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第七章:新校舎基礎部新規水平変位発覚および全工程凍結措置

【起案日】 令和〇+一年 一一月二八日

【宛 先】 市教育委員会 施設管理課長 鶴見昭宏 殿

【差出人】 市役所 都市整備部 施設課 神林洋平(※文責:見晴台中学校 理科教諭 御子柴哲)

【件 名】 【極秘】新校舎建設予定地における基礎部コンクリート打設完了、および新規水平変位事案発覚に伴う全工程一時凍結の緊急具申

【要 旨】

見晴台中学校グラウンド南側(非移動安全地帯)にて実施中の緊急防災拠点整備事業(新校舎建設工事)において、先週末、第一期工程である「ベタ基礎コンクリート打設」が完了した。

しかしながら、本校理科教諭・御子柴によるレーザー定点測量の結果、当該基礎コンクリートの硬化確認直後より、新校舎基礎部が「旧校舎と全く同一のベクトルおよび速度(北側崖方向へ日差一・〇〇センチメートル)」にて水平スライドを開始したという、工学的かつ物理学的に破綻した事実が確認された。

本現象は、数十億円の国庫補助金を投じた新公共施設が、完成する前に自ら崖へ向かって移動し始めたことを意味する。現在、施工元ゼネコンに対しては「次世代型高強度コンクリートの特殊養生期間」と虚偽の申告を行い、すべての躯体工事を一時停止させている。

本件が公に発覚した場合、関係者一同の行政的、社会的生命の終焉は免れない。直ちに権藤校長を含めた極秘の緊急対策会議の招集を要求する。各位におかれては、最大限の胃薬を持参されたい。


【添付資料:校舎基礎部変位観測記録】

・旧校舎観測日数:五六八日

・旧校舎累積移動距離:五六八・〇〇センチメートル

・新校舎基礎観測日数:三日

・新校舎基礎累積移動距離:三・〇〇センチメートル

「……旧校舎が五百六十八日で五百六十八センチ。新校舎の基礎が三日で三センチ。同じ数字を二回並べるなという俺の再三の抗議は、すでに形骸化しているようだな」


十一月下旬。すっかり底冷えのする市役所一階、都市整備部のフロア。施設課の神林洋平は、デスクに置かれたFAX用紙を眺めながら、もはや怒鳴る気力すら失い、乾いた笑い声を漏らしていた。受話器の向こうからは、見晴台中学校の理科教師・御子柴哲の、相変わらず絶対零度の声が聞こえてくる。


『日々のルーティンに感情を挟むのは非効率だ。観測対象が二つに増えた以上、完全な同期現象を示すエビデンスとして、この美しい比例関係を記載しない手はない』


「美しい比例関係じゃねえよ。これは地獄へのカウントダウンだぞ」神林は引き出しから、すっかりパッケージが擦り切れたガスター10のシートを取り出した。指先で押し出した錠剤を白湯で流し込む。彼の胃粘膜は、連日のゼネコンとの調整と、ありもしない「特殊養生期間」という虚偽説明の重圧によって、荒野のようにひび割れていた。


「いいか、御子柴。俺はな、お前の『グラウンドの南側は岩盤が違っていてミリ単位のズレもない安全地帯だ』というお墨付きを信じたんだ。だからこそ、杭打ち(パイル)工事を省略してベタ基礎を直接打つという、ジャンカの恐怖に震え上がるような突貫工事のスケジュールを議会に通した。デザインビルド方式なんていう劇薬を使ってまでな」


『ああ。私の予測モデルが甘かったことは、科学者として素直に認めよう』御子柴はあっさりと自らの非を認めた。しかし、その声には一片の動揺も、謝罪の響きも含まれていない。


「認めて済むか! 数十億の国庫補助金を突っ込んだ新校舎の基礎が、コンクリートが固まった途端に崖に向かって歩き出したんだぞ! お前、自分が何をしでかしたかわかってるのか! ゼネコンの現場監督が『なんでいつまで経っても次のPCa部材を組ませてくれないんだ!』って、毎日俺の首を絞める夢を見るんだよ!」


