二十一話 三人目の魔人
「なっ……!?」
「……チッ」
刃と刃がぶつかり合う。火花の向こうに見えたのは、暗いフードの奥に怪しく輝く赤い瞳だ。
突然現れたその人物は、小さく舌打ちをすると、持っていた双剣を押し返し、その反動で後ろに下がる。
「……ボクが攻撃をする必要は無い、と思っていたが、これはボクも必要なパターンかな?」
「……うるさい。ちょっと刃先が滑っただけ」
「頼むよ。兄さんの手を煩わせるわけにはいかない。ボクらがちゃんとしないといけないんだから」
「……その割には、また出来てないみたいだけど? まだ迷ってるの?」
「うぐ……」
そのやり取りを見ずとも分かる。彼らは仲間だ。もしかすると、兄妹なのかもしれない。だとするならば、彼女達特戦課は絶体絶命と言える。ただでさえ攻撃が通らないエイジに加え、あのもう一人は明らかに攻撃寄りだ。先ほどの不意打ちに関しても、ギリギリになるまで気付けなかった。
否、気付かせずに仕留めようと思えば出来ただろう。恐らく、これは力の誇示だ。自分達はこれだけの力を持っている。だから抵抗するな、と警告の意味も兼ねていたのだろう。
「ま、まぁ、その事に関してはまた今度だ。一帯何しに来たんだよ、兄さんから何か指示でもあったのかい?」
「ん。退却命令」
「何? だが、このままやれば……」
「……うん、こいつらは片づけられる。でも、それが目的じゃない」
「……クソッ!!」
もう一人の少女? に言い返せず、その場で悪態を吐くエイジ。彼は阿弥達に背を向ける前に一度だけ完全に存在を忘れられていた莉緒へと視線を向ける。
「次はその命を貰う。待っていろ!!」
まるで捨て台詞のようだが、あのまま戦っていればいずれは敗北の未来が見えていたのは特戦課の方だ。そんな事も知った事では無いとでも言いたげに、エイジがその場から姿を消す。だが、残ったもう一人、少女らしき人物はそこに残ったままだ。
「……グラス」
「何?」
「……私の名前。魔人連合の一人。覚えて欲しいとは思わない。どうせそのうち殺すだろうし。けど、お兄ちゃんはこれも礼儀だって言うから」
「親切なもんだな。わざわざ名前を教えてくれるなんてよ」
「……そう、私は親切。だから……お前達は苦しまずに殺してやる」
全員が一斉に武器を構える。少女――グラスが何かしたわけでは無い。ただ、濃密な、それこそ本能に語り掛けてくるようなレベルの殺気が彼女達を襲っていた。
エイジとは違う。彼は、特戦課のメンバーを嘲笑うかのような態度はとっていたものの、ここまで露骨に殺意を向けた事は無い。あれだけ殺す殺すと言っていた莉緒に対しても、それは同じ事だ。
しかし、この少女は違う。気を抜けば、一瞬で首元を掻っ切られそうな錯覚に陥りながらも、阿弥達はその場で竦む事無く気丈に立ち向かおうとしている。そんな彼女達の姿を見て、グラスが小さく笑った。
「……ふっ、せいぜい頑張ると良いよ。全部、無駄になるだろうけど」
それだけ言うと、グラスの体がその場に溶けるように消えていく。いや、違う。影の中へと沈み込んでいるのだ。
トプン、とまるで水の中にでも落ちていくような音を立てながら、完全にグラスの姿が消える。それを見届けた阿弥達は、一斉に安堵の表情を浮かべながらも、その手は悔しさに震えていた。
「まさか、もう一人現れるとは……。いや、連合と言っていたな。なら、もしかするとまだいるかもしれんな」
重い空気が充満する中、巌が冷静に分析でもするかのように呟いている。それに対し、特戦課のメンバーは答えない。答える必要も無い。何故なら、その言葉は真理であり、実際こうして三人目の魔人が現れたのだから、まだいたとしてもおかしくはない。
「……」
しかし、誰も言葉を発しないというのはまた珍しい。いつもはお茶菓子に一心不乱にかぶりつく奈乃香でさえも、今日は少し控え目だ。その証拠に、先程から齧っているかりんとうが規則的に音を立てていた。
