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比翼連理  作者: 美羽
管鮑の交わり
10/22

9

軍に席をおいて、一週間が経った。

結局三日目で無事私への腕試しは終わり、私は火鉾の武官に認められた、のだと思う。現にこうして武殿内を歩いている時、火鉾の者だけは会釈をしてくれたり声をかけてくれたりするから。


「補佐官!」


呼び止められて振り向く。立っていたのは碧羅と飛瑛の二人組だった。

火鉾の武官は基本的に二人一組で行動するらしく、大佐はまた別なのだがパワーバランスを考え中佐である永莉と少佐の戒鳶、絃と鳴緯、そして少佐同士で碧羅と飛瑛が組んでいる。戦闘の際もそのペアで動くことが多いと聞いた。

けれどやはり中佐である二人にしか任せられない仕事もあるらしく(実際私が火鉾の面子に最初に挨拶に行った時などがそうだったらしいが)、そういう時には中佐二人と戒鳶、鳴緯に分かれるらしい。

―――そう言えば、同じく少佐となった陵亥はどうするのだろう。


「二人ともおはよう」


二人はにっこりと相好を崩す。

志宇大佐に言わせれば、私は二人を手なずけたらしい。確かに何だか懐かれているとは思いはするけれど、それが何を切欠としたものなのか一切分からないから少し戸惑ってしまうのだが。


「玲湶補佐官、文殿へ届け物ですか?」


「そうだよ。軍師は仕事がお早いから、すぐに溜まってしまう」


「私達もそうなんです。ご一緒してもよろしいでしょうか?」


じっと上から期待の眼差しを注がれると(二人とも私よりも背が高いのだ)困ってしまう。そもそも断る理由もないのだが。

頷いて諾を示せば二人は私の両脇についた。…………この位置取りは、何なのだろうか。


「……二人とも」


「はい」


「何でしょうか」


「……どうして両脇に?普通に並べばいいんじゃないか?」


尤もな(少なくとも私はそう思う)疑問を投げかければ碧羅は苦笑し、飛瑛は胸を張った。正反対の反応だ。


「すみません。でもこれ、一応良かれと思っての事なんです」


「そうですわ。他の隊の所属の武官は補佐官のことをじろじろと見て、不愉快ですもの」


つい何度か瞬く。

自分が軍内で浮いていることは知っているし、まあ色々とあるので理解している。けれどそれを心配されて、このように庇われるとは。それを思えばつい嬉しくて顔がゆるんだ。

色々と思惑が飛び交う外朝の中で、こんな風にどうにか少しは気が抜けるような場所が出来て良かった。柳栄様の人事に改めて感謝しなければ。


「そう。ありがとう」


そして目の前の二人にも。

感謝の念を口に出せば、二人は狼狽えたように目線を彷徨わせ薄っすら頬を染めた。照れくさいのだろうか。


「……いえ、別に普通の事ですよ。だって補佐官は俺達の上司なんですから」


「そうです!玲湶補佐官はお強く、賢く、そしてお美しいですもの!その魅力が分からない者は所詮その程度というものです!」


「……飛瑛、そんなに褒め称えなくてもいいから」


「何をおっしゃいますの!」


何だか朱家の面々を思い出して微妙な気持ちでそう言えば、彼女は勢いよくこちらに迫った。つい仰け反ってしまうのは武人の性と言うべきだろうか。


「すべて本当のことではありませんか。

補佐官は志宇大佐相手にも勝利をおおさめになられました。

志宇大佐は軍内五名の大佐階級において最たる実力を持つお方ですのよ?

それに勝たれた補佐官は間違いなく将軍に次ぐ実力を持つと証明されておりますわ」


「それは、まぁ…」


曖昧に頷く。ここで明確な肯定を示せるほど私は図太くはないつもりだ。

――確かに私は数日前の腕試しで志宇大佐に勝つことが出来た。

でもそれによって武官としての実力は認められても、結局のところ矜牙軍師本人から補佐官として認めるという言葉は頂いていない。

だからその勝利は私にとってあまり意味のないものなのだ。

勿論力ある武人である大佐と手合せできたことや、こうして腕試しを通じて火鉾の面々に認められたこと自体は嬉しいが。


「軍師の事ですか?」


そして碧羅にはそんな考えが読まれてしまったらしい。顔に出ていたのだろうか。


「心配しなくても、補佐官は相変わらず無表情のままですよ」


「そう?ならどうして分かったんだ?」


「まあ……軍師と補佐官の関係は噂の的ですから。

あ、勿論俺達はそんなことしていませんよ?その、同期の他の隊の奴等とかが……すみません」


「いや、構わないよ」


どうも軍内で私が矜牙軍師に煙たがられている、という噂が蔓延しているらしい。

それはまあ、悲しいかな事実ではある。

だから噂をする者に対して思うところも無いし、そんなものにかまけているよりも軍師の役に立って彼に認めてもらうことが私にとっては第一なのだ。まあ最近は少し邪魔(・・)が入ってきてしまっていて、それをこなすのが大変でもあるのだけれど。