『夢で首を絞められるうちはまだ生きている証拠だ。バレれば現実で首が飛ぶ』御子柴は淡々と事実を突きつけた。『今日の午後、校長室で緊急対策会議を開く。鶴見さんを引っ張ってこい。言い訳のロジックは私が構築する』


ツーツーと切れた電話を見つめ、神林は深く、重いため息をついた。異常事態が発覚してからの五百六十八日間、彼らは数々の不条理を実務の力技でねじ伏せてきた。だが、今回のバグは桁が違う。物理法則の崩壊が、ついに彼らの「希望(新校舎)」までも侵食し始めたのだ。


   *


その頃、見晴台中学校の理科準備室では、御子柴哲が冷え切ったコーヒーをすすりながら、パソコンのモニターと睨み合っていた。


旧校舎の崖までの残距離、十五・五七メートル。行政上の死(崖の手前三メートルライン突破)まで、残り一千二百五十七日。約三年半。


タイムリミットは確実に迫っている。それなのに、逃げ込むための「箱」を作る作業が、根本的なバグによって停止してしまった。


「御子柴先生! ちょっとどういうことですか!」引き戸が乱暴に開けられ、ジャージ姿の体育教師・大門が足音を荒立てて踏み込んできた。その背後には、厚手のカーディガンを羽織った学年主任の長谷川も腕を組んで立っている。


「グラウンドの南側の工事、先週末からピタリと止まってるじゃないですか! 重機も動いてないし、作業員もタバコ吸って休んでるだけだ。ただでさえグラウンドが半分潰れて持久走のタイム測定に支障が出てるのに、工事が遅れたらどう責任取ってくれるんですか!」


大門の怒鳴り声に、長谷川も「そうですよ」と同調してきた。「騒音がなくなったのは助かりますけど、スケジュール通りに新校舎が建たないと、来年の新入生向け学校説明会で保護者にアピールできませんよ。グラウンドに並べたあの汚いバイオトイレの列を見せろって言うんですか? 市役所との調整窓口は御子柴先生なんでしょう? ちゃんと業者のお尻を叩いてくださいな」


発覚から一年半。かつては「新しいバイオテクノロジーだ」と面白がっていた生徒たちも、冬の寒空の下に置かれたバイオ仮設トイレ群にはすっかり見慣れ、外壁の一部には雨風によるサビや汚れが目立ち始めている。五メートル以上伸びた渡り廊下の金属音も、今やただの日常の環境音だ。教員たちは異常事態に完全に「慣れ」、それを前提とした上で、今度は「工事の遅れ」という新たな不満をぶつけてきている。人間の適応能力と身勝手さには、御子柴も呆れるほかなかった。


御子柴は、モニターから目を離さずに、極めて適当かつ、もっともらしい皮肉を込めて返答した。


「大門先生、長谷川先生。ご懸念は理解しますが、工事が遅れているわけではありません。これは『高度な品質管理』の一環です」「品質管理?」大門が怪訝な顔をする。


「ええ。今回の新校舎のベタ基礎には、市役所の肝煎りで最新の次世代型高強度コンクリートが採用されています。この特殊コンクリートは、打設後に一定期間、極めて静かな環境で『熟成エージング』させる必要があるのです。ワインや高級チーズと同じですよ。微細な重機の振動すら、分子結合を阻害しクラックの原因になります」


御子柴は、さも学術的な事実であるかのように、淡々と嘘を並べ立てた。「現在、ゼネコンには作業を止めさせ、コンクリートにモーツァルトの『レクイエム』を聞かせて、分子構造を安定させている最中なのです」


「モーツァルト……? コンクリートに?」長谷川がポカンと口を開けた。


「最新の土木工学トレンドです。大門先生、筋肉も休息日(超回復)を与えなければ強くならないでしょう? コンクリートも同じです。無理に重機を動かしてストレスを与えれば、脆い校舎が建ってしまいます。体育教師であるあなたなら、その理屈は直感的に理解できるはずですが」


