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最終話 真実⑬

 季節が変わって春。


 今年度初めての登校。


 新学年となりクラス替えが行われた。


 知り合いがいなかったらどうしようと思ったが……。


「頼光、お前と俺は同じクラスみたいだぜ」


「頼光く~ん! 私と一緒だね~?」


 どうやら無駄な心配だったらしい。


 窓際の一番後ろの席を手に入れたがそのせいで前をさとしくん、横をエリちゃんに囲まれてしまった……。


 お姉ちゃんが亡くなった日から怪異事件は起きていない。


 一連の事件の犯人である片岡はあのあと上木原邸で記憶を消し更生させた。


 今では立派な上木原一門の舎弟だ。


 あと早川さんも上木原邸に暮らすこととなった。


 もしかしたらこのまま上木原邸は怪異被害者収容施設になるんじゃないか?


そう思う今日この頃である。


 事件が起きないから、僕のスケジュールは真っ白になってしまったが、その方が平和でいいと思う。


 だが……。


「はい、今日から、君たちの担任になった上木原で~す。よろしく~」


 僕の日常が平和になることはなさそうだ。


▷▷▷▷


 午前中で学校は終わったが、僕は上木原さんに呼ばれて屋上に来ていた。


 屋上に上がると、上木原さんが地面に腰をかけて空を眺めているので、僕は自然とその隣に座った。


 うーん。今日も晴天なり。


「おいおいおい……。どうしてくれるの? ちーちゃんのせいでオレの具現化が治らないのだけど……」


 彼曰く、お姉ちゃんの一件で僕がひどく悲しんだことによって、上木原さんの具現化が進んだらしい。


「でも、なぜか同時に力も戻ってきてるからいいじゃないですか?


それに上木原さんはこの世界を楽しんでいますしね」


「まあ、そうなんだけどね~」


「ハハハ」と声に出して笑う上木原さん。


「それで、オレを学校に潜入させたのは何のため?」


 相変わらず話の切り替えが速い。もう慣れたけど。


 クラス替えであの二人と一緒になったのは偶然だが、上木原さんが僕らの学校に赴任し、僕のクラスの担任になったのは必然である。


 神の力が少し戻ったことを利用して、学校関係者の記憶を改竄したのだ。


 わざわざそうしたことにはきちんとした理由がある。


「部活を作ろうと思いまして」


「部活?」


「『オカルト研究会』です。怪異の研究も進めつつ、この学校にいる生徒たちが、気軽に怪異の相談ができる場所を作ろうと思ったんですよ」


「なるほどね~。それで顧問の先生も身内で固めたいと……」


「珍しく勘がいいですね」


「ちーちゃんって『失礼』って言葉知ってる~?」


 また大きく笑う上木原さん。


 それにつられて僕も珍しく声を出して笑ってしまった。


「でも、本当は、この町だけじゃなくて他の地域、いや、全世界の人を助けたいんですよ」


「ちーちゃん、それって何て言うか知ってる?」


 もちろんですよ。僕が言うまでもなく、上木原さんが代弁する。


「高望み」


 そうこれは高望みだ。


 理想を抱くのはいいが、それが膨らんでいくと自分自身が食われることになる。


 だから、現実を受け入れなければいけないのだ。


「それじゃあ、失礼します」


 僕は立ち上がって、校舎への階段に向かった。


 しっかりと胸を張って。


しっかりと前を向いて。


「怪異現象が科学で証明された近未来」いかがでしたでしょうか? 


 この作品は僕の処女作「ちーちゃん先輩とドッペルゲンガー」の裏設定としてためていたアイデアをまとめた作品になります。


 最近、テレビ番組で「この現象は科学的に証明できます」と専門家の方が胸を張ってかたっているのを見かけ、「じゃあすべての怪異現象が証明されたらどうなるのだろう?」というのが発想の原点です。


 この作品のテーマは「高望み」です。


「少年よ大志を抱け」とはクラーク博士の有名なセリフです。大抵の大人は子どもにそういった言葉を投げかけてきます。もちろん僕も耳にタコができるほど聞いてきました。


 では、その一般的に善とされる「大志」、言い換えると「夢」が本当に善なのかと考えました。


 そして、やはり「夢」を抱くのは善ではないと結論付けました。「夢」をわざわざ「高望み」と皮肉めいて言い換えたのはそのためです。


 高い目標というのを掲げることと「夢」を追いかけることは同意義ではありません。前者は確信をもって行動することで、後者は確信なしに行うことです。


 たとえばプロ野球選手になりたいと思うA君とB君がいるとします。A君は毎日素振りや筋トレといったトレーニングをしている。一方、B君は家に籠ってゲームばかりしている。このとき「プロ野球選手になる」ということはA君にとって「目標」であり、B君にとって「夢」になります。


 こうすれば「夢」が悪いことのように思えるでしょう。しかし、なぜ一般的に「夢」が悪いものと思われないのか?


 それは「罰」を与えられないからだと僕は思いました。たとえB君がプロ野球選手にならなくても、彼が叱られることはないでしょう。


 しかし、この作品の世界では「怪異」が罰として現れます。各々が各々の「罰」を受け「夢」を抱くことの危険性を知りました。


 だからといって、下を向くのも間違っています。しっかりと「罰」を受け止めて、自分が選択した生きる理由、つまり、目標に向かって歩いていくこと。


 それが、僕がこの作品を描くうちに導いた答えです。


 皆さんにも「生きる理由」ありますか?


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