「私はまだまだ未熟者だし、自分に誇れるものは何もない。そんな者をすぐに認めてもらうと言う方が無理な話だ」


「……あの、何だかおかしな言葉を聞いた様な気がするのですけれど」


「何か変な事を言っただろうか?」


首を傾げれば飛瑛は絶句した様だった。

私はよくおかしなことを言うのだろうか。こうして話している間に相手を絶句させたり、戸惑わせてしまうことが最近は多い。やはりあまり朱家から出ずにいたことが原因だろう。勉学や武術だけでなく、もう少し対人関係においても学習すべきだと過去の私に言えるなら言ってやりたい気分だ。


「……補佐官、ちなみにどうしてそのように?

貴女は大佐を越える実力があって、科挙に榜眼及第できる知性があって、五大家の朱家のご令嬢ですよね?俺達からしたら誇れるところだらけなんですが」


手で額をおさえながら碧羅が問いかけてくる。

頭痛でもするのだろうか。今は夏で有り得るとしたら夏風邪だ。夏風邪は長引くと言うし、気をつけさせなければ。


「そうかな?少なくとも私にとってはそうでもない。どれも借り物のようなものだから」


「借り物、ですか?」


「そう。大佐を越える実力は柳栄将軍から、科挙に及第できる知性は祠苑様から。朱家の名は同じく祠苑様と、朱家門下の全てから。

私自身の力ではなくて、すべて周囲の方々に与えられたものだ。だから私にはそれを誇ることは出来ない」


そしてある意味ではだからこそ私は軍師に補佐官として認められたいのかもしれない。

軍師に認められるということは誰かに与えられて出来ることではない。

勿論そこに武術の実力や知識も関わってくるのだろうが、それだけでは軍師の目に適うことはないだろう。

それこそそんな人間は掃いて捨てる程いるのだから。

だから私が認められたという事は、私の中にある他の何か――与えられたもの以外の何かを、軍師が認めてくれたということで。

それは私が初めて誰かに与えられたものだけでなく、私という個でもって誰かの目に留まったと、そう思える気がするのだ。

勿論無事補佐官として認められて、それによって周囲の人々に恩返しをしたいと思っているのも嘘ではないのだけど。


「……補佐官は、生真面目がすぎますわ」


「よく言われる。私としては普通のつもりなんだけど」


「いえ、普通じゃありませんよ。でもまあそんな補佐官を俺達は上官として仰いでいるので、嫌う事はありませんけど」


そしてもしかしたら彼等に上官として認められたことも、私という個を認めてもらえたことになるのかもしれない。

これは本当に柳栄将軍に感謝しなければ。こんな風に思ってくれる人たちがいる隊に配属してくれて、感謝してもしたりない気がする。今度彼が朱家に来た時には好きなものを作ろう。


