第六ノ巻 兄弟陰陽師
≪前回までのあらすじ≫
平安京(現京都府)は東西南北をそれぞれの神が守り人々を
守ってきた。
しかし、その神々の力が弱体化した事によりそれまで京では現れなかった
妖や悪霊たちが蔓延る様になった。
それを除霊し京の人々を守る役職が“陰陽師”
その中でもとりわけて強い霊力を持ち、どの様な悪霊でさえも除霊出来る
と謳われていたのが
『安倍晴明』
と呼ばれる男だった。
しかしこの晴明“めんどくさがり”で態度はデカく口は悪い上に外面が良い
という最低な性格をしており“主上”からの依頼除霊は本来ならば自身の式神と
共に除霊したにも関わらず
『私が行いました』
とさも一人で行った様に報告する為、式神たちからも呆れられる始末。
式神たちから信頼と信用も持たれない、へったくれな陰陽師だった。
そんなある日の事、晴明の元に親友“源博雅”が一通の文を持ってきた。
その内容に晴明はとある人物から聞いた話を思い出した。
だが、相手が晴明の大嫌いな人物だった為に直ぐには除霊を引き受ける
つもりもなかった。
しかし文を持って来たのは博雅。悩んだ末に晴明は式神卯(兎)アンチラと
式神酉(鳥)シンダラに「“羅生門”の様子を見てこい」と命じた。
そう、除霊内容は“羅生門に出る悪霊の除霊”だったのだ。
だが「決して羅生門の中に入るな」と付け加え、慎重に慎重を気していた。
のだがアンチラが羅生門の中の微かな光に気が付きシンダラに
“羅生門に下りてほしい”と頼むが晴明の命を破る事に戸惑いを見せるシンダラ。
結局、アンチラの頼みを断り切れずに羅生門に下りた二式。
奥へ入ろうとした二式を誰かが止めた。
そこで出会ったのは晴明の“兄弟子”である“賀茂保憲”だった。
しかも保憲はアンチラとシンダラを“晴明の式神”と見抜いていた。
果たして保憲が羅生門にいた理由とは?
そして最大の恐怖がアンチラとシンダラを襲う。
月明りはボワリと三人を照らす。博雅はコクリと唾を飲み込んだ。
しかし、横に密がいるだけでも心には幾分か落ち着きはあった。
一人ならば確実にこの雰囲気に参りそうだ。
保憲はゆっくりと口を開いた。
「この除霊の本当の依頼主は“主上”だ」
その言葉に晴明の表情は固まった。その言葉を聞けば晴明の表情は容易に
想像がついていた様だったのか、保憲は黙ったまま晴明を見つめていた。
その表情には一点の曇りさえなかった。
晴明ならばその理由が分かるのだと思っているのだろう。
しかし一向に晴明は口を開かずに動揺も見せなかった。
晴明が口を開いたのはそれから数十分が経過してからだった。
“恐らく晴明の事だ。黙考し続けていたのだろう”
そう博雅は思った。
「それを何故、主上はお前に言う。そして“羅生門の除霊”を依頼する
本当の理由は何だ。主上に“羅生門”との繋がりはないと思うけどな」
「まぁ、確かにそうだ。俺も了承はしたものの主上からはその本当の
理由は聞いてはいない」
「聞いてない」
晴明の表情は明らかに困惑の色を見せていた。
当たり前だ。
主上と羅生門には何の接点もない。
精々“京の者たちが難儀しているので払ってほしい”位の考え
だろうが今迄その様な事があったであろうか?
もしあったとなれば、何故今更その様な事を保憲に頼んだのだろうか?
