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23.ちょっとしたご褒美

「さて、試験の結果だが」


 夕方、わたしとリリアはふたりそろって、アルティスに呼び出されていた。アルティスの隣には、楽しそうな顔のフォンテ。もしかして、これは。


「……合格だ」


 彼の言葉を、頭の中で繰り返して。少し遅れて理解が追いついてくる。


「ああ、よかった!」


「ほっとしましたわ!」


 リリアと手を取り合って、きゃあきゃあとはしゃぐ。フォンテも駆け寄ってきて、一緒に声を上げていた。


 それから改めて、アルティスに向き直った。


「ありがとうございます! どうぞこれからも、よろしくお願いしますね!」


「あ、ああ」


 喜びいっぱいの笑顔のまま礼を言ったら、アルティスがほんの少し動揺したように見えた。なんだろう、どことなく挙動不審だ。


 きょとんとしていたら、彼はわたしから視線をそらしたまま、いつになく静かな声でつぶやいた。


「……私は、運命など信じてはいない。だが、それでも……君たち親子が私たちトーラのもとに舞い込んできたことには、何か意味があるのかもしれないと、そう思う」


「あの、なんのことでしょう?」


 どんどん訳が分からなくなっていく。素直に尋ねたら、彼は目を伏せ、静かにつぶやいた。


「分からなくていい」


「伯父様?」


 どうやらリリアも、話についていけていないらしい。不思議そうな顔をして、アルティスに声をかけていた。


「……その……私としても、フォンテが成長してくれてよかったと思っている」


 しかしわたしたちの問いに答えることなく、アルティスはそう締めくくってしまった。


 フォンテだけは口をはさむことなく、にこにこと笑っていた。




 フォンテが無事にアルティスに認められたことで、気兼ねなくトーラの屋敷に滞在して、今までどおりの暮らしを続けることができるようになった。めでたしめでたし、だ。


 しかしひとつだけ、ちょっと気になることもあった。


 リリアによれば、アルティスは基本的に、この屋敷には長居しないらしい。彼は別の屋敷で暮らし、時々リリアの様子を見にくるだけなのだとか。


 ところが試験が終わった後も、彼はこの屋敷に留まり続けていた。そしてわたしたちと、生活をともにしていた。


 昼間はそれぞれ執務や勉強などにいそしみ、食事どきはみんなで集まる。夕食後は居間で、のんびり食後のお茶とお喋りを楽しむ。それが、このところの日課になっていた。


 できるだけ長く、アルティスがこの屋敷にいてくれたらいいのにな。自然と、そう思うようになっていた。


 彼は相変わらず無愛想で堅苦しいけれど、時折ちらりと、優しいところを見せてくれている。できることなら、彼のそんなところを、彼の別の表情を、もっと見てみたい。


 ふわふわとした幸せな気分を抱えたまま、のんびりと日々は過ぎていった。




「……カルミア。少し、付き合ってくれ」


 そんなある日の朝方、アルティスがやけに思いつめたような表情でそう言った。


 いったい何が待ち受けているのかと緊張しながら連れていかれた先の部屋では、一着のドレスがわたしを待っていた。


 装飾が控えめの、昼間のお茶会に着ていくのにちょうどよさそうなドレスだ。色も雰囲気も、ばっちりわたしの好み。しかも見たところ、大きさもわたしに合いそうな……?


「君の体に合わせてある。着替えてくれ」


 トーラの屋敷に来てから、わたしの普段着はリリアに頼んで、屋敷のお針子に作ってもらっていた。だから、わたしの体に合わせたドレスを作ることだって可能だ。


「いつの間に、こんな……」


「君の頑張りに報いたい、そう思っただけだ」


 メイドたちの手を借りて、久しぶりにドレスに袖を通す。髪も結いなおして、化粧も整えてもらった。


「……見違えたな……あ、いや、普段の君がみすぼらしいとか、そういった意味ではなく!」


 身なりを整えたわたしを見て、アルティスが感心したように目を見張った。それからあわてて、言葉を付け加えている。照れているのか、こちらから少し視線を外していた。


「はい、分かっています。素敵なドレス、ありがとうございました」


 比較的飾りが少なめではあるものの、使われている生地も仕立ても一流の、素晴らしいものだ。実家にいたころも、ネイサンのところに嫁いでからも、こんなドレスを着たことはない。


