いぶし銀のギンジ
「ギンジさん、おはようございます」
「ああ、おはよう。依頼はあるかな?」
朝一番の冒険者を迎えて、ギルドの受付に座っていた女性が笑顔を向けた。その冒険者は、その素晴らしい笑顔でも顔色一つ変えず淡々と尋ねる。
「ございますよ。そろそろこの時期はスモールサーペントが発生しますからね」
「そうだったな。なら毒消しを五つほど用意してもらえるかな?」
そう言った男に受付の女性は微笑んでカウンターの下から毒消しの包みを取り出した。
「そう言うと思ってました。スモールサーペントの時はいつも五つですからね」
「そうか。話が早くて助かるよ」
男はその包み、毒消しの薬草を乾燥させた薬を受け取ると、腰の革巾着から銀貨三枚を取り出して女性に渡す。その金額を確認もせずに女性は依頼書をカウンターの上に滑らせた。
「では、書類にサインを」
「・・・」
無言で依頼書を舐めるように確認して、男はサインした。
―――カザマ ギンジ。
男はその自分の綴りを見て、ふと思い出す。
―――もう随分と日本語を使っていないな。
望郷と似た感傷が去来する。しかし男は直ぐさまその感情を綺麗に拭って捨てた。仕事中の彼にとって、それはただの雑念でしかない。
「はい、確認しました。冒険者ネーム、『いぶし銀のギンジ』さん。お気をつけていってらっしゃいませ」
その名前に男は苦笑する。
「その名前、どうにかならないかな? 本名はカザマギンジ」
「こっちのほうが素敵じゃないですか。いぶし銀だなんてとってもお似合いです」
彼女の満面の笑みで男は言葉を飲んだ。綺麗な女性の前ではどんな抵抗も無駄だと知っていたからだ。
男は礼を言って冒険者ギルドから出て行く。
どこにでもある軽革鎧とマント。その背中には鉄製の小さい丸盾、腰には片手剣と道具入れの革ポーチ。変わった所と言えば、この地方にしては珍しい黒髪ぐらいだろう。
彼が受けた依頼もスモールサーペントの討伐。スモールサーペントはモンスターの中でも低レベルでただの毒ヘビとそう変わらない。だが大きさも小さく、すばしっこい上に隠れるのが上手い厄介な相手。そんなモンスターの討伐は、冒険者ギルドでは見向きもされない害獣駆除と同義だった。
誰にも相手されない依頼。それを彼は進んで受けている。
普通の装備、特徴の無い顔立ち、見向きもされない害獣駆除。
ただ一点。彼が特別であるとされる所は、彼が元々この世界の住人だったのではなく、遺跡から現れた―――異世界の日本人風間銀次であることのみ。
朝早くまだ冒険者達が訪れていない冒険者ギルド。そこから今日も風間銀次は、見向きもされない依頼をこなしに、フィールドへ旅立っていった。