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【第5章完結!】「愛はない」と言われた契約妻ですが、子供たちを愛でるのに忙しいので旦那様は空気として扱います  作者: 月雅
第5章

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第8話 嵐の日の約束



 夏の名残を含んだ湿った風が、窓ガラスをガタガタと揺らしていた。


 夜になってから降り始めた雨は、深夜になるにつれて勢いを増し、今やバケツをひっくり返したような豪雨となっていた。

 時折、遠くで低い雷鳴が轟き、稲光が空を引き裂く。


 私は寝室のベッドで、大きくなったお腹をさすりながら、不安げに窓の外を見つめていた。

 カイド様はまだ帰宅していない。

 夕方から領内の一部で大雨による川の増水が懸念され、その対策指揮のために出かけているのだ。


「大丈夫かしら……」


 彼なら無事だと分かっていても、やはり嵐の夜に一人は心細い。

 お腹の赤ちゃんも不安なのか、今夜はいつもより激しく動いている。


 その時。

 ドォォォォン!!

 すぐ近くで雷が落ちたような轟音が響いた。

 屋敷全体がビリビリと震え、一瞬、部屋の中が真っ白な光に包まれる。


「きゃああっ!」


 子供部屋の方から、悲鳴が聞こえた。

 リナの声だ。


「リナ様!」


 私は重い体を起こし、ガウンを羽織って廊下へ出た。

 走ることはできないけれど、できる限り早足で子供部屋へ向かう。


 扉を開けると、そこにはベッドの上で布団を被って震えるリナと、その隣で背中をさすってあげているルカの姿があった。


「ママ!」


 私の姿を見て、リナが布団から飛び出し、抱きついてきた。

 その体は小刻みに震えている。


「こわい……かみなりさま、おこってるの?」


「大丈夫よ。ただの自然現象だもの。……こっちへいらっしゃい」


 私はリナを抱きしめ、ベッドの縁に腰を下ろした。

 ルカも心配そうに私の顔を見上げる。


「リナ、すごく怖がってて……僕、どうしたらいいか分からなくて」


「いいのよ、ルカ様。そばにいてあげるだけで十分よ」


 私がルカの手を握ると、彼の手は冷たくなっていた。

 彼だって怖いはずだ。まだ六歳なのだから。

 それでも、妹を守ろうとして必死に耐えていたのだ。


「……パパは?」


 リナが涙目で聞く。


「パパはお仕事よ。みんなが安全に過ごせるように、川を見に行っているの」


「パパも、かみなりのところにいるの?」


「ええ。でも、パパは強いから大丈夫よ」


 そう言って聞かせても、リナの震えは止まらない。

 また一つ、大きな雷鳴が轟く。

 リナが「ひっ」と息を飲み、私の胸に顔を埋める。


 その時だった。

 ルカが、意を決したようにリナの背中に手を回した。


「リナ。……僕がいるよ」


 震える声で、けれど力強く言った。


「パパがいなくても、僕が守ってあげる。……僕はお兄ちゃんだから」


 その言葉に、私はハッとした。

 あの日、カイド様から留守を託された時のルカの顔。

 あの時の決意が、今も彼の中に生きているのだ。


「……おにいちゃん」


 リナが顔を上げ、ルカを見る。


「こわくないの?」


「こ、怖くなんてないさ! 雷なんて、パパのいびきより小さいよ!」


 ルカが強がって見せると、リナが少しだけ笑った。

 パパのいびき。

 確かに、疲れて帰ってきた時のカイド様のいびきは、なかなか豪快だ。


「それにね、リナ。……もうすぐ赤ちゃんが生まれるだろ?」


 ルカが私のお腹を指差す。


「赤ちゃんは、もっと怖がりかもしれない。……だから、僕たちが強くなって、守ってあげなきゃいけないんだ」


「……守る?」


「うん。お兄ちゃんとお姉ちゃんが怖がってたら、赤ちゃんも怖くなっちゃうよ」


