取れず、また自分の"領主"という立場の人を不機嫌にさせてしまったという畏怖を与えたと勘違いしていた。
「あっ、あの―――」
リリィは驚きの余りに言葉が続かない。
一方仮面を外した"貴族さま"は、リリィの涙が止まった事にホッとして、一度繋いでいた手を離して再び仮面を装着した。
直射日光はケロイドの肌に、少々染みるような痛みを与えるので、余程の事がない限りアプリコットも屋外で仮面を外す事はなかった。
「あっ、リリィちゃん。大事なんでしょう、ウサギのぬいぐるみ」
まだ仮面をあっさりと外した事に、驚きが拭えないリリィは固まっていたので、アプリコットが落ちていたウサギのぬいぐるみを拾いあげる。
拾い上げた瞬間、ウサギのぬいぐるみがホッとした感じを出していた。
アプリコットからウサギのぬいぐるみを差し出されて、リリィは慌てながらも大切そうに受け取った。
「あっ、ありがとうございます」
リリィは漸く人心地着いた様子で、ウサギのぬいぐるみを両腕でしっかりと抱きしめる。
「おお~い、リリィ!大分遅いけど、大丈夫かぁ!」
不意に先に進んでいたルイから声がかかる。これにはアプリコットが肩を竦めた。
「もしも、さっきのリリィちゃんの顔を見られていたら私はルイ君に斬りつけられていたかもね」
「あ、アプリコット様!」
リリィが頬を赤く染めて、一応礼を欠かさぬように頭を下げて小走りに先に行ってしまう。
そんなリリィの照れ隠しを、アプリコットは「坂道に気をつけて」と軽く声をかけて笑って見送った。
「あの娘の賢者さまも、私も似たようなもんか。
現に本当の姿を碌に晒せない。
晒す恥知らずになるには、まだ努力がたりない、か」
仮面の貴族はそんな事を呟きながら、領主になってから随分と久しぶりとなる「家」へと重い脚を進めた。




