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脳裏清掃員  作者: Gmy


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8/12

幕間 消えた饅頭

静けさの落ちた室内に、カリカリという規則正しい音が流れる。


たまにトントンという机を叩く音も混じっており、その小さな合奏は築四十年の一室に心地良いリズムを刻んでいた。


ふと、窓際から差し込むオレンジ色の伸びた光が、机の末端を染め上げる。

それを視界の隅に捉えた部屋の主はようやく、それまで無心に走らせていたペンの手を止めた。


窓越しの風景には茜色の空。防災無線の流す『夕焼け小焼け』を唄うメロディーが、斜陽の風情に懐かしい情景を重ね映す。

その馴染み深い音を聞いてようやく、どれほどの時間が経っていたのかを思い出した。



「もう17時か。そろそろ夕飯の準備しないと」



部屋の主は「んっ!」という声を漏らしながら思いっきり伸びをする。重い腰が椅子に癒着しかかっていたが、なんとか持ち上げることに成功した。


しばらく、そのまま凝り固まっていた身体を解す。

そうしてようやく、部屋の主――真衣は、書きかけの任務報告書へと視線を落とした。



「結局、何があったんだか…」



報告書の末尾には数行分の空白が残っている。

依頼対象の経過観察だけは丁寧に埋められている反面――心象内での行動や切除詳細については、(むな)しく空いていた。



「アキラも覚えてなかったもんなぁ…」



先日の依頼任務中――気が付いた時には車の助手席に座っていた。


隣には何故か焦った様子で、ハンドルをキツく握りしめた能木。

『何してんだコイツ』と思った真衣は、そのままの気持ちで能木へと声をかけると――何故か驚いた能木がハンドル操作を誤って、危うく大事故になりかけた。

『公務員がなんてスピード出してやがんだ』と愚痴も飛び出そうになったのだが、続く能木の言葉には目を白黒させるしかなった。


――いわく、二人は依頼任務中に気を失っていたらしい。


そう言われて初めて、真衣は自分達が依頼任務の途中だったことを思い出した。



(あの巨人に殴られたところまでは覚えてるんだけど…)



真衣はいまだ痺れる左腕を少しだけ(さす)る。

真衣の記憶は心象生物に思いっきり殴られた辺りから、ぼやけたように無くなっていた。

同じ頃に目を覚ましたらしいアキラも、聞いてみたところ同様に記憶が欠落していた。



「能木さん、何か知ってたっぽいんだけどなぁ」



何があったのかを聞くと、路肩に車を止めた能木は少しばかり考え込んでいた。

だが、すぐに頭を掻きながら情けない顔になると「ちゃんと説明できる自信がない」と、はぐらかされてしまった。


そんな”頼りない上司”の態度に、真衣は思わず『お前ほんとにエリートかよ』と口に出てしまいそうなほどだった。

寸でのところでそれは阻止できたのだが――おそらく、とんでもない表情にはなっていたことだろう。



(まったく、これ以上書けることがないんだけど)



仕事に対して誠実な真衣にとって、その書きかけな報告書はムズ痒い思いをさせるものだった。

だが、心象内での記憶はない。故にそれ以上書けることもない。


真衣は深い吐息と共に天井を見上げた。



(こんな粗末な報告書を堂島さんにあげるのかぁ)



能木に渡すものなら兎も角。仕事人として尊敬できる堂島に、この報告書をあげるのは非常に恥ずかしい。


その原因の一端となった”仮初の上司”が脳内にチラつきだし、真衣は心の中で呪詛を吐き捨てた。



(まぁ仕方がないか…いくら考えたって思い出せないんだし)



