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カニの食べ放題と流れ着いた猫缶

 カニのお刺身おいしいです。

 ああ、私の事情を知らない人がいたら、おまえ何言ってるの状態ですね。


 私は、相良雪といいます。

 日本でのお仕事は、ちょっとこじゃれたフレンチのビストロチェーンにお勤めする下働きです。とてもとてもシェフだなんていえないのです。カジュアルなチェーン店だし。

 ここだけの話、できあいのものも多いんですよ。お値段もカジュアルですから、仕方ないと思います。


 そして、今の私は、世界単位の遭難者です。

 何で自分がここにいるのかさっぱりわからないまま、既に三年以上の月日が流れました。正確ではないのは、毒で半分死にかけていたときの時間経過がわからないせいです。

 ここは、現代日本とはかけ離れた異世界です。

 モンスターがいるわ、魔法は使えるわ、根本的に違います。

 生活レベルがどれだけ違うか……残念ながら、私は人のいるところにいったことがないのでわかりません。

 最初に流れ着いたのが無人島。

 そして、移動できたと思ったら、またしてもそこは無人島だった状態です←イマココ

 仕方ないので、今は、お食事中です。

 腹が減っては戦はできぬ、といいますからね。

 無事、海岸にいたカニを捕獲し、絶賛カニ食べ放題祭とシャレこんでいるところです。ああ、ここに携帯があったならば絶対に写メるのに。みんなに自慢しまくるのに!!


 目の前の新鮮なカニは、殻がちょっと固かったですけど、私には『使い込んだ究極の料理人のナイフ』という強い味方があります。

 あの拾ったナイフをじーっとみるとそう書いてあったのです。

 なんか通販とかでありそうな大げさな名前ですよね、究極の料理人なんて。何かのマンガにありませんでしったっけ?

 そういえば、いつだったかのお知らせメッセージでもそんな単語をみたような気がします。

 この世界って何がどうなってるんでしょうね?いきなりお知らせメッセージが目の前に浮かんだり、図鑑なのかって思うような説明書きがよく宙に浮いています。


 まあ、それはさておき、カニです。私のお給料では、あちらではなかなか食べられませんでした。職場でちょこちょこ食べる機会はありましたけど。私みたいな下っぱではおなかいっぱい食べるなんて夢のまた夢。脚の一本ももらえれば恩の字でした。

 でも、ここのカニは違う!ここのカニは、私が好きなだけ食べていいカニなのです!!

 こちらのカニは私より大きかったですけど、何のことはありません。私の食材を求める熱い情熱の前に敗れ去りました。ふふん、ざまーみろ!です。


「食欲だろ!食欲!」


 セフィロスが何か言ってますが、私は気にしない!

 カニは、なれないとちょっと大変ですが、ポイントを押さえておけばかなり楽に剥けます。

 生きたパッケージみたいなものです。


「おいひい……」


 とれたてのカニの甘いこと!

 お醤油ないけど、塩水で洗うだけで充分でしたよ!

 ああ、このおいしさを知らない人に教えてあげたい。


「口んなか物入れたまま、しゃべんなっての!」

「ごめんなさい」


 口うるさいセフィロスですが、当然のことです。

 ただ、最近、ちょっとお母さん化してきているような気がします。


「しっかし、こりゃまあ、何つうかエラい景色だなぁ」


 青い空に青い海、白い砂浜だったはずが、今、目の前に出現しているのは流氷の海です。色も何だか寒々しい蒼……いったい、あの爽やかな風景はどこにいってしまったんですかね。


「ちょっと、力加減を間違えましたね」

「だから言ったじゃねえか!あんた、腹減ってんと制御甘いって!」


 他人事のような顔してるんじゃねえっ!とセフィロスが言ったので、私はにっこりと笑って言った。


「ここが無人島でよかったですねぇ」


 心底そう思います。

 あ、私たちがいるのは海岸です。私たちの目の前には石を積んでつくった簡易かまどがあり、上に鉄鍋を積んでがんがんに海水わかしています。

 ちなみに鍋は、カラヤンさんの小屋にあったものです。謎倉庫にいれっぱなしにしておいて正解でした。

 これさえあればどこでだって温かいものがいただけます。


「セフィロスがこのカニのお刺身を食べられないことが残念でなりません。美味はそれだけでも美味ですが、やはり誰かと分かち合うと更においしくなりますから」


 左側のはさみと足を一本、お刺身にしてあります。

 まずは、足の上半分をそのままで食べました。

 間接部分から上ですね。わかりやすくいうと腿の部分です。もちろん、下部だって無駄にはしませんよ。


 口に入れた瞬間、鼻腔にふわっと潮の香りが広がります。

 これが苦手という人もいますが、私はこれはこれで好きです。基本、好き嫌いはあんまりありません。

 まあ、あったら、モンスター食べようなんて考えませんよね。

 私だって、何事もなければこんなゲテモノ食いな女にはなりませんでした。

 今では、私を紬糸の巻き芯にしようとしていた真っ赤な目の大きな蜘蛛さんだっておいしくいただけます。いやぁ、あの蜘蛛おいしいですよ。次に見たら、積極的に狩りに行くくらい気に入りました。

 とはいえ、今は目の前のカニに集中せねば!


