序章:白の世界 3
「アキラ!こうなった以上、心象の切除によって依頼対象の記憶を制御する。サポートして!」
<ーー分かった。攻撃座標の予測と創造は任せて!>
音の波は絶えず、心象生物から放たれる。
その縦横無尽な攻撃はアキラの座標予測を元に、ギリギリの距離で回避していく。
とはいえ全てを避けきれる程、軋んだ身体がキレを取り戻してはくれない。
歯を食いしばり、更なる痛みに備える――と同時に、アキラが小さな障害物を身体に纏わせることで弾いてくれた。
まさに死角のない完璧なサポート。しかしその分、アキラの演算負荷は計り知れない。
戦闘が長引けばアキラの集中力も必ずどこかで途切れてしまう。
精緻を極めた舟歌へと応えるため、荒れ狂う音波と肉薄しながらも発砲を挟む。
小さな弾丸はイメージ通りの軌道を描きながら心象生物に傷をつけてゆく。
痛みを感じるのか、奇怪な鳴き声をあげる心象生物。
確かな手応えは感じられるのだが、行動不能となるような損傷には全く繋がらない。
火力が低すぎるのだ。
<ーー身体全体を覆うような耐音波プロテクターも今創造してる!サポートしながらだからちょっと時間はかかるけど>
「それよりも武器を創造して!サポートも一旦しなくていい。この武器だと心象の切除には時間がかかる!」
<ーーでもねえちゃん、さっきダメージ結構負ってたじゃん!一旦立て直しの時間あった方が――>
「あんたの落ち度はねえちゃんがカバーしてやるっつってんの!時間が経てばこの空間も依頼対象もどうなるか分からない。迅速な切除が一番安全!>
<ーー…ごめん。分かった!>
一転して塩らしい反応をするアキラ。
最善を尽くしての速さだったとはいえ、自分の遅れによる責任があったことを自覚したのだろう。
こうなると少し、可愛げもあるものだ。
強い武具はそれだけ複雑な創造となり、簡単な武具の比ではない演算処理が必要になる。
サポートを受けながらではアキラの負荷も並大抵のものではなくなるし、何より本人が言っていた通りプログラミングに相当な時間がかかる。
サポートを拒否した分、確かに危険は比べられない程大きくなる――が、それがどうしたというのだ。
「さぁて。おねえちゃんの、腕の見せ所ね」
頼りになる弟にも聞こえないような小さな呟きで気合を入れる。
先ほどのハンドガン創造と共に、ポケットにはカートリッジが創造されている。
手早くそれを取り出し、慣れた手つきでリロードを行う。
目標は制圧武器創造までの時間稼ぎと、可能な限り心象生物の弱体化。
「それならっ!」
変わらぬ優雅な演奏を繰り広げる”奏者”は、その獣爪を絶え間なく生み出し続ける。
横に連なった指向性のある音の波は、大きく跳躍することで天井付近まで避ける。
アキラのサポートによる正確な座標指示がない今、回避は大振りにならざるを得ない。
しかし避けた相手は音波。壁に当たると威力を減衰させながらも反射し、範囲を拡大させて追跡してくる。
それをみて、私はもう一度天井を足場にすることで斜め前方へと跳躍する。
威力の減衰した音波は距離が生まれる程影響力が落ちる。
柔い波となって届いた音を背中に感じながら、私は奏者の右足元へと接近した。
相手は心象生物。それも複雑な行動パターンを持たないような単純思考系だ。
奏者は双眸すらもない、幾何学的な図形の顔をこちらに向け直す。
そのまま軽く握られたヴァイオリンの弓を動かし、もう一度その獣爪を鳴らさんと指を動かしていく。
だが――
「この距離なら、はずさないわよ?」
――その試みは一発の弾丸によって防がれる。
優雅な演奏のために、緩く持たれていた弓の手元。
その指先一点目掛けて小さな弾丸が滑り込み、まるで金属に当たったかのように澄んだ音を響かせた。
弦へと辿り着く瞬間。弓は弾かれ、奏者の手元から零れ落ちていった。
「その弓で殴った方がまだマシだったかもね?」
