審判の日
大変遅くなってごめんなさい……!
メルガルト王国における新年祭とは、一年の最初の休息日に行われる行事である。
我々貴族はこの日、王宮の一番高い場所にある空中庭園で、国王陛下の今年の抱負を聞いたり、なんらかの重大発表を聞いたり、守護精霊の御言葉を聞いたりする。
そして現在冬期休暇中の今日、ついにこの新年祭の日がやってきたのである。
空中庭園、それは特別な時にしか入ることを許されない、メルガルド王国の守護精霊の棲み家だ。色とりどりの花が咲く花壇、いくつものテーブルセット、庭園の外周にそって設置された噴水。庭園の正面には、大きめの常緑の木、そこから少し離れたところに国王陛下の席がある。それから、冬だと言うのに春のような暖かさ。
絶賛、新年祭参加中の俺は、いくつかのテーブルのうち、我が大公家に割り当てられたものに着席している。同じテーブルには、大公閣下その人である母、伯爵位を持つ父、それから、フロレンツィア。
どうして、フロレンツィアがここにいるのかと言うと、言うとですね、そのね、ついにですね、その婚約をね、することになったからなのですよ。
冬期休暇が始まり、俺とフロレンツィアは早速、お互いの家に、婚約を許してもらうため、挨拶に行ったのである。
殴られるつもりで行ったフロレンツィアの実家、ランメルツ家では、思いの外スムーズに話が進んだうえ、お礼まで言われてしまい。
我が大公家の王都にある別邸にフロレンツィアを招待した際は、両親はじめ家族一同が狂喜乱舞するという現象が起こった。
そんな感じで、まあ、両家の色々な根回しもありつつ、俺とフロレンツィアは、この度、婚約することになりましたー! ふふふ。
そして、それを今回の新年祭で発表するとのこと。そのときは、もうすぐそこまで来ている。
△ ▲
国王陛下の新年祭開始の挨拶が終わったころ、母のところに使用人がやって来て、なにやら伝えていく。それを聞き終わった母は、庭園の木に向かって歩いていく。木の前にたどり着くとこちらを向き口を開く。
「わたくし、エルホルン大公から報告がございます」
母が口の動きだけで、「前へ」と伝えてくる。ここからが本番だ。
「フロレンツィア、行きましょう」
立ち上がって、フロレンツィアに手を差し出す。
「ええ、コルネリウス。全員に知らしめてやるのです」
フロレンツィアが俺の手を取り、立ち上がる。
人の間を、フロレンツィアをエスコートしながら歩く。
徐々に周りのどよめきが大きくなる。
前に進むごとに、高揚感だとか、幸福感だとかがどんどん高くなる。だって、これから、俺は正式に、フロレンツィアの婚約者として認められるんだもの。
そして、木の元へ着き、母の横にフロレンツィアと並んで立つ。母と目が合うと、母は不敵な笑みを浮かべる。再び、聴衆に向けて話始める。
「この度、我が息子、コルネリウスとランメルツ侯爵の御令嬢、フロレンツィアが婚約することとなりました」
一瞬の静寂のあと、かなり大きなどよめき。まあ政治的に考えれば、王太子の元婚約者が継承権第二位の婚約者になるって相当露骨。
だけど、そんなことはどうだっていいのだ。大事なことは、俺の隣にフロレンツィアがいる、それだけ。
フロレンツィアを見ると、彼女と目が合う。お互いにちょっと笑う。そのあと、二人揃って庭園の木と、国王陛下とテーブル側の貴族に向けて挨拶をする。
最初こそまばらだったけど、最終的にはそこそこの拍手を貰う。
そんななかで、拍手をせず、俺とフロレンツィアを、睨み付けるように凝視するハルトムートが目についた。
悪いけど、まだまだ頂くよ。
△ ▲
本日の最大のイベントが始まる。
メルガルト王国の守護精霊による宣告。これによって、俺とハルトムート、どちらが王にふさわしいかが決まる。今のところの、ではあるが。
今、目の前には庭園の木。ここに、ハルトムートと並んで立っている。
俺の隣の男は下を向き、拳を握りしめている。それをちょっとだけ見て、俺は庭園の木を見る。生まれて初めてこの木と向き合う。だけど、何か懐かしいような感覚だ。不思議と不安はない。
