虚構の王国
冒頭、ちょっぴりグロ注意です(/・ω・)/
大きな交差点では、醜怪極まりない堕天使が顕現していた。
堕天使ロレイ。別名レライエ。人骨をデタラメに組み合わせて作られた大百足の姿をしている。大腿骨やあばら骨で形作られた歪な足が、動くたびにガシャガチャと不快な音を立てる。
この骸骨百足の向かうところ、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。だが、ロレイが直接人間を襲うのではない。
「ご……が……」
犬の散歩中だった老人は首から下がドロドロに溶けて、残された頭だけが呻き声を上げている。
「た、たすけ……」
ベビーカーを押していた主婦は、足が腐り落ちて這いずり回っていた。
一方で、リードに繋がれた飼い犬やベビーカーの赤子には傷1つない。
ロレイの魔術は“腐敗”。近づくだけで周囲のものを腐らせる害悪極まる代物である。だがその悪性は一律でなく、犠牲者の「魂の汚れ具合」によって異なる。世俗を積み重ね、嘘や危害に慣れた人間ほど急速に腐り落ちる。反対に、本能のみで理屈や打算のない動物や赤子には無害だった。
そして、運悪く居合わせた契約者が1人。
「な、なんだってんだよ?」
宝家要。ストラスの契約者。毒蜂を召喚する魔術を持つ。過日他の契約者とネットを通じて連絡を取り合い、悪事を働いていた者である。が、最終的には仲間割れを起こし、戦利品を独り占めにしていた。
ロレイの多脚が気味悪い音を立てて忙しなく動きだす。要に突撃した。
「ままま、まさか、堕天使本体?」
ウエストポーチの口を開き、蜂を解き放つ。かつて仲間を刺殺した蜂の群れ。が、今回ばかりは相手が悪かった。
ロレイの腐敗は彼を中心に同心円状に、無差別に効力を発揮する。毒蜂が殺到するよりも速く――先に辿り着けたところで、骸骨の塊に毒など通じなかっただろうが――腐敗の射程圏内まで踏み込まれてしまった。
金を奪い、仲間を殺すことに何らの呵責もない「性根の腐った」要である。見る間に全身が溶け始め、数秒でスライム状になってしまった。
* * * * *
懐かしき古代イスラエル王国に似てはいるが、よく見れば細部はまるで違う。例えば当時数多くあった露店は、この世界にもある。だが道端に籠を並べているだけで、肝心の売り物がない。売り人もいない。火と雷に隠れがちだが、渇いた風も砂埃もない。この世界には、実感と経験が決定的に不足していた。
記憶から想起された世界と言うよりも、記号で造られた世界。
仮初の世界。住人は仮初の命を得た堕天使。実体のない悪霊。対峙するソロモン王も、この世に存在しないはずの人間。
「なんという虚構の世界……」
イデアは我知らず呟いた。
そして、この世界には“古代イスラエル期の人間”が存在していない。いるのは、供物として取り残された現在人のみ。つまり、「人間の存在していない世界」。
「どこを切り取っても、嫌な予感しかしませんわね……」
* * * * *
「やっぱり諦めてくれないか」
蓮はバックミラー越しに、ハアゲンティの姿を確認する。
「む……かなり前方に骸骨の蛇のような怪物が視えるな」
詠が新たな脅威を予知した。
「デカラビア、コレで頼む」
指を5本立てて見せた。
『序列14位のロレイですぜ、ダンナ。精神の腐敗に応じて腐食させるガスを常に身に纏っておる。近づくだけで腐り落ちるであるぞ』
「げっ。距離とガスを防ぐ方法は?」
思わず想像して、顔を青くする。
『魔力がない今の状況では、およそ20メートルといったところであるな。範囲に入ってしまえば息を止めても、金庫に籠っても浸透する。無論、車の中でもな』
「20メートル……東大寺の大仏ぐらいか?」
距離を想像するが、いまいち想像がしづらい。
『余のように純真無垢で邪心が無ければ無害であるが。動物か、無菌室で誰とも会わず、何も食わずに生きてきたような輩でない限り無理であろうな』
厳しい裁定だった。
「無茶言うな。あと大ボラで脅迫してきたヒトデが純真無垢判定は許さん」
『ちなみに陰キャで粘着質の非モテ男である。辛党。趣味はスポーツの観戦』
「お前の情報って、脱線具合では他の追随を許さないな」
ハアゲンティの姿も徐々に近づいてくる。
「前門の骸骨、後門の羽牛か」
『シュー……』
ロレイは車の気配に気付いていた。迎撃をするように、道を長い胴体で塞ぐ。
「うわ、違法駐車だ。通れる幅がない」
「上へ参ります」
詠はエレベーターガールのようなアクセントで言うと、アンカーを射出し、側面の柱に絡めた。壁面に車輪をかけ、速度を上げる。教会の壁を垂直に走った。
壁に取り付き、這い上がろうとするロレイ。詠がパネルを操作すると、バンパーの下から液体が発射された。顔面に浴びたロレイが悲鳴を上げて動きを止める。
「ボディスの毒だ。大して効かないだろうが、時間稼ぎぐらいにはなる」
ロレイの有効距離20メートルを躱し、2階の屋根まで駆け上がる。そのまま屋根から屋根へ飛び移った。
「ここは、何度も予知した場面だ」
「終わりが近いからな」という後半の言葉は口にしなかった。古代イスラエル期の家屋は屋根が平面なので、どうにか車で走行できた。
『やるじゃねーか!』
後門の羽牛が追い付いた。鋼鉄の円錐を立て続けに発射する。狭い屋根の上ではかわし切れず、後部座席に何本も突き刺さった。しかも、屋根の下では立て直したロレイが追跡を始めている。“腐敗”の圏内に入り、ドアが腐り始める。
「子どもの頃、“道路の白線の上を歩いて、踏み外したら罰ゲーム”という遊びをしたのを思い出すな、親友」
円錐が車体をかすめ、フロントガラスに亀裂が入った。
「白線ねえ。生死の境でサーカスしてる状況で呑気だな」
事実、詠はアティルト界に入って以来上機嫌だった。身体もいつになく調子が良い。それが、燃え尽きる前のロウソクと同じであることは本人が誰よりも理解していた。
宝家要⇒ようほうか(養蜂家)でした(/・ω・)/
蜂を使ってるので(/・ω・)/




