目覚め
ーー沢見可奈子視点ーー
「いったぁーい!」
甲高悲鳴が診療所中に響き渡った。
激痛。
私はその痛みで一気に
意識が覚醒した。
なんだか右肩辺り(正確には右翼)が
すっごい痛い。
なんだろ、これ?
自慢の翼には
白い細長い布が
ぐるぐるに巻かれていて、
それは頭にもが巻かれてた。
何、これ・・・?
現状が全く理解出来ない。
辺りを見回してみる。
殺風景の白いタイルの部屋に
ふかふかの真っ白いベット。
所々に赤い斑点がついている。
何かのシミみたい。
軽く身をよじる。
・・・痛っ!
電撃が身体を駆け巡る。
まただ!
この痛みは何なの?!
そっと痛みのする右翼に手を伸ばす。
「ーーーーっ!」
ヌルっとした感触の後、
物凄い激痛が全身に走った。
「ぬおおおおお・・・。」
私は悶絶した。
今まで感じた事の無い激痛は
右翼からのものだった。
手を見るとべっとりと
血が付いている。
・・・私、怪我してる?
近くに鏡があったので
確認してみる。
私は目を見張った。
毎日ちゃんとお手入れをしていた
自慢の翼は羽がかなり抜け落ちていて、
怪我の部位にあっては
何かに引き千切られたような、
痛々しい様相をしていたから。
ええ?!
何で怪我してるの?!
全く覚えてない。
そもそもここはどこなの?!
やだ、怖い・・・。
涙が瞳から零れそうになるのを
必死に堪える。
お母さんは?
お父さんは?
他のみんなは?
みんなどこにいっちゃったの?!
怖い・・・。
何故私がこんなに傷ついてるの?
わからない!
一体何なのよ!
でも、傷を手当てされてるし、
私をここに連れて来た奴は
私を殺す気はないのかも・・・。
待って、
何で私はこんな事考えてるの?
"殺す"?
どうしてそんな言葉が
私の中からの出て来たの?
ーー少女は混乱していた。
いきなり目が覚めたら
自分の全く知らない場所。
心当たりの無い傷。
しかも手当てをされている。
血の染みた包帯が幾重にも
怪我をしているであろう所に
巻いてある。
多分、
ベッドの赤い斑点・・・。
これって、私の・・・血?
ーー例え様の無い恐怖が
彼女を襲った。
見たこと無い部屋・・・。
きっちりと整頓された棚に、
8つもベッドがある。
そのベットの内、
私の右隣のベッドには
人間族の男が寝息をたてている。
「あ、起きましたか?」
「ひえっ?!」
突然、声をかけられて
少女は飛び上がった。
恐る恐る
声のする方を見る。
声の主は白い着物を着た
長身の中年男性。
中々整った顔つきをしていた。
「あ、あんた誰!」
人間族だ!
傍らで寝ているのも人間族。
もしかしてここは・・・?
私は身構えた。
「私はここの院長をしている、
草薙という。」
男はリンゴの皮をむきながら
丁寧な口調で答えてきた。
リンゴの皮はシュルシュルと
一本の線になって下の受け皿に
とぐろを巻いていく。
・・・凄い。
「ここは、どこ?」
泣きそうになるのを
必死にこらえて訪ねた。
人間族に弱味を握られてはいけないと、
お母さんが言っていたから。
「ここは山の麓にある
人里の診療所だ。」
男は事務的に答える。
「人里っ?!」
人里。
人間族が住むと言われる場所。
そこでは人間達が
独自の文化を築き上げていると、
昔お母さんから聞いたことがある。
「ど、どうして私はここにいるの?」
「?」
草薙のリンゴを剥く手が止まる。
草薙は私をじっと見た。
「覚えてないのか?」
首を横に振る。
草薙は少し腰をあげ、
隣のベッドを指した。
「お前はその隣で寝ている青年に、
倒れているところを
助けられたんだ。」
死んだように眠る男を草薙が指を指す。
「こ、こいつが?」
深い眠りについてるみたいで、
私達が隣で結構大きな声で
喋っていたのに、
男は全く起きる気配が無い。
「私を・・・?」
「・・・凄いぞ。
お前が死んでしまうかも
しれないと思って、
あの山から一切の休憩をとらずに、
山頂から下山したそうだ。
自分が倒れる程無理をしてね。」
草薙は再び腰を下ろし
リンゴの皮剥きを再開した。
・・・信じられない。
私達、夜雀族は、
人間族との仲は悪いって
お母さんから聞いてたから。
それに、私達夜雀族は
何て言うか、その・・・、
見かけによらず、
人間族に比べてかなり重い。
人間族の一般男性の
平均体重が60㎏~70㎏の人間族に比べ、
私達夜雀族は、
女性で80㎏~100㎏。
私は一族の中では比較的小柄だけど、
この男の体重をゆうに
上回っていると思う。
ひ弱な人間族が
夜雀族を背負って
あの山を下るなんて・・・。
「自分を犠牲にして
夜雀族を助けるなんて、
私には出来ない。」
刺のある言葉。
心が、きつく締め上げられたみたいに
痛い。
草薙は剥き終わったリンゴを
今度は適当な大きさに切り分けていく。
「・・・。」
私は草薙からリンゴを受けとった。
食べてもいいのだろうか?
リンゴをじっと見つめる。
黄金色に艶やかに輝く果実。
唾液が自然と滲み出る。
"くぅ・・・。"
その時、私のお腹が鳴った。
その音を聞いて、
草薙は冷たい笑いを浮かべ
私に見せつけるように
リンゴを一欠片頬張った。
しゃりしゃりと
気持ちのいい音を鳴らして
リンゴを味わう彼。
私はたまらず
手に持ったリンゴに
むしゃぶりついた。
・・・美味しい!