真衣は少し首を振りながらそう考え、無駄な思考を追い出す。

どうやってあの巨人を討伐し、任務完了になったのかは少し気になるが――能木があの様子では詳しい事情を知ることもできない。


諦めた真衣は書きかけの報告書をトントンと軽くまとめ、暗くなり始めた自室をあとにした。



――――――――――



リビングへ降りていくと、早くも騒がしい二人の声が飛び込んできた。



「かかったなじいちゃん!くらえボリショイストームバスター!!」


「ぬぁんじゃあこの威力!バグじゃ!儂の方が有利だったはずじゃろ!」


「ぬあっはっは~!焦ったなぁじいちゃん!そのパナし択は見抜いていたのだぁ!」



ドアを開けると――そこには頭を抱えた博士と、気持ちよさそうにコントローラーを投げるアキラ。

画面には何やらとんでもない巨漢の男が、鼻息荒くポーズをとっている場面が映し出されていた。


状況から見て博士がゲームに負け、アキラが勝ったのだろう。

そんないつもの光景に、真衣は呆れた目つきで二人を見やる。歳の差六十以上とは思えぬ、まるで悪友かのような(さま)だ。



「二人とも――ちゃんと今日やるべきことが終わってから、遊んでるんでしょうね?」



真衣はキッチン方面へと歩を進めながらも、少し険の滲ませた声をこぼしていく。


すると、視界の端では二人が共にビクッと肩を震わせ――まるで時間が止まったかのように、数秒前と同じ格好のまま固まっていた。


そのあまりにも分かりやすい反応を前に、真衣の足はピタッと止まる。

そして目元には、これまた分かりやすい程の影が落ちていくようだった。



「と、当然?()()()にはちゃんと終わる予定だし~」


「そ、そうじゃぞ。ジミィ君が心配することもない。儂らぁちゃんと()()して遊んどるわけじゃからなぁ」



冷や汗を滝のように流した二人は、口々に屁理屈を並べ立てる。

だが、その顔はいまだ画面に向けられたままであり、まるで真衣に見せられない顔でもあるかのようである。



(ほぅ?つまり、()()()()()()()()のに遊んでたと)



言外に含まれた真意。それを正しく見抜いた一家の母に、もはや一片の慈悲すらも残されていなかった。

ゆっくりと真衣は歩の向きを変え、()()()へと足を踏み出す。


すると、その一歩が踏み込まれた瞬間――蜘蛛の子を散らすが如く、一斉に逃げ出した。

老いは自室へ、若はリビングドアへ。まるで示し合わせたかのように、二人は真逆の方向へと逃げ出す。


一瞬その動きに翻弄された真衣は見事、二兎ともに逃してしまい――後の空間には強烈な舌打ちだけが残されていった。



(ッチ。逃げ足だけは一級品ね!)



どちらへ向かおうか迷った末――真衣の目に留まったのは、いまだ鼻息荒いポーズを取り続けた画面上の巨漢。

まるでそれが親の仇かのように目標と見定め、その憤まん冷めやらぬ気持ちのままに思いっきり”巨漢の生命線(電源コード)”を引っこ抜いてやった。


それによって少しばかり発散された真衣は、続けて家中に響き渡るような大きな声を張り上げる。



「二人とも!!今日の仕事が終わるまでは晩飯抜きだからね!!!」



怒号が家の隅々に駆け巡ったのを確認し、真衣は”先ほどの巨漢”のような荒い鼻息を吹かす。

そうしてようやく怒気を収めると、当初の目的だったキッチンへと向かうのだった。



――――――――――



時間にして一時間程経過したころ。


室内灯が明るく照らし出したリビングテーブルの上には、美味しそうな料理が並べられていた。


湯気を放つ青椒肉絲(ちんじゃおろーす)。食欲をそそる馥郁(ふくいく)とした香り。

――そして、凍り付いたかのような沈黙を(あるじ)とした部屋の空気。


罪人のような二人が姿勢を正したまま座る中――料理を準備し終えた真衣が、最後に席へと着いた。



「仕事は終わったの?」



真衣の凪いだ声が、罪人二人の間を横断してゆく。

二人はそれに対し、ほとんど同じような勢いで頭をブンブンと上下に振っていた。



「そ」



真衣はそんな罪人(つみびと)に、短い寛恕(かんじょ)の言葉を言い渡す。そうしてようやく、安堵の息をついた二人が食事を始めるのだった。



(何を恐れてんだか)