主上は保憲が“陰陽師”である事も“陰陽寮”で現在学生たちに“陰陽道”
を教えている事も知っている。
陰陽師だから依頼したという事も考えられるが、保憲の立場からしてみれば
正直いい迷惑だとしか考えられない。
保憲は続けてこう告げた。
「俺の言い方が悪かったな。聞いてはいないのではなく聞かされていない。
それが本当の理由だ。だから俺も主上の考えが分からない。
これは一人の陰陽師として俺は思ったさ。例え、主上からの依頼
であろうと理由もなく除霊はしたくない。
“めんどくさい”からな。無駄に霊力も使いたくない」
「確かに“めんどくさい”な。おれも夜中に式神連れて羅生門なんて
行きたくない」
晴明は保憲の意見に同意する様に同じ言葉を放った。
“流石“めんどくさがり”兄弟陰陽師”
博雅はなんだかんだと互いに文句の言い合いをしていたが結局は仲が良い
のだなと思った。同じ時して盃に口をつける兄弟陰陽師を交互に
見合う。
「だからお前に文を送ったんだ。博雅殿を介してだがな」
晴明はその事を思い出していた。
「だからか」
「ん?どういう事だ、晴明」
博雅はようやく自分が口を開ける時を得た。晴明は博雅を見て
「保憲がおれにこの“除霊”の事を言った時に詳しい事を言わなかった。
それを聞いたのが内裏だったからな」
「確かに主上依頼からの、しかもはっきりとした理由もない除霊の依頼を
内裏内で詳しくは話せないからな」
と博雅は納得した様に頷いた。
その時、保憲の視線がチラリと横を見た。晴明はそれを見ると軽く首を軽く
前に振った。保憲の視線は元に戻り、何事もなかった様に酒を飲んだ。
そう、暗闇の中三人の話を密かに聞いていたのはアンチラだった。
晴明は微かに首を動かし“あっちへ行ってろ”と合図を送ったが保憲は
最初から暗闇の中、外廊下の隅で話を聞いているアンチラの存在に
気が付いていた。にも関わらず、保憲は詳しい内容を話していた。
晴明の行動の意味を理解したアンチラはフッと姿を消した。
「晴明よ、どうしたのだ」
博雅が聞くと晴明は軽く笑い
「月が綺麗だなと思ったのだ」
と言ったが、晴明が月を見ている様子には博雅の目には見えなかった。
「アンチラ、来たよ」
手摺の上に座って、ハイラとインダラと話をしていたシンダラがアンチラの
気配に気づき横を向いた。二式も続いて同じ方向を見た。
「何か聞けた」
シンダラがアンチラに尋ねた。
アンチラは口元に笑みを浮かべて
「まぁね。やっぱり保憲来たね。大体の事は保憲が晴明に話してた」
と腰に手を当てた。
「アンチラの事、気づかなかったんだね。保憲様」
ハイラが安堵の顔をした様だったが、アンチラは今度はクスっと笑って
「まさか、最初から俺が廊下の隅で話を聞いていた事なんて分かってただろうさ」
「分かってたのに、話をしたって事かよ。
それじゃ話を俺たち式神にも聞かせに来た様なもんじゃないか」
インダラが腕を組んで不思議そうな表情を表していた。
アンチラはそれを見て
「“聞かせに来た様なもん”じゃなくて“聞かせに来たん”だよ。
俺とシンダラが初めて保憲と話をした時はっきりと“式神に偵察させる”
って言ってたから。晴明の考えなんて、保憲からしてみれば簡単に
推測出来たんだろうさ」
「それで、羅生門の除霊の本当の依頼主って誰なの。僕、それが一番
知りたい。だって晴明様、物凄く慎重に動いていたし考えてもいたし
わざわざ僕とアンチラに羅生門まで行かせたんだから」
シンダラが納得いかない様に口を尖らせていた。
アンチラは静かに
「主上だ」
三式は目をパチクリさせて顔を見合わせた。
「主上ってあの主上」
ハイラが首を傾げた。
「いつも晴明様に除霊を頼んでいる偉い人だよね。内裏の」
「そう、晴明に除霊依頼をして俺たちは連れ出されてサポートしても晴明は
その報告には一切俺たちの事を言わずに自分の手絡として話を聞いている人」
アンチラは深く頷きながら満面の笑みを浮かべているが三式から見ると日頃の
晴明への鬱憤が積りに積もっている様子が表情から見て取れた。
優しい式程、怒りに満ちた時の笑みは怖い。
「それで、保憲殿はどの様に…」
と博雅は言葉を濁した。
理由も聞かされず、陰陽師として行く立場であろうが普段は“陰陽寮”に
いる。文を書いて自分が晴明に託され届けた事は頷ける。
だが、主上からの依頼であろうともそれでは陰陽師として
本来なら“その理由をお聞かせ願えませんか”と言う所だろうが平安京で
一番の権力を持つ主上に簡単には尋ねられない。
あくまで保憲も晴明も“陰陽寮”で学んだ“陰陽師”という役職でしかない。
「この数日間、俺は羅生門の除霊をやってはいた」
その保憲の言葉に盃を口に運ぼうとしていた晴明の手が止まった。
