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死座ノ黒星 〜彼女はきっと神になる〜  作者: 枝垂桜
第十一章 深淵を照らす黄金の太陽
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第一話 黄金を冠する少女

 眼前に広がるはかつて見た黄金郷。地面と天井、その上下に立ち並ぶ神殿は神々しく輝いて、両面の間に座するのは渾沌の象徴たる黄金の太陽。

 眩しそうに目を細めるサティナの横、禍々しく口元を歪めて嗤う魔女の姿が映る。そんな少女達の背後、控えるような立つ不死者が同時に同じ方向へと目を向けた。


「懐かしい光景だ。この景色を拝むのに、随分と苦労させられた」


 前のめりに食い入るようにそう見遣る魔女が一人。横目にサティナがその顔を一瞥すると、後ろから狐の面をつけた少女が近づく。


「はて? わたくしの認識ではあんたの終着点は、もっと別の場所にあった思うとったのどすけれども……?」

「ああ。無論、ここが終着点ではないよ。ただその道中、決して避けては通れない道というだけ──」


 魔女がその言葉を言い終えるよりも早く、全員が同じ存在を目にした。その変化に誰もが言葉を失い、そして同時に理解する。


 黄金の太陽が近づいた。──と言うのには、何故だか大きさは変わらない。

 否、それが果たして近づいているかどうかなどすらも分からない。ただ黄金の太陽はそのままに、それを瞳に携えた少女が立っていた。


 ゆっくりと閉じていた片方の瞳。それがゆるりと持ち上げれば、金色の神眼が七人を見下ろす。


「これが、『渾沌の法王』……」


 少女達を庇うように不死者が四人。それぞれの得物を手に前に出た……と同時、黄金の少女が片方の手を持ち上げる。


「レドッ!」


 切羽詰まっとような声、それに応えるように飛び出した人影。衝突は一瞬で、閃光と黄金が弾けた。

 脇から胸を通って肩へ、大量の血を流して膝をついたのが初代勇者エル=フレイド。

 既にその片腕は失われていて、対照的に彼と衝突した少女はやや離れた位置に弾き飛ばされている。──だがその神体からだに傷はなく、唯一変わったのは彼女の足が地についていることだけだ。


「随分なご挨拶じゃないか。それとも、何かそうする理解があるのかい?」


 膝をついて動けないレドの前に出て、ルルがそう問いかける。その言葉に黄金の太陽がゆるりと魔女へと向けられた。


「お久しぶりにございますね、『虚月』を冠する者。ただ、私が牽制したかったのはそちらの娘です」


 少女の言葉にサティナが横へ目を向ければ、強い敵意を剥き出してエゾラがその得物を手に取る。──刹那、黄金の太陽が一際強く煌めいた。


「我が前に全ては形を失う」


 急速に膨張した力は四散して──否、それは失われたわけではない。彼女の力が大きく歪んだかと思えば狐面が割れて、口から血を流して膝をつく。


「『渾沌』……」


 辛うじてそれだけが口から出るも、それ以上の言葉が続かない。そんな少女を『渾沌』を冠する娘が注意深く見遣る。


「貴女、もしや旧神の一角ですか?」

「他の、何に見える……?」


 一際低い声、強い敵意を持って傷ついたから体で立ち上がろうとする彼女が顔を歪めた。膝を折って地面についた左手、その甲を細い足が踏みつけていたのだ。


 ──いつの間に……


 いつ動いたかも分からない。速さか、或いはそれも彼女の力によるものか……その真意を探るようにサティナが目を細める。


「動かない方が賢明です。私はまだ、貴女に危害を加えるつもりはございませんので……」


 ──まだ……?


 黄金の少女が発した言葉に違和感を覚えながらも、抵抗の意思を挫かれたエゾラが首を項垂れる。それを見下ろして黄金の少女が目を細めて……直後、彼女の背後からその胸が何者かによって貫かれる。


「悪いな。生憎と護衛対象を足蹴りにされて黙ってはいられない」


 不死者の一人、無手の男がその抜き手に似て黄金の少女を背中から胸にかけて貫いていた。しかし肝心の少女はまるでなんてこともないように自身の胸を見下ろし、そうして肩越しに後ろへ立つ男へ金色の瞳を向ける。


