24.しつこいにも程がある
お茶会に誘われたのをきっかけに、わたしとアルティスの距離はぐっと近づいていた。最近では、彼の部屋にお邪魔して、学問についてあれこれ話すことも多くなっていた。
それだけではなく、その後も時折お茶会に誘われるようになっていた。何度か顔を出しているうちに、彼の友人はわたしのことを彼のパートナーとして扱うようになり……正直、ちょっと反応に困っているのも事実だった。
もちろん、嫌ではない。ただ、家出娘でしかないわたしが、仮にとはいえそのような立ち位置にいていいのかなと、そのあたりが気になるのだ。
「ママ、おかえりなさい!」
「今日はフォンテと、歴史について勉強していましたのよ。とても呑み込みが早いんですの」
お茶会から戻ってきて着替えたわたしを、笑顔のフォンテが出迎えてくれた。手にしているのは、子ども向けの読み物。簡単ではあるけれど、この国の歴史の基礎を押さえた、中々に優れ物の一冊だ。
わたしがアルティスの部屋に行くときも、お茶会に行くときも、フォンテは騒ぐことなく見送ってくれるようになっていた。
どうやらリリアが「大人たちのお喋りに口をはさむものではありませんわ、その分あとで、たっぷりと遊んでもらいましょう」とフォンテに説明したようなのだ。
フォンテはその言葉に素直に従い、最近ではわたしから離れていい子でお留守番ができるようになっている。親離れなのかもしれないけれど、ちょっと寂しくもある。
もっともヴェンティルが『それで、いまおふたりのなかは、どんなかんじかしら?』と好奇心むき出しの質問をしてくるので、こちらをかわすほうが面倒ではあった。はぐらかすと頭の上に乗って、ホーホークルックーと小声でぶつぶつ鳴き続けるし。
……わたしとアルティスの関係。聞かれても、よく分からない。最初のころよりずっと親密になれたのは確かだし、彼のことを大切に思っているのも間違いない。
わたしが自分の感情に正しい名前をつけてやれないまま過ごしていたある日、この上なく複雑そうな顔をしたアルティスがわたしのところにやってきた。
「……君の両親が来ている。どうやら、ネイサン殿に頼まれたらしい」
あわてて応接間に顔を出すと、悲痛な顔の両親がいた。ふたりはわたしの姿を見るなり、ばっと立ち上がって口々に訴えてくる。
「カルミア、あなた、勝手にネイサン様のところを飛び出して、迷惑をかけたそうじゃない」
「そのせいで今ネイサン様は、困ったことになっておられるんだ」
ふたりの顔には、わたしのことを非難するような色があった。わたしがこんなところにいる理由を尋ねるでもなく、わたしの身を案ずるでもない。ふたりは、ただひたすらにネイサンのことばかりを気にかけていた。
わたしが生まれ育ったラント家も、嫁いだケイエル家も、ともに伯爵家だ。けれどケイエルのほうが歴史がある古い家だから、どうしてもあちらのほうが格上扱いになってしまっていた。
そんなこともあって、両親はやけに腰が低かった。わたしとネイサンの結婚が決まったときも、「娘をもらっていただいた」って言っていたし。
「早く、ケイエルの屋敷に戻ってちょうだい」
「でないと、私たちも迷惑するんだ。ことと次第によっては、賠償が必要になるかもしれない」
両親は、とても貴族らしい人たちだ。一族の繁栄を何より優先させ、一族の人間はそのための駒に過ぎない。少しくらいは親子の情もあるのかなと思っていたけれど、どうやらそれも望み薄だったのだなと、最近ではそう思うようになっていた。
話を聞いているうちに、どんどん冷静になっていくのを感じる。ひととおり聞き終えたところで、ゆっくりと頭を下げた。
「……状況は分かりました。こちらで手は打ちますので、どうぞお引き取りください。そちらには、ご迷惑のかからないようにいたしますから」
自分でも驚くくらいに、固い声が出ていた。そのことに、両親もまた驚いているようだった。それでも何も言わず、ふたりはおとなしく帰っていった。
「ママ、あのヒトたち……ママのこと、いじめる……?」
ようやく両親を追い返せたとほっとしていたら、フォンテが窓の向こうに見える馬車、わたしの両親が乗ったそれを見て涙目になっていた。
彼の頭の上にはヴェンティルが澄ました顔で乗っていたから、たぶん彼女がわたしと両親の会話をこっそり盗み聞きして、フォンテに告げ口したのだろう。本当にヴェンティルは、神出鬼没だ。油断ならない。
「大丈夫よ。だから、力は使わないでね」
泣きそうなフォンテをしっかりと抱きしめたら、わたしまでちょっぴり涙目になってしまった。
この子は親子という関係にあこがれて、わたしをママと呼ぶようになった。けれどそのおかげで、わたしも親子の温かさを知ることができたのだ。
両親とのさっきのやり取りを経て、そのことを痛いほど思い知った。
「……あなたがいてくれて、よかったわ」
そのまましばらく抱き合って、それからふたり一緒にアルティスのところに向かう。これからどう動くにせよ、彼の許可は必要だろうから。
「それで、何があった?」
わたしたちの表情から、大体のことを察したらしい。アルティスは、かなりの仏頂面をこちらに向けてきた。
久しぶりに見たその表情にたじろぎながら、先ほどのことをかいつまんで話す。聞いているアルティスの眉間のしわがどんどん深くなるのが、ちょっと怖かった。
「分かった。そういうことなら、ネイサン殿と直接話すのが一番早いだろう。私が同行する」
話を聞き終えるやいなや、彼は即座に言い切った。どうしてそんな結論に、と言うより先に、彼はさらに言葉を続ける。
「彼と君との問題は、あの中庭でけりがついたとばかり思っていたが、どうやら私の判断が間違っていたようだ。ならばきちんと、私が後始末をしなくてはならない」
どうやら彼は、妙なところに責任を感じているようだった。律儀だなあと思いつつ、あわてて首を横に振る。
「いえ、わたしの詰めが甘かったのです。だから後始末は、わたしが」
そこまで言ったところで、ふと気づいた。アルティスが困ったように目を伏せ、何ごとかもごもごとつぶやいていたのだ。
「……その……遠慮せず、頼ってほしいのだが」
思いもかけない言葉にぽかんとしていたら、わたしにしがみついたままのフォンテが口を開いた。
「アルティス、かお、あかいよ?」
「気のせいだ!」
「えー、あかいもん」
納得いかない声でそう言ったのと同時に、フォンテはわたしのスカートを離して、そのままアルティスに駆け寄ってしまう。
「こら、触るな!」
「みせてよー」
顔を隠そうとするアルティスと、のぞきこもうと頑張るフォンテの攻防は、それはもう微笑ましいものだった。……というか、ああやってむきになるということは、本当に顔が赤いのね……。
こないだの試験でふたりきりになってから、フォンテとアルティスの距離がぐっと縮まったような気がする。ただ、その間に何があったのか尋ねても、「話をしていただけだ」「おしゃべり!」とはぐらかされている。
ともかく、このふたりが騒いでくれたおかげで、少し落ち着きも戻ってきた。自分でも不思議だとは思うけれど、なんというか……覚悟が決まった気がする。
「あの、アルティス様。どうか、あなたの力を貸してもらえないでしょうか」
そう声を上げると、わあわあと騒いでいたアルティスがぴたりと動きを止めて、こちらを見た。
「ああ、任せてくれ」
さわやかに笑う彼を見上げて、フォンテも嬉しそうににいっと笑っていた。