“やはりな”
と思いながら酒を飲み干す。
「しかし本来除霊すべき相手は魑魅魍魎と化した人間どもによって
阻まれ、それを駆除するだけで手一杯で最初に相手を見ただけでそれ以後
見てはいない」
「つまり、保憲殿は主上の命じるままに除霊をされていたという事で
ござろうか」
博雅は保憲の方を見て質問と己の思うがままに尋ねた。
保憲は博雅を見て、盃に映った歪んだ月を見た。
「定期的に主上が聞いてくるのであれば、嘘をつく事を博雅殿は出来ます
でしょうか」
質問で返された。博雅は慄きつつ身を乗り出そうとした。
「つまり、主上にとって羅生門に現れた悪霊は自分にとって不利益な存在
ってね」
黙っていた晴明が今度は保憲の方をチラリと見ていた。
「で、その本来の除霊するべき相手というのは」
そのまま本題に晴明は保憲に問いた。
「女だ。それも“強い力を持つ人物”を探している様だな」
「なら、それこそ主上から頼まれたお前がするべきだろ。保憲。おれより
お前の方が霊力は強いだろ」
晴明は縁側の方から大広間の中に入り、やはり大柱を背もたれに右足は
胡坐のままで左足だけ立てた。
晴明は苛立ちを感じたり、反対に考え事をする時癖なのか左足を立てる。
その言葉を聞くと何が面白いのか保憲は鼻で笑った。
「だが、俺は主上から“除霊を頼む”と命じられたが“一人で行え”とは
命じられてはいない」
晴明は疑いの目を保憲に向けていた。
“そう、こられたか…保憲殿”
博雅は晴明の方をぎこちない動きで顔だけを向けた。
晴明は舌打ちして、保憲から視線を背けた。いつもは反抗ばかりの晴明で
あるのだが相手の方が一枚上手だった。
“仲が良いというのは俺の勘違いだったのだろうか”
二人の様子を見ていて博雅は色々考えてしまう。
だが相手が“兄弟子”ともなると態度は大分違う様だった。恐らく反抗
したいが、相手は晴明の過去も知っている相手だ。反抗した所で返り討ちに
され、終いには修業時代の頃の事をベラベラ喋られてしまうのは目に見えて
いる。
「しかし何故に主上は自分とは繋がりもない羅生門の除霊を保憲殿に
頼まれたのであるのか不思議でしょうがない。羅生門にその妖が出たという
噂も内裏内ではなかったはず」
博雅は唸る様に密が淵まで注いだ酒で歪んで見えた自分の顔を見据えた。
「それは当たり前でしょう。その事は主上とその側近の者たちにしか
伝えられていなかったのですから。勿論、俺も主上から“他言無用”と
釘を刺されておりましたが」
「なるほど」
博雅は相槌を繰り返した。説得力があった。
「ともなると、お前は主上の約束を破った事になるだろ。おれに話を振って
きたんだからな」
晴明はぶっきら棒に答えたが保憲は晴明の方も見ずに
「晴明、お前の方が分かってはいない。“他言無用”とは内裏内の役人に対して
対象であり、お前は“陰陽寮”に来ているとはいえ一ヶ月や二ヶ月に一回
あるかないかであろう。しかも主上からの信頼も十二分に受けている。
主上はお前が俺の“弟弟子”という事も知っていれば俺が
“悪霊の強さが把握出来なかった為“弟弟子”の“安倍晴明”と共に除霊
致しました”と報告するだけさ。付け加えるとすれば
俺はお前と違って“沙門”の名は出すがな」
“ん?晴明は一人で除霊していたのではないのか”
博雅は真横になる位迄首を曲げた。
晴明はハハハと乾いた笑いを出すと
「それはおれのやり方であって、保憲にどうこう言われる筋合いはないな。
それで、肝心の所を聞いてはいない。羅生門に出た女の悪霊はどうして
“強い奴”を求める。もし、おれたち陰陽師を求めるのであれば普通に
考えておかしいだろ。“除霊してほしい”とでも思ってんのか。例外もあるがな」
晴明の声は真剣な声色に変わっていた。
保憲は“ふー”と息をゆっくり吐き出すと
「女の霊は“地縛霊”ではなかった。だから晴明の考えは違うな。
“地縛霊”であるのであれば、俺が既に除霊しているし“除霊してほしい”
だろうと察している。そして肝心な所だ。“地縛霊”を主上が特定の場所を
指定して迄俺に頼むか…」
陰陽師同士の話に博雅は自分の中の次元を超えてしまっている為口を出さず
にいた。だが、中々聞けない話だ。興味はあった。
「“地縛霊”ならこの周辺にもいるだろ。ただ、お前の張った結界で中に
入れない様にしてあるだろうがな」
「うようよいるさ。ここは“鬼門”だからな。霊なんて入り放題だ」
「俺の考えを言おう」
保憲は晴明を見つめて言った。
博雅は生唾を飲み込みつつ、それでもしっかりと酒を口に含んだ。
その瞬間、保憲はこう告げた。
「その女が主上の“恋仲相手”であったらどうだ?」