「俺っちは、ご主人の魔力があればいいさ!ネコカンもなかなかだったけど、あれはいけねえや。体が爆発するんじゃねえかって心配になるかんな」

「でも、おいしかったんでしょう?」

「ばーか、あれは刺激的だけど、俺っちが一番ウマイのはご主人の魔力に決まってんだろ」


 なぜ、そこで照れる?

 っていうか、杖的にはこれは何かの告白になるんだろうか。

 生憎、私たちの間には無機物と有機物と言う、絶対に越えられない壁がそびえたっているので、そこまで察しろというのは無理な話です。しゃべる杖を無機物にいれていいかわからないのだけれど。


「握ってるだけでいいんでしょ?また寝るときに」

「おう」


 接触しているだけで、充電するみたいに魔力がセフィロスの中を循環するのだという。なのでセフィロスは接触……スキンシップが大好きで、謎倉庫に突っ込まれるのが一番嫌いです。

 そして、循環する魔力が多ければ多いほどセフィロスの力になる。セフィロスの力はそのまま私の予備魔力なわけなので、セフィロスにはできるだけ強くなってもらわなければいけないのです。

 だから最近は寝るときに握って寝てるのです。これはこれで便利。

 夜中に魔物に寝込みを襲われたとき、思いっきりぶん殴れます。

 時々、寝ぼけてへし折りそうになるけど、一番効率がいいのです。

 最初の頃は、何かピンクな妄想していたセフィロスですが、今ではまったくそんなことはありません。私が寝ぼけた時、咄嗟に自己強化をしなければならないので、危機察知能力を鍛えるのにもいいそうです。

 

「ううっ、おいしいよう……」


 ねっとりとした舌触り……この絶妙な甘さときたら!!

 氷入りの海水で洗っただけなのに、すごいです。

 はさみの部分なので特に身がしまっています。はさみの大きさは1mくらい。なかなか食べ応えがあります。


 ちなみに、氷は自分で作って海に叩き込みました。

 氷系統の魔法はソルベとかルイベとかしか試したことがありませんので、たまには違うものでいってみようと思ったのが間違いでした。

 氷水をつくりたかったのでカチワリ氷がちょうどいいと思ったのです。

 カチワリ、結構好きなんです。昔、夏にタイに旅行したとき、金魚すくいの金魚をいれるあの袋にそっくりなものにカチワリ氷と果物のジュースをいれて屋台で販売していました。

 衛生的にはどうかと思いますが、郷に入っては郷に従え、もちろんおいしくいただきました。旅行中、ほぼ毎日ジュースの屋台に行ったくらいです。

 でも、ジュースのメニューで一番高かったのが、非常に鮮やかなオレンジのファンタという名前の甘い砂糖水だったのが納得いきませんでした。

 で、そんなことを思い出しながら、カチワリゴオリ シンマデコオレ ジャラジャライッパイと唱えたら、そこに南極だか北極だかが発生してしまったわけです。

 目の前のこの極寒の海の様相は、そのせいです。流氷がどんぶらこっこと海を埋め尽くしていますがペンギンとか白クマはいません。

 おかしい、カチワリだからもっと細かな氷のはずなのに。


「ご主人、氷、もう溶かしちまえよ」

「水位とかあがりそうで、怖いんだけど」

「ああ……じゃあ、分解しちまえば?」

「分解?」

「えーと、マナに還元すりゃあいいってこと」

「イメージできません。もっとわかりやすく」


 魔法とはイメージ力が大事。しっかりイメージ、きちんと実行です。


「あー、うー、氷溶かして蒸発させてできるだけ広範囲に散布すりゃあいいよ」

「煮物で水分とばす要領でしょうかね?」

「……海水が煮たったら、全世界規模でどんだけの被害が出ると思ってんだよ!あんたは魔王になるつもりか!!」


 南極出現の時点で結構問題な気がしますけど。まあ、いいです。

 おっと、目の前にボトッと何かの鳥が降ってきました。

 突然出現した極地の冷気にやられたのかもしれません。

 ああ、次から次へとボトボトと鳥さんたちが……。

 顔が凶暴で嘴も爪も鋭い……ということは、やはりこれもモンスターですね。

 まあ、突如、南の島に南極が発生すれば、いかに強力なモンスターといえど何もできないのかもしれません。


「この鳥さん達、おいしいですかね?」

「あー、これはディグリアスっつって大空最強のハンターって呼ばれてるモンスターな。牛や馬や豚の家畜だけじゃなくて人間も襲う。味はしらねえ。過去の俺っちのご主人でこれを食った人間はいねえから」

