道中
人里を発って暫くして。
私はまた山を歩いている。
ここ数日はずっと山で過ごしている
気がするが、滅入る事は無い。
天を見上げれば
太陽がこの地に住まう者に等しく
祝福を与える。
そんな朝日が眩しい、
いいハイキング日和だ。
「あの・・・!これからどこに行くんですか?」
「どこにって・・・神社ですよ?」
私の横をひょこひょこ付いてくるのは、
夜雀族の沢見可奈子、妖怪だ。
背中に自分の肩幅より広い翼を生やし、
多少の傷ならすぐに治してしまう。
超人的な力を持つ種族。
そんな種族の子供に
私は荷物持ちを任せている。
それはもう、
申し訳無い気持ちで一杯だ。
恩返しがしたいと言って、
こちらの話は全く聞かないので
一番軽い荷物をもってもらっている
と言うのが現状だ。
あの出来事から
妙に懐かれてしまった。
別に嫌と言うわけではない。
むしろ逆だったりする。
ただ、こう、
どう接すれば良いかわからない。
困った。
「ところで沢見さんは
この後どちらへ?」
道中、会話をする事で
彼女との親睦を計る。
「うーん・・・、
決めてませんので貴方に着いていきます。」
子供ならではの答に
松村は心の中で頭を抱えた。
予想はしていたが・・・。
「え?家に帰らなくて
大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。私、遊びに行ったら
よく二日三日帰らないですから。」
何て放任主義な家庭だ!
やはり異世界は違う!
いや、この娘が特別なのか?
「ご両親、きっと心配してますよ?」
「大丈夫です。きっと。
お父さんとお母さんは
私の実力知ってますから。」
ん?今気になる単語が・・・。
「実力?」
「はい!私達夜雀族は、
相手の方向感覚を奪えるんです!」
えっへん、と。
少女は胸を張る。
奪うとはまた物騒な・・・。
「ほ、方向感覚を、ですか?」
つまり、
迷子にさせたり出来るということかな?
「はい!あと、
何か条件があるらしいんですけど、
その条件が揃ったら
もっとすごい力が使えるんですよ!」
これは、私の家族だけなんです。
そう言って
沢見さんは更に胸を張る。
あ、胸を張り過ぎて後ろにこけた。
「すんごい力?」
色々使えるんだな、妖怪って。
「あたた・・・。
かけてあげましょうか~?」
悪戯っぽく笑みを浮かべる
彼女に私は少し背筋が寒くなった。
「え、遠慮します・・・。」
えー・・・。と、彼女は口を尖らせる。
こんな山奥で方向感覚無くなったら
今日中に神社に帰れる自信がない。
ただでさえ、帰り道は
うろ覚えなんだから。
「ところで、
どうしてあんな所に
倒れてたんですか?」
聞いたら彼女が傷つくかもしれない。
でも、あそこにまだ危険があるなら、
私は彼女を守らなければいけない。
何か対策をとらなければ。
「んー・・・どうして?
うーん・・・。」
少し考え込む彼女に
私は疑念を感じざる得なかった。
「え?」
「・・・覚えてないんです。
何であんなところにいたのか。」
深く考え込むが、
どうやら答は見つからないようだ。
ーーー本当に覚えて無い!?
そんな事があるのだろうか?
自分が大怪我を負った
理由を忘れるなど。
唸りながら必死に
思い出そうとする彼女を見て、
私ははっとした。
ーー思い出したら
PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するかもしれない!
自分が瀕死になった出来事なら
その可能性は充分高い!
いかん!
話題を変えよう!
「そうですか。
ところで沢見さん、
飛べるんですよね?」
強引に話題を変える。
取り敢えず上手くいったか?
