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楽園外部は内にある その一

 男は商店街を抜け、小路へと進んでいく。一本道が違うだけで人気ひとけがほとんどなくなった。

 男が一歩進むごとにジャラジャラという音がした。僕は鎖よりもポケットに入れられた硬貨を連想した。だが、音はもっと鮮明だ。

 男に近づきすぎるのは危ない気がした。かといって、いらぬ疑いをかけられるのを恐れた僕らは、彼とつかず離れずの距離を保つようにした。

 右へ左へ、男は何度か角を曲った。細く陰気な道が続いた。しばらく進むと男はひとつの小さなビルの前で立ち止まった。

 明らかに誰も使っていないビルで、テナント募集中の張り紙もない。借り手を求めていたとしても、この立地では難しそうだった。

 男がビルに近づいたとき、一陣の風が巻き起こり、彼のコートをひるがえした。男の腰あたりに何かぴかぴかした、複雑な形の物が見えた。

 鍵束だ。ずっとジャラジャラいっていたのはこれだったのだろう。直径十五センチぐらいの輪にみっしりと鍵が連なっている。少なく見積もっても五十はありそうだ。鍵は長いものや短いもの、色も様々だったが、それらの多くは銀色で、ちょっとした光でもキラキラと反射した。コートの陰には、少なくとももう一つの鍵束が見えた。腰の両側に鍵束をぶら下げているのだ。

 僕が使う鍵といえば、アパートの部屋の鍵ぐらいで、三つでも混乱しそうだ。この男はこれらの鍵にあう穴を、それぞれ把握しているのだろうか。

「さあ、こっちだ」

 男は扉を開け、僕たちを呼んだ。あれだけたくさん持っているのに、男には鍵を使う様子がなかった。ますます、どこの鍵なのかわからないと思いながら、ユウを先頭にして僕たちはビルへと入った。

 中はがらんとしていた。むき出しのコンクリートの壁と柱があるだけだ。内装が全くないのは、一度も使用されていないためだろうか。しかし、新品というわけではなく、部屋には使われないまま放置された、特有の寂れた空気が充満していた。部屋の隅には上階に続く階段、そして地下へ向かう階段があった。

 男の足は下へと向かった。

「降りるぞ」

 続いて階段を下りると、三メートルほどの余裕をもっていきなりドアがあり、左右にはその幅の通路が続いていた。

 男はドアを二回ノックすると、返事も待たずに部屋に入って行った。ドアを開け放し、中で顎をしゃくって催促されたので、僕らも部屋に入った。

 上とは打って変わって生活感のある部屋だった。部屋の中央付近にソファーがあり、その前には大型テレビ。オーディオアンプがそれを挟むようにそそり立ち、見ているだけで重低音を感じるほどだ。奥には扉が二つあり、片方は開いている。部屋の隅には南国風の観葉植物や大きなサボテンが飾ってある。空調がしっかりしているのか、窓がない部屋なのに空気は澱みない。僕の部屋よりも快適かもしれない。

 開いている扉の奥をちらりと見ると、多くのモニターが並び、何かを映しだしていた。画像が切り替わっているのはわかったが、詳細はここからではわからない。今いる部屋とは印象が全く逆で、遊びのない、かっちりした目的を感じる部屋だ。警備員が駐在する部屋みたいだな、と僕は思った。

「見学だ」

 するとソファーからにゅっと足が一本つきだされた。背もたれの上で組んだ腕に顎を乗せ、こちらをのぞきこむ人物がいた。

「やあ、ジョウさん。いらっしゃい」

 部屋の主は男をジョウと呼んだ。

「見学だ」

 ジョウはもう一度言った。

「はいはい、聞こえてるよ。でも一度に三人か。ジョウさんも大変だねえ」

 男は手元で小さな画面付きの機械を操作していた。

「ほいな、いいよ。終わったら一声かけてちょうだいね。それにしても、見学なんてね。そこまで手間暇かけてる人は、もういないよ。使えそうなら決めてしまえばいいのに」

 ソファー越しにじろじろと視線を感じた。僕らのことを話しているのだろうか。

 僕は、ソファーの男が持っているのがポータブルゲーム機だと気づいた。

 男は僕たちからゲーム画面へと視線を戻した。二人のやりとりからすると、ただ言葉で見学許可を取りに来たのではないはずだ。それなのに男がゲーム以外の何かをした素振りはなく、さらに首を傾げるのは、ジョウという男のそれでよしとしている態度なのだった。

「俺のやり方じゃない」

「ジョウさんは真面目だねえ。そこがいいんだけどさ。……あっと、いけない。失敗しちゃった。ゲームオーバーだってさ。あははは。ねえ、君たち。ゲームは得意かい? ここなんだけどさ……」

 ソファーの男は僕たちにゲーム機を差し向けた。どれどれと覗きこもうとするユウをジョウが肘で小突いた。ユウは身を強張らせたが、ジョウがそのまま部屋を出てしまったので、僕たち三人も後に続いた。部屋からは、もう少しだけいいだろお、と声が追いかけてきたが、ジョウはそれをぴしゃりと扉を閉めて追い返してしまった。

「まだ話してたけど、いいのか?」

 ユウは尋ねる。

「あいつは退屈なのさ。あの調子でしゃべり続けられたら明日になってしまう」

 選択が早まるのがいいことなのか判断できず、僕たちには何とも返答しかねた。

 道は左右に分かれていたが、ジョウは右へ向かった。通路は少しするとさらに右に折れて、先ほど出た部屋を囲むような構造になっていた。

 曲がり角で立ち止まると、ジョウは言った。

「さて、今から見るものが、君たちが選択できるひとつだ」

 男は曲がり角の先に消えた。僕らは目くばせすると覚悟を決めた。ユウが消え、ミズハが消え、そして僕が角を曲った。

 曲がった先には、今通ってきたのと同じぐらいの幅の通路がずっと続いていた。どのぐらい先まであるか見えないが、かなり長い通路のようだ。天井に電灯は一切なく、しかし通路にはぼんやりとした光がある。僕たちから数メートル先に黄色のラインが床、壁、天井とぐるり一回りしていて、それを境に通路右側から一定の間隔で青白い光の帯がれているのだ。

 黄色いラインの幅は十センチよりも広く、そして平面に描かれた模様ではなかった。靴底で触れるとゴンゴンと音が響いた。金属製なのだろう。それらとコンクリートの壁や床には微妙な隙間があり、この黄色く塗られた金属が天井、壁、そして床から通路に向かってせり出すのだと思われた。

 開閉できる防壁のようだが、ミサイルでも想定しているのだろうか。こんなに分厚いシャッターは見たことがない。これがこの先にあるものの恐ろしさを暗示しているようで、僕は不安をあおりたてられた。

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