「おお、じゃあ、はじめてゲットというわけですね」

「………俺、たぶん、この先もご主人ほどおかしな女には出会わねえと思う。賭けてもいい」

「じゃあ、最後の女でもある、と。熱烈な告白みたいですよ、セフィロス」


 くすくすと笑うと、セフィロスは沈黙した。


「どうかしましたか?」

「……なんでもねえ。……あんたくらい破天荒で豪胆でおっちょこちょいで突拍子もないご主人なんて、ぜってえ、いねえから!だから、そう簡単にくたばるんじゃねえぞ。俺っちの主人になれるくらい魔力があるんだから長生きはすんだろうけど、でも、人間は、簡単に死んじまうから!」

「なるようになる、ですよ。なんたって、気が付いたらこんな、映画の中みたいな異世界ですからね!」


 モンスターがいる時点で、ファンタジーっぽい異世界なことはわかりました。

 指輪物語にはあこがれましたが、ここはだいぶ違う気がします。

 ちょっとしんみりしてしまった空気を吹き飛ばすように、私は明るく笑いました。

 こういうときはおいしいものを食べるに限ります!


「じゃーん、秘密兵器出します。謎のレモンもどき!」

「名前、見えんだろうが……」

「フィレーロ、だって」


 文字がちゃんと浮かびます。

 みみずがのたくったような文字の上にカナがふられるのです。おそらくこれは現地の文字!素晴らしい!いたれりつくせりです。

 フィレーロは柑橘系で、ものすごくすっぱい果実です。このままではとてもじゃありませんが食べられません。形はミカンですが、皮は手では剥けないです。

 これをクシ切りにして、カニ肉にしぼります。

 生臭い香りを一瞬にして爽やかにする香り……ちょっとカボスっぽい青さがあるそれを胸いっぱいにすいこみます。目を閉じていれば緑の風を感じます……実際には南極?いや北極ですか?な極寒の地だけど。


「……ご主人のストレージって半分は食いもんじゃねえの?」


 そうそう。謎倉庫はすとれーじという名前らしい。

 それってコンピュータ用語か何かだったような。聞き覚えがあるような気もしますが、覚えていません。 


「甘い。七割はいってると思いますよ。自動で収納される以外は、食べ物じゃない限り、ほとんど拾いませんから」


 もぐっとカニ肉を口にはこび、思わずムンク顔で凍りつきました。

 元のうっすら塩味も絶品でした。大変おいしゅうございました。

 ですが……ですが、フィレーロの果汁とのこの爽やかさとのハーモニーは、更にそれを上回ります。

 本当においしいときは言葉なんて出ません。

 ただひたすら食べます。ええ、食べ続けるのみ!

 私は無言でカニ肉を貪りました。

 貪るといっても、人様に見せられないような姿で食べてはいませんよ。これでも私は文明人の一員なのです。

 たとえ、モンスターをぶちのめして、それを食べるようなサバイバル生活を送っていてもです。

 あれ?でもこれってサバイバルなんでしょうか?何かそこまで苦労はしていないような。

 むしろ、いろんな珍しい食材に出会えて、充実した食生活を送っている気がします。まあ、かなりのワイルドライフですけど。


「確かに。……でもまあ、レアもんはちゃんと全部拾えてんからな……ご主人の基本ステータス、ラックが異常に高いし」


 すてーたす?らっく?何の話ですか。

 今はそれよりもカニです!カニ!!

 野外での食事らしく野趣にとんではいますが、ちゃんとナイフとフォークを使っています。素手でつかんでかぶりつくにはちょっと大きすぎるのですよ、このカニの脚。


「俺っちさ、ドラゴンの溜め込んでいた宝物より、ドラゴンの心臓石より、肉優先する女がいるなんて知らなかったんだよな、ご主人さまに会うまで」


 はて?いつのことでしょう。

 ……もしかして、そのドラゴンは、あの前の島でのボスドラゴンと思しきあの黒いヤツのことでしょうか?

 確か、あのドラゴンの名前は……えーと、えーと、暴嵐王ストラディバリウスでしたっけ?


