Phase.8 プレイバック・イン・ニャーヨーク
ジェフリー・ブライドは、ついに逮捕された。だが、新聞に載った功労者はスクワーロウではない。シルバークローのレオン捜査官だ。それでも私に異存はない。何しろあの瞬間、はからずもキッズの頃、胸を熱くした映画の登場人物になってしまったからだ。ハードボイルドにだって、渋くキメてなんていられない日だってある。
「スクワーロウさん、例のお知らせ来ましたよ♪」
クレアが上機嫌で、私にそれを持ってきたのは、ベガスに年の瀬迫る頃だ。届いたのは試写会のVIPチケットである。
「早いな…」
私は、すっかり冬になった陽射しに招待状を透かし見た。主演にシルバークロー、そして脚本を担当しているのは、娘のアイリーンだ。ごくささやかな費用で撮影されたこの短い映画は小劇場で公開されるささやかなものだが、なんと、シルバークローがノーヅラで出演していると言う。
「パパの夢を叶えてあげたかったの」
実はヅラを被る以前、シルバークローは一本だけ、ある映画に出演しているのだそうな。この作品はソフト化すらされていない幻の作品だが、お蔵入りの理由は明快だ。つまり、売り出したハードガイの路線に合わないから。シルバークロー自身が監督・演出・脚本を務め、どうにか映像化に漕ぎつけた最初の作品は、実にクラシックなラブストーリーだった。
「一度だけでいい。一度でいいから、元のキャラに戻りたかったんだ」
と、シルバークローは私に、恥ずかしそうに告白したが、実の娘とのリメイクだ。何十年も演じたハードガイの仮面をかなぐりすてて、リラックスした演技をするシルバークローは、幸せそうではあった。
「う~ん、しかしハードガイのファンの私としては、キッズの頃の夢を崩されたくないのだがなあ」
「いいじゃないですか、もじゃもじゃじゃなくても。スクワーロウさんは?ハードボイルドしたくないときってないんですか?」
「ないよ。大体、ハードボイルドしたくないときってなんだね?言葉づかいに気をつけ給え。ハードボイルドは、生き方なんだぞ、クレア」
このスクワーロウがハードボイルドじゃないときが、あってたまるか。
「それよりなんか複雑な気分なんだ。ノーヅラのシルバークロー、観たいような、観たくないような…」
「だって上映パーティですよ♪おめかしして、行きましょうよスクワーロウさん」
けっ、恋愛映画なんて。そう思ったが、ファンとしては観ずにはいられない。私のような考えのファンが意外に多かったのか、低予算で制作されたこのショートムービーは、誰もが予想しなかった快進撃を起こすことになる。ノーヅラのシルバークローにも、人生の新しい一ページはちゃんと用意されていたわけだ。
やれやれ、人生なんてどこで、どうやって転ぶか、分かったもんじゃない。