「ええ、その気持ちは分かります。今足をどかしますから、その腕を抜いていただいても?」


 先程とは一変、異様に協力的な様子の彼女に誰もが訝しげな表情を見せる。何かの罠か、或いは油断を誘っているのか……それとも胸を貫かれては何か都合が悪いのだろうか。


「それで? はい分かりましたと、こちらが引き下がると思っているのか?」

「いいえ。そうしていただくよう、忠告しているのです」


 協力的でも何でもなく、ただ気紛れにそう言ったに過ぎない。彼女の言葉に従わないのなら……否、従わないなどと言う選択肢はないのだ。


「悪いな」


 少女の胸を貫き、彼女の背後に立つ男がそう言う。ただそれだけで次の瞬間、もう一人の不死者が既に皮肉している。

 少し離れた位置、男が空気を切り裂く音がサティナにまで聞こえる。その凶刃が彼女の身に届き、細い首が存外呆気なく地面に落ちた。


「……呆気ない……」


 ポロリと、ルルがそう言う言葉が聞こえる。──何故か、何故なら。誰もが驚愕に目を見開く中、首を失って力無く膝をつくのが不死者の男なのだから。

 先程まで黄金の少女の胸を貫いていた不死者が逆に、その胸を彼女に貫かれた姿勢で首を失っていたのだ。


「……混沌の権能か……」


 因果を歪める力。首を失った男の体を無造作に放り投げて、無機質な瞳が残ったもう一人へと向けられた。


「まだ、やりますか?」


 未だ臨戦体制を解除しない不死者、斧を片手に彼は首を傾げる。


「無論だ。俺達不死者は、決して後戻りできない」

「やめとぉくれやす。もう十分どすさかい……」


 流石の不死者とは言えど主の命に逆らてないのだろう。彼は斧を下ろすと、一歩後ろへと下がった。


「ご挨拶が遅れました。我が恩師、『白日』サラ=ティアナ様」


 胸に手をやり、深く頭を下げる黄金の少女。ゆるりと下げた頭を持ち上げれば、そこにあるのは先程までの無機質な表情などではなく、純粋な笑みを湛えた年相応の少女だった。


「生憎と君を弟子に取った覚えはない」

「ええ。私はまだ、貴女様の弟子足り得ませんから……」


 否定されことをまるで意に介さず、しかしサティナもそれは知っている。手の中に光十字剣を顕現、その切先を黄金の少女へと向けた。


「自分が何を言っているのか、貴女は理解しているのか?」

「……分かっていますよ。貴女様は、既に相応しい弟子をお持ちです」


 その言葉にサティナが目を細めて、ルルが珍しく驚愕に目を見開いた。


「ロマのことを知っているの?」

「…………ロマ、と言うのですね。私には勿体なき、美しい名前です」


 彼女の言葉にさしものサティナとて言葉を詰まらせる。他の者達に助けを求めるように視線を彷徨わせるも、誰一人として心当たりはない様子だ。


「ロマネスク・ロマンシア。それが彼女の名前……僕の聞いた話では、『滅びの王』に貰ったと言っている」

「嗚呼、老師様に……通りで、非常に素晴らしい名前です」


 両の手を結び、瞳を閉じる黄金の少女。そんな彼女へとサティナが一歩足を踏み出すと、無造作に錆剣を抜き放つ。


「まぁ、それも君は関係ないことだ」


 強烈な力が収縮、極光が刀身を覆い尽くす。強烈な熱気に錆剣は溶けて、顕現した光十字剣の中から溶けた鉄がこぼれ落ちる。


「文字通り、ここが君の墓場だ」


 サティナに倣うようにして他の神々も同じようにそれぞれの得物を手に持つ。

 割れた狐の面を被り直して、その両手に鉄扇を持ちエゾラが立ち上がる。

 医療用メスを大きくしたような斧槍グレイブを頭上に顕現、それを軽く手の中で回してルルが構える。


 遅れて四人の不死者が立つ。


 サティナが身を低く、しかしそれよりも早くルルが飛び出す。最速のよる刺突、斧槍を突き出して……直後、それは甲高い音を立てて弾かれた。

 長柄の半ばから断ち切られた斧槍を目にして、ルルが驚愕に目を見開く。気が付けば黄金の少女がその手に金色に輝く宝剣を握っていた。


 返す刀でルルへと迫る宝剣、それを肉薄したサティナが寸前で撃ち落とす。そんな彼女の横、視界の端を通り過ぎる影を見た。


 飛び出した戦帝が大槍にて黄金の少女、その胸を貫いている。──だがしかし、それで終わるわずもない。

 ただ黄金の少女が宝剣を傾ければ、それだけで大槍はその穂先を失って……気が付けば、不死者のことごとくが首から上を失っている。


 辛うじて神が三柱、それぞれ権能を駆使して首を失うことを避けているが、サティナの以外の二柱はそれぞれの得物を砕かれていた。


 ──勝てない……


 記憶も神体も持たぬ『力』だけの身でありながら、これほどの差がある。光十字剣を持つ手に思わず力がこもり、全身を伝う嫌な汗に身震いした。


 刹那、黄金と純白が爆ぜた。黄金宝剣と光十字剣が瞬きの間に数百、数千と交差した。

 衝突するたびに小規模に光が炸裂し、それを避けるようにしてサティナが大きく飛び退く。


 そんな彼女の頭上、無数の金星が降り注ぐ。

 捌き切れないほどの密度に加えて、その一つ一つに込められた力がもはや異次元。


「──っ!!」


 迎え撃つことはできないと判断したサティナが背を向けて駆け出す。遅れて着弾した金星が半球ドーム状に爆ぜた。


 ──どうする。どうすればいい……


 これほどまでの実力差を感じたのはいつぶりか。かつて魔王代理と名乗る少女と相対した時以来、これほどまでに絶望的な差は感じなかった。

 思考を巡らせるサティナの頭上、黄金の少女の背後に一つの人影が現れた。


「君も一度、地に這いつくばってみるといい」


 瞳に空虚なる月を宿した魔女が振りかぶった斧槍を振り下ろす。黄金の少女が宝剣で受け止めるも今度は斧槍を破壊することはかなわず、ルルが力任せに振り抜けば彼女を地上へとはたき落とす。