「ストラディウスだ、ご主人」


 そうそう。そんな名前です。

 私はうっとりとカニの刺身を口にはこびながら、記憶を探る。


 確かあれは、島の中心部にある山の中の洞窟の一つでした。

 私はそんなところにドラゴンが住んでるなんて知らなかったのですが、あの日、食材探しで島を探検していて、あの洞窟を発見してしまいました。

 薄暗い洞窟にはよく珍しい茸があります。発光しているようなのとか、色がすごいのもあるのですが、最近では見た目はあまり気にしなくなりました。毒耐性もだいぶついていましたしね。多少、おなかがいたくなっても気にしません。

 野生化しているような気もしますが、大丈夫です。私はまだ道具を利用する文明人です。

 ちょうど雨が降ってきたこともあって、私は雨宿りの為に洞窟に足を踏み入れました。

 そこに、あの黒竜がいたのです。


「あれ、強かったですよねぇ」

「おう」


 思いだすと二人で溜息ついちゃうくらい強かったんですよ。

 あの黒いドラゴンは、雷と風を操るドラゴンでした。

 でも、ちょっとオバカさんなドラゴンでもありました。

 狭い洞窟で嵐をおこしたら、自分の寝床にしいていたあの山ほどの金貨だの宝石だのが舞い上がるのは当然ですよね?自分で自分の宝物を散らかしてしまい、逆切れをおこしました。ええ、ただのバカです。

 で、私に雷を落とそうとしたのですが、そこは、私のルイベ シャリシャリの方が早かったのです。

 ルイベ シャリシャリ ホネマデコオレ

 呪文はイメージしやすいシンプルなものがいいですね。

 ただ、さすがは地上最強生物!もちろん、それだけでは動きを完全に止めることができなくて……そう、その時に閃いたのが『ヴィデ』でした。地上最強生物といわれるドラゴンだって、内臓なくなったら生きていけないはずです。

 呪文はちゃんと作動しました。

 赤黒い光が強い光を放った瞬間、内蔵がごっそり宙に浮いていました。黒光りする石があって、このドラゴンってばもしや胆石だったのかと驚きましたよ。いや、それ、胆石じゃなくて心臓石だったんですけどね。


「さすがの俺っちも死ぬかと思ったもんなぁ」

「ルイベの時にさっさと五乗くらいしとけばよかったんですよ!そうすれば一発だったのに」

「いや、だって、そこで俺が魔力使い果たしちまったら逃げる力もなくなるじゃんか」


 ドラゴンはしつこいんだそうです。

 一度覚えたら、その恨みは死ぬまで忘れない。……ただ、覚えるのに時間がかかります。でも、そこに例外が一つありまして、宝を狙ってきた相手は絶対に忘れないとか。

 誤解といえど、あれはきっと絶対に忘れてくれないパターンです。


「まあ、新呪文覚えて結果オーライですけど」


 『ヴィデ』はいい呪文です。

 まず、短い。これだけ短いととっさにでも放てます。

 それから、発動時間がほとんどないのも良いです。

 しかも魔力消費が少ないです。それでいて、再使用即可能です。

 ステーキウェルダン系統は、十秒くらい待たないと再使用できないんですけどね。

 たぶん、こういう一言系のやつは再使用時間が短いのです。

 文脈が長いほど再使用可能な時間が長いのではないかと私は思っています。

 まあ、単体にしか使えないのですが、私の魔力ならば連射できますから無問題。何よりも……食材に傷をつけることがほとんどありません!何て素晴らしい!!

 

「ありゃあ、凶悪な呪文だよな」

「内臓とらなくていいんで楽ちんです。保存用下拵え的に」

「……ご主人様の場合、食うことが一番だもんな」

「おいしいは正義です!!」


 私は堂々と言い放つ。


「それに、お肉が丸々傷一つなく手に入ったのが素晴らしかった」


 内臓もです。ドラゴンの肝臓食べて七転八倒しましたけど!おかげで、私の髪は一房があのドラゴンの体色だった金を帯びた鋼色です。

 光の加減で一房がブリーチしているように見えます。ちょっとおしゃれにみえないこともありませんが、見ようによっては一房まるまる白髪に見えないこともありません。


「ああ、心臓石も傷一つなかったもんなぁ」


 ドラゴンの心臓石というのは、この世界で極めつけに貴重な宝石の一つです。

 もちろん、私だってちゃんと拾いましたよ……ええ、だってセフィロスが怒るから。

 私だっていっぱしの女、光り物は大好きです。ただ、それよりも肉のほうが好きだっただけで……ドラゴン肉おいしいんですよ。この世界にきてよかったと思うことの一つにあのドラゴン肉があります。

 いや、最初あれ系のお肉を食べたときは下したんですけどね。他に食べるものなかったし、頑張って食べてるうちにたぶん私の内臓が馴染んだんでしょう。今では大好物です!

