第1話 三文占い、当たってしまう
占いってのは、当たらないから商売になる。
当たってたまるか、と俺は思う。
ズバリ当て続ければ、客の期待は天井知らずに膨らむ。膨らんだ期待は借金と同じで、返せなくなった日に「詐欺師」の石が飛んでくる。
かといって、まるきり外してばかりじゃ次の銅貨はもう置いてもらえない。
だから星詠みってのは、当てる商売でも外す商売でもない。客が「次こそは」と銅貨を置きたくなる程度に、それっぽく濁し続ける仕事だ。
——というのが、辺境都市セレディアの市場の外れで三年、占いの真似事で食ってきた俺、セロの哲学である。
昼下がりの市場は、今日も飯の匂いと銭の匂いでできていた。
石畳の通りに売り声が飛び交う。毛皮を山と担いだ獣人の狩人が肩で人波を割り、屋台の串焼きの煙がその毛並みに絡む。
道具屋の前ではドワーフの石工が「その蝶番で銅貨八枚だと? 六枚だ。六枚なら今すぐ払う」と髭を震わせて削り合いの真っ最中。
あれはもう商談じゃなくて娯楽だ。
俺の店は、その喧騒の切れ端みたいな路地の口にある。小机と、椅子がふたつ。それに水晶玉——ただのガラス玉だ。露店で銅貨三枚で買った。
「星詠みさんよ。明日の城壁の修理、雨はどうかね」
最初の客は、さっき値切り勝負をやっていたドワーフの石工だった。俺は水晶玉に手をかざし、たっぷり三呼吸ぶん黙ってから告げる。
「……雲は、西の山と相談している。朝のうちに空を見て、山が笑っていれば積め」
「山が笑う、ねえ」
石工は髭の奥でにやりとして、銅貨を一枚置いていった。
降るとも降らないとも言っちゃいない。決めるのはあっちだ——これが芸ってもんである。
「それで、東の取引はうまくいくのかね、星詠み殿」
次の客は上客だった。太った香辛料商人のボルグ。脂ぎった顔をずいと寄せてくる。
俺はもったいぶって、水晶玉の上に手をかざした。
「見える」
低く囁くように言う。
見えるわけがない。見えてるのはあんたの鼻の脂だけだ。
「東の商談。……ああ、大儲けだ。間違いない」
断定してやった。
客ってのは、曖昧なことばかり言うと不安がる。だから時々、こうして言い切ってやると喜ぶんだ。
どうせ当たらないんだから、言い切るのはタダだ。
案の定、ボルグの顔がぱっと輝いた。銅貨を五枚、机に積む。相場の倍だ。
「ありがとうよ、星詠み殿! いやあ、近頃あんたの占いはよく当たると評判でしてなあ——」
評判?
俺の占いが?
……まあいい。評判で銅貨が増えるなら、それも哲学のうちだ。
ボルグを見送って、俺は積まれた銅貨を懐に流し込んだ。
相場の倍。けっこうな実入りだ。もっとも、溜まった宿の付けを返したら手元に残るのは数枚で、明日にはまたすきっ腹を抱えてここに座る。
三年間、何ひとつ変わらない俺の毎日である。
それでも今夜くらいは、あわよくば肉の一切れにありつけるかもしれない。
——肉の皮算用は、そこまでだった。
路地の口を、三つの影が塞いだ。
「よお、星詠み」
革鎧の男が三人。腰の剣はよく使い込まれている。冒険者崩れってやつだ。
ギルドで食えなくなって、街でケチな脅しで食ってる連中。一番質が悪い。
先頭の傷面が、にやにやしながら近づいてくる。
「景気よさそうじゃねえか。その懐の銅貨、ちょいと貸してくれや。利子はまけといてやる」
「貸す? 兄さんたちの辞書じゃ『奪う』って字を『貸す』と読むのか。難しい辞書だな。今度俺にも貸してくれよ」
——と、頼まれてもいないのに口が動く。これだ。この減らず口で、俺は今まで散々殴られてきた。
まずい。こういう時、突っぱねちゃいけないんだった。俺は剣も魔法も使えない。
指先に火ひとつ灯せない、正真正銘の空っぽだ。使えるのは口だけ——その口で、毎度痛い目を見るくせに。
俺は慌てて愛想笑いを貼りつけ、銅貨を差し出す構えを作った。それが正解だ。生き延びるってのは、そういうことだ。
「……っと、そうだ」
なのに。
なのにこの口は、こういう時に限って、勝手に動く。
もともと俺の店は人通りの絶えない市場の縁だ。
占いを覗いていた暇人に加えて、もめ事の気配を嗅ぎつけた連中や、「当たると評判の星詠み」を一目見ようって野次馬まで集まって、傷面の肩越しに、あっという間に十人、二十人と人垣ができていく。
その後ろのほうに、守備隊の制服がひとつ混じっているのが見えた。
若い女だ。剣の柄に手を置いて、いつ割って入るか計るような生真面目な顔で成り行きを睨んでいる。
……なんだ、見回りか。なら財布の心配だけはしなくてよさそうだな——なんて考えられたのは、そこまでだった。
視線。注目。
「次は何を言う?」とでも言いたげなざわめきが、俺の中の三文役者を見栄という名の悪魔に変えた。
「やめておけよ、兄さんたち」
声が低く出た。自分でもびっくりするくらい、それっぽい声が。
