「天狗岩」
「にしても、家の中には流石になさそうだから外にしよっかな。1時間後には夕日が綺麗になるだろうし。」
私は宿題の言い訳を探すための『宿題』に取り掛ろうと縁側を離れた。
玄関で靴を履いて扉の鍵を閉め、1歩大きく踏み出す。そしてひとりで散歩に行くことにワクワクした私は駆け出した。
この夏休みお世話になるうちのおばあちゃん家はまあまあ田舎なので少し道を行けば田んぼ道に出る。
あぜ道を走りながらふと思いついた。
「そうだ。少し遠いし山の上だけど、久しぶりにあの神社でも行ってみよう」
その神社には昔おじいちゃんと初詣に行ったことのある思い出の地でもうこの数年、足を運んでいない。
今らなもう覚えていない昔の記憶が蘇ってきそうな気がした私は一段とスピードを上げて走り続けた。
しばらく道を進んで神社に着き、やっとすべての階段を上がりきり、近くの木に背中を預け少し休んだ。
「はぁ…はぁ…。」
しばらく休憩し、参道を歩いていくとチリン。チリン。という音が聞こえてきた。
さっきのうちの風鈴とは違い金属でできていて、重厚感のある音だ。おばあちゃんによるとこの風鈴は地域の伝統工芸品らしい。
……豆知識はそこまでにしておいて、さっさと思い出さないと。
「うーん…あの時何したっけ…」
脳を絞るような勢いで思い出そうとする。
すると、1つのキーワードが浮かんだ。
「あ、猫。」
思い出した。あのころはここに猫がいた。
「猫か〜暑いから隠れちゃってるかな……」
辺りの茂みを探したが猫の気配はない。
「うーん。あっちの方を探してみよ……」
私は人気の少ない『天狗岩』の方へと向かった。
「たしかここの天狗岩はおじいちゃんがよく天狗が出るからって言ってきて私怖くて近寄ったことないんだよな〜まあ、危険な場所に入れたくなかったんだと思うけど」
温かい思い出とは裏腹に猫は私に姿を見せず冷たい。
「おーい、猫〜」
探していたその時、遠くから声が聞こえた。
「猫っ?!」
もう一度泣くかもしれないと黙って耳を済ましていると、あるものが聞こえてきた。
「ある夏の夕〜懐かしい陽だまりに憩う龍は言葉を刻む〜」
茂みの向こうの天狗岩の上に草履を履いた少女の足が見えた。その子が歌っているのだろう。
「万の時を経てもなお主を護り通す、と〜」
私は「天狗岩は危ないから」と声をかけたかったが、その美しい歌声に聴き惚れて身体がまるで金縛りにあったように動けなかった。
「時は流れ、龍は主の妖刀で〜今もその勇姿がまた現ることを待ち眠る〜」
しばらくすると歌は止まった。
正直もっと聞きたかったが岩の先端に立つのは流石に危ないので区切りがいいところに声をかけようと茂みを出る。
「あの〜」
茂みを出ると、そこには誰もいなかった。
周りを見渡すも、人の気配はない。
「え……?!まさか今の幻聴……!?調子悪いのかな……一応もう帰ろ……」
自分の体を気遣うため帰ることにした。
宿題のことを考えるとさっきまでのワクワクが嘘みたいだ。けれどこればっかりは仕方がないか。体調不良も言い訳になるかな。と考えながら帰路につく。
あの風鈴の重い音色が今日も時を流してゆく。