 あちらでいただいた最高級の松坂牛さんや最高級の神戸牛さんにも匹敵するお味です。いや、それ以上だと思いました。

 うふふふ、私の謎倉庫には、ストラディバリウスとか何とかっていうアレの肉でうまってるエリアがあります。解体は大変でしたが、放置すると自動的に収納する量というのは解体で手に入れるよりずっと少ないので、希少なモンスターは解体しないという選択肢はないのです。


「心臓石は食べれませんから、所詮、倉庫の肥やしでしかありませんけどね。……ふっふっふ、次は茹でガニの出番ですよ。茹でガニさん、茹でガニさん。炊~きたて~の茹でガニさん」


 変な歌うたっちゃいます。

 鍋の中のカニを、木の枝をつかって器用にとりだしました。

 本来、カニは甲羅ごと茹でるところですけど、鍋に入りませんでした。

 この甲羅、鍋の何倍あるんだか!私のお風呂になるかもしれないというサイズです。

 なので、解体して、鍋に入るサイズ分を茹でました。

 この鍋も結構大きいんですよ。子供のお風呂くらいにはなりそうなサイズです。

 ちなみに、中華鍋も謎倉庫にありますよ。カラヤンさんは結構ちゃんと料理する人だったのかもしれません。

 そして、明日はカニ玉つくります。ふわっふわのカニ玉を!


「……なあ、ご主人さま」

「なに?」


 で、お皿は木製です。これは自分で作りました。なんてことはありません。ハム ウスギリ ゴマイで輪切りにした木をナイフでチマチマと削りました。無人島生活というのは時間だけはあるものですから。

 元々、不器用ではありませんでしたが、いろいろなものを自分で作ってるうちに更に器用さアップしました。熟練木工職人とかってのに認定されてます。

 あちらに帰ったら本当に木工職人になるのもいいかもしれません。

 だって、元の職場は年単位で無断欠勤です。クビ確実です。

 それに、もう私はフレンチのシェフには戻れないと思います。

 ううん、戻りません。

 自分を襲ってくるモンスターを、調理ともいえない調理をして食べてきた私には、噛みついてきもしなければ、私の生命を狙ってもこないお行儀の良い食材で、繊細で美しくはあるけれど、生命力に乏しく見えてしまうあの一皿の芸術を作り出すことはもうできないのです。

 それよりも、この、素材そのままを味わう野趣あふれたサバイバル料理に心惹かれてしまう……ええ、そうです。私は生きることと食べることがイコールである場で、自分が獲った食材で料理を作ることに喜びを感じているのです。


「……これも、そのまんま食うのか?」


 セフィロスは何か言いよどみます。何か言いたいことがあるんでしょうか?


「いいえ、これは素敵なスペシャルな一品があるのです」


 茹でガニのいい香りが周囲に広がっています。

 なのにどんなモンスターも寄ってこないのは、ここが謎の南極現象の中心地だからなのでしょう。たぶんつよーい魔力を感じているに違いありません。

 普段、私の魔力はセフィロスによって完全に隠蔽されています。

 でも、大魔法を使った痕跡は、セフィロスにだって隠し切れません。


「スペシャルな一品?」


 私はじゃーん、と薬壜を取り出しました。

 カラヤンさんの小屋にいっぱいあった薬壜です。あ、これは空だったものをちゃんと煮沸消毒しましたよ。


「ご主人、なんだ、それ」

「マヨネーズっぽいソースです!」


 見よ、ちゃんと文字ガイドにだって『マヨネーズっぽいソース』と出ているじゃないですか。

 説明書きもちゃんとあります。『究極の料理人にして至高の美食王たる(他、称号略)ユキがつくったマヨネーズっぽいソース MPが50%回復する』だそうです。


「えむぴーってなんですか?セフィロス」

「あー、魔力。ご主人様の魔力は、今は6312/19000な。南極魔法で魔力食いすぎ」


 数値を言われてもよくわかりません。多いんじゃないかと思いますが、普通の人ってどのくらいなんでしょうね。


「南極つくりたかったわけじゃありません。カチワリ氷です!カニ肉の刺身はふわっと華ひらいてなきゃおいしさが半減するんですもん!味ってより見た目的に!絶対に氷水が必要だったんです!」

