第72話 守られない順番
廊下の空気が、わずかに重い。
扉を出た瞬間に分かる。
さっきまでの会議の言葉が、まだ壁に残っている。
命令か、順番か。
どちらでもない場所で、人はどう動くのか。
私は歩きながら、窓の外を見た。
王都は変わらず速い。
だが、ほんの少しだけ――噛み合っていない。
(もう始まっている)
「……見に行きますか」
横に並んだミレイアが、小さく言った。
「ええ」
私は頷く。
「今の王都を」
中央庁舎を出ると、すぐに人の流れに飲まれる。
役人。
兵。
商人。
全員が急いでいる。
だが、進んでいない。
交差点で、馬車が止まっていた。
「順番だ!」
「いや、こっちが先だ!」
御者同士が言い争っている。
一方は通行証を振りかざし、もう一方は役人の印章を掲げる。
どちらも正しい。
だから――動かない。
後ろには列ができていた。
だが誰も並ばない。
押し合い、抜け道を探し、声を上げる。
順番がない。
命令もない。
ただ、速さだけがある。
(……止まっている)
ミレイアが、息を呑んだ。
「これ……」
「ええ」
私は静かに言う。
「順番がないと、速さは止まる」
その時、兵が来た。
「どけ! 優先通行だ!」
一台の馬車が、強引に前へ出る。
列が崩れる。
後ろから怒号が上がる。
「何でだ!」
「順番は!?」
「命令だ!」
兵はそれだけ言った。
沈黙。
そして人が動く。
押し出されるように。
誰も納得していない。
だが従う。
それが――命令の順番。
私は、その光景をしばらく見ていた。
焚き火はない。
誰も順番を守ろうとしていない。
ただ、指示に従うか、押し通すか。
その二つしかない。
「……疲れますね」
ミレイアが呟く。
「ええ」
私は頷く。
「守る理由がないから」
順番は、守る理由があるから続く。
命令は、理由が外にある。
だから切れる。
私たちはさらに歩く。
市場に出ると、別の混乱があった。
配給所の前に人が集まっている。
紙を持った人々。
番号。
国家制度番号。
「順番通りに並んでください!」
役人が叫ぶ。
だが誰も動かない。
「俺の番号は先だ!」
「でも並んでたのは俺だ!」
声がぶつかる。
番号と順番が、ぶつかっている。
そして――
どちらも守られていない。
役人が焦っている。
紙を見て、
人を見て、
決められない。
なぜなら。
順番は紙に書かれていない。
番号は人を見ていない。
ミレイアが、私の袖を掴んだ。
「どうすれば……」
私は一歩前に出た。
「一度止めて」
役人がこちらを見る。
「止める?」
「ええ」
「配給を?」
「全部」
ざわめき。
「そんなことできるか!」
誰かが叫ぶ。
「できません」
私は静かに言った。
「だから崩れている」
沈黙。
私は焚き火の代わりに、石畳を指した。
「並んでください」
「どっちに!?」
「来た順番に」
人々が動く。
戸惑いながら。
だが――少しずつ。
列ができる。
完全ではない。
だが形になる。
役人が呆然とする。
「番号は……?」
「後でいい」
私は言った。
「まず順番」
配給が再開される。
遅い。
だが動く。
誰も押さない。
誰も叫ばない。
ただ、順番に進む。
ミレイアが、小さく息を吐いた。
「……動きました」
「ええ」
私は火のない空間を見た。
ここには焚き火はない。
だが――
順番は作れる。
その時。
「興味深い」
後ろから声がした。
振り向く。
アルヴェリックだった。
いつから見ていたのか分からない。
「命令を止めた」
「ええ」
「番号を無視した」
「ええ」
「それで動いた」
「ええ」
彼は少しだけ笑った。
「非効率だ」
「知っています」
「だが崩れない」
「ええ」
沈黙。
彼は列を見ている。
人が並び、物資を受け取り、去る。
遅い。
だが続く。
「国家では無理です」
彼が言う。
「この規模なら可能だが」
「でしょうね」
「国家は待てない」
「知っています」
私は彼を見た。
「だから壊れます」
彼は否定しなかった。
ただ、静かに言った。
「ではどうする」
私は答えなかった。
まだ、その段階ではない。
順番は作れる。
だが――
国家の中で守れるかは別だ。
アルヴェリックは、最後に一言だけ言った。
「明日の会議で聞きます」
そして去った。
ミレイアが不安そうに言う。
「どう答えるんですか」
私は列を見た。
人が並び、動き、戻っていく。
順番。
小さい。
だが確かにある。
「……まだ考えていない」
正確には、答えはある。
だが――
言葉にすれば、戦いになる。
王都は速い。
順番は遅い。
そのどちらを選ぶか。
明日、決まる。
私は空を見上げた。
焚き火のない都。
その中で、
順番がどこまで残るのか。
答えは、まだ出ていない。
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