も、もう1つ食べたいな・・・。
「食べたければ食べるといい。」
草薙はそう言って
私の前に均等に切り分けた
リンゴを皿に置いていく。
私は我慢できずに
切り分けてあったリンゴを
口に運んだ。
美味しい。
何でこんなに美味しいの?
そして、あと残りが一個になった時、
私は気付いてしまった。
これ、横の男と
分けなきゃいけなかったんじゃ・・・?
草薙の顔を見る。
彼はすっごい呆れた表情を浮かべ、
冷徹に笑った。
どどどどどうしよう?!
空腹に身を任せて
リンゴを平らげてしまったなんて!
自分が恥ずかしい!
こ、こうなったら、
最後の1つも食べちゃえば、
隣の男にバレないよね?!
私はそう思って
最後のリンゴに手を伸ばした。
「う・・・ん。」
が、その手がリンゴに届く前に、
隣の男が呻き声をあげ、
こちらに寝返りをうってきた。
彼は目を閉じているが、
私と向かい合う姿勢になる。
「うひゃあ?!」
私は思わず飛び退いたが、
弾みで怪我の部分を棚に当ててしまい、
悶絶した。
「~~~っ!」
ある程度痛みが治まって
冷静に考えてみる。
・・・何故助けたのだろう?
私はこんな男を見たこともない。
それはこの男も同じだよね?
見ず知らずの他人を
助ける義理など無い筈。
ましてや自分の身体を壊してまで。
もしかして、この男はーーー
「う・・ん?ここは・・・?」
じっと見つめていたからか、
視線を感じたように、
男は目を覚ました。
やばっ!起きちゃった?!
どしよ!どしよ?どしよー!
変に焦り出す私。
その様子を見て
草薙の口から笑みが零れる。
「おや・・・?目が覚めましたか?」
背中に手を回し、
件の男が起き上がるのをそっと
支えている。
「あぁ・・・すみません。
必ずお代は後程返しますので。
今は・・・その、持ち合わせが無くて・・・。」
男は申し訳なさそうに
草薙に謝った。
「いいですよ。そんなの。
困ったときはお互い様です。」
男は何度も謝りながら、礼を述べた。
って言うかさ、
草薙のヤツ、私と喋る時と
この男と喋る時の声のトーンが
違いすぎるんですけど!
「それでは私は応接間に居ますので、
御用があればそのベルで
申し付け下さい。」
備え付けのベルの場所を
私達に教えると、
草薙は足早に病室から姿を消した。
気まずい空気が流れる。
「「あの!」」
同時に声を上げ、再び訪れる沈黙。
うう・・・、気まずい。
「け、怪我の具合は大丈夫ですか?」
この空気に耐えかねたのか、
男は切り出した。
「う、うん・・・。」
年は私と同じぐらいかな?
少し穏やかな顔つきで、
身体はそこそこ鍛えてる感じ。
け、結構いい男じゃない・・・。
「あ、貴方は大丈夫なの?」
「わ、私は特に怪我を・・・
してませんので。」
男はしどろもどろになりながら頭を掻いている。
「そ、そう・・・。」
んー・・・聞きたい事が
上手く口から出ない。
「私は松村啓太と言います。
よろしければ貴女のお名前を伺っても・・・?」
男から助け船が出た。
「・・・かっ、カナコ!」
このタイミングしかない!
私は必死に名乗った。
「え?」
首を傾げられた。
「わ、私は沢見可奈子!」
緊張で上手く話すことが出来ない。
まさか人間族と会話するなんて
思いもしなかったから。
お母さんがいつも
寝付きの悪い私に枕物語で
聞かせてくれる人間族と。
「ど、どうして?」
心臓が早まっている。
「え?」
「どうして私を・・・その、
助けたの?」
これが聞きたかった。
人間族は傲慢で
自然を我が物のように扱い、
取引によって生計をたてる種族だ。
もしかしたら対価を
要求されるかもしれない。
・・・命を救われたのなら、
その要求は、大きい筈だ。
「た、助けて欲しく、
なかったのですか?」
少し焦って男はそう言った。
私はこの言葉に驚きを隠せなかった。
"助けてほしくなかったのか?"
それはつまり、
"助ける事が当たり前"と
思っている者が使う言葉だった。
「え、いや、うん。
・・・ありがと。」
異性に真っ直ぐ
見つめられた事の無い私は、
たまらず顔を下に向けてしまった。
「よかった・・・。」
「え?」
何が?
「私はその・・・貴女のような人を
見るのが初めてなので、
あまり怪我の度合いは
わからないのですが、
生きていてくれて
本当に良かったです。」
そっと胸を撫で下ろした男は、
ゆっくりと、ベッドから降りた。
足が痛むらしく、
低く呻き声を上げた。
心配になって立ち上がろうとしたけど、
こっちも怪我をしていた事を
忘れていた。
ぬぉぉ・・・。
なんとか悲鳴は我慢できた。
「大丈夫。」
と、私に微笑みかけ、
彼は部屋から出ていってしまった。
・・・。
一人、部屋に残された私。
「な、なんなのよ!もう!」
私は急いでベッドから降りた。
激痛が身体を襲うが、
構ってられない。
ある程度の傷は
私の能力で治りつつある。
・・・て言うか、
こんな何処か判らないところに
一人にしないで!
とにかく今は味方が欲しかった。
少なくとも彼は信頼できる。
・・・と、思う。
ちょっとしか話さなかったけど、
少なくともあの草薙って男よりは。
私はおぼつかない足取りで、
男の後を追った。
翼が痛いよぉ・・・。




