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第10話・バーと姉御


「ほんとにここか….?」


俺がついそう声を漏らしてしまうのも無理はない。

なにしろ、鍛冶屋だと言われて来た場所が、入口の看板は、「BAR」の文字としか読むことができなかったからだ。


慌てて俺は周りを見渡す。

夕暮れ時の薄暗闇の中、あちらこちらにネオンサインらしきものが見える。

周りは中世ヨーロッパ的な街並みなのに、ここだけ現代の繁華街みたいだ。どうやらこの通りは、トゥンク随一の夜の街のようだ。


「ザグラスさんは信用したいですけど….、本当にここなんでしょうか?周りもバーばっかですし….。」


カエデも疑問の声をあげる。


いつまでも入口前で止まっているわけにはいかないな。当たって砕けろだ。


そう決心した俺は、まだ営業は始まっていないらしいそのバーの中へ、俺はカエデとともにいざ踏み込んでいった。




---------------------




カランコロン。


軽やかな音を立てながらドアが開く。


落ち着いた雰囲気の照明。


カウンターの脇の酒のボトル。


戸棚に並べられた、磨き込まれたグラス。


どうひねくれた考え方をしてみても、バーにしか見えない。


広くはないその店内をしばらく見渡していると、カウンターの奥から女性の声が聞こえて来た。


「すまんね、まだ開店前なんだ。もう少し経ったら開くから、出直してくれんかい?」


声とともに現れた女性は、黒色の服で、ギルド長のザグラスさんと同じくらいの年齢の、ママというより、姉御と呼びたくなるような勝気な風貌であった。


「いや、お酒を飲みに来たんじゃないんですけど….。」


「じゃあなんだい?冷やかしなら帰っておくれ!」


そう言ってキッと俺の方を睨んでくるその姉御。


「いや、用事があるんですが….。これを見てください。」


「まどろっこしい!とっとと言葉で用件を話してくれればいいのに!」


プリプリ怒る姉御の勢いに圧倒されつつも、ザグラスさんの紹介状を渡す俺。


ザグラスさんが言ってた独特の性格って、こういうことなのかな?


俺がそう考えている間に、どうやら姉御は紹介状に目を通し終えたらしい。


大きなため息を一つ吐く姉御。


そしておもむろにポケットからタバコを取り出す。


小火(トーチ)。」


魔法でタバコに火を点けた姉御は、紫煙をくゆらす。


たっぷり無言の時間が流れたあと、姉御が唐突に話し始める。


「….素材を見せてみ。」


「….は?」


俺は思わず間の抜けた返事を返してしまう。


「だから、素材を見せてくれって言ってるじゃない!君は私にのされたいわけ!?」


「は、はい!!今すぐ!」


迫力に負け、ついつい返事が敬語になってしまった。

というかカエデ。俺の袖を握るのはやめなさい。俺だって正直怖い。転生前はただのしがないエンジニアだったから、こんなことに縁はない。


カバンの中とカエデの腕とに悪戦苦闘しつつも、慌てて俺は炎龍石と大量のマグナ岩の欠片を渡す。


タバコを口に咥えながら、それらをひったくるようにして受け取ると、姉御はまた無言モードに入った。


冷や汗を背中に感じながら、無言モードの姉御をチラチラ見る。

こころなしか、その顔には感嘆と喜びの色があるように俺には感じた。


無限に続くように思われた無言モードが突然切れて、またボソッと姉御が言う。


「….3日後。」


「へ?」


学習もせずまた間の抜けた声で返す俺。

やばい、やっちまった。


怒鳴り声を覚悟して目をつぶって待っていたが、いつまでたってもとんでこない。


恐る恐る目をあけると、そこにはここに来てから始めて見た柔和な顔を姉御はしていた。


「3日後。3日後にまたここにきな。その時までにいいものつくっといてやるから。….何をそんなとぼけた顔をしているんだい?」


「いや、また、その….。というか、お代はいくらですか?」


しどろもどろになりながらもなんとか聞くべきことを聞く俺。

よくわからないが、とりあえず危機は脱したらしい。


「お代なんていらないよ。あのザグラスの紹介だからね。」


その言葉に引っかかりを覚えた俺は慎重に尋ねる。


「失礼を承知でお聞きしたいのですが、あなたとザグラスさんはどういった関係で….?」


「まあ、顔見知りって感じ。….あぁ、名乗るのが遅れたね。私はミラン。このバーのマスター兼鍛治師。それじゃ、また3日後に。すぐに取り掛かるから、ほら、早く出ていった出ていった!」


明らかにそれ以上の何かがある。

そう直感した俺だったが、とても姉御、ミランさんにそのことをそれ以上聞く気には慣れなかった。


なぜかほんのりと頬を染めたミランさんにバーを追い出された俺たちは、閉まったドアの前でぼんやりと立ち尽くしていた。


「….まあとにかく信じてみるしかないね。ねぇ、カエデ。」


そう言ってカエデの方を振り向くと、なぜかカエデがもじもじしている。


「どうした?」


「い、いいからはやく私の家に戻りましょう!!!」


不自然にバシバシと俺の肩を叩くカエデを不思議に思いながらも、俺は急いでカエデの家に戻ることにした。


戻りがてら、ふと俺はあることに気づき思わず呟く。


「….もしかしてカエデ….。」


バシーーーン!!!


瞬間、思いっきりカエデに平手打ちを食らう。


「もうっ!!いくらキョウさんでも、言っていいことと悪いことがありますよ!!!」


そうしてプリプリしながら恐ろしい速度で進むカエデに必死についていく俺。


その夜はひたすらカエデの尻尾を撫でてあげたことで、カエデはようやく機嫌を直した。


まったく、なんて災難な1日だったんだ。




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