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【第5章完結!】「愛はない」と言われた契約妻ですが、子供たちを愛でるのに忙しいので旦那様は空気として扱います  作者: 月雅
第5章

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第7話 名付けの悩み



「……カイド様、それはさすがに」


 私はティーカップを置き、目の前に並べられた羊皮紙のリストを指差した。

 そこには、達筆な文字でびっしりと名前の候補が書き連ねられている。


「なぜだ? どれも由緒正しい名前だと思うが」


 カイド様が真剣な顔で首をかしげる。

 彼はこの数日間、暇さえあれば書庫に籠り、古今の文献を漁って赤ちゃんの名前を考えていたのだ。

 その熱意は素晴らしい。

 素晴らしいのだが、方向性が少しばかり……いや、かなりずれている気がする。


「ええと……『ガルガンチュア』?」


「うむ。伝説の巨人の名だ。強く逞しく育つようにとの願いを込めて」


「女の子だったらどうするんですか」


「む……では『ブリュンヒルデ』はどうだ。戦乙女の名だぞ」


「……強すぎます。もっとこう、可愛らしい響きの名前はないのですか?」


 私が溜め息交じりに言うと、カイド様は眉間に皺を寄せ、腕を組んで考え込んだ。

 ヴォルグ家の歴代当主の名前は、確かに強そうなものが多い。

 カイド、ヴォルフ、グスタフ……。

 武門の家柄としては正解なのだろうけれど、平和な時代に生まれた子供に背負わせるには、いささか重厚すぎる。


「ルカ様、リナ様はどう思う?」


 私はソファで絵本を読んでいた子供たちに助け船を出した。

 二人は顔を見合わせ、クスクスと笑いながら近づいてきた。


「ガルガンチュアは、強そうだけど……呼びにくいよ」


 ルカが正直な感想を述べる。


「リナはねえ、お花のなまえがいいな! 『リリィ』とか、『ローズ』とか!」


「花か……。確かに可憐だが、少し弱々しくはないか?」


 カイド様が難色を示す。

 どうやら彼の中では、「強さ」と「可愛さ」の両立が最大の難関らしい。


「カイド様。この子は、戦うために生まれてくるのではありません」


 私は優しく諭した。


「愛されて、幸せになるために生まれてくるのです。だから、呼ぶたびに心が温かくなるような、そんな名前がいいわ」


「……心が温かくなる名前、か」


 カイド様は私の言葉を反芻するように呟き、リストを机に置いた。

 そして、私のお腹をじっと見つめる。


「俺は……不器用だ。気の利いた名前など、思いつかないかもしれん」


「そんなことはありません。あなたが一生懸命考えてくれた名前なら、この子はきっと気に入りますよ」


 私が手を握ると、彼は少し照れくさそうに目を伏せた。


「……もう少し、考えさせてくれ」


 その日の夜。

 子供たちが寝静まった後、私たちはテラスに出て、夜風に当たっていた。

 満天の星空が広がっている。

 北の空は澄んでいて、星々が宝石のように輝いている。


「綺麗ですね」


「ああ。……昔、戦場で野営をした時、よくこの星空を見ていた」


 カイド様が夜空を見上げながら、ポツリと語り出した。


「孤独だった。寒くて、痛くて、いつ死ぬかもわからない。……そんな時、星の光だけが救いだった」


 彼の言葉に、胸が痛む。

 私が知る前の彼は、いつも一人で戦っていたのだ。

 誰にも頼らず、弱音も吐かず、ただひたすらに。


「でも、今は違う」


 彼が私の肩を抱き寄せた。


「隣に君がいる。子供たちがいる。……この星空を見ても、もう寂しくはない」


 その言葉を聞いた瞬間、私の中で一つの言葉が浮かんだ。


「……ステラ」


「え?」


「『ステラ』はどうでしょう。……星という意味です」


 私は夜空を指差した。


「暗闇の中で輝き、道を示してくれる光。カイド様を孤独から救ってくれた星のように、この子も誰かの希望になってほしい」


 カイド様が目を見開く。

 そして、ゆっくりと口の中でその名を転がした。


「ステラ……。美しい響きだ」


「男の子なら、『アステル』はどうかしら。同じく星を意味する言葉です」


「アステル……。強く、気高い響きもあるな」


 カイド様の表情が、パッと明るくなった。

 先ほどまでの悩み顔が嘘のように、納得した顔をしている。


「いい名前だ。……それにしよう」


「気に入っていただけましたか?」


「ああ。俺たちの子供に相応しい」


 彼は私のお腹に手を当て、優しく撫でた。


「聞こえるか。お前は、俺たちの星だ」


 お腹の赤ちゃんが、ポコンと動いた。

 まるで「気に入ったよ」と返事をしているかのように。


「ふふ、喜んでいるみたいですね」


「そうだな。……早く呼んでやりたい」


 カイド様は本当に嬉しそうだ。

 強さだけでも、可愛さだけでもない。

 私たちの想い出と、願いが込められた名前。

 それが決まったことで、新しい家族を迎える準備が、また一つ整った気がした。


 翌朝。

 朝食の席で、名前の候補を発表すると、子供たちは大賛成してくれた。


「ステラちゃん! かわいい!」

「アステルくん! かっこいい!」


 ルカとリナが口々に呼んでみる。

 その響きが、食卓を明るく彩る。


「どちらになるかは、生まれてからのお楽しみですね」


 セバスチャンが給仕をしながら、目を細めて言った。

 彼もまた、こっそりと名前の刺繍入りの産着を準備し始めるに違いない。


「男の子でも女の子でも、僕たちが守ってあげるよ!」


 ルカが頼もしく宣言する。

 リナも「おねえちゃんが、えほんよんであげる!」と張り切っている。


 私は幸せな気持ちで、家族の笑顔を見渡した。

 名前が決まるということは、その存在がより具体的になるということだ。

 まだ見ぬ我が子が、もうすぐここにやってくる。

 その日が待ち遠しくてたまらない。


 窓の外では、蝉の声が響いている。

 夏はもうすぐ終わる。

 そして、実りの秋がやってくる。

 私たちの「星」が、この世界に降り立つ季節が。


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