その言葉を聞いた博雅は激しくむせ返ってしまった。
「ん、博雅大丈夫か」
晴明は博雅を横目で見てはいたものの、保憲の表情を伺っていた。
密が博雅の背をさすっていたのを見たからだ。
「“恋仲相手”」
晴明の視線は暗い天井に向けられていた。
「そういう事か…ならば、全ての辻褄が合い、主上が保憲に除霊を頼んだ
理由も分かる。そして女が拘る“強い者”というのも意味は違えど合うな」
「羅生門という特殊な場所であれば誰も近づかないからな」
保憲は酒の入ったまま、手にしていた盃をようやく口にした。
「密殿、すまなかった。ありがとう」
心配そうな表情をしていた密は博雅のその言葉に一笑した。
その笑顔を博雅は見てふと
“密殿が式神でなければ”
と脳裏を霞めた。が、慌ててその想いを振り払う様に首を激しく左右に振った。
「まぁ、そんな所だ。丁度いい頃合いだな」
晴明も気が付いていた。暗闇の中から出てきたのは沙門を抱いたアジラ
だった。
「沙門」
保憲が一声かけると沙門はアジラの腕の中から飛び出し、保憲の所に来ると
器用に飛び上がり肩の上に乗った。
保憲は肩の上の沙門の顎の下を軽く撫でた。すると沙門は今度は庭に飛び出した。
すると暗闇の中に緑に光る二つの大きな目が現れた。
月明りが照らした庭には、巨大な二股の尾を持つ化け猫がいた。
保憲は庭に下りると軽々と化け猫の背に乗った。
晴明は腕を組んで縁側に出てきた。
「それで、その内容をおれに伝えてどうする。お前の文の本当の内容は分かった。
博雅に頼んだ理由も分かった。本来の依頼者も“主上”だと分かった」
保憲は含み笑いをして
「興味はないか」
と訝しげに言った。晴明はあっさりと
「ないな」
と答えたが保憲は
「なら、どうして自分の式を羅生門に行かせた?」
晴明は答えなかった。
「理由がないのは“興味がある証拠”だろ。晴明」
化け猫は生け垣の上に乗った。
「おれに“除霊してこい”って話だろ。単刀直入に言えば」
保憲は顔を軽く上げ、斜め視線で晴明を見つめた後
「言ったはずだ。“俺は今、別件で忙しいからな”とな」
晴明は目を細めて
“相変わらず、押しつけがましい野郎だ”
と思った。
「それから一つ俺からの提案を伝える。今回の悪霊はかなり手ごわい上に
出てくる鬼どもの数も半端じゃない。お前がどうしているか知らないが
どうせ式を使うだろう。その中に“ビカラ”を入れておけ」
その名を聞いた晴明の片眉が動いた。
「“ビカラ”の能力があれば、ほぼ半分はこちら側の有利となる。
連れて行くだけの価値はあると思うが、それは晴明、俺が決める事では
なくお前が決める事だ。それだけは言っておこう」
そう保憲は言うと、化け猫と共に暗闇の中に消えていった。
暫し、晴明は庭の地の一点を見つめたまま考え込んでいた。
「へぇー、保憲がね。そんな事言ってたのか」
興味もない口調。
屋敷の反対側の月の光も届かぬ夜陰の中から声が聞こえていた。
「はい、保憲様は晴明様に“ビカラを連れて行くだけの価値はある”とも」
そのゆったりとした清楚な声が続け様に聞こえる。
「それで晴明はどう答えた。俺を連れて行くとでも答えたか」
「いいえ、何も仰りませんでした。暫くの間、考え事をなさられた後
博雅様をお見送りをして自室に入って行かれました」
「ふ~ん」
やはり興味はない様だ。
ギシという音が聞こえ、その音は声の主が立ち上がった時に発せられた
音であると思われた。
再びギシという音
「ビカラ」
背後から声を掛けられた。
「ビカラが忠行様をお慕いしていた事、その力でお守りしていた事は私も
分かっております。しかし忠行様はもうこの世にはおりません。
だから今度はその力晴明様の為にお借りする事は出来ないのでしょうか」
ビカラは冷笑した後、振り返り俯いて切なそうな表情を出す密に言う。
「貸すも何も、そもそも俺は晴明の式ではない」
ビカラははっきりと密に言いつける様な言葉を残すとその場から去って行った。
【第七ノ巻へ】
第六ノ巻のご拝読ありがとうございました。
さぁ、遂に登場安倍晴明の“兄弟子”である“賀茂保憲”
そして心優しき“密”に謎の式神“ビカラ”
羅生門に現れた女の悪霊の正体と求めている“強き者”の正体
の真相に近づく。
当初、予定していた小説とは全く異なり難しい内容になってしまいましたが
私自身、ドキドキハラハラで毎回書いております。
“陰陽師”の物語として考えれば、小難しい内容を書いてしまう私の性には
合っているのかもしれません。
ドンドンと深い話となっていく晴明シリーズ。
人間関係も式神関係も複雑になっていきそうな予感。
次回も
「この続きは!!」
と読み手様を叫ばせる内容の小説をお贈り致したいと思います。
栞でした。