 地上目掛けて落ちる少女へ向けて、身体の向きを変えたサティナが駆け出す。超高密度の能源エネルギーが十字剣に収縮、無防備な体制の少女目掛けてその切先を突き出す。


 光の奔流が降り注ぐ金星のことごとくを飲み込み、黄金の少女へと迫る。──しかし黄金の光が一閃、ただそれだけで迫り来る極光を切り裂いて少女はふわりと地上に降り立つ。


 無論、それで終わりではない。未だ体制の整わない少女目掛けて、四方から不死者が追い縋る。

 首を、背中を、胸を、頭部を貫かれて鮮血が舞い散る。──だと言うのに、まるでなんてこともないように黄金の少女が手に持った宝剣を無造作に掲げた。


 ──まずい……!


 不死者に続いて追い討ちをかけようと駆けつけていたサティナがその足を止め、焦燥の表情に顔を引き攣らせる。

 宝剣が強く発行したかと思えばその刀身から無数の熱線が放たれる。──否、それだけではない。金星が着弾した地点からも同じように黄金の熱線が無数に撃ち出された。


 自身へと迫る無数の熱線、そのほとんどを切り伏せるも流石に捌き切れる量ではない。そのうちの幾つかに身体を貫通されても、どうにか致命傷を避けることで即座に体制を立て直す。


 そんな彼女の視界に映るのは驚愕の光景。全身を無数の光線に貫かれて崩れ落ちる四人の不死者と、土埃をあげて地上に落ちるルルの姿。

 エゾラはかろうじて捌き切った様子だが、それでも手足を貫かれたのか力無く膝をついて動かない。


 ──クソ、止まれない……


 もう既に黄金の少女は動き出していて、ここで彼女の追撃を止めなければ他六人のいずれかが落とされる。

 誰かが欠ければそれだけ戦局が不利になる。多少の無茶をしても、彼女の追撃は防がなくてはいけない。


 滑り込むようにして懐へと侵入、深く強く踏み込む。そこは既に剣の間合いになく、迎え撃つように振り下ろされた宝剣がサティナを見失う。

 宝剣を持つ手首がサティナの肩に当たって止まり、ゆるりと動く黄金の太陽を宿した瞳を間近に見遣り、踏み込んだ勢いのままに左肘を少女の鳩尾に打ち込む。


 白い光が爆ぜた。視界を染め上げるほどの純白が膨れ上がり、黄金の少女が腹から胸にかけて大きく抉られた姿で後方へと吹き飛ばされる。


 ──しかし、黄金の少女は膝をつくこともなく。今や傷一つない姿で背筋を伸ばして立つ。

 薄胸に手を当て、そうして間もなく白金のドレスに身を包んで宝剣を構えた。


 ──そんな、すぐ回復できる傷じゃないだろう……


 腹から胸にかけて背骨が露出するほどに肉や皮膚はおろか、臓物に至るまでの失ったのだ。強烈な光熱に晒されて回復阻害の効果もあったはず。

 身を低く賭け出そうする少女の側面から何かが迫る。反射的に宝剣を振るって撃ち落とすも、更に反対側から無数の鏃が飛来した。


 当然、宝剣一つで捌ける量ではない。

 無数の鏃に全身を貫かれて鮮血が舞う。


 無論それで終わるはずもなく、体内に食い込んだ鏃が強烈な熱を帯びて爆ぜた。連鎖する爆発の中、サティナが目を凝らす。

 先程の光景を目にしてしまえばこれでまともにダメージが与えられるとは思わないが、それでも多少は効いてくれることを祈る他ない。


 それを為して見せたエゾラへと目を向ければ、彼女の手には神弓が握られている。油断なくそれを構えて、喪色の花弁が舞う奥を睥睨していた。


「……化け物め……」


 ギリッと歯を食いしばる音が聞こえる。そこにはまるで、何事もなかったかのように立つ少女の姿があって……戦慄する敵を嘲笑うように、反撃に出る様子すらない。


 視界の端、のろのろと立ち上がる不死者達の姿が見えて……そちらへと目を向けると、即座にルルとエゾラへと目配せする。


 ──しっかり連携を取らないと……


 七人で連携して挑まなくてはまともに戦えない。

 それぞれが勝手に動いてどうにかなる相手ではないのだ。


 そう腹を括ると、光十字剣を握る手に力が籠る。

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