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脳裏清掃員  作者: Gmy


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02話 脳裏対策局

夜露が小鳥のさえずりに消入る曙光の朝。


事務所での朝食は、少しの喧騒と共に始まる。



「ねえちゃん今日ってなんか仕事あったっけ?」


「ん、今日はフリーね。久しぶりに買い物にでも行こっか?」


「お、いいじゃん!へへっ。今日はちょうど週刊の発売日だし、ちょっと本屋にもよっていい?あ、じいちゃん醤油とって~」


「いいのぉ二人とも…儂も今日くらい気分転換に……」


「博士は書類整理があるからダメです。というか、それ。昨日までの処理案件じゃなかったです?」


「あははっ。じいちゃん、昨日夕方にうたた寝してて遅れてやんの~。ってじいちゃん!これ塩じゃん。醤油取ってって言ったのに」


「なぬ。ベーコンエッグには塩一択じゃろ!アキラ貴様邪道に走りおったな!?」


「いや醤油が一番だし~!じいちゃんの方こそ塩なんておかしいじゃん」


「はぁ…博士、午前中にはその書類。済ませておいてくださいよね。それと、ベーコンエッグにはウスターソースですから」



――真衣が目覚めてから数週間。



何気ない日常を取り戻した三名は、それそれが意味のない主張を掲げ、いがみ合う。

うち若干二名は行儀悪く、身を乗り出しながら言い争いを繰り広げていた。


それを冷めた目で「我関せず」と(おもて)には表しながらも、”不毛な主張”だけはしっかりと置いて行く真衣。

自分では気づいていないようだが――彼女にもまた、夏炉冬扇(かろとうせん)を是とする気は引き継がれているのであった。


そんなもたつく喧騒が染み渡った空間に、珍しく来客を知らせる鐘が鳴り響く。



「おや。この時間に来客とは珍しいね」


「そうですね…私が見に行ってみます」



「頼んだよ~」という博士の言葉を背に、真衣は少し身なりを整えながら玄関へと向かうことにした。



――――――――――



玄関には築四十年を誇る、遮光版が入った手押し式の木製ドア。

朝の光が漏れ込むドアに手をかけ、真衣は『面倒ごとだったらやだな』と小さく思いながら開け放った。


朝の晴れやかな日差しに、真衣は少しばかり目を細める。


そこに立っていたのは、グレーのワイシャツを腕まくりし、同系色のスラックスを穿いた中年の男。

黒髪には白が混じり始め、無精ひげと精悍な眼差しも相まって、どこかくたびれたような強さを纏わせていた。


そんな苦労を感じさせる苦笑いに、真衣はぱっと目を見開く。



「堂島さん!」


「おう、嬢ちゃん。朝早くからすまんな」



玄関から流れる朝の風は心地よく、まるでその男が纏う包容力を体現するかのようだった。


精悍な中年の名は堂島幸雄(どうじまゆきお)。政府直轄の脳裏対策局(CcS)行動部職員で、真衣や博士とは付き合いの長い――取引相手の一人だ。



「いえいえ、お気になさらず。それより今日はお一人ですか?」


「いや、能木(あたぎ)のヤツも一緒に来てんだが…書類を車から持ってくるのに手間取ってるみたいでな。あいつの鈍くささには困ったもんだ」


「まぁそれも能木さんらしいっちゃらしいですけどね」



真衣は(まなじり)を弧の形に歪め、少しばかり苦笑する。

すると、堂島も片眉と口角をわずかに上げ『どうしようもねぇよな』とでも言いたげなため息を乗せていった。



「そういえば――老師(せんせい)はいらっしゃるか?」


「えぇ、朝食中でしたから。…やっぱり面倒ごとですか?」


「あぁ。少し、な…」



堂島は目元に少し皺を寄せると、疲労が滲んだ表情を浮かべた。

その事情を、真衣は()()()()()()()()()。ただ堂島を見つめることしかできず、両者の間には静かな帳が落ちる。


――数瞬にも満たない会話の途切れ。


しかし、着実な重苦しさを纏いつつあった空気は、予定していなかった闖入者(ちんにゅうしゃ)によって破られることになる。



「おや、堂島君じゃないか」



振り返ると、ベーコンエッグの皿と箸を両手にした博士が、リビングのドアから顔を覗かせていた。

重苦しい空気など察することもせず――場違いなキョトンとした間の抜けた表情によって、沈殿した空気は流れを取り戻す。



「老師。ご無沙汰しております」



堂島はそんな威厳の欠片もないような博士に向かい、礼儀正しい一礼と丁寧すぎるほどの言葉を送る。


――見た目仕事人な堂島が、見た目ダメ人間な博士に拝謁する。


いつも通りの一幕ではあるのだが――いつまで経っても慣れることのない、そのちぐはぐな関係を前に。真衣は少しばかり、幻想に泥を塗ってやりたい気持ちへと駆られた。



「博士、せめて食器は置いてから来てください。行儀悪いですよ」



それを聞いた張り子の虎は「おっと…」と言いながら、皿を後ろ手に隠し、アホを丸出しにする。


真衣はそんないつも通りの博士に、呆れたため息によって自分の意見を添えてみせる。堂島に”共感”という名の免罪符をちらつかせるかのように。

だが、その努力も虚しく終わる。隣では、表情に微塵の陰りも見せぬまま、変わらぬ礼儀を弁えた堂島がいた。



(やっぱりか。堂島さんはなんでこんな人を慕ってるんだろ…)



