田舎生まれの剣聖は王都に 夢を見る ~変わってしまった村の日常~ エイダside
裁定式の終わった後、皆に引きずられるように出ていくクラウを見ながら、エイダは、魔導士の首飾りを王家の使いに返し、よく似た首飾りをつけて、祝宴に参加し、取り巻きたちからの祝福もそこそこに早めに宴を切り上げて、屋敷に帰ってきていた。
執事から、「アレッシオ殿下がお待ちです」と伝えられる。父親ではなく、この名前で伝えること言うことは、今日の報告を行うようにとのことだと思い、執務室に入り、父親に促されるままに、裁定式のことを報告した。
裁定式の様子、クラスの種類、数、そして、自分とクラウのこと。
その間、じっと目を閉じて深く思考をしているような表情をしていた父親は、椅子から立ちあがり、窓の外に目を移す。そこには、屋敷の中庭が見えているはずだった。
「さて、魔導士として認定された。まずはこのことを喜ばなければならないな」
さして喜んでいるようにも聞こえない父親の声を聴きながら、エイダは、その背中をただ見ていた。これは、親子の間の愛情を深めるための儀式ではなく、ただ、父親の命令を果たしたことを報告しているだけだった。エイダは頭を下げ、次の父の言葉を待つ。
「今年の裁定式も無事に終わり、クラスの配分もちょうどいい。神の導きかは知らぬが我が領ににとっては良い采配だ」
ここまでいうと、父親・・・アレッシオ男爵は、振り返り、エイダの眼を見る。その冷たい視線にエイダの体が一瞬強張る。
「裁定の儀の際に、不思議な光景を見たと言ったな、黒の海に紅い稲光、そして、とぎれとぎれの雑音交じりの声、お前が感じたのはこれで間違いないか?」
「はい、間違いございません」
父親は、不機嫌そうに息を吐く。口から出たのは、強い言葉だった。
「エイダ=マグサ=フォールス、このことは胸にしまい込み厳重に鍵を掛けろ。」
つまりこのことは決して外に漏らすなという、強い命令だった。エイダは、臣下として礼をする。
「それで、次に拾い子が、剣聖になったということだったが、いつもと違う様子はなかったか?」
「いつもと違う様子ですか・・・そういえば、いつもは着けていないチョーカーを着けていました。ですが、本人は、今回の結果について不服と思っているようです。」
「チョーカーか、装飾具で剣聖認定を行う魔道具があるということは聞いたことがないが・・・そして、拾い子は、剣聖のクラスにつくつもりはなかったか・・・ふむ」
クラス認定を行う魔導具の授業を思い出す。その時使う魔導具は、必ずクラスをかたどったものになり、例外はない。装飾具ならば魔導系のクラス、文具を持っていれば文官系のクラスに認定される。白兵戦に強いクラスならば、剣や防具が必要なはず。
もし、王族になるのならば王冠や王笏の形状のものになる。
あれが、魔導具だとしたら、いつ領内に入ったのだろうか?魔導具の扱いは、国やギルドで厳しく定められていて、特に有能な者や必要とされるものに貸し出されるものであるはず。
「魔導具の可能性があるのならば、分析のために回収を行いましょうか?」
「そうだな、だが、品物自体よりもそれを拾い子が、手に入れたのかが気になるところだ。あの時の尋問と調査では何もわからなかったが、やはり帝国の人間という可能性もあるな。だが、単純に、本人が剣聖として才能にあふれているという可能性もあり得るか・・・」
それはないと、エイダは思った。クラウは、剣というものを避けているのではないかと思う節がところどころにあった。また、エイダが剣の訓練をしてきたからこそ分かる。クラウは、剣を扱うための素質がかけている。
「お前は拾い子を3年間見てきた、どう思う?」
「お言葉ですが、剣を扱う職に向いているとはとても思えません。むしろ不向きと言えると思われます。ただ、戦闘職に適していないかと言われるとそうとも言えませんが、もし戦闘で使用するとすれば槍の方良いかと思います。」
『むしろ鍬とか鎌とか持ってた方が、安心するのよね・・・』
エイダが少し余計なことを考えていると、そのことに気が付いたのか、父親が少しだけ口元を緩めた。
「気に入っているようだな?もし、拾い子に剣聖としての力量がないのならば、エイダはどうしたいのだ?」
「できることならば、クラウさんには、この村で薬草でも摘んで、王都の薬師ギルドでも評判のいい薬の原液でも作っていてほしいですし、畑でも耕していてほしいです。それが似合っていると思っています」
名前で呼ばれたのに驚き、ついいつもの口調で答えてしまう。ただ、この村に居ついて、村の一員として迎え入れられるように、村も本人も努力してほしいというだけのはずだったのに。うかつなことを口走ってしまい、エイダは叱責を覚悟した。
「それが、今の拾い子には許されないことは、エイダにもわかっているのだろう?」
声は優しかった。
王の使いは、すぐにでも王都に報告に戻るだろう。剣聖の誕生を、そして、王都の勇者が力ある戦闘職を求めているのも、王族貴族の間ではでは公然の秘密だった。