「そ、そうか……超回復か。なら仕方ないな。おい、生徒たちにもグラウンドの南側では大声を出さないように指導しておくぞ!」大門は完全に納得し(あるいは騙され)、ポンと手を打って理科準備室を出ていった。長谷川も「モーツァルトねぇ……最近の公共事業はよくわからないわ」と首をひねりながら去っていく。


御子柴は小さく息を吐き、椅子に深く背中を預けた。白衣の下で、胃の奥がギリギリと捻り上げられるのを感じる。御子柴は椅子に深く背を預け、天井を仰いだ。モーツァルトのレクイエム——死者のためのミサ曲だ。今捧げるべき相手は、自分の科学的プライドをおいて他にない。


彼は引き出しを開け、第一三共胃腸薬の瓶から錠剤を三粒取り出し、水も飲まずにボリボリと噛み砕いた。苦い味が舌の上に広がる。権藤校長は「特命全権」という名目で、これらすべての学内調整と教員からのヘイト管理を御子柴に丸投げしている。事無かれ主義の校長と島田教頭は、校長室に引きこもって「御子柴くんに任せてあるから」と繰り返すだけの自動音声防衛システムと化していた。


「神林の到着が待ち遠しいな。絶望の分かち合いといこう」御子柴は仏頂面のまま、午後の緊急会議に向けた「観測データ」の整理作業に戻った。


   *


同日午後。見晴台中学校の校長室は、重苦しい沈黙と、濃密な絶望のオーラに完全に支配されていた。


革張りのソファの中央で、市役所施設課の神林洋平は、両手で顔を覆いながら「あは、あはははは……」と、ぶっ壊れた機械のような乾いた笑い声を漏らしていた。その対面では、教育委員会の鶴見昭宏課長が、高級な銀縁眼鏡をズラしたまま、虚空を見つめて念仏のようにブツブツと呟いている。


「数十億……国交省と文科省の緊急防災拠点整備の補助金、数十億……それが、完成する前に崖に向かって歩き出した……? 前例がない……建ちかけの公共施設が夜逃げするなどという前例は、日本の建築行政史上に存在しない……!」


鶴見の顔面は、土気色を通り越して美しい青白色に発光しているようにも見えた。隣に座る権藤校長は、現実を完全にシャットダウンしたのか、出された日本茶の湯呑みを両手で包み込んだまま微動だにしない。島田教頭に至っては、先ほどから過呼吸気味に紙袋に口を当てて「ヒュー、ヒュー」と音を立てている。


大の大人が四人揃って、完全な機能不全パニックに陥っていた。


そんな地獄のような空間の窓際で、ただ一人、白衣姿の御子柴哲だけが、腕を組んで冷徹に事態を俯瞰していた。彼はいつも通りの仏頂面で、窓の外――グラウンドの南側に広がる、巨大な真新しいコンクリートの平原(新校舎のベタ基礎)を見下ろしていた。


「……神林、鶴見さん。現実逃避の時間は終わりだ。脳のキャッシュをクリアして再起動しろ。状況を整理するぞ」御子柴の容赦のない冷たい声が、校長室に響き渡った。


神林が、バネで弾かれたように立ち上がり、御子柴の胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。「整理だと!? お前、ふざけるなよ! お前のお墨付きがあったから、俺は鶴見課長を脅迫して、杭打ちなしのベタ基礎で設計変更のハンコを押させたんだぞ! 工期を短縮するために、ゼネコンの連中が徹夜で数千トンの生コンを流し込んで、それが固まった瞬間だぞ!? なんで新校舎まで、旧校舎とピッタリ足並み揃えて一日一センチ動き出してんだよ!! なかよしか!!」