何度目ともなる疑問を浮かべた真衣。だが、結局その答えは見出せず、またも首を傾げることになるのであった。



――――――――――



「お、堂島さんじゃん。今日はどったの?」


「おう坊主。生意気な口調は直ってねぇようだな。ちゃんと老師(せんせい)の言うことは聞いてんのかぁ?」



堂島はそう言いながら、アキラの頭をガシガシと乱暴に撫で始めた。

アキラは「ちょ、やめろよぉ!」と嫌がり、その太い腕を両手でなんとか抑えようとしていたが…失敗していた。


ひとしきり可愛がり、満足した堂島は屈託のない笑みを一瞬浮かべ――すぐに真面目な顔を博士に向け直す。



「のちほど能木が詳細な資料を持ってきますが…先に少し現状を整理しておきましょう」


「うむ、分かった。書斎で話しは聞くとしよう。真衣、能木君が来たら書斎に案内してやってくれ」


「にいちゃんも来てんのか!?」



アキラが少しばかり嬉しそうに、声を張り上げた。



堂島が昇進した五年前より、能木と堂島はバディを組み始めている。


丁度その時期は、アキラがこの事務所に来た少し後だったこともあり。能木は「にいちゃん」と呼ばれるくらいに深く慕われていた。


――まぁ、その半分以上が世間話(機密漏洩)の良い相手だから。という理由であることはさておき…


その関係性を少々勘違いしている堂島は、アキラの頭を先ほどとは違って優しくポンポンと叩き、リビング奥にある博士の書斎へと入っていった。



「なんか、面倒ごと?」


「みたいね。今日は能木さんも、仕事にかかり切りかもよ?」


「えぇ~!マジかよぉ…やだやだにいちゃんと遊びたい~!」



明らかに不満げな顔をしながらブー垂れるアキラは、堂島を説得する口実を考え始めたようだった。


今回の依頼内容を知る唯一の方法でもあるので、真衣はあえて、そのことに関して何も口出しをしない。

ただ都合よく、策士の駄々が通ることを願うばかりである。


そんな()()()()()に狙われているとは露知らず――獲物が虎穴にエントリーした扉の音はまもなく、玄関の方から聞こえてきた。



「はぁ…はぁ…あれ?堂島さんがいない?真衣ちゃんにアキラ君。堂島さん来なかった?」



リビングには、息も絶え絶えとさせながら分厚いバインダーを持ち、膝に片手をついた青年が姿を現した。


肉付きの少ない線の細い身体と、少しのくせ毛。

幸薄そうで平凡な顔に、白ワイシャツと黒のジャケット姿がある意味でフィットしている彼こそ――堂島のバディ、能木光昭(あたぎみつあき)である。



「にいちゃん。今日も無駄にバタバタしてんなー」


「あっはは。社用車の中に書類ぶちまけちゃってね…ってそうじゃなかった!堂島さんは来なかった?」


「今、博士の書斎で情報交換されてますよ。能木さんを待てなかったみたいで」



真衣がそうつつくと、能木は「ヤッベ!」という若者らしい焦り声と共に、ドタバタと書斎へ駆け込んだ。



「すみません堂島さん!遅れました!」


「能木、遅かったな。資料はそこんテーブルにでも置いてくれ」



扉越しには、二人が向かい合ったソファーに座っていた。

何やら、難しそうな文字が羅列された資料を広げており――それらは所々、記号や単語によるメモもされているようだ。