「はい、わかっております」
エイダは、張り詰めた空気が緩んだのを感じた。今は、臣下ではなく、エイダとして父親が見ているそのことに気が付きほっと、内心息を吐いた。
「さて、お茶の後にでも、そのクラウのことを教えてもらうか」
父親は、呼鈴を鳴らすと、執事がワゴンを押し入ってきて、すぐにお茶の準備をしてくれた。
宴で飲食を断るわけにもいかず、そこそこに食事を食べてきたので、エイダは、お茶だけもらうことにしたが、父親は、一緒にトレーで運ばれてきた丸いパンを手に取った。端からは、葉物の野菜が顔をのぞかせている。
「お父様、それは?」
「外国の料理だ。大倭の料理人が伝えた、ハンバーガーという料理らしい」
「ハンバーガーですか?」
「ああ、温めたパンとこねたひき肉を焼いたもの、これをハンバーグと呼んでいたな。はさんだだけの簡単な料理だが、冷たいサンドイッチよりも食しやすいとのことで、今の時期は、文官たちの間で夜食によく食べられているとのことだ。そうだったなセスト」
エイダのカップに紅茶を入れいていた、執事が頷く。
「ええ、この間の内密に訪れた大倭使節団受入の際に、団員の一人が食べていたのを見かけた第四王子が、陛下に伝え、陛下から、使節団の料理人に依頼を行い、それによりもたらされたものであります。」
第四王子は、普段は騎士団にいるが、使節団の滞在補佐のために城での勤務にあたっていたらしい。エイダは、活発そうな少年を思い浮かべた。あと3か月もすれば、その第四王子もクラスを得ることになるのだろう。
「すこし、大倭の料理人には驚かされました・・・私より大きい、皮膚の黒い人でしたからな」
「ほう、討伐ギルドのアマンダと同じとは、珍しい肌色だな。言葉は通じたのか?」
執事は、首を横に振った。
「すべて、通訳を通してでしたし、発声は聞こえはしましたが、私の知る言語のどれにも当たらない言葉でした。・・・その時は、使節団の持ち込んだトマトなども使いましたが、あいにく、今は旬を外しておりますので、今日はご用意できませんでした。」
ふと、エイダが、父親を見ると、ペロッと1個食べ切り、2個目に手を伸ばしていた。一口食べ驚きに目を開く。
「1個目は香草のソースが利いていて旨かったが、これはトマトか?旬でもないのにどうやってソースにした?」
「ええ、その料理人から、トマトケチャップというものも、作り方を教えてもらい、一瓶譲ってもらいました。来年の旬の時には、村でも作ってみたいと思っております」
そういうと、執事は、ワゴンの中から、ケチャップの瓶を取り出した。繊細に書かれたトマトの絵が、瓶の側面に貼られている。
「相変わらず、絵がうまい。不思議なものだな。以前も瓶詰めの技術を受けた際には驚きだったが、大倭はここまで技術が進んでいるのか?」
「魔導の残滓もないところを見ると、技術のみで作られていると思います。同じようなものを魔導で作ろうと、目下研究中でございます。」
「そうか。早いうちに、大倭の技術の一端でも掴まなければな」
父親と執事の会話を聞きながら、エイダは紅茶に口をつけた。
その後、その使節団の話で父親と執事は、盛り上がっていたが、エイダには内容が複雑でよくわからなかった。父親も、理解を求めていないのか、特に補足的な説明を行うことはなかった。
お茶がすっかり冷めるころになり、父親と執事は話を終えた。
執事からお茶のお替りをエイダは聞かれたが、断りを入れた。
「なるほどな今回の使節団は、いつもの秘密主義が嘘のようだな。さて、エイダ、次はお前が話す番だ。クラウのことを教えてもらおう、だが、その前に」
すぐに片付けが終わり、執事はワゴンを引いて執務室を後にする。
それを見届けた父親は、執務室の机に一度向かい、カギを開け黒い箱を取り出す。
「これを授けよう。今後も、フォールス王国のため、忠誠を尽くすよう。
あすからは、魔導具の使用を許可する。指輪には、対外魔導発動用の魔導具と、【炎の矢】、腕輪には、対内魔導発動用の魔導具と、【小さな盾】の魔導が封じられている。エイダにあわせて調整されているから存分に使うといい」
父親が、箱を開くと入っていたのは、魔導の発動用の指輪と、腕輪だった。もし、庶民が魔導士に成ったとしたら手に入れるのに一年以上はかかるものを、エイダは手にしていた。
「お父様・・・ありがとうございます」
目の前の机に、その箱が置かれ、着席を促されたエイダは、父親にクラウのことを伝え始めた。
それを、黙って父親は聞き入れてくれている。
すっかり部屋の中は暗くなり、明かりの魔導器がほのかに照り始めるころ、エイダの話は終わった。
「これが、私の知るクラウのすべてでございます」
「なるほどな、」
父親は膝の上で組んでいた指を解くと、じっとエイダの眼を覗き込んだ。こんな時に視線をそらしてはダメだと思いエイダはその視線を真正面から受け止める。
再び空気が張り詰めたものに変わる。エイダは無意識に唾を飲み込んだ。
「では、エイダは剣聖のクラウに何をしたいのだ?」