本当は、ここで「俺に関わるとロクなことにならねえぞ」とでも凄んで、適当にお茶を濁せばよかったんだ。
それだけで連中は薄気味悪がって退散しただろう。
でも、観客を前にした役者は、つい大きく出てしまう。
いつの間にか、脅す相手は目の前の三人じゃなくなっていた。背中で見ている、二十人の方だった。
「いいか、よく聞け」
俺は水晶玉に手をかざし、ありったけ芝居がかった声を張り上げた。
——後で思えば、この見栄が俺の人生を地獄に叩き落とした。
「今夜、東門に厄災が来る。この街を喰らう、おぞましい災いがな。だが安心しろ。それを退けるのは——この俺だ」
市場の縁が、すっと静まった。
……はい。もちろん、全部でまかせである。
厄災? 来るわけがない。退ける? 剣も握れない俺が?
まあ、これだけの人目の中で大見得を切られちゃ、傷面たちも引っ込みがつかないだろう——という算段も、半分は後付けだ。
本音を言えば、ただ気持ちよく口が滑った。それだけだった。
効果はてきめんだった。
傷面は集まった野次馬をぐるりと見回し、それから俺の正気を疑う目で見て、舌打ちした。
「……けっ。いかれ野郎に関わってる暇はねえよ」
吐き捨てて、子分を連れて去っていく。これだけの目がある中でケチな脅しは割に合わない——そう値踏みした、小悪党らしい引き際だった。
野次馬も、なんだ脅しか、と散っていく。守備隊の女も、拍子抜けした様子で見回りに戻っていった。
俺は内心、ほっと息をついた。
——ほらな。当たらないからこそ、占いは役に立つ。今のだって、当たりゃしないんだから。
誰もいなくなった路地の口で、俺は懐の銅貨を握りしめた。
相場の倍を稼いだってのに、ゴロツキに怯えて手が震えている。明日にはまた一文無しだ。
……つくづく嫌になる。
俺は薄汚れたガラス玉を覗き込んで、自分の住む街に、自嘲まじりの託宣をくれてやった。
「占ってやるよ。——こんなしけた街、近いうちに終わる。それだけは、間違いねえ」
もちろん、これも当たりゃしない。当たってたまるか、こんなもん。
そう思っていた。
その夜までは。
◇
異変は、日が落ちきった頃に起きた。
安宿の固い寝床で肉を諦めて眠りかけていた俺の耳を、街の鐘がけたたましく叩いた。
一回、二回——緊急を告げる乱打。
窓を開けると、東の空が脈打つように赤い。火事のじわりと広がる赤じゃない。
城壁の向こうで、ごうっと火柱が噴き上がっては消える。あんな炎を吐く化け物を、俺はひとつしか知らない。
まさか。
まさか、な。
逃げるなら、鐘の鳴る東と反対の西へ行けばいい。臆病者の俺なら、迷わずそうしていた。
なのに足は東を向いていた。——今夜、東門に厄災が来る。昼間そう口走った自分の言葉を、確かめずにはいられなかったのだ。
俺は寝間着のまま、東門へ走った。
走りながら、頭の中で必死に否定する。偶然だ。たまたまだ。あんなの、ただの脅し文句で——
東門の広場に出て、俺は棒立ちになった。
城壁の上に、巨大な影が翼を広げていた。
飛竜。
本来この辺りには降りてこない、山の主だ。
体高は家屋ほど。黒い鱗は鋼のようで、両の目の奥じゃ鍛冶場の炉みたいな火がゆらめいてやがる。並の魔物とは格が違う、正真正銘の災厄だった。
城壁の上から衛兵が石弓を撃ちかけているが、豆鉄砲だ。怒号と、逃げ惑う人の波と、焦げた匂い。
その混乱の真ん中で、戦っている連中がいた。
冒険者だ。それも、そこらの駆け出しじゃない。討伐帰りらしい薄汚れた装備の一団が、逃げずに得物を構えていた。
先頭の大男が両手剣を振り上げ、竜の脚に叩きつける。火花が散った。鋼の刃が、鱗の上を滑っただけだった。
後ろでは杖を構えた女が何かを唱え、指先から氷の槍が三本、夜を裂いて竜の顔に突き立つ——本物の魔法だ。生まれて初めて見る、戦のための魔法。
竜は、鬱陶しそうに首を振った。
それだけだった。竜が翼をひとつ打ち下ろすと、風の塊が屋台ごと冒険者たちを薙ぎ倒した。
大男は壁際まで転がって動かなくなり、杖の女は仲間に引きずられて非常線の後ろへ退がった。
もとより長旅で消耗しきっていたんだろう。それでも——剣も、魔法も、本物の連中が束になって、あれに届かなかった。
死ぬ。ここにいたら、死ぬ。
喉の奥が干上がって、声も出ない。
それでも頭の隅だけが、妙に冴えていた。
厄災。東門。今夜。
「……は?」
俺の口から間抜けな声が漏れた。
——本当に、言った通りじゃねえか。
いや待て。待て待て待て。偶然だ。偶然に決まってる。
なのに、足の裏から冷たいものが這い上がってくる。
飛竜が、苛立たしげに尾を城壁へ叩きつけた。
腹に響くその音に、ぎしり、と別の軋みが混じる。
東門脇の古い塔だった。火の照り返しの中で、死人みたいに傾いている。立入禁止の縄が、まだ揺れていた。
そして次の問題に、俺は気づいてしまった。
——俺、「それを退けるのは俺だ」って、言ったよな?
