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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<4章:宿敵>
96/99

16-4

 ……イムヴァルトにはああ言ったけれど。

 もちろん、その後のことだってちゃんと考えていた。


 そもそも実物と比較すれば小型の擬似太陽はせいぜいが数千度の超重熱球……イムヴァルトが抗わずとも三分と経たずに核融合反応を終えていただろう。

 アリアルド神の右瞳のコピーという()()()があればこそ、イムヴァルトと拮抗する存在強度があったことは想像に難くない。


 ……等と考えつつも、体は自然とイーライボディを盾にして大気圏に再突入。

 断熱圧縮された大気を押し付けつつ、降下位置を“天翼(ウィル)”で調整する。

 少しだけ、背中が軽くて寂しい。

 このまま“古竜の聖域(ドラゴンズネスト)”に戻ってみんなに無事を知らせたいところだけど、まだやるべきことがある。


 イムヴァルトを封印することだ。


 困ったことに、コイツ死んでいないのである。

 存在の核に太陽の欠片を叩き込んで九分九厘焼き尽くされてなお死なない以上、本当の本当に不滅らしい。厄介すぎ――


「痛っ」


 数瞬、右手の紋章が不規則に点滅し、焼けつくように痛む。

 壊れかけの紋章に負荷をかけすぎたらしい。

 太陽の創造はやりすぎだったか。そりゃそうだ。徐々に痛む間隔も短くなってきている。限界が近い。

 それでもまだ紋章は光を喪っていない。あと一回は発動できる。

 カルニがくれた一回だ。


「……見えてきた」


 行きの時の数十倍……それでも五分に満たないスカイダイビングで地上が見えてきた。

 狙い通りの場所――“天蓋湖”だ。

 前に見た光景が正しければ、ここから行けるはずだ。


 と、その時、轟音と共に降下中の体の数センチ外に雷が落ちた。


「わっ!?」

『……いっしょにいく、ほのおのこ』

「キ、キリルサグ様?」

『あなたの行いは、わたしの悲願でもある』


 纏う紫電を払うようにぶるぶると顔を振るケモ……キリルサグ様。

 その姿に勝利を確信する。

 明らかに戦いの前とは違う。尾は三本に増え、雰囲気もどこか神々しい。

 それに今のは“変身(トランス)雷光化(トニトルス)”、キリルサグ様自身の魔技ではない。

 配下の魔技を借り受けるのは、彼女の偉業“三爪配(トライア)”の一端である“支配”の権能。イムヴァルトに奪われていたチカラだ。

 物言いたげな視線に気づいたのか、キリルサグ様はこくりと頷いた。


『イムヴァルトは神であることを放棄した。そやつを神足らしめたのはわたしから奪った権能。神でないというなら奪い返すのが道理』


 むふーと鼻を鳴らす、群れという世界最古の戦闘集団(ファミリー)を司る創神。

 チャンスを逃さない狩りの手管は流石と言うべきか。


『けど、こちらはついで。負けたわたしが悪いだけ。本当に返してほしかったのはあちら』


 彼女が指さしているのは天蓋湖――その底に沈んだ()