そんな堅苦しそうだった空気に『能木』という清涼剤が混じる。それを機だと見抜いたのか、待ち構えていた我が家の幼獣はひょっこり顔を出しに行った。



「なぁなぁ〜堂島さん。にいちゃん借りてってもいい?」


「あはは…アキラ君、流石に今日は僕も仕事だからね?」


「えー!んだよせっかく遊べると思ったのに〜。なぁなぁ堂島さんいいだろ〜?どうせにいちゃん居たってあんま変わんねーんだしさぁ」


「むぅ…」



アキラがそこそこひどいことを口にしても、堂島はうなり声と共に考え込むだけだった。


その肯定でも、否定でもない態度に他意はない――しかしその沈黙は雄弁に、堂島の能木に対する”扱い”として現れてしまっていた。

『失礼は上司が戒めてくれるだろう』と信じていた能木は、その非常に残念な結果を受け、人知れず涙を呑むのであった。



「いや、そうだな…能木、今日は坊主達と外回りでもして来い」


「え?よろしいのですか?」



言葉とは裏腹に、能木の顔には隠しきれない喜色が見えだす。

現金なもので、面倒な仕事から一時解放されると思ったのだろう。先ほど涙を呑んだ感情などさっぱり忘れる能木であった。



「あぁ。社用車ん中に、まだ未処理の個人依頼リストがあっただろ。お前であれば間違いも起きん。今日は坊主達とあれの処理でもしてこい」



能木は一気に(しお)れた。



「堂島君…真衣への依頼は私を通してもらわないと。事前調査もせずに任せることなんてできない」



能木は博士の反論に追従し、ライブ観客の如く猛烈なヘドバンでもって、その”小さな意見”を主張する。



「老師…前にもご相談したではありませんか。この業界は万年人材不足。彼女らのような有望な人材を遊ばせておくわけにはいきません」


「しかしだね…」



二人が意見をぶつかり合わせている間、能木はまるで百面相な芸人かのように、表情がころころと切り替わってゆく。

それを少し面白がって眺めていた真衣も、『流石に結論を出させるか』と考え――その終わりなき争いへと口を挟むことにした。



「堂島さん。その依頼、やらせてください」



その言葉に、全員の視線が真衣へと集中する。

二人ほど『信じられない』といった様子でオーバーな表情で固まったヤツらがいるが、気にする必要もないだろう。


真衣の主張を後押しするかのように、堂島も許容できる落としどころに着手する。



「老師。任せるリストは、まだ”休眠”にも入っていないものに限らせます。ですから少し、信じてやってはいかがですか?」



博士は複雑そうな表情をしながら(まぶた)を閉じ、少しばかりの間考え込んでいた。

やがて細く瞳を開くと、絞り出すように「分かった」と小さく呟く。

それを受けてようやく、真衣と堂島は揃って肩を降ろすのだった。



若干二名、決まってしまった現実に崩れ落ちていったようだが――真衣にとってはもはや、どうでもいい些事に思えた。

世界観用語


脳裏対策局(のうりたいさくきょく)

脳裏清掃員を始め、数多くのオペレーターや研究員、訓練生を抱えた国の機関。現在は世界心象の担当区域ごと北部・東部・南部・西部と中央本部に分かれており、更に各支部で一課から六課まで細分化されている。

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