「落ち着け、神林。血圧が上がって血管が破れるぞ。ほら、胃薬だ。」御子柴は、神林の肩をポンと叩いて無理やりソファに座らせながら、互いの胃薬を無言でトレードした。


「お前の怒りはもっともだ。だが、私の観測データに嘘はなかった。基礎コンクリートを打設する直前まで、あの場所の岩盤はミリ単位のズレもなかったんだ」


「じゃあ、なんで動いたんだよ!」「そこだ」御子柴は、白衣のポケットからレーザー変位計の出力データを取り出し、ガラステーブルの中央に叩きつけた。


「いいか、よく聞け。新校舎の建設予定地の岩盤は動いていない。周囲のグラウンドの土も動いていない。ゼネコンが置いていった仮設のプレハブ小屋も、茂木さんが設置した大型バイオトイレ群も、完全に静止している」御子柴は、集まった大人たちの顔を一人ずつ見据えた。「動いているのは、『旧校舎』と『新校舎の基礎コンクリート』だけだ。地面を滑るように、全く同じ方向、同じ速度で、崖に向かってスライドし始めたんだ」


「ひっ……!」島田教頭が紙袋を手放し、悲鳴を上げた。「や、やっぱり呪いだ! この山には何か恐ろしい地縛霊がいて、新校舎にも呪いが伝染したんだ!」「お黙りを島田教頭。非論理的なオカルトを口にしないで頂きたい。地縛霊なら時速四キロくらいで走ってみせろと言いたい」御子柴は即座に一刀両断した。


「だが御子柴くん! 物理的に説明がつかないじゃないか!」鶴見課長が、震える手で眼鏡を掛け直しながら叫んだ。「昨日まで動いていなかった場所だぞ! そこにコンクリートを流し込んだだけで、なぜ突然動き出す! まるで……まるで、そのコンクリートの塊が『自分が校舎の一部になった』と自覚して、旧校舎の後を追いかけ始めたみたいじゃないか!」


「……」御子柴は、鶴見のその言葉を聞いて、ピタリと動きを止めた。仏頂面の奥で、冷徹な論理回路が猛烈な勢いで回転し始める。


「おい、御子柴? どうした」神林が怪訝そうな顔をする。


「……鶴見さん、今、なんと言いましたか?」「えっ? いや、だから、コンクリートが『自分が校舎になった』と自覚して……」「それだ」


御子柴は、バンッと両手を打ち合わせた。「物理学で説明がつかないなら、別のレイヤー(次元)の法則が働いていると仮定するしかない。岩盤の流動でも、質量の問題でもない。トリガー(引き金)は別のところにある」


御子柴はホワイトボードの前に歩み寄り、黒いマーカーで「旧校舎」と「新校舎の基礎」、そして「バイオトイレ」と「プレハブ小屋」の図を書き殴った。


「動いているものと、動いていないものの差分(違い)は何だ? 質量か? いや、プレハブ小屋より軽い渡り廊下の鉄骨は、旧校舎と一緒に引っ張られている。では、基礎が地面に固定されているか否かか? いや、バイオトイレは地面に固定されているが動いていない」


御子柴はマーカーで、二つの「動いているもの」を丸で囲んだ。「動いているのは、『旧校舎』と『新校舎の基礎』だけだ。この二つに共通していて、他のものにはない絶対的な属性プロパティがある」


神林と鶴見は顔を見合わせた。「……なんだ、それは」


「『法律上の定義』だ」御子柴は、冷たく言い放った。「いいか、思い出してみろ神林。お前は新校舎を建設するにあたって、役所に建築確認申請を出し、この構造物を何として登録した?」


「何って……そりゃあ、『市立見晴台中学校・新校舎』としてに決まってるだろ。文部科学省の規定に則った、学校教育法第一条で定められた学校の施設として……」


神林の言葉が、途中で止まった。彼の優秀な行政マンとしての脳細胞が、御子柴の言わんとしている狂気のロジックに追いついてしまったのだ。


「ま、まさか……お前……」神林は、ガタガタと震え始めた。「国交省や法務局のデータベース上で、『学校』というフラグが立っているから、動いているって言うのか……?」


「その暴論以外に、この事象を説明できるロジックが存在しない」御子柴は、無表情のまま頷いた。「グラウンドの土は動かない。バイオトイレも動かない。ゼネコンのプレハブも動かない。なぜなら、それらは法律上『学校の校舎』として登記されていないからだ!」