 僕は見た。魂が月から戻るとき、石となった女神サティレがこの大地を支えているのを見たのだ。


 かつて、キリルサグ神と争ったイムヴァルトは己が魔技によって地に大穴――後の天蓋湖――を空けたが、その一撃は大地の柱をも崩したという。

 あわや世界崩壊という危機に、女神サティレは自ら石と化して神柱となり、大地を支えたのだという。

 キリルサグ神の後悔は推して知るべしだ。

 あるいは、創神の中で彼女だけがいまだに地上で活動しているのはその為か。


『手、だして。運ぶ』

「いえ、僕は……」

『チカラ、ほとんど残っていないのだろう?』


 全部お見通しらしい。

 問答無用でもふっと抱き寄せられ、意識が光速を超える。


 一瞬で天蓋湖を抜け、地の底“奈落”へと到達する。


「ん、もっとおどろおどろしい場所を想像していたけど……」


 頭上に地盤の裏側、足元に宇宙が広がる反転世界。それが奈落だった。

 そして、地を支える柱の中心に女神はいた。


 祈るように手を組んだ、息を呑むほどに美しい女性の像。

 石の女神サティレ。

 自らを石と化し、五百年もの間、大地を支え続けた石曜の神。

 ……もういいだろう。

 次はイムヴァルトがツケを払う番だ。


 ここまで引きずってきたイーライボディに右手を突っ込む。

 この手は触れた存在を“昇華”する。

 ゆえに、当然に、存在に触れることができる。


 イーライの胸からイムヴァルトの核を引きずり出す。

 掌に納まるほどの小さな渦を巻く龍。その存在の大半を太陽に灼かれた創世の名残。


『……私をサティレの代わりに封印する気か? やめておけ』

「もう意識が戻ったのか、厄介な」


 というか、この期に及んで尊大な口を叩けるイムヴァルトをちょっとだけ尊敬する。

 さすがは腐っても世界長寿番付一位タイの龍だ。遺言くらいは聞いてやろうって気持ちになる。


『ここで右腕を使えばその紋章は確実に消滅する。アリアルドより与えられた創造の権能が使えなくなるのだぞ。それでいいのか!?』

「……」


 イムヴァルトの言っていることに嘘はない。

 右腕の、壊れかけの紋章の発する痛みは、すでに限界がきていることを告げている。

 あと一回……あと一回“昇華”を使えばそれで終わりだ。二度と使えなくなるだろう。


()()()()()()。私という存在でその紋章の欠損を埋めればいい』

「イーライの左腕みたいに?」

『そうだ。それだけで貴様は何も喪わずに済む。そうすべきだ』

「……代わりに、貴方に寄生される、と」

『誓って貴様の意思を抑えることはしない!! ()()()()()()()()()使()()()()()()()()()!!』

「――――」


 ……今なら、この龍がずっと孤独(ひとり)だった理由がわかる。


『どうだ、創造の力に加えて消滅の力も使えるようになるのだぞ!! 貴様に敵う存在はこの世にいなくなる。破格の提案だ。どうだ?』

「……そうだね。考えるまでもない」

『ほのおのこ……』


 心配そうな表情をするキリルサグ神に笑みを返し、手の中のイムヴァルトを――握り潰す。


『グギッ!?』

「ああ、考えるまでもない。オマエをメチャクチャにできることに比べたら、二度と“昇華”が使えなくなることなんてどうってことないさ」


 ここまで削れば神だろうが龍だろうが人間以下、僕でも干渉可能な存在強度だ。


『後悔するぞ』

「もうたくさんしたさ」

『……クソッ、狂人め!!』

「ははは、オマエが蒔いた種から育った狂気だ。たっぷり喰らえ!!」


 紋章起動。

 右腕に焼けるような痛み。

 バチバチと危険な音を発しながら、しかしこの世の何よりも美しい黄金の光が灯る。


(今までありがとう“昇華(アセント)”)


 それは魂が発する意思を力に変換する回路でしかない。

 この世界の法則に則った、肉体の機能でしかない。

 それでも、お礼を言いたかった。この黄金の光が共に在ったから、僕はここまで来れた。


「さよなら――“昇華”」


【永久に大地を支える礎となれ】


 素材は極上、テンションは最高潮。生まれるは人生最高傑作。

 キリルサグ神がサティレ神を解放するのと入れ替わりに、イムヴァルトを大地を支える柱に昇華する。


 次の瞬間、硝子が砕けるような音を立てて、右腕の紋章が砕け散った。

 キラキラとした光が宙を舞い、溶けるように消えていく。

 ずっとこの手に宿っていた万能感が、魂に触れる暖かさが、消えていく。


 ……これでいいんだ。神様の力を借りるのはここまでだ。


 そう自分に言い聞かせる。でないと、僕は――


『少し遠回りをする。時間はある』

「……ありがとうございます」


 抱き寄せられた小さな胸に顔をうずめる。

 震える背中を、キリルサグ様は何も言わずに撫でてくれていた。



 ◇



 雷光になって戻ってきた古竜の聖域は、それはもう惨憺たる有様だった。

 空は割れ、地は砕け、四方八方から生えた天樹が魔物の死体を串刺しにしている。

 ……地獄かな?