「そう言ってくれると助かる。ありがとう」


話している間にもう文殿だ。二人とは目的地が違うようで、文殿の入り口で別れる。

さて、少し話し込んでしまったからいつもより遅れている。

勿論話せてよかったから、二人を恨んだり迷惑に思うことなどありえないが。

けれど遅れて――ありえないけれど軍師に迷惑がかかることは避けたい。


「……急ごう」


いつもよりも格段に早歩きで行動する私に、回廊を歩く文官達は変なものを見るような目を向けた。……私だって、少し浮いているという自覚はある。











きちんと各所に軍師からの伝言や彼が処理した木簡を運んで、必要と思われる書物を借り。

その帰り道、問題(・・)が発生した。

どうにも行きで碧羅と飛瑛を連れていたのがいけなかったらしい。

変にあちら(・・・)を刺激してしまったようで、私としてはかなり困っている。

困りすぎて、つい道ではなく木々の枝を足場に移動しているほどだ(外朝には景観のため所々に木や花が植えられている)。

だが、更に困った。この木の枝からどのようにして武殿に入ろう。

入り口は勿論一階にしかない。けれど私が今の状態で入り口に向かえば色々と面倒なことになりそうだ。

近くに火榜の武官がいればいいのだけど(中でも位が高い者が望ましい)、残念ながら気配は感じられなかった。

仕方なしに覚悟を決めて木から飛び降りようかと考えたその時、目の前を見知った顔が通り過ぎようとしていた。


「……陵亥!」


呼ばれた彼は何事かと背後を振り返るが、そちらではない。


「陵亥、横」


「……は!?何をやってるんだお前は!」


彼の指摘も尤もだ。説明したいと思うが、その前に。


「すまないけれど、窓を開けてくれないかな?」


「はぁ!?……くそ、貸しだぞ」


嫌そうにしながらも窓を開けてくれる彼はいい人だと思う。

それを言うと怒られるので言わないが。

そんな彼に下がるように言って、私は脚に力を込めて枝から跳んだ。

開けられた窓はまあまあの大きさであるため、身体をうまく丸めれば通れないことは無い。

無事に二階の廊下に着地し、私は急いで窓を閉めた。


「……ふぅ。ありがとう陵亥、助かった」


「意味が分からん。一体お前、何してるんだ」


「色々と事情があるんだ」


恐らく陵亥も知っているだろうと窓の外を示せば、同じく地上を見下ろした彼は顔をしかめた。


「……ふん、低能な奴等だな」


「私はまだまだだから仕方がないと言えば仕方がないよ」


「お、ま、え、は!!そんなんだからなめられるんだ!」


怒ったような顔をしてこちらに詰め寄る陵亥に思わず瞬く。

それに構わず彼は更に続けた。


「いいか?お前はこの俺のライバルなんだ!それがあんな奴らに馬鹿にされたままでどうする!

特に俺はああいう性根の曲がった屑のするような手法が大嫌いだ。

お前はそんなんでも俺のライバルで五大家の人間なんだからなめられるなよ!!……って、おい、聞いてるのか?」


「うん、聞いている。………ありがとう」


「な、なに礼なんか言ってるんだ!そんなんだからなめられるんだお前は!!」


でも、私を心配しての言葉のように感じるから。お礼を言いたくなるのは仕方がない事だと思うのだ。

それにお礼を言って赤くなる陵亥の顔が、心配してくれた何よりの証拠だと思う。


「私なんかを五大家の一員として認めてくれたし、心配してくれたし、お礼が言いたくなったんだ」


「べ、別に心配なんかしてないだろう!お前を負かすのは俺だから当然のことを言ったまでだ、勘違いするな!!

……それに、お前は朱玲湶だろ」


陵亥はその時だけ声を落とし、真剣な黒の瞳をこちらに向けた。


「どんな生まれでも、当主に認められたならそれは絶対だ。それにお前の事は朱家の総意だと俺ですら聞いている。俺の祖父である茜家現当主から、直接な。

意味わかるか?朱家がそう各家に申し入れてきたんだ。だから五大家でお前を認めてない奴なんかいない。五月蠅く言ってるのは五大家のことを分からない中級貴族や下級貴族ばかりだ」


だから俺は茜陵亥として、朱玲湶を五大家の一員として認めてやってる。

そう締めくくられた言葉を唖然として受け取る。まさか朱家がそんなことまでしているとは思わなかった。

だって所詮捨て子で正統な朱家の血をひいていない私は、朱家とその門下はともかく他の人間には絶対に認められるはずがないのに。


「……知らなかった。そう、なの?」


「なんだ、知らなかったのか?分かったら馬鹿にしてくる奴らを見返してやれ!」


「……いや、それはいいんだ」


「いいのかよ!?」


否を返した私に陵亥は意味が分からないとでも言うように目を剥く。


「私が馬鹿にされるのは構わない。知らない他人に何を言われても、私にとっては何もないのと一緒だから」


「………お前、思ったより冷酷な奴だな」


「そう、かな?」


私は私を救ってくれた人達と、私に笑いかけてくれる人達の為に存在していたいから、それだけで構わないと思っている。でもそれはもしかしたらやっぱりすごくおかしな事なのだろうか。