「食いもんの為にMP5000費やす女はご主人様がはじめてだっての!」

「それは、それは。……誰にでもはじめてはありますからね。私、セフィロスのはじめての女ですか、そうですか」


 それはそれで何か感慨深いものがあるような気がします。気のせいの可能性大ですが。


「おいっ、ご主人っ!なんか他の人間にきかれたらすげえ誤解を生みそうだから、他人がいるところでは、それ、ぜってぇ、口に出すんじゃねえぞ!」

「照れ屋さんなんですねぇ、セフィロスは」

「んなわけ、あるかっ!!」


 いや、人間だったら、絶対に真っ赤になってる。 

 このカニよりも真っ赤ですよ。

 セフィロスからは憮然とした空気が漂ってきますが、もちろんスルーです。


「……おいし」


 皿のすみっこにちょこっとソースをこぼして舐めてみる。自分で作ったものですが、絶賛自画自賛です。

 あっちの島にいた時に作ったんですけど、まだ食べたことはなかったんです。油とか簡単には作れないから、もったいなくて。

 人差し指の先につけて、もうひと舐め。


「ああ……」


 思わずうっとりとしたような溜息がこぼれおちた。

 これがマヨネーズっぽいソースであって、マヨネーズではないのは、酢がないから。酢のかわりにフィレーロの果汁をつかっているのです。

 マヨネーズって基本、卵の黄身と油と酢でできています。私はそこに塩コショウ少々で味と整えます。

 卵はあっちの島でとった卵……チキチキ鳥の卵です。親は私が揚げにしておいしくいただきました。まだ半分ほど倉庫に入ってます。明日はかに玉のつもりでしたが、とり玉もいいかもしれません。親子丼と言えないのは、まだ米に出会ってないからです。

 油はノコノコヤシの実をクラッシュして絞ったものから油を分離させたもの。どうやって分離させたか……それはもう、魔法さまさまですよ。

 イメージで魔法が使えるって、本当にすごい。


 何もつけないで茹でガニにかぶりつく!

 これは、生のお刺身とはまた違う甘みがあります。海水でゆでただけですが、塩加減もちょうど良い。


「あついけど、おいひい……」

「だから、口にものをいれて……」


 その先は以下略です。わかってますー、というように私はうんうんうなづいて、再び茹でガニに没頭する。

 ちょこっとマヨネーズっぽいソースにつけて食べたら、ほろりと涙がこぼれました。

 懐かしい文明の味です。

 きちんと整えられた味には程遠いのですが、それでもこれは調味料です。

 人類の叡智と私の努力の結晶です。マヨネーズが人類の叡智か……そう問う人は、マヨネーズに泣くがいい。これは、人類の二十一世紀に渡る文明が生み出した究極の調味料の一つなのですから!

 新鮮な茹でガニとこの自作ソースの織り成す味を、私はきっと忘れないだろうと思いました。

 これぞ、ドラゴン肉に並ぶ美味の一つでしょう。


 ティロティロと耳元で文字ガイドのお知らせベルが聞こえますが、私は食べるのに忙しい。

 いいんです。セフィロスがちゃんと把握してますから。




 ■■■■■




「ふぅ……どうしたんです?セフィロス。だまっちゃって」

「デキる杖は、食べてるご主人に話しかける愚はおかさないのさ!あれは俺っちの最大の危機だったかんな」


 そういえば、前に食べるの邪魔したとき、思わずセフィロスをへし折るところでした。

 学習してるのはいいことです。


 本当はパンを焼いて、茹でたカニ肉をソースであえたものでサンドイッチとかしたかったんですけど、パン焼くのって半日がかりの大仕事なんですよ。

 なので、焼きたては諦めました。

 前に焼いたものを軽く火であぶります。ちょっと硬い……ドイツパンとかフランスパンとかな感じのパンです。サイズはコッペパンくらい。

 真ん中にナイフをいれ、そこにカニ肉フィリングを詰める。おっと、忘れちゃいけない。カニ肉フィリングには、刻んだ磯タマネギが入っています。しゃきっとした食感が、同一素材を連続して食べているのにそれとは一味違う別物にしてくれています。


 それから、昆布っぽい海藻で出汁をとった塩味のシンプルなスープにふんわり浮いているのはカニ味噌!

 ああ、見てるだけでよだれがでそう。

 カニ味噌最高!

 自作の木のスプーンですくって口に運ぶと、コクのあるクリーミーな味わいが口の中に広がって、涙が出そうになります。

 おいしい、というのは、感動をも与えてくれますよね。

 

「大丈夫。聞いてるから。で、お知らせで何か知っとくことある?」

「あー、レベルアップしてた。っつってもなー、ご主人、もう俺っちのご主人である時点で普通の人間じゃねえしなぁ。カンストなんかとっくにしてんから、隠しステータスの数値が変わるくらいだし」


 あれ?今、何ていいました?

 私が人間じゃないとかいいませんでしたか?