竜を遠巻きにする非常線の外には、逃げ遅れた住人や怖いもの見たさの野次馬が、押し合うように鈴なりになっていた。
その中に、昼間の野次馬がいた。
ざわ、と空気が動く。
「あの星詠みだ」「予言通りだ……」「退ける、って言ってた——」
視線が全部、俺に集まった。
期待。すがるような、無数の目。
やめてくれ。
俺は剣も魔法も使えない、ただの三文占い師なんだ。今しがた、本物の剣と本物の魔法が弾き返されたのを、あんたらも見ただろうが。
「予言者様、お願いします!」
誰かの手が、俺の背を押した。
ひとつでは済まなかった。ふたつ、みっつ、何本もの手。
止めるはずの衛兵すら、追い返さなかった。むしろ、わずかに道を空けた。すがるような、その目で。
押し出され、つんのめり、冷たい石畳を泳ぐように数歩。
踏みとどまった時にはもう、衛兵の列の前——飛竜と相対する、広場のど真ん中にひとりだった。
◇
飛竜が咆哮した。
城壁の石が震え、腰を抜かした衛兵の石弓が石畳で跳ねる。竜は翼を一打ちして、広場めがけて降下してくる。
逃げよう。今すぐ。それが正解だ。
なのに足が動かない。背中に張りついた無数の目が、逃げ出すことを許してくれない。
竜の影が、石畳を呑みながらこっちへ伸びてくる。息が焦げる。死ぬ。これは死ぬやつだ。
そして俺の口は——こういう時に限って、また勝手に動いた。
「く——落ちろぉッ!!」
半分は悲鳴だった。
意味なんてない。迫る影に向かって両腕をかざし、死にたくない一心で叫んだだけだ。落ちろ。落ちてくれ。地に落ちて、くたばってくれ——。
でも、確かに——俺はその言葉を、声に出してしまっていた。
次の瞬間。
ぴし、と嫌な音がした。
軋んだのは、飛竜じゃない。
さっきの古い塔だ。
立入禁止の縄を垂らしたまま、崩れかけの飾りだったはずのそれが——誰かに最後の一押しをされたように、ぐらりと傾いだ。
その真下を、飛竜がかすめていた。
石の雪崩が、黒い翼を呑む。
飛竜はそのまま、きりもみに地へ叩きつけられ、土煙の中で——動かなくなった。
静寂。
……は?
俺は、かざしたままの両手と、瓦礫に潰れた飛竜を交互に見た。
偶然だ。あの塔は元から限界だった。
なのに、頭の隅で嫌な符合がちらつく。俺は「落ちろ」と叫んだ。そうしたら、竜じゃなく、その脇の塔が落ちた。
考えるな。考えちまったら、この口で銅貨を稼ぐのが怖くなる。
「——す、すげえッ!!」
静寂を破ったのは、群衆の歓声だった。
「星詠みが、竜を退けた!」「予言通りだ! 厄災を、たった一言で!」「予言者様だ! 本物の予言者様だぞ!!」
違う。違うんだ。俺は何もしてない。塔が勝手に崩れただけで——
その歓声の裏で、崩れた瓦礫の山から、押し殺した呻き声が漏れた。下敷きになった、誰かだ。浮かれた人波は、まだ誰も気づいていない。
「——誰か! 塔の下に人が! 早く掘り起こせ!」
凛とした声が、浮かれた人波を裂いた。
昼間の、あの守備隊の女だった。
本職の冒険者が壁際で伸び、歴戦のはずの衛兵が座り込んでいる中で、真っ先に瓦礫へ走ったのは、いちばん新米くさいその娘だった。
手近な衛兵の襟首を引き起こし、指さし、走らせる。人垣から獣人の狩人を二人引っ張り出して、石をどかす列を作らせる。
それだけやってから、彼女はまっすぐ、俺のところへ駆けてきた。
そして俺の前に立ち、きらきらと輝く目で見上げてくる。
「先ほどの託宣、確かにこの目で見届けました! 『落ちろ』——たったひと言で、天翔る竜に地へ伏すべしと定めるとは。
なんという、運命を統べるお言葉……!」
……運命を、統べる?