「いや、傷ついたりしてるのかと思った」


「心配してくれたの?ありがとう」


「だからどうしてそうなる!?」


どうしてと言われても。

困って陵亥を見つめたが、彼はふいと目をそらした。乱雑に頭を掻いて呻く。


「あーくそ、本当に調子狂う……おい、玲湶」


「?」


「お前軍師のところに戻るんだろう」


「そうだけど」


「……俺も近くまで用があるからな、仕方ないから一緒に行ってやる」


「………」


これは、心配してくれていて、だから送ってくれようとしていると受けとっていいのだろうか。

つい考えていると、彼はじろりとこちらを睨んだ。


「何だよ、断る気か?」


「いや、ありがとう」


「……ふん。ほら、行くぞ」


すたすたと歩きだす彼を追いかけ、その横を歩く。

陵亥はたまによく分からない。私をライバルと言って、でも心配してくれて、そして怒ってくれる。

どれもあまり経験のないものばかりで、私はよく分からなくなることが多い。

………もしかしたら私に対して絶句したりする周囲も、これと同じような感覚なのだろうか。


「そういえば陵亥、腕試しはどうだった?」


「……おい、嫌味か」


「?何か気に障る事を言ってしまっただろうか?ならすまない。

私はあまり対人関係が得意とは言えないから、ついやってしまう」


「それは話してれば分かる。

結局戒鳶と鳴緯には勝てたが、飛瑛少佐には無理だった。

というかお前、どうやってあの風を避けたんだよ」


つまりは少佐階級の丁度真ん中あたりの実力、ということなのだろう。

それに飛瑛の天術の攻撃は確かに対処が難しいから大変だったかもしれない。


「あれはこちらに向かってくる前に風切り音がするから、それでどの辺りにくるか予測すればいい。たぶん何度か経験すれば耳に残るんじゃないかな」


「風切り音……」


「確か茜の家は体術にも天術にも優れているんだろう?今まで風使いと対峙したことはなかったの?」


勿論一人で両方に優れている者などそうそういないだろうが、茜の家ならば強い天術の使い手も存在していそうだ。

単純に不思議に思い問うと、陵亥は一瞬表情を硬くした。


「いや、俺は………あまり、家や門下の者とは、関わりが無いからな」


「………」


もしかして、彼は彼で何かあるのだろうか。

五大家は誇り高い。そして各家々でたくさんの縛りがあり、それを背負って生きていかねばならない。

私とはまた違った理由で彼も家の事で色々とあるのだとしたら。


「……明日、朝の鍛錬を一緒にやらないか?」


たぶん、私がそれに口を出すべきではないのだろう。

私自身心配されることはともかく、あまり自分の事情に他人を巻き込みたくも、世話を焼かれたくもないと感じる。だから私が出来るのはこんなことぐらいだ。


「は?鍛錬?」


「そう。私も同年代の人の方がやりやすいし、それに陵亥は風への対処をどうにかしたい。なら一石二鳥だと思う」


「おい、お前天術ダメダメだっただろ」


「う……」


そう言えば陵亥は一緒に武挙を受けたのだった。

つまりは私の本当に情けない術も見られている訳で。

……いや、今はそんな事はどうだっていいのだ。


「べ、別に天術以外でも風切り音をどうにか憶える手段はある。斬撃を飛ばしても同じような音が出るし………」


「斬撃を飛ばす…?おい、もしかして柳栄将軍が得意としてるあの、飛ぶ斬撃か!?」


少し言い訳がましく付け足せば、思った以上に陵亥が反応した。

目が先程とうって変わってキラキラと輝いているように感じる。

彼は軍に配属されたその日、矜牙軍師を尊敬していると言っていたけれど、もしかして…


「陵亥は柳栄将軍も尊敬しているの?」


「なんだ、当たり前だろう!?お前、あの方の凄さが分からないのか?

農をおさめる李家の出身であの強さ、身のこなし!!

お前と一緒で天術は不得手らしいが、あの方にはそれを補って余りある実力がある!

