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都合のいい幸せ

 男は何か言おうと口を開き、結局何も言えずに呆然と女を見つめました。

 気が狂っているのではと思いましたが、ハキハキと明朗快活に言葉を話すその姿に異常なところは見えません。

 逡巡する男を見かねて女は言います。


「ほら、やっぱり信じられないでしょう? いいのよ信じなくて。どの人生でもあなたは私を信じなかった。言っても無駄なら言わない方がマシよね?」


 男は頭に血が上る感覚を覚えました。自分のことなどよく知らないくせに知ったふうな口を聞くなと、罵りたくなりました。

 しかし、女の落ち着いた笑みを見た瞬間に怒りは霧散してしまいます。見透かされている、そう思いました。


「……信じてやる」

「まぁ」


 絞り出した男の言葉に女は目を丸くしました。


「無理なさらないで。慣れないことをするものではないわ」

「無理ではない!」


 意地になって言い返します。女が無理だと決めつけてくることに、どうしてか無性に腹が立ちました。


「信じてやるから、お前も俺を信用しろ」

「あらまぁ……」


 女はまた更に目を丸くして嘆息します。


「今回のあなたは少し強情なのね」


 思わずといった様子で呟かれたその言葉にすら、男の心はささくれ立ちました。




 その日から、男は女に構うようになりました。

 食事を一緒にとったり、2人で外に出かけるなど、夫婦らしいことを思いつく限りしました。

 男は始めこそムキになっていただけでしたが、次第に女のためにと考えて行動するようになりました。

 女の好物や気に入ったものに注視し、逆に嫌いなものや苦手なものは遠ざけるよう努めました。


「今回は今までで1番幸せになれそうだわ」


 ある日、女はポツリと呟きました。


「本当か?」

「あら、私を信じてくれるのでしょう?」

「そう言うお前はまだ俺を信用してないだろう」

「そんなことないわ」


 ふふ、と花のような笑みを湛えて女は言います。


「今回のあなたは努力家だったわ。慣れないことでも懸命に取り組んで、私のために頑張ってくれた。……嬉しかったのよ」


 今日でちょうど1年。

 ベッドの上で女は嬉しそうに笑っています。


「ありがとう、あなた。大好きよ」


 そう言い遺して、女は眠るように息を引き取りました。

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