御子柴はホワイトボードをトントンと叩いた。「旧校舎は『中学校』だから動いている。そして新校舎の基礎も、お前たちが『中学校の新校舎』として役所のデータベースに登録し、コンクリートを打設して形を成した瞬間に、社会というシステムから 『あ、俺も学校になったんだな』 と認識され、この土地のバグ(移動の法則)に巻き込まれたんだ!」


「……バ、バカな」鶴見課長が、力なく首を振った。「法律上の定義が、物理法則に干渉するだと? お役所の書類のハンコ一つで、数千トンのコンクリートが動いているとでも言うのか!? そんなふざけた話があるか!!」


「ふざけているのはこの土地のバグのほうだ、鶴見さん。量子力学における『観測者効果』の社会規模バージョンだとでも思えばいい。何千人という市民や行政が『ここは学校だ』と観測(認識)しているからこそ、その概念にバグが紐付いているんだ」御子柴は冷酷に告げた。「だが、我々にとって重要なのは『原因』ではない。このバグの『仕様』が判明したという事実だ。もしこの仮説が正しいとすれば、解決策はたった一つしかない」


「……用途変更、か」神林が、呻くように言った。市役所施設課の彼には、御子柴の意図が痛いほどよくわかっていた。


そこへ、校長室のドアをノックする音が響いた。「失礼しまーす。校長先生、ちょっとよろしいですか?」


呑気な声と共に現れたのは、作業着姿の校務技術員、茂木健吉だった。彼は手に分厚いカタログを持ち、なぜか満面の笑みを浮かべていた。


「いやあ、御子柴先生から『新校舎も動いてるみたいだ』って聞きましてね! びっくりしましたよ。せっかく建ててるのに、また崖に向かって動いちゃうなんて!」茂木は、この部屋の絶望的な空気など全く意に介していない様子で、権藤校長の机にカタログを広げた。


「でも安心してください! 新校舎も動くってことは、完成した暁には、グラウンドや体育館との間にまた隙間ができるってことですよね? そこで私、鉄工所の親父と相談して、今度は『二十メートル伸びる超大型スライド式渡り廊下・改』の設計図を引いてみたんです! グリスの自動注入機能付きですよ! どうです、これなら二十年は戦えます!」


「も、茂木さん……君は、なぜそんなに嬉しそうなんだ……?」権藤校長が、震える声で尋ねた。


「え? いやぁ、だって、また私の魔改造の腕の見せ所じゃないですか! 生徒たちも『茂木さん、次はどんなメカ作るの?』って楽しみにしてくれてるんですよ。私、定年までこの学校のインフラを守り抜く覚悟ですから!」茂木は胸を張り、眩しいほどの笑顔を見せた。彼にとって、校舎が動くことはもはや「絶望」ではなく、自らの技術力を試される「最高のエンターテインメント」へと昇華されていたのだ。


その圧倒的なポジティブさと、ズレまくった実務能力を前に、神林と鶴見は完全に毒気を抜かれ、ソファに崩れ落ちた。


「……なぁ、御子柴」神林が、天井を見上げながら力なく呟いた。「俺、もうどうにでもなれって気がしてきたよ。数千トンのコンクリートが動くより、茂木さんのこの適応能力の方がよっぽどホラーだわ」


「そう言うな。茂木さんのこの熱意は、我々の防衛戦の最大の武器だ」御子柴は、手元にあった書類の束を神林の胸に押し付けた。


「さあ、腹を括れ神林。そして鶴見さん。生徒の命と、数十億の税金を無駄にしないために……市役所の登記システムをハッキング(書類改ざん)する、狂気の徹夜作業の始まりだ」


大人たちの大真面目で不条理な戦いは、物理的な土木工事から、ついに「行政の書類」という最終兵器を用いた、禁断のフェーズへと突入しようとしていた。

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