特別篇 ちょっとおまけver直樹
プリンの田中さんを呼んでいない方は、いまいち分からないかと思います。
内容的には、前の話で完結しているので、読まなくても何も問題ない内容です。
すみれと双方の合意の上に、しっかりと恋人同士になって一カ月。
「自分用の枕が欲しい」というすみれに付き合って、買い物に来ていた。
もう一緒に住んでもいいんじゃないかと思うほどに、すみれは直樹の部屋にいる。
だけど、いざ本気で同棲と思えば、すみれから「鍵付きの自分の部屋がある部屋に引っ越し」を条件に出された。
別に今の状態でも部屋は狭くないのにと思うが、「体力の限界に挑戦する気はない」と言われてしまえば、我慢の効かない真っ盛りの直樹は何も言えない。
今までが我慢しすぎていたんだ。仕方がないと思う。
だから、いまのところ枕だけを新調することにした。
枕カバーを真剣に選んでいるすみれを放って飲み物を買いに自販機に行くと、小さな先客がいた。
小さいと言っても成人女性だ。
その後姿には非常に見覚えがある。
ジュースを買って振り返ったその顔は、やっぱり、直樹が務める営業一課の事務員だった。
「よお。買い物?」
ショッピングセンターにいるのだ。買い物であることは分かり切ったことだが、他にかける言葉が思いつかなかった。
休日に会って突然親しく話せるような間柄でもない。本当は仕事関係者と休みの日に会うのは嫌なのだけど、ここまでしっかりと顔を合わせてしまって無視するわけにもいかない。いっそのこと取引先の方がまだ「お世話になっております」で済むから楽なくらいだ。
折角、直樹がにこやかにしているというのに、彼女はこてんと首を傾げて言う。
「え?……っと、あ、あの、お世話になります」
「--声かけなきゃよかった」
本音が漏れた。
絶対分かっていない!
大体この事務員は、「イケメンは同じ顔に見える」と豪語するだけあって、誰もかれも同じ顔に見えるという特殊能力を持っている。
同じ部署で働き始めてすでに半年以上が経つというのにこれはない。嫌がりながら、わざわざ挨拶したっていうのに!
意見にしわを寄せる直樹を困ったように見上げる女をどうしようかと思っていると、同僚の田中が現れた。
「千尋、何やって……あれ?」
「おう」
こっちもデートだったらしい。
どうやら知らない男に声をかけられているとでも思って近づいてきたみたいだ。気持ちはわからないでもないが、甚だ迷惑だ。
知らないふりをがっつりできるならば、無視したかった。
「ああ!宗助さんの知り合い!」
分かったというように嬉しそうに声をあげる事務員―――名越に、田中は残念そうな表情を向けた。
「千尋……宇都宮だよ」
小さく首を振りながら直樹の名字を言う田中に、苦労してそうだなと思う。
「宇都宮……さんっ!?あ!そうか、とっても格好いい人がいるなあと思っていました!」
「そういうのいいから」
いきなりお世辞を言い始める名越を制して、直樹はお茶を買った。
「スーツを着ていただいてたら分かったはずなんです~~!」
休日まで着ているはずがない。
これからスーツじゃない時に名越に会っても声をかけないようにしようと決めた。
「直樹?」
そこに、買い物袋を提げたすみれが近づいてきた。
すみれが知らない人間と、直樹が一緒にいることが珍しいのだろう。すみれは足早に近づいてきた。
「ああ、同僚に会ったんだ」
そう言うと、すみれは田中を目に止めて頭を下げた。
「あ!あの時の。―――こんにちは」
すみれが田中を知っているのかと疑問に思って、思い出した。
田中を一度だけ泊めた日に会っていたなと思う。田中とは一度すれ違っている。よくそれだけで覚えたなと思って……その時、田中を「格好いい」などと言っていたなということまで思い出してムッとした。
名越くらいに忘れてくれていたらいいのに。
すみれの出来の良さが逆に今は邪魔だ。
田中まで、「ああ、あの時の」なんて言って挨拶している。
気に入らないことに、すみれがそわそわと田中から視線をそらしながら恥ずかしそうに微笑んでいた。
なんだ、その反応。されたことがない。
田中の顔がそんなに好みかと、むっとしていると、目の端にえらく目をキラキラさせている名越が引っ掛かった。
名越は、すみれを見上げて嬉しそうにしている。
そして、すみれを見れば、恥ずかしそうにしているのは田中のせいじゃないと気が付いた。
名越のきらきらした視線を受けて、すみれも嬉しそうにしているのだ。
「あの、一緒にいらっしゃる方も、同僚の方ですか?」
すみれが言うと同時に、名越がぴょこんと頭を下げた。
「名越千尋と申します!」
待ってましたと言わんばかりの自己紹介に、不穏な空気を読み取り、田中も眉を顰める。
「小越すみれです。よろしくね」
―――何をよろしくするんだ。もう会わないぞ。
「名字がお揃いな感じですね」
「そうね」
うふふふと、女二人が頬を染めて笑いあっている。
別に大した光景ではないが、気に入らない。
田中もそれは同じようで、名越の腕を掴んだ。
直樹もすみれの肩を抱くと、すみれから「ちょっと待って」と声がかかる。
「連絡先の交換を」
すみれが出したスマホを見て、名越もスマホを掲げる。
「なんでだよ!」
直樹と田中の声が被った。
すんなり連絡先を交換しようとすんな!直樹だって名越の連絡先なんて知らない。全く必要がない。
田中にスマホを取り上げられそうになって、名越は声をあげる。
「だって、こんなにすらっとして綺麗な人とお知り合いになれるだなんて!」
名越がすみれを褒めれば、田中は怒り、すみれは「まあ」と頬を染める。
「顔覚えられないんだろ!?」
「美人は別だよ!女性は覚えられる!」
妙なカミングアウトを受けた。確かに、営業一課は男性ばかりだ。
だが、向こうの観察をしている場合でもない。
「ああぁ、可愛い。小さい」
さらに、こっちは妙なスイッチを入れてしまったようだ。
直樹はすみれの腕をつかんで引き寄せた。
「そんなだから、同性愛者だと思ったんだよ!」
「可愛いものを愛でることの何がおかしいのっ!?」
信じられないと言う目で見られた。
こっちの方が信じられない。どういうことだ。
「お買い物ですか?ご一緒―――」
すみれと名越が、あり得ないことを言い始めたので、田中と直樹で二人を引き離すべく動いた。
「ああっ!せめて連絡先をっ」
「田中、絶対阻止だ」
「もちろんだ」
お互いの彼女を捕まえたまま逆方向に歩いた。
「せっかくお近づきにぃ~~」
嫉妬深い彼氏を持っただ。諦めてもらうしかないのだ。