「メイルッ!!」

「っと」


 義勇兵の間から飛び出してきたノキアを抱き留める。

 お互いボロボロで、返り血だらけで、まったく絵にならない。

 それでも抱きしめたぬくもりが、触れ合う頬の柔らかさが、張り詰めていた精神を優しく溶かしてくれた。


「“天翼”のこと、ごめん。ありがとう。助かった」

「いいんです。わたしの背中にあるか、あなたの背中にあるかなんて、些細な違いです」


 そう言える彼女だからこそ、魔技を譲り渡すことができたのだろう。

 同じことが自分にできるとは到底思えない。


「……カルニは逝ったよ」

「勝ち逃げ、ですね。くやしいです」

「そうだね……そうかな?」


 予想していなかった応えに、ノキアの顔をまじまじと見つめると、彼女は泣き笑いの表情を浮かべた。


「わたしはカルニのライバルなんですから」


 ……ライバル、か。


「おーい、無事か、メイル殿!?」

「姉様も戻ってきたか。それにそちらは――」

「アシェラさん、フィア――フィンラスさん、お疲れさまです。一通り片付きました」

「そのようだな」


 おっとり刀で駆けつけてきたアシェラさんは胸をなでおろし、それから誇らしげに敬礼を返した。

 一方フィアは軽やかに肩を叩いてウインクすると、キリルサグ様がマントに包んで抱えている女性――サティレ神の介抱に向かった。

 どうやら、この後に起こる混乱というか、狂喜乱舞については受け持ってくれるらしい。

 五百年ぶりに石曜の女神サティレが復活したのだ。大騒ぎでは済まないだろう。収められるのはそれこそフィアくらいのものだ。



 それに、僕にもまだやるべきことが残っている。



「メイル?」

「疲れているところごめん。ノキア、もうちょっとだけ付き合って」


 周囲がざわつき始めた。サティレ神の復活という大ニュースが広がっているのだ。

 目立ってしまう前に、ノキアを連れて義勇兵たちの間をすり抜け、小高い丘に向かう。

 探すまでもない。お互い、一度目にしてしまえばもう目を逸らすことはできない。




 丘の上にはイーライがいた。




「気が付いたんだ」

「……面倒をかけた」


 穏やかな風が吹く。

 ゆっくりと振り向いたイーライの表情は憑き物が落ちたように落ち着いていた。

 鱗を纏うその体は太陽に灼かれてボロボロだけど――僕たちはその程度では死ねないらしい。


「メイル」

「イーライ」


 ……不思議な気分だ。僕たちはひとつの前世を分け合っている。

 兄弟よりも、双子よりもなお近い、もうひとりの自分。

 配分には少々、文句もあるけれど。


「まだやる気はある?」

「無論だ。貴様がいる限り、俺は何度でも立ち上がる」

「……」


 正直、イーライに対する怒りはもうない。

 こいつはイムヴァルトに造られただけの存在だ。

 人の思い出を邪魔モノ扱いするのはいただけないけど、そんなのは一発殴れば済む話だ。

 怒ることにももう疲れた。

 だけど――


「ライバルなら決着をつけなきゃね、イーライ」

「ああ。決着をつけよう、メイル――ミカド・ミコトの魂よ」


 互いに、鏡合わせのように拳を握る。


「ここで終わらせよう。俺の天敵、俺の憎悪、――もうひとりの俺よ」


 (ぼく)自己同一性(アイデンティティ)は決着を求めている。


「その傷じゃ勝てないよ」

「だろうな。だから、この命が燃え尽きるまで、どうか付き合ってくれ」


 祈るような言葉。

 前世からずっと探していた『なにか』。

 そうか。オマエはまだそれを見つけていないのか。


「わかった。僕も――(オレ)たちも命までは賭けよう。ここでオマエの旅は終わりだ」

「剣は作らないのか? それが貴様の魔技だろう」

「僕たちの剣は後にも先にもひとつだけだ。だから、これが全力だ。

 そっちはどうする。隻腕のままでいいの? 使えるものは全部使うといい。言い訳なんて許さない。この一戦でオマエの心を折る」

「俺も魔技は必要ない。俺は神ではない。竜にも人にもなりきれなかったが――」

「オマエはニンゲンだよ。僕たちにはわかる」


 被せるように告げた確信に、イーライは驚き、それから困ったように笑った。


「そうか……きっと、俺は、その言葉を聞くために生まれたのだろうな」


 もう心残りはない。その瞳が告げていた。

 いいだろう。あとは全力を尽くすだけだ。


「ノキア、手は出さないで。ただ見届けてほしい」

「死んだら怒りますからね」

「死なないし、負けないよ」


 勝つために必要なものは、もう僕の中にある。


「たとえ魔技がなくても、僕たちはニンゲンに負けはしない」



「――いこう、カルニ」











 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇








 ――後の世において、この一連の戦いは『古龍の乱』と呼び習わした。


 古龍が封印され、創神が復活した、神話のような歴史の一節。

 数多の逸話が生まれ、数多の伝説が生まれた熱狂の時。


 人が、神の揺り篭から飛び立った証明。


 その一部始終を記した資料にメイルと呼ばれた冒険者の名は記されている。

 あらゆる武器を作った鍛冶師であり、魔剣を振るい、複数の魔技を扱う卓越した戦士。

 彼(※飛翔の魔技を持つ女性であったという説もある)は戦いにおける中心的戦力であったにも関わらず、その来歴については驚くほど記述が少ない。

 亜神であったとも、あるいは、いずこかの神の子であったとも言われている。

 全てを記録しているはずの図書館(ビブリオ)エルフも、不思議と彼のことについては口を噤んだ。

 曰く『ぷらいばしー』の侵害になるからと。その不思議な言葉の由来すらも不明である。



 それゆえ、後世に伝わっているのは、彼のふたつ名のみである。



 古龍の乱の終結を以って、人は新たな時代に到達したとされる。

 すなわち『炎代』――焔代、神代に続く、魂より生ずる熱意を以って世界を拓く人の時代。



 新たな時代の先駆けとなった冒険者メイル。

 人は彼を『炎の子』と呼んだ。


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[良い点] >「勝ち逃げ、ですね。くやしいです」 以前書いた「ヒロインレース勝ち逃げしやがって…」 作中でも言ってて笑いましたw
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