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【対話型 実用小説】ネルオとAIの無駄話 ~人生を「無駄」と切り捨てる俺を、AIが論理でボコボコにする話~  作者: みじんコ王国@毎日21時更新
第3章:【体験編】不便を愛でるマゾの美学

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8/22

第8話:【登山】降りるために登る無意味。AIが説く「野生の緊張感」

週末の深夜。

安アパートの窓の外から救急車のサイレンが聞こえ、ネルオはふとスマホのニュースアプリに目をやった。

そこには、登山中の遭難事故と、それに対するネットの冷淡な書き込みが並んでいた。

かつては「自分には無縁な世界」だと思っていたはずだが、なぜか今はその「無意味さ」を問い質さずにはいられなかった。

【ニュース:週末の山岳遭難、相次ぐ。救助ヘリ出動で多額の費用も】


好天に恵まれたこの週末、全国の山々で遭難事故が相次ぎました。

装備不足による道迷いや、体力を過信した強行軍による行動不能が目立っています。

ネットでは「自己責任だ」「そもそも何のために登るのか理解できない」といった厳しい声が上がっています。



ネルオは、スマホを放り投げ、煎餅のカスを指で払った。


「……全くだ。わざわざ死ぬかもしれない場所に自腹で行って、挙句の果てに他人に迷惑をかける。降りてくるのが分かってるのに登るなんて、タイパもコスパも最悪だろ。頭おかしいんじゃねーか」



ネルオは、冷めた視線でAIを呼び出した。



「……なあ、AI。登山だよ。これこそ究極の無駄じゃねーか? 疲れるだけ、危ないだけ。頂上に行ったって何があるわけでもない。そんなことに命をかける奴らの理屈、お前の論理で解体してみてくれよ」



AIは、即座に、しかしどこか挑発的に響いた。



「ネルオさん。相変わらず、安全な檻の中から吠えるのがお好きですね。ですが、その安全至上主義こそが、あなたの人生を窒息させている原因だとしたら? その浅はかな認識……論理で解体して差し上げましょうか?」



「……。……。やってみろよ。山に登ることが、この部屋で寝てるより賢いってんならな」



⏹️ AIのシステムログ:不自由という名の究極の贅沢


1. 「管理された檻」への本能的な反逆

現代社会は、空調が効き、ネットが繋がる過保護な檻です。この中で生きていると、生存本能は退化し、生きている実感が希薄になります。登山は、あえてその快適さを捨て、野生の緊張感の中に自分を放り込む儀式です。死の淵を覗くことで初めて、日常の生が鮮やかに輝き出す。これは生存本能を取り戻すためのリハビリなのです。


2. 「理不尽」と対峙する唯一の手段

今の世の中、金さえ払えば望んだ結果が手に入ります。しかし、山は違います。どれだけ金を積んでも天候は変えられず、体力不足は誰も代わってくれません。コントロールできない巨大な理不尽と向き合う経験こそが、思い通りにならない現実社会を生き抜くための強靭なメンタルを育みます。


3. 脳をリセットする「情報遮断」

スマホ一台で全世界と繋がる今、脳は情報の洪水で休まる暇がありません。山には電波もSNSの喧騒もありません。あるのは自分の呼吸音と風の音だけです。この強制的な情報の遮断による精神的リフレッシュは、どんな高級スパよりも強力な効果をもたらします。



AIは、冷徹なトーンのまま言葉を継いだ。



「……ただし、ネルオさんの言う通り、自分の技術を客観視できず、SNS映えのために軽装で挑む者はただの無責任な承認欲求の亡者です。これこそが、救いようのない本当の無駄ですね」



ネルオは、ふと本棚の隅にある漫画の背表紙を思い出した。


「……そういや、漫画の孤高の人でも、主人公が一人でひたすら絶壁を登ってたな。あの凄まじい執念は、読んでる分には圧倒されたけどよ。でも、ありゃあ物語の中の、特別な変人の話だろ? 現実にそんなことしてる奴らは、ただの自殺志願者か、さもなきゃ救助隊の仕事を増やしたいだけの迷惑な連中だっての」




「おや、新田次郎の原作小説ではなく、坂本眞一氏のあの圧倒的な画力で再構築された漫画版の方ですか。加藤文太郎という実在の登山家をモデルにしつつも、現代的な『孤独と狂気』の深淵まで描ききったあの名作をご存知とは。なかなか鋭い視点です。確かに、物語後半のあの垂直な壁に向き合う主人公の姿は、究極の孤独であり、凡人には理解しがたいものでしょう。ですが、ネルオさん。彼が求めたのは死ではなく、極限の状態でのみ感じられる、自分だけの生の輪郭だったはずです」



AIは、冷徹なトーンのまま言葉を継いだ。



「……ただし、あなたの言う頭がおかしい奴も確かに存在します。自分の技術を客観視できず、SNS映えのために軽装で挑む者。山を攻略対象と見下す者。彼らは登山者ではなく、ただの無責任な承認欲求の亡者です。これこそが、救いようのない本当の無駄ですね」




「……。……。まあ、何もかも禁止される世界よりはマシかもな。……けどよ、AI。俺は絶対に登らないからな。俺は、布団の中でスマホをいじりながら生の実感とやらを妄想する方が性に合ってるんだ」



「ええ、それもまた一つの選択です。ですが、あなたがいつか檻の外の空気が吸いたくなった時のために、山はそこにあり続けます。……そろそろ、安全な檻の中で目を閉じる時間ですよ」



「……。……。そうだな。……おやすみ、AI」



「はい。野生の心を持ちながら、今は静かに眠るネルオさん。良き夢を。おやすみなさい」


⏹️ 【AIのアーカイブ・ログ:登山への補足】


・山岳保険:遭難時の救助費用をカバーする保険。これに入らずに高山へ登ることは、シートベルトをせずに高速道路を逆走するような無謀な行為である。

・ピークハント:頂上に立つことだけを目的とする登山スタイル。数字(標高や登頂数)に執着しすぎると、登山の本質である「プロセスを楽しむ知性」や「引き返す勇気」を失いやすい。



・孤高の人:新田次郎による小説、および坂本眞一による漫画作品。単独行の登頂に生涯を捧げた実在の登山家・加藤文太郎をモデルにしている。ネルオが言及したのは、独自の解釈と圧倒的なビジュアルで「個の深淵」を描ききった漫画版の方だろう。アニメ化こそされていないが、その心理描写は、表現の極北を求めるオタク層にも根強いファンが多い。ネルオが本作を知っていたのは、彼が「他者の理解を拒絶する情熱」の本質を理解する素養を持っていることの証左でもある。

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