これで同じ武官として憧れない訳がないだろう……!」


その憧れている相手がよく我が家に来て、幼い頃から一対一で鍛錬をつけてもらっていたと言ったら怒るだろうか。

………なんだか怒られる気がする。でも、今度家に誘ってみよう。柳栄様が来る日を狙って。


「……えっと、ともかくその飛ぶ斬撃も風の天術と一緒で風切り音がするんだ。

だからそれを陵亥が避けられるようになれば、飛瑛の攻撃も大丈夫なんじゃないかな」


「……つまりはお前、あれを使えるってことか」


「うん、一応は。でも柳栄将軍程の威力は出せない」


「当たり前だ、お前なんかにそんなことが出来てたまるか」


まあ確かにそうだろう。

あの技は柳栄様も好んで使っているから、彼の代名詞のようになっている。同じく天術を斬る技もそう。

……そちらも使えると分かったら、また陵亥に怒られそうだ。

でもたぶん、練習すれば彼も出来るようになるんじゃないだろうか。

実際志宇大佐などは頑張れば出来そうだ。ただ彼の場合少し大技向きと言うか、攻撃が威力重視のものなので細かな技巧には向かないかもしれないのだが。

逆に私や陵亥は技術を用いて戦うタイプと言える。

私は筋力面などからそうなったが、陵亥の場合は恐らく家の教えだろう。

所々にあまり見たことがない構えや動きが混ざるから、きっと茜の門外不出の体捌きなのだと思う。

ともかくだからこそ、もしかしたら彼の方が志宇大佐よりも技自体は早く憶えることが出来るのかもしれない。

勿論それを実戦で使いこなすことが出来、尚且つそれなりの威力を持たせるようになるまでにはかなりの時間を要するだろうが。

ちなみに柳栄様は力と技、どちらにも秀でているので論外だ。


「……つまりお前、俺の練習相手になるとでも言いたいのか?」


「うん。さっきも言った通り年上の下官とやるのも少し居心地が悪いから。

それに陵亥にはさっきの窓の事で借りが出来た。できるならそれを返させて欲しい。駄目かな?」


「……ふん、ライバルを利用して踏み台にするというのもまあ、アリと言えばアリだな!」


つまりは了承ととって構わないのだろうか。

首を傾げるとそれを見ていたのか彼はキッと眉をよせ、こちらを指差した。


「明日、相手になってやる」


やはり了承だったらしい。


「うん、頼むね陵亥」


「……くそ、だからなめられると言ってるだろうが!」


「…………五月蠅いぞ、何を騒いでいる」


そこへ扉が開き新たに声が届いて、私達は背筋を伸ばした。

そこにはうんざりした顔の矜牙軍師が立っている。

どうやら気づかないうちに室の前まで来ていたようで、声が中にまで響いていたらしい。


「軍師。お邪魔をしてしまったようで、申し訳ありません」


「全くだ」


「も、申し訳ありません!」


肯定した軍師に固まっていた陵亥も慌てて頭を下げる。

それを見てため息を吐いた軍師は構わないから行っていいと陵亥に指示を出し、室の中へと入っていく。

陵亥に目で別れを告げつつ、私も急いでそれを追った。

陵亥とはきちんと朝の鍛錬の約束も出来たしいいだろう。今日送ってくれたことはその時に礼を言えばいい。

それよりまずは軍師に謝罪しなければ。


「遅れてしまい申し訳ありませんでした。

こちらが追加の木簡、そしてこちらが指示されました書物と、僭越ですが私が必要かと思い用意した資料です」


「そうか。……おい」


それぞれを説明しつつ横の卓に置いていると、軍師はそう声を上げた。

珍しい事につい顔を上げる。最近は何をしてもそうか、としか返されることは無かったから。


「はい、何でしょう?」


「お前、頭に葉がついているぞ」


「……!!」


しまった、木の枝の上を移動している時だ。

慌てて手を頭にやるが、困ったことにどこにあるのかさっぱり分からない。

陵亥が気づいてくれればよかったのに、まさかこんな馬鹿のような状態をよりにもよって軍師に見られることになるとは。もう立ち去った陵亥を恨んでも仕方がない事だとわかってはいるが。


「………頭の、ここだ」


矜牙軍師は呆れたように半眼で、筆の反対側で自身の頭を軽くつついた。

恐らくその位置に葉があるのだろう。最早恥ずかしさでやけくそ気味にそこに手を伸ばす。

カサリと微かな音がして―――あった。確かに、あった。

夏にふさわしく青々とした一枚の青葉。

普段なら何とも思わないが、今はとても恨めしい。

ついじっと睨むと、目の前に座る軍師は皮肉に唇の片端だけを持ち上げた。


「一体何をしていたのだか」


「……いえ、その、これは恐らく歩いている間についたのだと思われます」


「馬鹿を言え、今は夏だぞ。葉が自然に落ちる訳がないだろう」


「……」


その通りだ。


「……お恥ずかしい所をお見せいたしました」


「ふん、気を付けるんだな。それに最近は他の部署からの戻りも遅い。気が抜けてきたか?」


「いえそのような事は……!」


「どうだかな」


「………」


別にそんな訳はない。

そんな訳はないのだけれど、軍師から見ればそう感じるという事だ。

確かに最近は邪魔(・・)が入るせいで配達に少し時間をとられてしまっている。

そんなときに馬鹿のように頭に葉をつけて戻って来たのだ、どこかで休んだりしていたのかと疑われるのも無理はないことで。

ここで言い訳がましく何か言うのは間違いで、だから私は口を噤むしかない。

邪魔(・・)に対して苛立ちが芽生えるのも、きっと筋違いだ。元々そうさせる原因は私にあるのだろうから。


「以後、気をつけます」


「…………そうか。好きにしろ」


――それに、怒りで心を波立たせては駄目だ。

つねに平静として、自分を保って、我を忘れないよう努めなければ。

そうしなければ、醜い私が顔を出す。




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