「それでは、今より宣告の儀を行う」
という、国王陛下の声が聞こえると同時に、目の前の景色が一瞬にして変わった。
「なっ!? 何事だ!?」
どこのどいつかの焦ったような声が聞こえるが、なんのことはない。
ここは、守護精霊の本来の棲み家だろう。
中央には巨大な木。宙に浮くいくつかの円形の石、俺たちの足元にも同じもの。巨木をささえるように数本伸びる柱。木や柱に巻き付く蔦、止り木には色とりどりの小鳥。そして、遥か高くには一際白い祭壇が。
小鳥のうち、空のような目の真っ白な小鳥が、俺たちのすぐ上の枝まで降りてくる。
「やっと来たんだ。ずっと待ってたんだよ」
多分、俺を見ながら、囀ずるように話す小鳥。
「待ってた……?」
「そう。だから」
小鳥が白い祭壇を見上げる。
「一番上まで、来ておくれ」
そう言うと、小鳥は祭壇の方へ飛んでいってしまった。そして、上から声が落ちてくる。
「二人でね」
「二人……?」
二人、の意味を考えている間にいつの間にやら。
「……コルネリウス?」
俺の隣にはフロレンツィアが。
「ハルトムート様! ……ここ、どこなの?」
ハルトムートの隣には馬の骨のゾフィさんがいた。
そうか、二人とは、俺とフロレンツィアのこと。守護精霊にも認められちゃってるってことじゃないですか。
「コルネリウス、説明なさい」
と、呼ばれてフロレンツィアを見ると、困ったような顔をしている。かわいい。とはいえ。
「どうやら俺たちは守護精霊の棲み家に取り込まれてしまったようですね。守護精霊には、二人で一番上まで来るように言われたのですが、それ以外はさっぱりです」
なぜ、棲み家に連れてこられたのか、何を待っていたのか、上には何があるのか。
「一番上に行くと言っても……どのようにして行けばよいのでしょう?」
フロレンツィアが周囲を見回す。使えそうなものは、木とか柱とか宙に浮く石とか。俺一人ならなんとでもなりそうだけど……。
そのとき、ちらりと視界の端に違和感を感じる。よく見ると石と石の間、うっすらと、透明に近い、わずかに青色に発色する階段が繋がっているのが見えた。
「フロレンツィア、石と石の間に階段のようなものが見えます」
「え?」
フロレンツィアがさらに困惑した表情になる。
「わたくしには……見えませんわ」
俺にしか見えていない? いや、それより実際に乗れるかどうかを確認しよう。うっすら見える階段に足を乗せる。
「コルネリウス!?」
片足で軽く叩いて、実在を確認。徐々に体重をかける。問題なさそう。一気に残った片方の足も乗せてしまう。
「……乗れました」
「の、乗れました、ではありませんわ!」
焦ったように俺に触れようとして、それを躊躇して行き場をなくした手をわたわたさせている。その手を握ってしまおう。
「あ」
「フロレンツィア、できれば、一緒に上に来てほしいのですが、あの……」
どうやって見えない足場を信じて貰うか。考えているうちに、フロレンツィアが透明な足場に、普通に歩くように乗った。
「行かないはずがないでしょう。早く進みなさい、コルネリウス。貴方しか道が見えないのですから」
俺のことをフロレンツィアはいとも簡単に信じてくれる。
「かしこまりました」
フロレンツィアの手を引いて、階段を進む。そのあとを、フロレンツィアが迷いなくついてくる。
ああ、簡単なことだとも。二人で一番上までなんてことは。
もう、最初にいた場所は見えない。俺たちじゃない人たちもどこにいるか分からない。
時おり後ろを振り向いて。
「大丈夫ですか? フロレンツィア」
「当たり前でしょう。わたくしを誰だと思って?」
横腹を人差指で刺される。
そんな俺たちが順調に登れないはずがなく、特に何事もなく、あっさりと最上部の祭壇にたどり着いた。
目の前には白い木と羽根の祭壇、そしてその枝の上に乗る、白い小鳥。守護精霊。
「待ってたよ。正統なる王位継承者」
俺を見ながら、守護精霊が。
俺が、正統なる……?
