●砂場の報復『ある囚人の独白』⑪
――――――――――――
掛け布団を元に戻し、洗面所に足を運んで浴室を開けてみた。使われた形跡はあったが、誰もいない。
振り返って洗面台に映る自分の顔を見ると、別人のように窶れていた。
疲労感を振り払い廊下に出た。
【103】のドアレバーに手を掛けたが、意に反し施錠されていた。
やり過して左側【104】のレバーを下げる。カチリと静かな音が鳴り、ドアが開いた。
部屋は窓を閉め切っているのか暗闇で、入口から漏れる短い光の先は見えなかった。
息を呑み込み、電灯のスイッチを押した。
二体の首吊り死体が、点灯とともに浮かび上がった。ギョッとしたが、驚きは急速に冷めていく。
四度目ともなると、感覚が麻痺してくるのかも知れない。
むき出しの化粧梁に吊るされた死体は、二体とも目隠しと猿轡をされ、後ろ手に縛られていた。
二人とも小柄で以前見た服装のままだったので、右が八木芳和、左が町田真衣だとわかった。
二人の背後に回り、脈を確認したが、腕は冷たくなっていた。
私が閉じ込められていた四時間ほどの間に、少なくとも四人の殺害が実行された。加害者はワインか食事に睡眠薬を盛り、意識が無い状態で殺した可能性が高い。
招待客は死体と私を除いて、あと四人。絶望的な気持ちで室内を確認したあと、再び意識を集中させ廊下に出た。
私がいた右側のドアには部屋番号が無かった。壁のスイッチを押し、改めて室内を見たが、何も発見できなかった。
向かいのドアは【105】と表示されている。レバーを下げるとドアは開いた。
何度目かの深呼吸をしたあと、ゆっくりとドアを開いた。
部屋の中は、しんと静まり返っていた。電灯を点けると、他と同じように小さな机とシングルベッドがあった。掛け布団は膨らんでいて、誰かが横たわっているようだ。
周囲を警戒し、固唾を飲んで近づいて行った。
意を決して、掛け布団をめくった。
あるはずのものが無かった。思わず吐き気を催し口を押えた。布団を剥がし首から下を見ると、服装と性別から、記憶の隅にあった人物が思い浮かんだ。
死体は東原由夏ではなく、福本郁実と推断した。喉の痛みを抑えるため、持ち込んだ水筒を手に取ったが、空白の時間に睡眠薬を盛られている恐れがあった。
私は水筒を洗面所ですすぎ、水道水で満たした。胃に直接流し込むように飲み込むと、心なしか気持ちが楽になった。
――――――――――――