話しかけた皮肉には意も介さず、奏者は落ちた弓を拾いに動き出す。
私はそれを低くなった姿勢のまま回転することで回し蹴りを繰り出し、落ちた弓を遠くへと弾き飛ばした。
相手は単純思考の心象生物。手元から唯一の武器がなくなってしまえば、後は容易い。
律儀にも、奏者はその転がった弓を拾いに行く。
アーティストとしての優雅さを保つためなのか、その思考回路すらないのか、走ることもせずゆっくりと。
丁度そのタイミングで、頭の中からは興奮した声が響き始めた。
<ーーねえちゃんできたぞ!これなら絶っ対一撃だぜ!>
鼻息荒いアキラの声が、私の脳をぐわんぐわんと揺らす。
一体どんな兵器を渡されるのかと辟易していると、ハンドガンは電子的な青いノイズに包まれ始めた。
ハンドガンはその体積を急速に巨大化させ続ける。そうして変化が終わった時、手元には一本の無骨な筒――まるで武器というよりかは重厚な工具――のような姿になった。
前方に四つの黒い穴。深緑色で箱型の銃身。
そして、蓋を開くと銅管のような四本の筒状チューブ。
「あんたこれ…」
<ーー見たかねえちゃん!これぞ伝説のM202.4連装ロケットランチャー!あのシュワちゃんも使ってた最っ強の武器だぞ!!>
そういえばこの前、映画の『ターミネーター』見て、目を輝かせてたな…
とまたも遠い目となってしまったのは、もはや仕方のないことだろう。
その表情のまま生み落とされてしまった鉄の塊を眺め、客観的な視点で今の自分を鑑みる。
ポンポンのついた耳当て。
超前衛的なデザインのサングラス。
そこに合わせて無骨な4連装のロケットランチャー。
(どう考えても変質者じゃん…)
ガクッと脱力した私は思わず、その重厚感溢れる武器を地面に落としてしまう。
歩く不幸マグネットと化した私は心中を体現するかのように崩れ落ち、全体重をそんな頼れる相棒へと預けていた。
(いや、シュワちゃんなら確かに、百歩譲ってまだ様になっただろうさ…でもこれを抱えるのってただの女子大生なんだよね…)
心の涙は乙女の証。こんな可愛げもない一幕はさっさと終わらせるべし。でなければ心が持たん。
確固たる思いを胸に視線をあげれば、そこにはいまだ優雅に歩く心象生物。
弓の元にはいまだ、辿り着いていないようだった。
(あー。なんかもう、ヤケクソだな)
もはやとことんやってやるか、という気持ちが逆に芽生えてきた。
その無防備な奏者の背中に向け、私は死んだ魚のような目で無骨な鉄の塊を構える。
流石にシュワちゃんみたいに棒立ちのまま撃つことなんてできないので…片足をつき、その凶器を肩に担ぐ。
仕上げに超前衛的サングラスを空いた手で少し調整してから銃身に添え、雰囲気を醸し出しながら『名ゼリフ』を口ずさんでみた。
「――Hasta la vista, baby.(地獄で会おうぜ、ベイビー)」
私はハイライトを失ってしまった目を正面に据えながら、その無防備で優雅に歩く背中へと向けて鉄の塊の引き金を引く。
豪快な音と共に前方は四本の噴煙が軌跡を残し、放たれた放射物が可哀そうな背中へと一直線に突き進んでゆく。
結果は明白。
奏者の演奏とはまた違った圧倒的暴力を彷彿とさせる爆音を巻き起こしながら、可哀そうな背中は綺麗な爆炎へと散っていった。
私はその光景を強烈な爆風に髪を乱されながらも、一切の瞬きすらせず終始死んでいた目に焼き付けさせていた。
(…全くもって、不本意極まりない)
帰ったら久しぶりに、化粧でもして女の子成分を取り戻そう。
女の子の正反対に位置するであろう光景を前に、そう心へと誓うのであった。
用語解説
●心象生物
心の歪みによって生まれた攻撃性の高い生物。人型や道具型など、本人の大きなトラウマを元にした形状をしており、自我の有無によって危険度は更に上がる。心の歪みによって生まれた最初の小さな“モノ”は心象生物とは別に“影”と呼ばれる。