「え?あ、はい。一応・・・?」
急に話題を変えられて
少し戸惑う彼女だったが、
少し照れくさそうにはにかんだ。
「もし何か、
危ないことがあったら、
迷わず逃げて下さいね。」
「え?」
「ほら、何かに襲われるかも
しれないじゃないですか。」
熊とかも出るかもしれないし、
私が下山している時に遭遇した
化け物にも気を付けなければならない。
考え込む私を、
沢見さんは少し不安そうに見た。
「貴方は、どうするの?」
「もちろん、逃げますよ。」
「一緒に?」
「はい。」
どうやら、まだ一人で行動するのに
不安を覚えているようだ。
大怪我をした理由が解らないのが、
余計に恐怖を
増大させているのかもしれない。
私がしっかりしないと。
・・・そこで少し疑問が生まれた。
そもそも何故彼女は川に瀕死の状態で
浮いていたのだろう?
虎ばさみとは本来、地面に設置し
その罠を踏んだ者の足を
攻撃、又は束縛する為の罠だ。
沢見さんは飛べるし、
何より足に怪我はしていなかった。
翼がもがれていたのも気になる。
何者かが、
沢見さんを襲ったのかもしれない。
そして、
罠にかかって死んだと見せかける為、
虎ばさみを沢見さんにつけた。
私は大雑把に推測してみたが、
よく考えれば穴だらけだ。
罠にかかって死んだと見せかけるには、
虎ばさみでは殺傷能力が足りない。
あの罠は狐や狸を
生け捕る為に作られた罠だ。
そもそも川に浮かべる理由や、
山中でそんなアリバイ工作する
意味が分からない。
そして何より、
そんな生死をさ迷う体験をしたのに、
彼女は何故そうなったか、
全く覚えていない。
考えすぎだろうか。
いや、人命に関わる事は
考えすぎる方がいい。
「どうしました?怖い顔して。」
「おっと。すみませんね。」
急に黙りこんだ私を心配してか、
沢見さんが顔を覗きこんでいた。
ち、近い・・・。
「なに、お昼の献立を
考えてたんですよ。」
「そうなんですか?」
「うん。いっぱい作ってあげますから。
一緒に食べましょう。」
「わぁ!ありがとうございます!
楽しみです!」
花が咲いたような笑顔。
自衛官募集の広告のポスター
なんかに使われそうだ。
"守りたい、この笑顔"なんてね。
それはそうと、沢見さんの
人里を出てからの口調が
かなり変わった気がする。
もしかしたら、この様子が
本来の沢見さんなのかもしれない。
「あ、味は保証しませんよ?」
「い、いっぱい食べれたら・・・
それでいいんです。」
ほんのり頬を染めながら、
期待の眼差しを此方へ送る彼女。
こりゃまいった。
変に期待させてしまったなぁ。
そうこう話してるうちに、
神社についた。
「わあ・・・!」
結神社の入り口には
大きな鳥居がある。
その佇まいはとても壮大で、
見る者を感動させる。
「さぁ、入りましょう。」
私は沢見さんの手を引いて
神社に入ろうとした。
「待って。」
沢見さんの足が止まる。
「?」
「私、妖怪なの。」
小さな声。
「それが何か?」
「・・・・退治されちゃうかも。」
「え?
でも、巫女の事は
知ってるんですよね?
既にお会いになったのでは?」
「お母さんとなら会ったことあるけど、
私だけだったら、
退治されちゃうかも・・・。」
私は今まで失念していた
種族による差別を思い出した。
そうだ、本来神社とは
厄を祓う場所。
一般的に妖怪は厄の塊のような
解釈がある。
それはこの世界でもそうなのか?
・・・いや、そうは思えない。
「大丈夫。
私がそんな事する人の所へ、
沢見さんを連れてくると思いますか?」
「そ、そうですよね・・・。
助けてくれたし・・・。
それに、私は・・・してる。」
最後の方は何かごにょごにょ言ってて
聞き取れなかった。
「?
とりあえず、入りましょう?」
「・・・う、うん。」
おずおずと、
沢見さんは一歩踏み出した。
「さぁ、ここの巫女様を紹介するよ。」
まさか帰るなり大目玉を
食らうことになるとは、
この時私は想像すらしていなかった。