だが、彼女達が完全に口を噤んでいる理由は空気が重いからという理由ではない。また、巌が言ったように新しい魔人が出てくる可能性があるからでもない。
奈乃香の全力の一撃が防がれた事だ。
いや、目的で言えば彼女の一撃は確かに対象を破壊した。だが、それ以上にエレクトラムの力も、物理的なダメージすらも打ち消してしまうエイジの力の前に、特戦課の力はあまりにも無力だった。
「……はぁ」
全くと言っていいほど進まない会話に、流石の巌も口から深い溜息を吐く。誰もかれもが酷く落ち込んだ表情を隠そうともしない。唯一、彼女達と違う様子の人物もいる事はいるが、その人物自体はこの戦いには全くと言っていいほど関わりが無い。
「そんな風に下を向いていても解決法は見つからんぞ」
「……分かんないわよ。意外とそこらに落っこちてるかもしれないじゃない」
「そんな物が落ちててたまるか」
どうやらひねくれた事は口に出来るらしい。しかしながら、いつもはどれだけ追いつめられていても、威勢の良さは誰よりも勝る阿弥も今は見る影もない。
「でもよぉ、アレはどうしようも無いぜ。正真正銘打つ手無しってやつだ。それをどうしろって言うんだよ」
普段ならば、どんな時でも軽いノリに見せた余裕を失わない聖でさえこの様子だ。どうやら、特戦課のメンバーは想像以上に追いつめられているようだ。
「……防御だけならまだしも、おそらくは攻撃特化と思われる少女。彼女と全力で戦えばどうなるか分かりません。かといって、このまま放置するわけにもいかない……。司令、中央に応援を要請する事は可能ですか?」
皐月が思いついたのは策では無い。応援要員を他所から引っ張って来る事だ。だが、巌は皐月の言葉に対し、無情にも首を横に振る。
「中央は駄目だ。確かに、今のところ全国で一番戦力が集まっている場所だろうが、あちらはあちらで大変らしい。何しろ、復興が始まったのが一年前と少し……、まだ完全に都市機能が回復していない。いいとこ突っぱねられるのがオチだ」
「試しに一度報告してみれば……」
「報告済みだ。そのうえでの返答と思ってくれ。あちらもあちらで大変らしい。こんな忙しい時に連絡してくるな、とまで言われたよ」
「……ロクに救助活動すらしなかった連中が偉そうに」
ボソリ、と呟いた阿弥の言葉には、これ以上無い程の毒が含まれている。どうやら彼女は、中央……東京都心特区の特戦課にも何やら因縁があるらしい。とはいえ、向こうがそれを認識しているならば、彼女はこうしてこの街の特戦課隊長に就任してはいない。おそらく一方的か、もしくは向こうが気づいていないだけ、の可能性もある。
何にしろ、応援は見込めない。中央に報告済みであれば、その他も同様に連絡はしているだろう。しかし、こう言い切るからには、他の所でも断られたのだろう。この街には魔人という明確な脅威のせいであまり感じられないが、普通のヴィーデも民間人にとっては十分脅威となる。それこそ、天災と同様に対処が出来ず、遭遇してしまえば被災するしかないのだ。他所の街の為に力を割こうなどと余裕のある地方は存在しない。この時代において、ヴィーデはそこまで重要なファクターなのだ。
「でもぉ、今のままじゃ次の魔人達の攻撃を耐えるのは難しいんじゃないかしら?」
「東郷先輩の言う通りだ。今の僕らには力がいる。あの二人を確実に打ち破る確固たる力が」
雲雀の言葉に義嗣が賛同する。その言葉には誰しもが同意するしかない。この中で最も戦闘力が(数値上では)高い奈乃香が通用しないのだ。であれば、それ以上の物を用意するしかない。
「……あ~、実はだな」
巌が口を開く。彼に向かって、一斉に視線が向けられた。しかしながら、視線を集めた当の本人の表情はあまり芳しくはない。
「無い事は無いんだ。その……例のエイジと名乗った彼の防壁を破る方法が」
「いや、例えあの防壁が突破出来たとしても、その先にあるアンチエレクトラムコーティングとやらが……」
「純粋な質量武器なら問題無いだろ?」
「どういう事? 銃でも使うっての?」