 動揺しながらも、スープは飲み干しました。

 うん。こんなときでも普通においしいです。


「えー、だって、世界樹の杖に選ばれた時点で、大賢者だぜ」

「……ダイケンジャってなんです?」

「この世界の叡智を識る者にして、世界の理の守護者だ」

「私、何も知りませんけど」


 ああ、もしかして、それは『大賢者』なんですね。うわ、ありえないですよ!


「俺っちが知ってるし……っつーか、俺っちの知識ってのはそのまんま、ご主人の知識だ。だって、わかるだろ?知りたいって思うこと、頭に浮かぶだろ?目の前に説明出てくんだろ?」

「……あー、ある程度は」


 スルー多いですが。


「ええっ。俺っちは、世界の叡智の結晶だぞ。知らないことなんてっ」

「ディグリアスの味、知らなかったくせに」


 ディグリアスていうのはさっきの凍えて落ちてきた鳥です。羽とかつめとかくちばしとか肉に自動分解されて、謎倉庫に自動収納されました。

 だって、カニ食べてるんですよ。解体なんかしませんよ。こういうときには自動解体→収納が便利です。たとえ、取り分が少なかったとしても。


「……………だ、だって、今までの歴代の大賢者にそんなもん食う人はいなくて……」


 あらあら、しょげなくていいんですよ。いじめてるわけじゃありません。


「ようは、セフィロスは、これまで大賢者を名乗ってきた人の知識の蓄積なのですね?」

「おう」

「じゃあ、喜んでください。私といると新しい知識が増えますよ」


 今までにそういうものを食べる人がいなかったというのなら、これらはすべて新しい知識になるわけです。

 OH、何て素晴らしい!私が大賢者というのはまったくピンときませんが、セフィロスが知らないことを知る手伝いは私にもできます!しかも、得意分野で!


「あなたの知識を増やす手伝いをしてあげますから。あなたも私に協力するんですよ」

「も、もちろんだ、ご主人様!俺っちはご主人様の誰よりも忠実な杖だかんな!」


 声が震えてますよ、セフィロス。

 照れ屋さんなだけじゃなくて、感激屋さんでもあるんですね。

 セフィロスにとっては、知識を蒐集?収集?することが自己の使命なわけです。いわばそれが存在意義なわけです。

 私の言葉は、セフィロスにとっては絶対の自己肯定でしょう。

 

「さて……サンドイッチが残っていますけど、これはまた別の日に食べるとして……」


 残ったパンは謎倉庫に仕舞っておきます。

 今日も食べ過ぎましたが、まったく問題ありません。

 魔法を使うとおなかがへるのです。大丈夫、デブになんかなりません。ええ、なりませんとも。

 私は立ち上がって、セフィロスを握り締める。


「何すんだ?ご主人」

「後始末です。良い呪文を思いつきました」

「はい?」

 

 そう。皆、小さい頃にはよく言われましたよね。


「ゴミハゴミバコヘ ゼーンブモトノトオリ」


 セフィロスをちょいっと振る。

 光の粒子がふわりと軌跡を描き、周囲の様相を一変させた。

 料理用語でなくとも、魔法は発動する。私の場合は料理用語のほうが効率がいいというだけで。だから、イメージしやすい言葉なら、ちゃんと魔法になるのだ。

 ここにゴミ箱はないので、食べかすとか燃えカスとかいろんなものがどこにいったのかわかりません。

 ついでに元の通りと言っても、南極は消え去りましたが私が食べたカニは復活していません。このへんのファジーなところが、実に私らしいと思います。


「この甲羅とか殻はゴミじゃないんですね」

「あー、鎧とかの素材になるかんな。一応、人のいるとこ行けば売れるぜ」

「なるほどー。じゃあ、収納しましょう」


 ちょんちょん、とそれらに触れれば収納です。

 実に便利。


「さて……今日のねぐらに行きましょうか」

「おう!」


 砂浜を歩きながら、ふと、ある方向に強く気を惹かれました。鬼太郎の妖怪アンテナとかってこういう感じなんでしょうか。何かこうひっぱられる感じがします。


「ご主人?」


 足を向けたそこにあったのは……猫缶でした。

 ぼんやりと黄色い光を帯びたそれを、私は拾い上げます。


「そりゃあ、ご主人のネコカンと一緒のもんじゃねえの?」


 最初にあの猫缶を見つけたとき、猫缶は83個しかなかった。ダンボールは上の方がつぶれて破れていて、幾つかの缶は周辺に転がっていました。


「たぶん」


 パッケージも同じ。ロゴも、使われている猫の写真も同じです。缶は少しだけ錆びているけれど、中身はたぶん無事でしょう。

 あの潰れかけのダンボールが何個入りだったかはわからないけれど、これはあの猫缶の一部と考えてもいいと思うのです。


「どうする?これ、セフィロス、食べちゃう?」

「いやー、俺っち、たぶん、今の時点で最強だしー。これ以上、急激にパワーアップしてもなぁ。ご主人と一緒に成長すりゃあ、いいや」


 セフィロスが私を呼ぶ呼び方はいろいろだ。ご主人さまだけじゃない。最近では、ご主人ってよぶのが一番多いかな。時々、あんたなんていうのも混じってる。


(呼び方なんてどうでもいいけど)