あれが? ただの悲鳴が?
「私はフィーナ。辺境守備隊の見習い騎士です」
少女——フィーナは、剣を地面に突き立て、片膝をついた。
まっすぐな、一点の曇りもない目で。
その剣の柄を握った手が、まだ小さく震えているのが見えた。武者震いなんて上等なものじゃない。
こいつ、怖かったのか。怖くて——それでも、この場の誰より先に動いたのか。
「星詠みのセロ様、でしたね。どうか、私をあなたの騎士に。あなたの予言が示すこの街の未来を、この剣で守らせてください!」
……。
俺は、引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
背中は嫌な汗でぐっしょりだ。
(うわ、うわ、うわ。やべえ。これ、めちゃくちゃやべえやつだ)
◇
その夜は、最悪の祭りだった。
飛竜がくたばったのをギルドの連中が検分し、瓦礫の救助も一段落した——そんな報せが回った頃から、街は恐怖の裏返しみたいに沸き始めた。
街の連中は俺を担ぎ上げ、酒場で英雄扱い。
ギルドの長まで出てきて「予言者殿、ぜひうちと専属契約を」とすり寄ってくる。
領主の使いまで来た。
俺は「予言者様」と呼ばれ、肉どころか、卓に乗り切らないご馳走を前にしていた。
——本当なら、小躍りしたいところだ。
銅貨三枚の占い師が、一夜にして街の英雄。願ったり叶ったりじゃないか。
なのに、俺の胃はずっと締めつけられていた。
理由は、ふたつ。
ひとつ。今日のことを、俺はまだ「偶然」の箱に押し込めておけずにいた。
東門。厄災。退ける。——口にした端から、どれもその通りに転がった。
まるで、誰かが俺の言葉を律儀になぞったみたいに。……いや、まさか。考えすぎだ。
でも、最近やけに「当たる」と評判だったのも、ひょっとして。
……占い師が、自分の占いを信じてどうする。そう笑い飛ばそうとするのに、舌の根がやけに重い。
そして、ふたつめ。
崩れ落ちた塔の瓦礫が、門を固めていた衛兵を巻き込んだらしい。二人が下敷きになって大怪我をした、と聞いた。
命に別状はない、らしい。でも。
街を救った英雄譚のすぐ裏側で、誰かが血を流していた。
そしてその塔を崩したのが——もし本当に、俺の一言だったのだとしたら。
英雄を讃える歓声が、俺の耳にはどこか、骨の軋む音に聞こえた。
並んだご馳走は、まるで味がしなかった。
「セロ様」
隣でフィーナが背筋を伸ばして座っている。
こいつは騒ぐ連中と違って、酒も飲まず、ただ静かに俺の隣を護っていた。
そのまっすぐさが、今はやけに重い。
「明日からも、あなたの予言をお聞かせください。この街には……いえ、この辺境には、あなたの言葉を必要とする者が、たくさんいます」
真顔だった。
……その目が、いちばん怖かった。俺の出まかせを、希望みたいに見ている、その目が。
俺は曖昧にうなずくしかできなかった。
「ああ、まあ、そのうちな」と、当たり障りのない言葉ではぐらかす。それ以上、気の利いたことを言ってやる気には、どうしてもなれなかった。
——けれど。
帰り道、月明かりの下で、俺はふと思い出してしまった。
今日の昼間。あのゴロツキどもを追い払った、すぐあとだ。
俺は自嘲まじりに、ガラス玉に向かって、こう言い放たなかったか。
——「こんなしけた街、近いうちに終わる。それだけは、間違いねえ」と。
足が、止まった。
夜気が急に、ひとまわり冷たくなった気がした。
厄災は、東門に来た。飛竜は、地に墜ちた。
昼間あの路地で切った大見得は——厄災の予告も、退けるって宣言も、今夜ひとつ残らず形になった。
——なら。
誰もいない路地で、俺が苛立ち紛れに言い放った、あのひと言は。
この街が、近いうちに終わるっていう、あれは。
これから、どんな形で。
「……俺、なんて、言っちまったんだ?」




