青野の憂鬱
次の土曜日、脇坂と僕は、青野の家に行った。
青野の家は、郊外(といっても遠い)で酪農家だった。
また、祖父に送ってもらったのだけど、しょうがない。バスが午後は2本しかったし。
呼び鈴を押すが応答がない。牛舎と倉庫らしきものが5,6棟あったけど、仕事中かな?
少し待っていると、青野の父さんがあわててこちらに走ってきた。
「これは、山本さん、もしかして正義の事で?」
「ええ、うちの孫の裕一とこの脇坂君が正義君の友達なので、送ってきたんですよ」
僕と脇坂は、青野の部屋に案内してもらった。
「おい、正義。上野君と脇坂君が心配で見舞いにきてくれたぞ」
そんな父親の言葉が2,3度繰り返され、やっと青野が自分の部屋を開け、
僕と脇坂を入れたら、すぐ鍵をかけてしまった。
ああ、これ、引きこもりはじめたんだなと。。経験者だからわかるけど、
友達が入れるなら、まだまだ大丈夫。
久しぶりに見た青野は、大分やつれた雰囲気だった。
「悪いな、心配かけて。部も休んでばかりで。どうにも学校に行かないと、思ってる
けど、朝、具合が悪くてな。夜更かししてるわけじゃないんだけど、夜、眠れないんだ
医者は、悪いところはないって言うんだけどな」
僕が思いつく、朝、具合の悪い原因は二つ、
夜眠れなくて朝に熟睡するから。後は、心の底では学校に行きたくない気持ちが
あるかもしれない
「夜、眠れないのは、きっと午前中、具合悪くて寝てるせいかも」
「あ、上野の言うとおりかもな。午前中、全然、ベッドから出られない日は、
それほどないんだ」
ていうことは、寝込んでる日もあるんだ・・・
「ふm、僕としては、心療内科のカウンセリングを受ける事をお勧めしますが・・
ずばり、聞きます。学校で何か変わった事、ありませんでしたか?」
脇坂の直球勝負だ。彼も美穂ちゃんと青野の噂を聞いたんだな。
しばらくして、青野が、涙をボロボロながしなら、こらえきれずに泣いてる。
「振られた・・振られたんだ。美穂ちゃんに。大好きだったのに、精一杯、大事に
したつもりだったのに・・」
「そうなんだ。それで、どういう理由で?」
「・・他に好きな人が出来たからって・・・。」
「で、君は納得して、潔く身を引いたんですね」
「別れた後、美穂が楽しそうに歩いてる所を見て。男子連れで。美穂が幸せならって・」
こういう所が、青野のいい所なんだ。男気があるというか、チャラくない。
「潔くってわけじゃない。夜、美穂があの男子と仲良くしてる、あんな場面とか
こんな場面とか勝手に妄想しちゃって、頭がはちきれそうなんだ。」
「で、夜、眠れないと。健康な男子高校生の証拠ですね。僕は安心しました」
おい、脇坂、お前だって"健康な男子高校生だぞ”とツッコミを入れたいが、
”おまえもな”と、返されるので、黙っていた。
「俺、"理容師になって吉岡の店を継ぐ”とか、いっちゃって。笑えるよな。。
美穂ちゃんは、そんなの別に考えなくていいって何度も言ってたのに、
俺って、思い込み激しすぎ・・」
青野は、なきながら笑おうとしていた
「僕は、脇坂のそういう一途な所は、長所だと思いますよ。実際、酪農家の跡継ぎ
という立場では、進路の問題は、今、もう考えるべき時期ですからね。」
脇坂の冷静な言葉は、青野の心を沈めてくれるだろう。
僕はどうだろう。そこまで心引かれる女子には、出会った事がないし、
ピアノは、大好き というよりは、僕の心のささえで友達かもしれない。
「あのな。青野。僕の母さん、バイオリニストだけど、この間、ひどいスランプ
というか。で、ウチで静養してたけど、目が離せないんだ。ほうっておくと
食事も睡眠も忘れて練習に没頭する。で、それで成果が全然あがらないし、本人も
納得しない。で、じいちゃんが、これじゃいけないって、ちょっとした旅行を計画
して行ってきたんだけど」
ああ、自分でいってて回りくどい。。。
「ごめん、わかりづらくて。結局、母が立ち直ったのは、その旅行のおかげなんだ。
問題が解決したわけじゃないけど、冷静さをとりもどしたっていうのかなあ」
脇坂があとを言ってくれた。
「ああ、なるほど。結局、自分の悩みばかりに囚われるより、気晴らしがよかったん
ですね。青野君、だから、これから3人でカラオケにでも行って、気晴らししましょう」
え!っていうような脇坂の提案に、青野もアッケにとられて、おもわずうなづいた。
じいちゃんに、送り迎えしてもらうことになるかな。。
カラオケは、僕も初めてなので楽しかった。
青野は、まださえない顔をしていたが、脇坂が実は音痴で、それを隠そうとせず、
熱唱するので、二人で笑った。僕も歌ったけど、音は取れてるけどリズム音痴
である事が隠すことが出来ず、笑われた。
青野は、体力が落ちてるせいか、あまり歌わなかったけど。
明日からは、家の手伝いを頑張るそうだ。学校は、朝、体調がよければ行けそうと
話してたが・・・脇坂にこれ以上、眠れない夜が続くのであれば、要病院です
と釘をさされていた。
僕にも、モヤモヤして眠れない時ってくるかな。
今のところ、1日に計5時間にふえた練習時間のせいか、頭の中でベートーベンが
走り回ってる状態だ。次のレッスンまで1週間。
その夜の夢の中に、ベンちゃんが、楽譜の束をもって、僕の弾くピアノのそばで
がなりたててた。ちょっとまずい兆候かもしれない
青野が登校拒否になってしまった。理由は?