 でも、呼ばれるときのその響きに、自分達がこれまで重ねてきた日々を思う。


「んー、これ、どうしましょうか」


 何せ、謎倉庫には入らない。


「あの塔に、袋とか何かあるといいけどな」

「ですね。放置するわけにはいきませんしね」

「あったりまえだろ。そんなのそこらにおいておいたら危険すぎるっての」


 たった一缶だけど、放置するには危険だ。

 まちがってこちらの人が食べたらどうなるか……一口食べた瞬間、人体爆散とかだったりしたら、見た人間は一生モノのトラウマだろう。


「ネコカンが最高の危険物とか、冗談みたいな世界ですよね」


 冗談のようであっても、夢の世界ではない。

 現代日本よりも、生きることがとても厳しい世界である……物理的に。


「なあ、ご主人。ほんとに、何でここにいるのか覚えてねーのか?」


 不安げな声だった。


「ええ。……だって、気付いたらここにいたんだよ。わけもわからずに」


 私の格好を見ろ。これ通勤用の私服なんだぞ。こんな異世界に来るって知ってたら、もうちょっと動きやすい格好にしたに決まっている。


「セフィロスは知ってるの?」

「……まあ、何となくは。……っていうか、俺っちはご主人の理由をしってるってわけじゃねえ。この世界には、世界樹の杖を持つ大賢者が絶対に必要だってことを知ってるんだ」


 絶対に必要である大賢者……それが私というのはミスキャストだと思う。

 私はそんな大それた人間じゃない。

 セフィロスの相棒であることは認められるけど、大賢者なんてものになった覚えはない。


「大賢者になれる人間はそう何人もいるわけじゃない」

「そうなの?」

「ああ。俺っちはこれまでに、たった三人しか選べなかった。……アルカのやつが選んだのは七人、一番多く選んだカエルムだって、十六人だ」


 『アルカ』と『カエルム』。

 名前を聞いたのは初めてですけど、たぶん、杖のお仲間のことでしょう。

 三本しかないって言ってましたもんね。


「……何年間に?」


 単に人数だけを聞いて、多い少ないを論じるのは間違っていると思う。


「だいたい二千年くらいの間だな」

「……それって、ものすごく少ないのでは?」

「おう。少ない。……本来なら、三人揃っているべきなんだけどな。三人揃ってたのは、最初のはじまりの時だけだ。大体の場合、俺っちが選べねえ」

「条件があるの?」

「別に決まってこうってのがあんわけじゃねえ。ただ、ぴんと来るもんがあるか、ねえか……最初のあれは俺っちが選んだんじゃねえから、ノーカウントみたいなもんだ。俺っちが今まで選んだのは先代のカラヤンだけだ」


 セフィロスは何となく淋しそうだった。

 私がそんな風に感じただけだけど。


「……セフィロスは、好き嫌いが激しいんですか?」

「さあ……好き嫌いのつもりはねえし」

「ああ、そうですね。ごめんなさい」


 セフィロスにとって主を選ぶことは、存在意義の一つであろう。

 だとすれば、感情がどうのという話は失礼な話だろう。


「……世界があんたを必要としていたから、あんたがここにいるってことなんだと思う」


 珍しく真面目な声だと思った。


「それこそ、熱烈な愛の告白みたいですよ」

「んなんじゃねえっての!」


 照れたようなセフィロスをぎゅっと握り締めながら、私は得意満面の笑顔で元気よく歩く。

 だって、世界が私を必要としているだなんて言葉をもらって、嬉しく思わない人はいない。

 この世界には、私の居場所がちゃんとあるのだ、きっと。

 

「……ああああああああっ、ごめ~ん、すっぽ抜けたー」


 勢いよくふった手から、細い銀の棒が抜けてすっ飛んで行く。


「ごしゅじぃぃぃぃぃぃんっっ!!!」

「セフィロスーっ」







 異世界無人島生活、新しい島に移動した初日。封印した猫缶33個。拾った猫缶1個。

 今まで倒したモンスターの数 すごくすごくいっぱい。

 今日倒したモンスターの数 なんだかいっぱい。

 



 私は、この世界の謎に一歩近づいたような気がしていた。


 

 


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