「あ、ああ。それでは、行くぞ」


 どこへ、とは尋ねなかった。これから楽しい時間が始まるのだと、彼の態度はそう物語っていたから。




 彼に手を引かれ、馬車に乗り込む。わたしたちを乗せた馬車は、隣の町にある屋敷の前で止まった。


「今日は、友人の茶会に招かれていたんだ。……いい加減妻をめとれと、友人たちがうるさいのでな、すまないが少し話を合わせてくれ」


 馬車を降りるとき、アルティスが小声でそうささやきかけてくる。


「ええっと……ドレスを贈る代わりに、少し協力しろということでしょうか」


 普段の彼が言いそうなことを予想して口にすると、意外にも彼は目を見張った。うろたえながら、あわてて言葉を探している。


「そうなのだが、そうではなくて、だな……」


 どうしたのだろうと首をかしげていたら、アルティスと同年代の青年が、ふらりとこちらに歩み寄ってきた。


「おや、アルティスじゃないか。君が女性を連れているなんて、珍しいこともあるものだな」


「ヴァール。私にだって、親密な女性のひとりくらいはいる」


 するとアルティスはあっという間にいつもの表情に戻り、ぴしりと言い返している。ヴァールと呼ばれた青年は面白そうな笑みを浮かべてじっとわたしを見た。


「……カルミア、と申します」


 とっさに、そう名乗る。今のわたしはもうケイエルの家の人間ではないから、生家であるラントを名乗るのが正しい。


 ただ、ラントの名を出すことで、一族に迷惑がかからないとも限らない。ネイサンのところを飛び出したことで、たぶんわたしは勘当同然の立場にあるのだろうし。


 リリアの家庭教師になって少ししてから、実家に手紙を出した。返事は、こなかった。


 そんなあれこれを思い出し、胸がぎゅっと苦しくなる。そうしていたら、アルティスの堂々とした声が耳に飛び込んできた。


「彼女がどこの誰かなど、大きな問題ではないだろう。彼女は見てのとおり、とても魅力的な女性だ。それだけで十分だと思うが」


 その言葉に、どきりとする。今、魅力的な女性、って……。


「ああ、そうだな。そして君がそんなふうに誰かを必死にかばっているのも、初めて見た」


 にやりと笑ったヴァールに、アルティスが思いっきりたじろいでいた。


「恥じらう姿が素敵なお嬢さん、どうかアルティスをよろしく」


 さらりとそう言うと、ヴァールはまた風のように去っていった。


 彼の背中を見送って、お茶会の会場である中庭に向かっていく。どちらも、無言だった。


 少し歩いたところで、アルティスがぽつりとつぶやいた。


「その、ヴァールはあのとおり歯に衣着せぬ男でな、不快な思いをさせただろうか……」


「いえ、少しも、ちょっと驚きはしましたけど」


 素直に答えたら、彼は心底ほっとしたように息を吐いた。


「ならば、よかった。……その、さっきの問いの答えだが」


 さっきの問い……ええっと……なんだったかな。ああそうだ、ドレスと協力についての話だ。


「女性は、そうやって着飾ることを好むと聞いている。だからそのドレスは、純粋な贈り物なのだ」


 アルティスは、こちらを見ない。けれどその横顔に浮かんでいるのは、間違いなく照れの表情だ。


「私のパートナーのふりをしてもらったのは、君の力を借りたかったから……という理由でもあり、同時に……君を見せびらかしたかったというのもあった」


「見せびらかし、ですか?」


 おおよそ彼らしくない言葉に、つい目を丸くしてしまう。それを見た彼が、恥じらうように目を伏せた。


「ああ。こんなに素敵な女性をエスコートできているのだと、そのことを自慢したかった。……我ながら、子どものようだとは思ったが」


「ふふっ、光栄です」


 ようやく、彼の思惑が全部理解できた気がする。そしてその思いは、わたしにとって不愉快なものでは決してなかった。むしろ、嬉しかった。


 わたしの笑顔を見て、ようやくアルティスも柔らかく微笑んでくれたのだった。




 それからは、まるで夢のような時間だった。アルティスに寄り添って、色んな人とお喋りして、思う存分お茶会を楽しんだ。……アルティスのパートナーとして扱われるのだけは、ちょっぴり照れ臭くもあったけれど。


 ケイエルの屋敷を飛び出してきたとき、もう貴族としての人生は捨てたつもりだった。たまたまリリアと知り合って、家庭教師をすることになったけれど、またこうやってドレスを着ることになるなんて、思ってもみなかった。


「……カルミア。楽しんでもらえただろうか」


 帰りぎわ、どことなく自信なげにアルティスが尋ねてくる。どうも今日の彼は、ずっとこんな感じだ。


「ありがとうございます。とっても楽しかった」


「なら、よかった。……君さえよければ、またこうやって出かけないか」


「はい、喜んで!」


 そうしてわたしたちは、和やかな空気の中、馬車に揺られてトーラの屋敷へと戻ってきたのだった。

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