突然の情報に、思考が止まりかける。
と、再びフロレンツィアに横腹を人差指で刺される。
白い小鳥を見つめ返す。
「君に、王の証を」
小鳥がそう囀ずった瞬間、ことりと小さなものが祭壇の上に落ちる。それは、白い小さな、というか小鳥サイズの王冠だった。
フロレンツィアと、小鳥に促されて王冠を手に取る。
その直後、ふつりと一瞬だけ、意識が途切れた。
△ ▲
意識が戻ると、そこは元の空中庭園だった。目の前には木、隣にはフロレンツィアはおらず、ハルトムートだけ。そして、俺の右手には小さな白い王冠。
「王の証を掲げよ」
木の枝に止まっていた空のような目の白い小鳥が囀ずる。その声に周囲がどよめく。
ハルトムートは、精霊の棲み家から戻ったばかりだからか、呆然としている。
……王の証、この白い王冠のことだろうか? などと、迷っていると。
「精霊様。これが、王の証ですわ!」
いつの間にか、フロレンツィアが俺の右手ごと王冠を掲げていた。
どよめいていた人達は、一瞬で静になり、みんな一斉に俺の右手の王冠を凝視する。そんな静まった中で声をあげる人物が一人。
「……う、嘘だ……。王の証など……、嘘だ……」
横にいたハルトムートが、蒼白な顔で俺の右手の先を睨んでいる。
そんなハルトムートを一瞥もせずに、白い鳥は再び嘴を開く。
「ああ、君が、正統な王位継承者だ。コルネリウス」
「認められるかっ!!」
叫んで、飛びかかって、俺の王冠に手を伸ばすハルトムート。その足を引っ掛け、地に叩き落とす。
そのとき、人垣の向こうから視線を感じ、そちらを見ると。
「……ゾフィ……?」
ハルトムートが困惑した様子で呼び掛ける。のも分かるほど、興味無さそうにハルトムートを見る馬の骨のゾフィさん。そして、ハルトムートと目があったのを感じてか、そのまま踵を返し立ち去っていった。
後には地面に這いつくばったまま茫然とするハルトムート。
そこに、さっきまで傍観に徹していた国王陛下の声が響く。
「試練の儀の結果により、これより、コルネリウス・フォン・エルホルンを王太子とする」
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試練を終えた後、まあ色々あったけど国王陛下はじめ偉い人たちのおかけで新年祭の前半部分、つまり真面目なパートはつつがなく終了した。
そして、今は後半部分、パーティーの時間であり、俺は会場の隅の方でフロレンツィアと二人でゆったりしている。ちなみに両親は大公家のテーブル周辺で大勢の人に囲まれている。ハルトムートや馬の骨さんは見当たらない。
「終わりましたね……」
そう言って、手のひらに白い王冠を乗せて眺める。
と、フロレンツィアにわき腹をつつかれる。
「な、なんでしょう……?」
「ばーか」
「っ!?」
フロレンツィアが俺を見上げ、頬を膨らませながら、さらにつついてくる。
「コルネリウスのばーか」
そう言うと、フロレンツィアはつつくのをやめる。そのかわり、両手を伸ばして俺の頬にあてる。その頬を赤く染めて、まっすぐに俺を見て。
「終わりですって? わたくしがこの程度で満足すると思って?」
これで完結となります。
お読みいただき、ありがとうございました!