確かにエイジも見た目だけならば人間と大差は無い。故に、その身に届きさえすれば銃弾でも効果はあるだろうが、届けばの話だ。そもそも、コーティング前に破る事そのものに苦労したあの防壁は対物理用なうえ、エイジがその気になれば銃弾など放つ前に銃を破壊されかねない。
「惜しいところを突くな。銃では無いが……、まぁ似たようなものだ」
そう言って、巌は近くのコンソールを操作し、メンバーの目の前に広がるスクリーンにある物を映し出した。
「……何これ?」
茫然、というか呆れたというか、形容のし難い声と表情を浮かべた一同。彼らが見せられたのは、なにやら長大な砲台のようなもの。もちろん、言葉だけで思い浮かべるような砲台とは違い、そのシルエットは近代的なものだ。近しい物をあげるなら、対物ライフルといったところか。しかしながら、それと比べるとかなり大柄なフォルムを持っている。
「これは今研究班で開発中の局地特化兵装、天羽々矢だ」
「……思いっきり和テイストな名前の癖に、妙にメカメカしいのはどうにかなんないの?」
「そこは我慢してくれ。男のロマンなんだ」
「何よソレ」
おそらく、阿弥には永遠に分からないものだろう。そもそも、ここにいる者でそれをロマンと言い切れる者は巌のみだ。完全にアウェーである。
「それは置いておきましょう。ともかく、それを使えばあの魔人の防御壁を破れる……と?」
「まともに直撃でもすれば破る程度では済まないと思うがな。これが発射するのは杭だ。原理としてはバンカーバスター……、それの廉価版だと思ってくれればいい」
「バンカーバスターって……、戦争でもするつもりかよあんた」
「遠くない未来、シェルターのようなものに引きこもるヴィーデも現れるかもしれない、と言って用意させていたんだが……、まさか一番最初に使う相手が人間とは」
「魔人、よ」
分かりやすく訂正する辺り、その表現に拘っている節がある。とはいえ、これさえあればエイジの鉄壁の防御はどうにかなる。問題はもう一人の方だが……。
「あのグラスとか名乗った方はアタシがやるわ。あれだけコケにされて、黙って引き下がれるわけないじゃない」
「勇ましい事で……。ほんじゃ、この物騒な得物を誰が使うかだが……」
聖がそう言いながらメンバー全員の顔を見やる……が、とある人物の顔にその視線が固定された。
「……、って僕か!?」
「普段の武器も遠距離だろ? ここのメンバーじゃ、ガッツリ狙撃が出来る奴ってのがお前くらいしかいないからなぁ……。皐月ちゃんはちょいトリッキーだし、俺はあくまでサポート役だし」
「ぼ、僕に人間を……あ、いや魔人を撃てってのか!?」
「アンタ以外適任なんていないでしょ」
義嗣が狼狽えるのも分かる。どんな立場であれ、エイジの見た目は人間だ。それを撃つという事は、明確に殺意を抱かなければ不可能だ。……そう考えれば、躊躇いはあったものの、エイジへと渾身の一撃を叩き込んだ奈乃香を褒めるべきだろう。
ましてや、義嗣は立場的には戦闘を行う役割についているものの、これまでの短い人生の中で殴り合いの喧嘩などほとんど経験が無い。故に、相手の命に関わる事など、例え指先を引くだけであっても、非常に困難と言えよう。
「義嗣君、君にとっては辛い事だろうが、これも役目だ。我々は君にこう言うしかない。引き金を引け、と」
「……」
義嗣は葛藤に押しつぶされそうになっている。巌の言葉の真意にも気付けない程に。
「まぁ、そういうとこもお前さんの良心ってやつなのかねぇ。せいぜい悩むと良いさ、若人」
「アンタもまだ二十一になったばかりでしょうに……」
聖なりの励ましだろうか。それにツッコむ阿弥も、彼には思い役目を背負わせている事を理解しているのか、それ以上厳しい言葉を言う事は無かった。
重い空気を更に重厚になったところで、これまで一切触れず、いる事すら忘れ去られていた莉緒が小さく呟いた。
「……俺はいつまでここにいればいいのかな」