少しばかり、そんなバカらしい二人の姿に内心で笑いをこぼす。


真衣にしてみれば、ちゃんとやることをやったのであれば文句などあるはずもない。

この席に着いている時点で、”母の怒り”は既に解消されているのである。

とはいえ、もし後で『終わってない』なんてことが発覚するものならば――それはもう、恐ろしきこの世の地獄と成り果てるであろうが。


少しばかり思案に耽っていた真衣が現実に戻ると、二人は既にいつも通りの調子を取り戻していた。



「じいちゃん。今日の俺のやつ、結構うまかったでしょ」


「フンッ!あれはキャラクター性能が高いだけじゃろ。アキラはもっと自力を鍛えにゃならんぞ」


「うわ、でたでた~。でもあのゲーム、バランス良いって評判なんだけどな~」


「それは(ちまた)の評判じゃろ!儂が長年培った感覚の方が正しいに決まっとるわい」


「博士。唐揚げ掴んだまま箸を人に向けないでください。アキラも変顔やめなさい」



注意をしてもなかなか収まらぬ場に、真衣はため息をこぼす。

男という生き物は、何故こうも無駄な争いをしたがるのだろうか。


逆により熱気が加速したような気もする。

もはや聞く気にもなれない罵詈雑言(ばりぞうごん)の嵐を横に、真衣はさっさと食事を終わらせ、この場を離脱することにした。


食器を片付けにキッチンへと向かった後も、二人の争いは続いていた。

真衣はその様相にもう一度大きなため息をつき、食後のデザートとして楽しみにしていた饅頭を冷暗所から取り出そうとする。



「…あれ?」



真衣がいつもの収納扉を開くと、そこはもぬけの殻。

駄菓子やスナックといったものは見当たるのだが――肝心の饅頭が見当たらない。


『別の場所に置いたっけか』と考え始めたところで、ふと、違和感。

その原因にアンテナを伸ばしてみると――先ほどまで騒がしかったリビングが、随分と静かになったようだった。


真衣は視線をリビングへと戻す。すると、あれほどまでうるさかった二人が静かに食事をはじめていた。


真衣は勘の告げるままに()()()へと視線を移す。

先ほど注意した時には気づかなかったのだが――何やら見慣れたパッケージの残骸が、散らかっているような気がする。



「……スゥ」



真衣は影の差したニコやかな表情のまま、息を吸い上げた。

すると急にガチャガチャと大きな食器の音をたてはじめ、二人が一気にご飯を掻き込んでゆき――



「「ごちほうはま!!」」



――口の中パンパンに詰め込んだ二人は、まるで先ほどのリプレイかのように、脱兎の如く逃げ出していった。


そんな清々しい程の逃げ足を前に、真衣はシンクに置かれた手をぷるぷる震わせ、顔を少しばかり伏せていた。



「……てめぇら――」



もはや、その憤りに蓋できるもの無し。


開門された地獄は大きく空気を取り込み、激昂した感情のままに灼熱を乗せてゆく。



「――せめて食器片づけて行けやァ!!!」



本日二度目の怒号が家中を駆け巡った。


この日の出来事は(のち)に、罪人共によって『饅頭事変』と名付けられ――以降、真衣がキレ散らかす前兆のことを「饅頭だ」と呼ぶようになるのであった。

みなさん初めまして。著者のGmyと申します。


普段であれば作品の雰囲気や余韻を壊したくないので、前書きや後書きは書かないようにしているのですが……

今回どうしても、この場を借りて皆さまに感謝をお伝えしたく、こうして筆を取らせて頂きました。

(今回は『幕間』というストーリーの立ち位置でもありますし、いいかなぁなんつって(;^^))


先日11月11日にて、脳裏清掃員が[日間]空想科学の部門で、7位のランキングに掲載させて頂きました!

知名度もない拙著が、ここまでの高ランキングに掲載させて頂けたのは、ご愛顧頂いた皆様のおかげです。本当にありがとうございました!


合わせて評価、ブックマーク、リアクション等々、多くのアクションもご支援してくださり、ありがとうございました!

これら全てのおかげで皆様と共に、ここに辿り着けたのだと強く実感しております。

これからも、脳裏清掃員がより良い作品として皆様にお届けできるよう、尽力していく所存です。


この度は本当にありがとうございました!

まだまだ拙い著者ではございますが、今後ともよろしくお願いいたします。

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