 ルカの言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているようでもあった。

 彼は知っているのだ。

 守るべき存在がいることが、人を強くするということを。

 カイド様から教わった「強さ」の本質を、彼は理解し始めている。


「……わかった」


 リナが涙を拭い、コクンと頷いた。


「リナ、なかない。……おねえちゃんだもん」


 彼女はそっと私のお腹に手を当てた。


「アカチャン、だいじょうぶだよ。……おねえちゃんがいるからね」


 その小さな手に込められた勇気に、私は胸が熱くなった。

 この子たちは、いつの間にこんなに成長したのだろう。

 ただ守られるだけの存在から、誰かを守ろうとする存在へ。

 その変化こそが、家族が増えることの本当の意味なのかもしれない。


「ありがとう、二人とも。……赤ちゃんも、きっと喜んでいるわ」


 私が二人を抱きしめると、温かい体温が伝わってきた。

 外の嵐はまだ続いているけれど、この部屋の中には確かな安らぎがあった。


 しばらくして、階下から扉が開く音と、慌ただしい足音が聞こえてきた。


「ただいま!」


 カイド様の声だ。

 私たちは顔を見合わせ、急いで階段を降りた。


 エントランスには、ずぶ濡れになったカイド様が立っていた。

 マントから水が滴り落ち、床を濡らしている。

 セバスチャンがタオルを持って駆け寄っているところだった。


「カイド様!」


「パパ!」


 私たちが駆け寄ると、カイド様は驚いたように目を丸くした。


「起きていたのか。……怖がらせてすまない」


 彼は濡れた体で私たちを抱きしめるのを躊躇い、一歩下がった。

 けれど、ルカとリナはお構いなしに彼の足にしがみついた。


「パパ、おかえりなさい!」

「ぶじでよかった!」


「……ああ。ただいま」


 カイド様は苦笑しながら、濡れていない方の手で二人の頭を撫でた。


「川の方はどうでしたか?」


 私が尋ねると、彼は安堵の息を吐いた。


「堤防を補強したから、もう大丈夫だ。……これで安心して眠れる」


「お疲れ様でした」


 私はセバスチャンからタオルを受け取り、彼の顔を拭いてあげた。

 冷え切った頬に触れると、彼は気持ちよさそうに目を閉じた。


「……雷、怖くなかったか?」


 カイド様が子供たちに聞く。

 すると、ルカが胸を張って答えた。


「ううん! 僕がリナを守ってあげたんだ!」


「リナも、アカチャンを守ってあげたよ!」


 得意げな二人の報告に、カイド様は目を細め、心底嬉しそうに笑った。


「そうか。……頼もしいな」


 彼は濡れたままの体で、ルカを抱き上げ、高く持ち上げた。


「お前は、立派な兄貴だ。……俺の自慢の息子だ」


「えへへ……」


 ルカが照れくさそうに笑う。

 その笑顔は、嵐の夜の暗闇を吹き飛ばすほど眩しかった。


 その夜、私たちは久しぶりに四人で(正確には五人で)一緒に寝ることにした。

 広いベッドに川の字になって横たわる。

 外の雨音はまだ激しいけれど、それはもう恐怖の対象ではなく、私たちを包み込む子守唄のように聞こえた。


 ルカとリナは、カイド様の腕の中で安心しきって眠っている。

 私はその寝顔を見つめながら、カイド様と手を繋いだ。


「……いい子たちですね」


「ああ。……俺たちよりも、ずっと強いかもしれない」


 カイド様が囁く。

 その言葉に、私は深く頷いた。


 嵐の夜の約束。

 「守る」と誓った小さな勇者たちの決意は、これから生まれてくる新しい家族にとって、何よりの贈り物になるだろう。

 この家は大丈夫だ。

 どんな嵐が来ても、この絆がある限り、揺らぐことはない。


 私はお腹の赤ちゃんに「おやすみ」と告げ、幸せな眠りへと落ちていった。


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