何でもない日 朝・依頼遂行
―――冒険者。
地下迷宮や人跡未踏のフィールドを探索し、先史時代の遺産やモンスターの魔核を集め生活する者達。肉体一つで一攫千金が得られる憧れの職業。その実、多くの肉体労働者がそれを目指してギルドの門を叩く。危険を顧みなければ、戦時下は傭兵としてもかり出され、食いっぱぐれない安定の仕事。飢餓の時ですらもモンスターの肉は貴重なタンパク源になり、食料といった点でも安定した職業。
そして、今は戦争も起きず、魔族も自分たちの領地にひっこんだ平和な時代。各領主達は自らの土地を開拓するため、冒険者を大量に雇い入れて、調査に乗り出した。そうして見つけたのは大量の遺跡。
冒険者達はまさに黄金時代を迎えていた。日夜、新たな冒険者見習いが門を叩き、一人ずつ成長し荒野やジャングル、遺跡へと旅立っていく。
そんな黄金時代を迎えた冒険者達に混じって、風間銀次は町付近にある未開拓地へと足を踏み入れた。
率直に言えばただの荒れ地である。
町の城壁から二キロ半。四十分もあるけば辿りつく街道からそれた荒れ地に彼だけが立っていた。なぜなら他の冒険者は、依頼金額が高い獲物を追って街道を進み、遺跡や深い森へと向かっていくからだ。
季節は初夏。
日がまだ高くないとは言え、少しずつ気温が上昇し、萌える草がさらさと風に吹かれ、草は元気よく天に向かって手を伸ばしている。簡単に言えば、伸び放題。僅かに覗いた地面以外は草が茂り、足下が見えなくなっていた。
彼は町から引いてきたリアカーに置いてある麻袋の中から小さな陶器の壺を取り出し、それをポイとその茂みの向こうに投げる。陶器が割れる軽い音と共に一斉に何か黒い影が逃げていく。
モンスター除け。
彼が投げた物はモンスターを退ける強烈な匂いのアイテム。効果は一時間。風が流れる方向とその周囲一帯のモンスターを寄せ付けない冒険者必須のアイテムだ。特に彼はスモールサーペントを研究し、それ専用のモンスター除けを作っていた。
この時期はスモールサーペントが大量発生する。中でもこの荒れ地はスモールサーペントの巣と言っても良く、街道も近いため被害が著しい。依頼書は町の街道安全課からの直接依頼。町の役人が銀次を指名して特別に作った指定依頼書だった。
銀次はモンスターが逃げたことを確認すると、鼻をひくひくさせる。独特の強い刺激臭が鼻につく。荷物を背負い、それを辿って彼は歩き出した。
次に彼は、鎌を取り出す。モンスター除けの陶器が割れた付近の雑草を注意深く丁寧に刈りとり、地面を露出させた。草の残らない綺麗な円ができたときには、彼の額に汗が滲んでいた。
十分な範囲を作った彼は満足げにあぐらをかいて座り、荷物から革水筒を取り出し、喉を潤した。
スモールサーペントが大量発生したこの辺りでは他のモンスターはあまり出てこない。スモールラビットや子ウルフ、盗賊蟲といった小型モンスターが食い尽くされるからだ。彼はモンスター除けの効果時間をのんびりと過ごす。それは殺伐としたモンスター討伐というよりも農作業に近い。あぐらをかきつつ、装備品の最終チェックを済ませて、彼は立ち上がる。
次第に臭いが消え、周りの茂みがざわめきだしたのだ。
彼はそれを感じ取り、風向きを調べる。調べてまたモンスター除けを足下で破裂させた。
ざわめきが鳴りをひそめる。
彼はそれを確認すると、今度は風上へモンスター除けとは違う小さな壺を投げ込んだ。
小さな陶器が地面で割れる。刈りとった地面の円周近くに放り込まれた陶器が臭いをまき散らし、今度は激しく茂みがざわめき、一匹のヘビが飛び出した。
スモールサーペント。薄緑色に紫色のまだら。全長80cmほど。下をチョロチョロさせ、鎌首をもたげて、威嚇しながら割れた陶器へと這いずっていく。
銀次が電光石火のごとく肉迫する。その手には魔法のように丸盾と片手剣が握られている。
一刀。
撫で斬られたスモールサーペントの首が中を舞う。血が細く迸り、それが銀色の盾を赤くまだらに染め上げた。それを見送り、彼は片手剣の血振りをすると視線を更に茂みへと投げる。
彼が投げた物は、スモールサーペント寄せ。独自に調合した強力なスモールサーペントを寄せ付けるアイテムだった。
彼は屠ったスモールサーペントの死体から後退し円の中心へと戻る。彼が戻ると、それを見守っていたかのように数匹のスモールサーペントが鎌首をもたげて茂みから這い出る。
それに彼は、さながら古代ローマの剣闘士のように盾と片手剣を構えて、電光石火のごとく駆け寄り一刀で首を切り飛ばし、また円の中心へ後退する。
後はその単純作業。
駆け寄り、屠り、後退。
まるで機械さながらのリズムで一定に狩っていく。
臭いの効果が切れたら風向きを読み取り、陶器を割って獲物を寄せ集める。獲物の数が少なくなれば、死体を回収し場所を移動する。そしてまた作業を繰り返す。
延々と繰り返される作業。
それを日が落ち始めるときまで繰り返す。
その頃にはリアカーはスモールサーペントの死体が山積みにされていた。
彼はもはやスモールサーペント寄せを撒いても獲物が出てこないのを確認して、額の汗を拭う。べったりとスモールサーペントの血が額について顔をしかめた。その手は油と血で酷く臭う。
「しまった」
彼は小さく呟いて、ふと思い出したように後ろのリアカーへ振り返る。
そこには優に二百体以上の死体が乗せられている。それに気がつき、血と油で光る片手剣を鞘に戻す。
「今日はこれぐらいにしておこう」
こうして風間銀次の何でもない日は終わっていく。




